中間管理職プルートさん   作:社畜死神

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中間管理職プルートさん

 いつの世も、どんな世界であっても上司と部下に挟まれる形の中間管理職と言うのは激務だ。

 

「プルート様!北の塔の壁が一部崩落!現在原因究明の最中ですが、どうやら老朽化が第一の要素として挙げられます!」

「プルート様!来期の予算を増やしてほしいと嘆願書が!」

「プルート様!一部魂が暴動を!」

「「「「プルート様!」」」」

「…………はぁ」

 

 次から次へとやって来る案件の数々に、最上級死神であるプルートは溜息をつくしかない。

 冥府の神であるハーデスの右腕として気の遠くなるような時を生きてきたのだが、その実態は上司と部下に挟まれた形の中間管理職。

 その結果、彼は全身を白骨化させ黒いボロボロのローブを纏ったTHE死神とでも言うべき風貌で執務机から離れることも出来ず案件を裁き続ける地獄に苛まれている。冥府で地獄とはこれ如何に。

 逃げ出したい、しかし当人の真面目さのせいで逃げ出せない。今か今かと部下たちは指示を待っているのだから。

 

「崩落した北の塔へは直ぐに人員を回して、封鎖してください。予算に関しては、私の一存では決められませんね。次の会議は、明後日に設定していたはずですからその折に話しましょう。魂に関しては、選別を。ハーデス様のお手を煩わせる時間を少しでも減らすために予めこちらで仕訳けてください。では次を―――――」

 

 テキパキと指示を飛ばし、部下の死神たちはそれぞれが部屋を飛び出していく。

 その背を見送って、彼は骨の指を書類へと這わせ年季の入った万年筆を走らせた。

 ミニマリストのように殺風景な執務室に、ペンと紙をはさんだ机の天板がぶつかる音が断続的に響く。後は完全な無音だ。

 仕事を熟して、仕事の合間に仕事をして、仕事の息抜きに仕事して。

 仕事という文字がゲシュタルト崩壊してしまうほどに、彼は次から次へと案件を処理していく。

 そうして、軽く数時間。そこで漸く、彼は筆を置いた。

 書類仕事には一応の区切りがついたらしい。だが、彼の仕事による無限牢獄はまだまだ続く。

 

「…………見回りに行かないと」

 

 最上級死神の仕事ではないと思われそうだが、実際の現場へと足を運ばねば実情が分からない、と言うのが彼の持論。故に、有言実行の為に仕事の合間合間で彼は自主的に冥府を見て回る事にしていた。

 質素な執務室を出れば、その先に広がる廊下は文字通り豪華絢爛。白骨死体が黒い襤褸のローブを羽織っている様にしか見えないプルートのみすぼらしさが浮き彫りになり、ミスマッチこの上ない光景を作り出す。

 仕立ての良い紅いカーペットの廊下を足音を立てずに進む彼は、やがてその先にとある存在を確認してその足を止めた。

 

「これは、オルクス殿。並びにベンニーア殿」

「あ、プルート君。どうも、久しぶりだね」

「こんにちは、プルートさん」

 

 最上級死神であるオルクスと、その娘であるベンニーアの二人は同僚の思わぬ登場に少し驚いたようだが普通に挨拶を返していた。

 驚いた理由は言わずもがな、仕事の虫ともいわれているプルートが執務室より出ているから。

 そんな相手の内心を知る由もない彼は、苦笑い(白骨死体フェイス)を浮かべる。

 

「ええ、こんにちはお二人とも。これからどちらへ?」

「うん?いやー、久しぶりにベンニーアたんと一緒に過ごそうと思ってね。ハーデス様に少し暇を貰ってきたところだよ」

「そうでしたか……親子水入らず、お楽しみを」

「ああ、ありがとう」

「では、私はこれから用事がありますので」

 

 ぺこり、と一つ頭を下げてプルートは二人の隣をすり抜けるようにして抜けて行った。

 その背を見送った親子。そこでふと、ベンニーアは父へと問いかける。

 

「パパ殿。どうして、プルートさんは白骨してるの?」

「え?ああ、そうだね…………仕事の為、かな」

「仕事?」

「ああ。彼は、朝から晩まで仕事しているからね。食事や睡眠、そもそもの休息をとる時間を削減する為にあんな体になったんだよ」

「ふーん……」

 

 頷きながら、ベンニーアは内心で引いていた。

 彼女の父であるオルクスも、最上級死神の一角であり忙しくしているときはあるが、それも一時的なことが多いからだ。因みに、他の最上級死神も同じく。

 仕事の為に、文字通り肉体を捨てた彼は今日も今日とて仕事へと向かう。

 濃い同僚と、割と何考えてるか分からない上司と、指示が無ければ真面に動かない部下の三重苦を背負って、プルートさんは今日も行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冥府の王が誰かと問われれば、死神たちは皆一様に、「ハーデス様」と答える事だろう。

 では、冥府一の働き者と言えば誰が挙げられるか。やはりこちらも一様に「プルート(様/君/さん)」と答えるだろう。

 仕事の為だけに、生きている要素をそぎ落として仕事に向かう根っからの社畜野郎。いや、骨格標本に性別を問うだけ無駄なのかもしれないが、少なくとも声は男性のモノだから、男性だ。

 彼の一日は、書類仕事より始まる。そして、一日の終わりは書類仕事により終わる。(終わっていない)

 

「ハーデス様。お呼びでしょうか」

「来たか、プルートよ」

 

 仕事の合間、玉座の間へとやって来たプルートは、彼の主であるハーデスの前に膝をついていた。

 如何に、右腕として重用されていようとも両者には主と従という絶対的な壁があるのだ。

 

「貴様を呼び出したのは、他でもない。昨今の情勢についての話よ」

「…………」

「コウモリ共がカラスやハトとの和平を結び、更には他勢力へもその手を伸ばしつつある。―――――全くもって、忌々しい……!」

 

 プルートと同じく、骨格標本のように骸骨な見た目のハーデスだが、軋ませる歯軋りからは言いようの無い怒りの感情が見て取れた。

 彼は、人間に対しては比較的真面な神なのだが、逆に他勢力の神話体系などにはどうしようもないほどに排他的だ。

 ハーデスが今回、プルートを呼び出したのは単純に愚痴を吐き出す為。彼としては、信頼する部下であるからの行動なのかもしれないが、傍から見れば自分の立場を笠に着たパワハラ上司でしかない。

 だが、肝心のプルートはと言うと何かを言う事も無く、ひたすらに愚痴を聞く姿勢を崩さなかった。

 どれだけ仕事が積み重なっていようとも、彼の主はハーデスなのだ。その主が愚痴りたいというならば、彼に逃げる選択肢はない。

 

「ゼウスもポセイドンも甘いのだ!あちらは、我らを滅することも可能な神滅具を有しておる!そんな奴らとの和平だと?度し難い…………!」

「…………」

「貴様もそうは思わぬか?のう、プルートよ」

「はっ、さようにございます」

 

 同意を求められ、頷くプルート。しかし、彼の内心としてはどちらかと言うとゼウスたちのように和平に好意的だったりする。

 仕事ばかりを熟す彼だが、それは内政ばかりに手を出しているわけではない。確りと、外部へとアンテナを張り巡らせて情報を収集しているのだ。

 昨今の情勢だと、赤龍帝並びに白龍皇の出現。テロリスト集団の活性化、聖書勢力の和平会談などが主に挙げられるだろうか。

 混沌とした情勢であり、この状況では和平も已む無し。プルートはそう考えている。

 だが、それを口に出すことはしない。()()()()が無ければ、彼は主に否を唱える事はしないから。

 それから凡そ一時間にもわたって、プルートはハーデスの愚痴を受け止め続けた。それだけの時間があれば、書類を一束終わらせることも出来たのだが、そこは目を逸らす。

 玉座の間を出た彼の足取りは、しかし凛としており。颯爽と廊下を進んで行く。

 ()()()()()()()()

 彼が向かったのは、神殿の外だ。奥へ奥へと進んで行き、寒くなってきたところで辿り着くのは冥府の奥底。

 コキュートスと呼ばれる地であり、ここは氷の地獄であり、過酷という文字がそのまま形をとった様な場所だ。

 とはいえ、肉体が既に存在しないプルートにとっては寒さなど感じる筈も無く、呼吸していない為に白い息も出ない。冷気にひるむことなく進んだのは最奥。

 

『また来たの、プルート?』

「そう、言わないでいただきたいなサマエル殿」

 

 十字架に磔にされた堕天使の上半身と、蛇の様な下半身を持つ異形が鎮座するその空間。

 龍喰者(ドラゴン・イーター)とも神の悪意や、神の毒とも称される最強の龍殺し、サマエルは見えない目で数日ぶりの来訪者へと声をかけた。

 原罪により、同族を殺すことになるサマエルの毒は、ドラゴンだけでなく様々な種族にとっても文字通り毒でしかない。それも、劇毒の類だ。冥府であってもその特性は変わらず、死神も早々にはこの場所には近寄らない。

 そんな中で、プルートは時折この場所にやって来ては、磔にされたサマエルより少し離れた出っ張った氷の上に腰掛けるのだ。

 何をする訳でもない。ただ、彼はぼんやりと虚空を眺めるばかり。

 

『ねぇ、今日もお話してくれる?』

「お話?そうですね…………では、最速の英雄の伝説は如何でしょうか」

『面白い?』

「さて、どうでしょうか。好みの分かれるものですからね」

『ふーん…………じゃあ、それで良いや』

「では、開幕」

 

 出る事の許されないサマエルの今の唯一の楽しみは、コレ。

 いつから来始めたのかもう覚えてはいないが、ふらりとやって来るプルートに外の世界の話を求めるのだ。

 死後の世界とは思えないほどの穏やかな時間。

 因みに、この時間は名目上、監視の仕事という事になっていたりするのだが、それは全くの余談である。

 

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