散々愚痴り倒した前回ですが、自虐ネタということで。最近のイベントに関しては新規ユーザーを意識しての大幅なドロップの緩和があります。以前ほど堀もきつくないし。
AL/MI作戦、そう言えば支援艦隊も固定でしたね。本当に現実的だった。
なぜか、狙ってない艦が来る、が作者の鎮守府のジンクスです。
フレッチャー狙ってるとジョンストン。ジョンストン狙っているとゴトランド。
そして恐ろしいのがもう季節の風物詩として堀に慣れている自分。
色々書きましたが、応援してますよ、運営さん。
結局ウマもFGOもやったけど、ガチャ文明が悪すぎて掘っていれば出てくる可能性が高い艦これに戻ってくるんですよね。
オーストリア、ザルツブルクにあるノンベルク修道院。
大勢の修道女がひっそりと暮らすその中に、ひときわ目立つ修道女がいた。
シスターマリア。
世界的に有名な家族合唱団、そしてそれをモチーフにした映画で知らぬ者はないと言われる有名人と同名の彼女は、この修道院でもまた有名な存在だった。
鮮やかな金髪を二つ結びにし、快活な表情を見せる彼女。
その人懐っこい笑顔は訪れた者を虜にし、かの大佐も同じような気持ちだったのだろうという思いを抱かせる。
マリアという名前と銀幕の中の女性を思い起こさせるような彼女の態度に、修道院を訪れる者は皆笑顔となり帰って行く。
「なあ、ウォルフ。いい加減帰ろうぜ」
少年ウォルフは彼女、シスターマリアに会うのがたまの楽しみだった。
極端に外出をしたがらない彼女に会えるのは、この修道院の中だけ。
時間が許される限り色々な話を聞き、彼女の歌に耳を傾ける。
「シスターがギターを聞かせてくれるって言ってたんだもの」
「おいおい。もう俺は帰るからな!」
しびれを切らし、友人は肩を怒らせながらその場を去った。ウォルフは一瞬目で彼を追ったが、きょろきょろと辺りを見回しマリアを探し始めた、
やがて中庭で見つけた彼女は設置された小さな石碑の前で、物音一つ立てず、熱心に祈りをささげていた。
「あっ、シスター・・・・・・」
声を掛けようとして、彼は口をつぐむ。
いつもの明るい彼女の姿は鳴りを潜め、今目の前にいる修道女には近寄りがたい何かを感じた。
息をするのも憚れるような静寂の後、マリアが目を開けると、ウォルフは大きく息を吐いた。
「あら、ウォルフ! どうしたの? なあに、また歌って欲しい歌でもあるの?」
「シ、シスター・・・・・・」
いつも通りのマリアの様子にほっとしながら、ウォルフは彼女の脇に立つ。
「うん。シスター、この間言っていたじゃない。僕にギターを聞かせてくれるって」
「ああ、そうね。何がいいの? ちょうど今空いているからこっそり弾いてあげましょうか」
ウォルフは嬉しくなった。シスターマリアの演奏は滅多に聞けるものではない。ひと昔前に大勢の人が彼女目当てで押し寄せ、修道院自体がそのスケジュールを管理し始めたからだ。異国からの団体、政治家の一団など皆等しく抽選で行われ、当選の確率はかなり低い。
ウォルフがそんな彼女の演奏を独り占めできるのは、家が近所で幼いころからの顔見知りであるためで、それゆえの特別待遇は彼の密かな自慢でもあった。
「シスターマリア、エーデルワイスを聞きたいんだけど・・・・・・」
ウォルフは上目遣いでマリアを見た。
心優しい彼女はこれで大抵のお願いを聞いてくれる。
けれど、この時はきっぱりとそれを断った。
「ごめんね、ウォルフ。あの曲は弾けないの」
当てが外れ、ウォルフは意外そうな顔をする。
「え? どうして! この間ものすごく難しいのを弾いてたじゃない! リコーダーだってできるよ、あの曲。マリアだったら簡単にできるよ」
「そういう問題じゃないの。気持ちの問題。他のリクエストならいいわよ」
「じゃあ、My favorite singsは?」
「もう、ウォルフ! 困らせないで」
マリアは苦笑いを浮かべた。
エーデルワイスとMy favorite sings。
ザルツブルクのノンベルク修道院。
世界的に有名なトラップ一家物語のモデル、マリアと同じ名のシスターである彼女に、皆が期待しリクエストするのは常にその二曲とドレミの歌だ。
けれど、ドレミの歌は弾く彼女が、他の二曲を頑なに弾こうとしない。
「弾けないんじゃないの?」
友人の心無い言葉にそんなことはないと否定した手前、ウォルフはムキになった。
「なんでさ、この間、ギターだったら大抵のものは弾けるって言ってたじゃないか! マリアの嘘つき!」
「ごめんね、ウォルフ」
怒りで顔を真っ赤にしてその場を立ち去るウォルフに、マリアはすまなそうに頭を下げる。
二人のやりとりを見ていたのか。物陰から姿を見せた中年の修道女は気遣い気にマリアに声を掛けた。
「随分とお困りでしたね、シスターマリア。彼に少し甘く接し過ぎていたのでは?」
「シスターラファエラ。あの子は昔から知っているものだから、つい、ね」
ラファエラはマリアの隣に座り、短く祈りを捧げた後、言った。
「また祈りを捧げられていたのですね。あの子もどうしてマリアがあの二曲を弾きたがらないか聞けば納得するでしょうが」
「単純に上手く弾けないのよ。色々と思い出してしまって」
「申し訳ありません。お願いしたこととは言え、見世物のようなことをお願いしてばかりで」
「今の私にできるのはこれくらいだから」
自嘲気味に話すマリアの背中をどんとラファエラは叩いた。
「あまり自分を卑下するものではないわ、マリア」
昔の調子で話しかけてくるラファエラに、マリアは嬉しそうに頷く。
「Dankeラファエラ。懐かしいわ。昔はよくあなたにこうして励まされた」
「今もよ」
「ええ。ありがたいことだわ」
「ドローレス院長がお呼びよ、大至急と」
「そう。じゃあ、行きましょう」
静かに歩き始めたシスターマリアに、ラファエラは小さくため息をついた。
「本当に変わりませんね、貴方は」
彼女がマリアと共にここに務め始めてから20年近く。シスターマリアの容姿はそのままだ。
様々な事情があるとはいえ、衰えゆく己を見ていると羨ましくも思う。
「そんな顔しないで。貴方達の方がよっぽど羨ましいわ」
寂しげに微笑むマリアに、ラファエラは失言を悔いた。
「ドローレス院長、参りました」
「ああ、いいのよ、アリシア」
今年来たばかりのシスターアリシアが扉を開こうとするのを、院長であるドローレスは制し、自ら扉を開けた。
「どうぞ、シスターマリア」
アリシアはぱちぱちと目を瞬かせる。院長自らが一介のシスターに扉を開くとはどういうことなのだろう。戸惑うアリシアにドローレスは、彼女は特別だと答え、しばらく席を外すように告げた。
「何か緊急の要件でしょうか」
「シスターマリア。貴方には感謝してもしきれません。18年前、打ち続く混乱に傾きかけたこの修道院が救われたのは貴方が来て下さったからです。多くの寄付をして下さり、その結果ここは救われました。しかし、それと同時にこのことが知られれば多くの注目を集めるだろうと、貴方には、一切の世俗との連絡を絶っていただきました。近年観光客は受け入れていますが、彼らは貴方の存在を他の修道女と同じだと思っていることでしょう。」
「それは私がそう望んだことですから貴方が気にすることはありません。持っていても仕方のないお金でしたし、むしろ迷惑をかけたと思っています。」
「今、この修道院に務めている者で昔のいきさつを知るのは、ラファエラとルチア、それに私ぐらいでしょう。昔のことを忘れたい、貴方はそう願っているかもしれません」
「昔は昔、今は今。そう言い切れる人を羨ましく感じるのは確かです」
ぽりぽりと頬を掻き、マリアは苦笑する。
「中々に過去を捨てるのは難しいものです」
「そうですか。ではやはり、悩みましたがお伝えいたします。古き友人は何よりの宝という言葉もありますので」
「どういうことです? 古き友人?・・・・・・ま、まさか」
びっくりしたように目を見開くマリアに、ドローレスは厳かに告げた。
「お友達から連絡が来ています、シスターマリア。いいえ、偉大なる七隻、プリンツ・オイゲン」
瞬間、マリアは雷に打たれたかのように打ち震えた。
その名を呼ばれるのはいつ以来か。
遥か昔のことのように思える。
懐かしいと思えるようになったのは、ここでの生活のお蔭だろう。
呆然とするマリアこと、プリンツ・オイゲンに、ドローレスは隣の部屋を指差す。
「どうして貴方がここにいるのが分かったのかは分かりません。ただ、貴方あてにメールが届いていました。黙ってこちらで対処しようかとも思ったのですが、これまでこんなことは一度もありませんでしたので」
ドローレスの言う通りだ。これまで自分達はお互いに干渉しないように努めてきた。
それは、あの戦いに行く前の提督の言葉を大切に守っているからに他ならない。
それが今更に連絡がくるとは。一体どういうことなのだろう。
内心の動揺を鎮めようとオイゲンは深く目を閉じた。
思い出すのは、過ぎ去りし日のこと。
「無事に戻ってきたら後は好きなことをしろ」
「是非人間の文化を楽しんでほしい」
鉄底海峡へと向かう前日。そう提督から告げられ、ドイツ艦の皆でどうしようかと話が盛り上がった。
「そうねえ。世界各地のビールを飲み歩くのもいいけれど、あの呑兵衛たちの二番煎じみたいで嫌ね」
「私は普通にあちこちのコーヒーを飲み歩いてみたいがな」
「ねえ、マックス。日本以外にもあちこち行ってみたいね」
「そうね。大陸横断鉄道なんか楽しいかもしれないわ」
ビスマルクとグラーフ・ツェッペリンの会話を聞きながら、レーベとマックスは世界各地を旅行したいなと笑顔を見せていた。
「みんなそんなこと言って! 食べたり旅行したりするだけじゃなく他にもすることがあるじゃないですか! Admiralさんは人間の文化を楽しめーって」
「あら、オイゲン。食だって立派な文化じゃない」
「いいえ、姉さま。絵画に音楽、色々な物がありますよ」
「それはそうだけど・・・・・・」
食べる以外のことに関して否定的な態度を見せるビスマルクに、オイゲンが出したのが、ミュージカル映画「サウンドオブミュージック」のDVDだった。
「何、これ? 有名なの」
「admiralさんがお薦めだって! どうです、今から観てみませんか?」
「ええっ。いいわよ、せっかくの夜なのに」
渋るビスマルクを言いくるめ、グラーフたちと開いた映画鑑賞。
皆が思い思いの食べ物を持ち込み、世界に冠たる名作を堪能した。
「何、あの石頭。マリアが可哀想じゃない!」
「随分とやんちゃな子どもたちだな。母親がいないからか」
トラップ大佐やトラップファミリーについて語り。
「マックス、僕この曲聞いたことあるよ!」
「My favorite singsね。いつもadmiralが吹いていた口笛はこれだったのね」
自分達の提督の吹く下手糞な口笛が原曲からいかに音が外れているかを知り。
クライマックスで歌われるエーデルワイスに皆が釘付けとなった。
「歌は、歌はいいな」
そうグラーフは目を細め。
「いい映画だけど、この映画のドイツの描き方は気に食わなかったわね」
ビスマルクは名作と認めながらも、口をへの字にし、
「マックス、僕合唱団もやってみたいな」
「偶然ね。私もそう思っていたわ」
レーベとマックスはドイツ艦で合唱団を開こうと盛り上がっていた。
「そうねえ、そしたら私が当然センターで、グラーフがピアノ。オイゲンはギターってとこかしら。何となくマリアに似ているもの」
「ええっ。私がマリアにですか、姉さま」
はにかむオイゲンの横でぶうぶうとレーベ達が文句を口にする。
「何だい、それ。ずるいよ、僕とマックスが先に考えていたのに!」
「いきなり来てセンターなんて酷い!」
「私はピアノ担当で構わないぞ。だが、人数が足りないな。伊504と呂500にも声を掛けておこう。二人とも今は日本に籍を置いているが、元々はドイツ艦でもあったのだからな」
その気になって色々と考え始めるグラーフ。
「グラーフさん、私ギターなんか弾けませんけど!」
「奇遇だな。私もピアノなんか弾いたことはない。でもまあ、なんとかなるだろう」
「大丈夫なのかなあ」
「私の歌を聞けえええ!」
「聞きたくない~」
「ビスマルク、この間日本の漫画で見たガキ大将みたいよ!」
大声で叫ぶビスマルクに、文句を言うレーベとマックスの姿にオイゲンはやれやれと肩をすくめた。
戻ったら早速ギターの練習をしないと。みんなと歌うのはきっと楽しいだろう。
グラーフと自分の拙い伴奏に合わせて、ビスマルクが好きに歌い、レーベとマックスがそれをフォローする。伊504と呂500、助っ人の二人はパーカッションだ。
「ドイツ艦娘合唱団」
そんな風に名付けて、各地を旅しながら、美味しいものを食べて。
その土地の文化に触れればみんながしたいことができる。
「いいアイデアじゃない!」
ビスマルクの賛同を得て、これは上手くいくかもと。
戦いが終わっても、皆一緒にいられると。
そう、思っていたのに。
(私だけが生き残ってしまった・・・・・・。)
共に過ごしたいと願った者達はおらず。
残された仲間は皆心に傷を負っていた。
そんな中、何をしたらよいかと悩む彼女に、「マリアに似ている」というビスマルクの言葉が思い出された。
ゆえにプリンツ・オイゲンはこの地へとやってきたのだ。出撃前にドイツ艦の皆で観た映画の舞台だったこの修道院に。
「・・・・・・」
薄っすらと目を開け、オイゲンは己の両手を見た。
あれからこの修道院に流れ着き、仕事の傍らギターを覚えた。
今では多くの曲が弾ける。修道院に訪れた人間の求めに応じ、弾くこともある。
映画の中のシスターマリア同様に楽しく歌を歌う彼女だったがどうしても、弾けない曲が二曲あった。この修道院に来る人間が必ずリクエストするその二曲。「My favorite sings」と「エーデルワイス」が。
(ドレミの歌は大丈夫なんだけどなあ。)
明るい曲調に合わせ、気持ちを誤魔化せる。だが、あの二曲は駄目だ。
落ち着いたそのメロディーが思い出させてしまう。
楽しかったあの日々を。今は亡き大切な仲間たちを。
「・・・・・・」
「差出人は偉大なる七隻響です。いかがいたしましょうか。そんな者はいないとメールで返すこともできますが」
ドローレスの言葉がオイゲンの脳裏に響く。
どうして今さらに響は連絡をとってきたのだろう。
「偉大なる七隻に配慮を要すべし」という各国間の取り決めから、オイゲンはこの修道院に潜り込むことができた。この地で仲間の冥福を祈り、楽しかった思い出と共に消えていこうと思っていたのに。
「そんな者はいない」
そうドローレスから告げられて、彼女の心の奥底で何かが反発する。
プリンツ・オイゲンはいない。今いるのはシスターマリアだ。
そう押し通せば済むことだろう。
そして、あの響のことだ。そうすれば、二度と連絡はとってこない。
「いないという返答でよろしいでしょうか?」
再度ドローレスは彼女に問うた。
ドローレスは知っている。彼女、プリンツ・オイゲンがこの地にやってきた日のことを。
思い出にすがり、それ以外に心の癒し方を知らないと言い、寂しそうにしていたその姿を。
今ではすっかり笑うようになった彼女だが、まだその心の中にしこりは残っている。
いざとなれば、自分が汚れ役を引き受けるつもりが院長であるドローレスにはあった。
(プリンツ・オイゲンはいない?)
己の心の中でその言葉を反芻し、オイゲンはかぶりを振った。
違う。いないのはシスターマリアだ。
(ビスマルク姉さまも、レーベもマックスもグラーフさんも。ろーちゃんもごーちゃんもいない・・・・・・。でも私はいる・・・・・・。)
皆あの戦いでいなくなってしまった。
残された七人は心に傷を負い、それぞれ道を違えて暮らしている。
だが、プリンツ・オイゲンはいなくなってはいない。
あの戦いで散っていった皆のことを思う日々は辛く、違う自分にすがりたかった。
けれど、それだけは認めることはできない。
プリンツ・オイゲンがいないと認めることは、あの戦いで雄々しく散った皆に対する最大の侮辱ではないか。彼らが楽しみたかった人間の文化を今こうして享受している自分がしていいことではない。
(どうして響は今更連絡を・・・・・・)
偉大なる七隻と呼ばれる彼女達はお互いに不干渉を貫くことを決めた。
比較的近くにいるウォースパイトはオイゲンの居場所を知っているが、その彼女でさえも何一つ連絡をよこさない。
なしのつぶてだった友人からの連絡にオイゲンの心は揺さぶられた。
彼女が約束を破って連絡をしてくるくらいだ。
余程のことがあったのだろう。
気負わずに再会を喜ぶべきなのだろう。
ずっと仲間の冥福を祈り、静かに暮らしたいと思ってきたが、20年近く経った今、かつての名前を呼ばれ、答えたいという自分がいる。
あれほど消えてなくなりたいと願っていたのに。
迂闊に消えることのできない自らを呪っていたのに。
笑顔でシスターマリアを演じることでしか、生きては来られなかったのに。
(admiralさんなら、何て言うかなあ。)
ふと、オイゲンは目を瞑り、自らの提督の事を思い出す。
「したいようにすればいいさ。後悔をしないように。オイゲンはどうしたいんだい」
提督ならばきっとそう言うだろう。
(私がしたいように? 私はどうしたいの?)
きっとこのメールに答えなければこれまでと同じように穏やかな静かな日々が続くのだろう。
シスターマリアとして今は亡き仲間たちを弔いながら。
でも、それが皆の望んでいたことなのだろうか。
(admiralさんみたいね。)
すーすーと口の中で奏でたメロディーが、余りにも久しぶり過ぎて音が外れているのに気づき、オイゲンは苦笑する。こんなにずれていては、まるで提督のようだ。
思い出されるのはかつての日々。今は別々となったかつての仲間。
(レーベ、マックス。合唱してるかなあ。)
音程はずれっぱなし。
きっと、今ギターで弾こうとしても上手く弾けないに違いない。
(グラーフさん、ピアノ上達してるかなあ。)
調子もめちゃくちゃ。なのに、なぜか続けてしまう。
あれほど弾きたくないと拒んだ曲なのに。
(ろーちゃんとごーちゃんなら喜んで協力してくれそう。)
楽しかった日々を。仲の良かった友人たちを思い出すその曲。
今は悲しいだけのその曲なのに。
せき止められていた感情が溢れ、手が震え、涙が出る。
失って初めて分かる。どれほど自分が彼女達を好きだったのかを。
(姉さまは、歌っているのかなあ。)
ぼんやりとオイゲンがそう考えた時だった。
『馬鹿ねえ。せっかく生き残ったんだからもっと楽しみなさいよ』
耳元で微かに覚えのある声が聞こえた気がした。
「え!?」
オイゲンは思わず目を見開いた。
「ど、どうかされましたか?」
慌てて室内を見回すが、心配そうに見つめるドローレス以外には誰もいない。
(幻聴? でもあれは確かに姉さまの・・・・・・。)
身体だけ大きい駆逐艦みたい、などと揶揄されていたビスマルクだが、オイゲンにとっては頼れる存在だった。真面目なオイゲンが悩んでいる時には、細かいことでくよくよするなと大声で笑い背中を叩いてくれる明るい艦娘だった。尊敬し、憧れている自慢の姉だった。
(姉さまみたいになりたいと、心配をかけないようにしようと、そう思っていたのに。心配、かけちゃったのかなあ)
どうしようかと悩んでいる自分に、活を入れに来てくれたのだろうか。
悩んでいる段階で答えは決まってるんでしょと、思い出の中の彼女なら言う事だろう。
あの姉御肌のビスマルクならきっとそう言うに決まっている。
(姉さま、ありがとう。)
溢れ出る涙を拭い、彼女は前を向くことを決めた。
「何の用? と返信しようかな」
ドローレスはごくりと唾を飲み込んだ。
そこにいたのははシスターマリアではない。
かつてこの修道院を訪れた行き場のない悲しみを背負っていた艦娘でもない。
誇り高き偉大なる七隻。
重巡洋艦プリンツ・オイゲンだった。
「気遣いありがとう。貴方の言う通り、古い友人は大切にする」
涙を拭き、そう答えるオイゲンにドローレスは静かに頷いた。
もう残り少なくなった仲間たち。彼らとまた話す日が来るとはオイゲン自身思いもしなかった。
(でも、これが私のしたいこと。)
どことなく吹っ切れた表情でオイゲンはふうと息を吐く。
自ら止めていた歯車をゆっくりゆっくりと動かすように。
「でも意外ね。ウォースパイトからじゃなくて、響からなんて。」
「そういうものですか」
「うん。まだ長門からの方がしっくりくるかなあ」
「隣の部屋に用意させてありますので、どうぞお使いください」
「Danke! 感謝ね! あれから18年かあ・・・・・・」
他の6人は今どう暮らしているのだろう。
長門とウォースパイトは軍に残り。
響と北上と時雨は自らのすることをしたいと外に出て行った。
そして、鳳翔。
心に深く傷を負ったであろう彼女のその後についてだけは、人を介して聞いている。
(今は料理屋のオカミかあ。元気だといいなあ。)
軽く前髪を整えながら、その容姿にふさわしい少女のような表情を浮かべるオイゲンに、ドロー
レスは己の判断が間違っていなかったと満足そうに微笑んだ。
独新聞ウェステン・ツァイト紙4月18日記事より抜粋
『偉大なる七隻、重巡洋艦プリンツ・オイゲンの行方、ようとして知れず。』
「今や年度初めの風物詩となった我がドイツが世界に誇る偉大なる七隻、重巡洋艦プリンツ・オイゲンの行方探しだが、躍起になり懸賞金をつけようとする某TV番組の企画が明るみに出るに及びついに海軍省より待ったが掛けられることとなった。会見に同席した沈黙提督とも呼ばれるシュレーア大佐は、常日頃とは異なり、熱弁を奮って彼女達偉大なる七隻の功績とその労をねぎらうことの重要性を説き、ドイツ国民の良識を切に願うとのコメントを出してその場を辞した」