中間管理職プルートさん   作:社畜死神

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迷走上司ハーデス様

 どのような組織であっても運営には相応の資金がかかる。それは、その地で働くことが定めづけられた種族であっても同じ事。

 

「………帳簿が合いませんね?」

 

 いつもの通り、執務室で書類と向き合っていたプルートは、骨の指先で文面をなぞり唸っていた。

 この世の金銀財宝が有限であるように、如何に冥府と言えどもその運営資金にはハッキリとした天井が存在していた。無論、それは国家予算に匹敵、ないしは凌駕しかねない程の莫大な金額ではあるのだが。

 その金額が、現在合わなかった。

 冥府の運営には、そこまで支障はない。無いのだが、何事にも余裕を持たせることは大事だ。何より、金庫番も兼ねているプルートが知らぬところで資金を使いこまれるというのは明らかな異常事態。

 もっとも、彼には何となく目星はついているのだが。

 

「…………」

 

 ため息をついて書類から目を離し、背もたれを軋ませて体重を預けて彼は天井を見上げた。

 プルートの目を盗んで、尚且つ莫大な資金を動かせる存在。そんなもの、冥府広しと言えども片手で足りてしまう。

 考えるのは、何故そのようなことをするのか。そして、その資金をどこに流しているのか。

 懐に入れる事に意味が無い。冥府では消費することが先ずできないし、かといって死に近い存在がおいそれと現世に干渉することは憚られる。

 

「……だとすると、投資、ないしは融資?組織か、個人か。少し、調べてみましょうか」

 

 ただでさえ、仕事が嵩んでいるというのにプルートは自然な流れで新たな仕事を背負い込んでいた。

 しかも、この案件はおいそれと周りに助力を頼めないというオマケ付きなのだ。これは単純に、どこに内通者が居るか分からないから。

 金庫番にも隠れて行われた使い道が不明瞭な金の流れ。変に探りすぎると、もしもの事がある。

 帳簿に合わせて幾つかの書類を処理して、帳簿の写しを襤褸布のようなローブの袖に収めプルートは椅子から立ち上がり、執務室の扉へと足を向けた。

 相変わらず、ミニマリストの様な部屋と豪奢な廊下は温度差で風邪ひきそうなほどに見た目に差がある。

 とりあえず、とプルートは廊下に出た足を金庫へと向けた。

 可能性は低いのだが、彼は金庫内の実情と書面による差が無いかと考えたのだ。即ち、書類の報告が間違いで金庫内には資金が十分に残っている場合。もしくはその逆で、書面の額は虚飾で実情はもっと悲惨である場合。

 プルートとしては、前者が良い。良いのだが、彼は組織運営に希望的観測を持ち込まない。

 現実はいつだってシビヤであるし、救いがない。それは、金だけでなく生死にも反映されるのだから余計に救われない。

 止まる事のないため息を再度零したプルート。そんな彼の元へと、招かれざる客がやって来た。

 

「おやおやぁ?これはこれは、プルートさんではありませんか~」

「……何か用ですか、サーティン殿」

 

 漆黒の法王のように黒いマントを翻し、奇術師の仮面を顔に付けた大柄な死神に対して、プルートは若干の警戒を声の端々に滲ませる。

 最上級死神の一角であるサーティンは、その仮面と同じように愉快犯の様な一面があった。

 正直なところ、まじめなプルートとは反りが合わない。

 そして、サーティンは自分が嫌われていると自覚していながら、ずかずかと相手に踏み込んで嫌な顔をする相手の反応を楽しむ悪癖があるのだ。

 

「ンっふふふふ、プルートさんはこれからどちらへ?」

「……ええ、少し気になる事がありましたから。金庫の方へ」

「ほほう、差し詰め帳簿に何かあったんですかねぇ?」

「何かご存じですか?」

「ンっふふふふ…………はてさてさぁて、どうでしょうかねぇ。知っているような~、知らないような~」

「…………語るつもりが無いのならば、結構です」

 

 愉快犯に掛ける時間ほど無駄なモノはない。有益な情報を持っていようとも、語る気の無い相手から聞き出すならば自分で調べた方が早い。少なくとも、プルートはそう判断を下し、会話を切り上げにかかった。

 サーティンもそれには気づいた。無理には引き留める事をせず、隣を素直に抜けさせる。

 だが、最後の最後で爆弾を投げつけるからこそ、この死神は嫌われるのだ。

 

「ああ、そう言えば。わたくしこれから、人間界の方へと向かうんですよねぇ。ハーデス様のご命令で」

「…………それを私に言う必要がありましたか?」

「いえいえ……ただ、ハーデス様の懐刀とすら言われたプルートさんが、今では執務室に缶詰めにされて満足に魂を狩りに行くことすらできないのが、不憫で不憫で」

 

 仮面で見えないが、明らかに意地の悪そうな笑みを浮かべていそうな声色で、芝居がかった動きまで交えながらサーティンはプルートを煽ってくる。

 とはいえ、プルートが表に出られないのもまた事実。完全にでっち上げでもないそれら要素が入る事で、煽りの効果は上がる。

 伽藍洞のプルートの眼窩に、赤い光が仄かに灯った。

 

「おやぁ?ンっふふふふ、怒って―――――」

「…………はぁ、ハーデス様の命令をいただいているんですよね?でしたら、お早く向かわれてはいかがですか?」

 

 沸騰するかと思われたプルートだったが、直ぐに顔を進行方向へと向けると、今度こそ立ち止まることなく廊下の先へと向かってしまう。

 その背を見送り、サーティンは趣味の悪い笑みを引っ込め、

 

「チッ」

 

 舌打ちを一つ。

 サーティンは最上級死神としては、比較的新入りだ。対してプルートは死神の中でも古参中の古参。最上級死神としてリーダーと言うか、まとめ役のように考えられ、部下たちもハーデスの指示が仰げない際には彼の元へと自然と集まっていた。

 それが、気に入らない。

 

「老害め。とっとと、引退すればいいものを」

 

 飄々としている部分も、人を食った部分も仮面だ。サーティンの本質は下種で外道。己の出世以外に興味が無く、周りを引きずり落とす事にも何の感慨も感情も抱かない。

 内心のドロドロとした黒い感情が溢れそうになり、しかし思い留めて、押しとどめる。

 今は仕事。熟せばそれだけ主であるハーデスからの覚えもよくなり、出世の道も開けるというもの。

 

「ンっふふふふ、わたくしの糧にとなってもらいますよ―――――無限の龍神」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付いた時には、すでに手遅れ。

 自分が都合よく扱われていた事には薄々気づいていたプルートだったが、その事実を直視した時の衝撃は計り知れないものであり無意識のうちに片手で顔を覆ってしまうほどのモノだった。

 

「何てことをするんですか、ハーデス様………」

 

 あまりにも、あまりにも身勝手が過ぎる。思わず、既に存在しない胃がキリキリとした痛みを伝えてくるような幻痛を訴えているような気がして腹を摩ってしまう程にはデカいやらかし。

 帳簿の発見がもっと早ければ止められたかもしれないが、後の祭りだ。

 

「まさか、テロリストに資金提供していたとは…………はぁ。それに―――――」

 

 プルートが調べた結果が、コレ。もう一つあるが、どっちみち精神的に参る事には変わりない。

 主犯はハーデスで、彼は禍の団と呼ばれるテロリスト集団のうち、旧魔王派と呼ばれる面々へと資金提供をしていたのだ。

 正直、洒落にならない。何せここ最近、禍の団に対抗する為に各勢力は和平を結ぼうと歩み寄りの姿勢をとっており、その中には主神であるゼウスやポセイドンも含まれているのだから。

 明確な瑕疵。これは、聖書勢力への明確な弱みとなるだろう。

 そもそも、旧魔王派などと名乗ってはいるが、その実情は現四大魔王に力負けして過去の栄光に縋っている負け犬集団でしかないのだ。少なくとも、調べたプルートにはそう思えてならない。

 ついでに、ハーデスの狙いも何となくわかる。

 旧魔王派が、三大勢力への打撃、ないしは滅ぼせでもすれば御の字であり。その後に、旧魔王派そのものをハーデスが消せばそれだけで聖書陣営は大打撃となるだろう。

 もっとも、それは絵図にしてみればあまりにも拙いと言う外ない。失敗する公算の方が高く、その失敗した後に待っているであろうリスクが大きすぎた。

 少なくとも、プルートならばこんな計画立てたとしても、実行しない。

 

「はぁ…………とにかく、あちらには謝罪文を……いえ、私自ら出向いて謝罪をすべきでしょうか。菓子折りを?いえ、しかし…………はぁ……」

 

 ぶつぶつと口からあふれる愚痴の数々。

 仕事の為に、それはもうあらゆるものを捨てたも同然なプルートにとって、ハーデスと言う存在は大切な上司であると同時にパワハラの権化でもある。

 面にも出さないし自覚も無いが、彼の中でそれは確かにストレスとして積み重なっていた。因みに、無意識のうちにコキュートスにまで潜ってサマエルの元へと向かうのもストレスのせいだ。ほんの少しでも上司から離れたいという精神の奥底の欲求の発露。

 その上で今回の一件だ。思うところが無い訳ではない。

 更に、問題は積み重なっている。

 

「まさか、サマエル殿をテロリストに貸与するとは…………」

 

 龍喰者として封印を施されたサマエルの、限定的な召喚。

 正直なところ、そんな事は何の気休めにもならない。プルートのように、肉体を捨て特殊な立ち位置に居るモノでもなければ生者には等しく毒となるのがその血や吐息なのだから。

 それを世に放ち、剰え悪魔陣営に嗾けて、その上赤龍帝を消滅させた。最早、数え役満。和平会談など行おうものなら一方的な条約を結ばれても文句言えないかもしれない。

 辛かった。この時ほど、気絶できない自分を恨んだことはないだろうと、彼は後に語る。

 だが、泣いても悔やんでも時計の針は戻らない。であるならば、これからの事を考えるべきだろう。

 

「とにかく、謝罪を…………私の命一つで贖えるとは到底思えませんけども」

 

 命に軽重は無い。これは死神である彼にとっては当然のことだ。だが同時に、長く生きたからこそ様々な考え方があるとも理解している。

 不特定多数の第三者と、肉親や恋人、親友を命の天秤にかければ恐らく大半の人間は、後者を選択する。そしてこれは、“人間”という種族だけでなく悪魔や、天使、更には神にも当てはまる要素だ。

 彼らにとって大切な存在である赤龍帝と、敵方ともいえる死神の命。どちらが重いかなど考えるまでも無く明らか。

 それでも、謝罪の意思を明確に示すには命を懸ける事はある意味効果的であったりもする。

 ストレスの権化などと散々連ねたが、結局プルートもまたハーデスを尊敬している事には変わりないのだ。それこそ、己の命を平気で差し出せる程度には。

 とにかく打開策を考える。だが、その思考は横槍によって中断せざるを得なかった。

 

「プルート様ァッ!!」

 

 飛び込んできたのは、下級死神。

 並々ならぬ焦燥を滲ませる様子に、プルートも一旦思考を打ち切ってそちらを見る。

 

「どうしました?」

「だ、だだ堕天使総督とは、白龍皇並びに眷属の襲撃です!と、とにかく来てください!」

「……………………は?」

 

 プルートの表情が死滅する(白骨死体)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考が文字通り空白に染まったプルートが、神殿を飛び出し最初に見たのは、圧縮されて消滅するサーティンの姿だった。

 それだけではない。あちこちから爆砕する音や、術が広がる気配、果ては雷やら吹雪が吹き荒れていた。

 

「…………はぁ」

 

 ここまでされてなぜプルートは気が付かなかったのか。それは偏に、彼の執務室に理由があった。

 “境界”と“結界”の応用とも言うべきもので、詳しくは省くが一切の音や衝撃、魔力などの力の波動等を遮断する事が可能なのだ。

 何故、そんな七面倒なカラクリを仕込んだ部屋を執務室にしているのかと問われれば、偏に仕事を効率的に熟す為だ。彼は静かな空間の方が仕事に励める質だった。

 もっとも、今回はその使用が裏目に出て後手に回らざるを得なかったのだが。

 とにもかくにも、この混沌とした状況をどうにかせねばならない。そう考えたプルートは、徐に両手を前に出して、

 

―――――パンッ

 

 と、柏手を一つ打つ。

 瞬間、この場の全ての音が()()()

 爆発音も、呪術や魔術の音も、聖剣の音も、神器の音も、光の槍の音も。

 ありとあらゆる音が消えて、

 

「少し、注目していただいてもよろしいですか?」

 

 静かなプルートの声だけが響き渡った。

 その後、目視で一応この場が収まっているであろうことを確認し、彼は再び両手を打ち合わせる。

 すると、先程まで完全な無音の世界であった場に、音が再び溢れる。もっとも、先程までの破壊音の津波の様な状況とは程遠いのだが。

 

「堕天使総督、冥府の底へと一体何の御用でしょうか?」

「お前、プルートか………少しは話の分かる奴が出てきたと思うべき、か」

「対話で済むかどうかは、そちらの動き次第でしょう……………………もっとも、こちらに瑕疵がある事は把握していますがね」

 

 やれやれと肩をすくめるプルートだが、対面する形となった堕天使総督アザゼルはその表情に緊張を滲ませていた。

 普段飄々としており、腹芸も得意な彼がここまで焦る様子は自然と彼と共に冥府へとやって来た一同にも伝播する訳で。

 

「アザゼル。アイツはいったい何なんだ?」

「手、出すなよヴァーリ。アレは、文字通り()()()()()()。戦神じゃねぇが、主神だろうが二天龍だろうが迂闊に挑めば終わっちまう」

「…………アレがか?」

 

 歴代最強とも言われる白龍皇のヴァーリは、警戒するアザゼルの言葉にどこか懐疑的な目を目の前の骸骨へと向けた。

 言っては何だが、プルートの見た目は決して強そうには見えない。真っ白な骨格標本に、黒い襤褸布のようなフード付きの外套で全身を包んだ、THE死神の様な見た目だけで覇気などは欠片も無いのだから。

 正直なところ、先程倒したサーティンの方が凄みもあり、得体の知れなさも強かった。

 そんな、相手の評価など知った事ではないプルートは、身構えるでもなく、淡々と口を開く。

 

「私としても、今回の一件は極最近聞き及びましてね。近々、謝罪に向かおうと思っていたのですが………どうやら、思ったよりも事態はこんがらがっているようで」

「筆頭死神のお前が関与してないって事か?」

「ええ、まあ。何分、私はどちらかと言えば和平には賛成の立場でしたからね」

「!そいつは、意外だな。お前ら冥府の連中は、ハーデスに則って悪魔や堕天使(俺たち)、天使に否定的だと思ってたんだが」

「我々も一枚岩ではありませんから。私のように、比較的和平を好意的に受け取るもの。サーティン殿のようにハーデス様の意思に則るもの、タナトス殿やオルクス殿などもそれぞれ考えが違います。―――――もっとも、共通して貴方方の作った転生システムに関しては、少々思うところがありますがね」

 

 その瞬間、ほんの一瞬だけ空気が揺らいだ。

 それは瞬き程の間だったが、それでもこの場の実力者には十分すぎるもの。

 何せ、皆一様にその首筋へと冷たい刃を添えられでもしたかのような悪寒が全身を駆け巡っていたのだから。

 筆頭死神と呼ばれるのは伊達でも酔狂でもない。その刃は、幾多もの魂を刈り取ってきた。

 

「騒がしいな」

 

 そこで現れたのは、法衣を纏う骸骨、この冥府の王でもあるハーデス。

 主の出現に、すぐさまプルートはその傍らに膝をついて頭を下げた。

 僕の姿を尻目に、ハーデスは周囲の惨状を眺め、そして緊張走る闖入者たちへと目を向けた。

 

「ふん、カラスにコウモリか。彼奴ら如きに好き勝手させるとは…………追い返せ、プルート」

「畏まりました…………時に、ハーデス様」

「何じゃ」

「テロリストへの資金提供の件、お聞かせ願えますでしょうか?」

 

 言って、プルートはハーデスと相対するように立ち上がった。

 全て言う事を聞くのが良い部下ではない。時には主を糾弾し、正すこともまた大切なことなのだ。

 

「…………知った、か」

「ええ、知りました。私に隠れ、秘密裏に禍の団への資金提供。のみならず、サマエルの限定的な封印解除の上、貸与。此度の一件は、流石に看過できません」

「ふんっ、貴様も分かっておろう。コウモリ共がどれだけ、魂の理を曲げておるかを!彼奴等は、人の子を歪ませおる!その上、鳩共も真似事の如く…………!」

 

 ギリギリと歯を軋ませて、ハーデスはその全身から怒りを発していた。ただそれは、あくまでも人間を思っての事。

 魂の管理者として、彼は理を歪めさせるわけにはいかなかったのだ。

 プルートもそれは分かる。勿論、悪魔たちが何故そのような事をしているのかも理解している。理解しているが、その結果として悲劇が増えている事も理解していた。

 またも板挟み。どちらも必要性があり、あちらを立てれば、こちらが立たない。

 

「では、正式な抗議を………いえ、彼らは聞きませんね。しかし、ハーデス様。サマエル殿の封印解除はやりすぎでは?現赤龍帝、並びに白龍皇の悪い噂はそれほど聞きません。仮に、その毒で神滅具が悪しきものへと渡ればそれこそ取り返しがつかないのでは?」

「であるならば、神滅具そのものを破壊するまでよ。貴様の力を使えば容易であろう?」

「………ハーデス様。そう易々と、私は力を使う気はありません。少なくとも、貴方の命令であろうとも」

 

 それだけはハッキリしておいてほしい。明確なプルートの言葉に、ハーデスは眼窩に宿った光を僅かに揺らす。

 主から目を逸らし、プルートは何故だか冷や汗を流している彼らへ顔を向けた。

 

「今回の一件、我々にも非はありますから後日謝罪に向かわせていただきます。ですが―――――」

 

 そこで言葉を切り、彼は右手にとあるものを出現させる。

 それは、死神という種族の標準装備であり、同時に存在証明ともいえるもの。

 死神の鎌(デスサイズ)と呼ばれるもので、斬りつけた対象の魂へとダメージを与えるというもの。

 プルートの鎌は実にシンプルで、身の丈より僅かに長い柄と片刃の刃があるのみ。ただ、その全てが漆黒の如く夜を固めて大鎌に変えたような姿であるぐらいか。

 

「―――――今は、お引き取りを。これ以上、冥府を荒らすというならば貴方方全員の魂は保証いたしませんので」

 

 悪しからず、と締めた彼の真っ暗な眼下に紅蓮の怪しい光がともっていた。

 ゾッとするほどに低く、尚且つ揺れない言葉はプルートという死神の本質を表している。そんな気迫が籠っている。

 事実、無意識に侮っていたヴァーリは冷や汗と脂汗を一気に流し、一歩もそこから動けずにいた。そしてそれは、他の面々も同じ事だ。

 そんな彼らの様子に溜飲がほんの少しでも下がったのか、ハーデスは鼻を一つ鳴らすと神殿へ。その後に続くようにして、鎌を出現させたままのプルートが続く。

 完全にその後姿が消えたところで、アザゼルは詰まった息を吐き出した。

 

「ッ、はぁ……ありゃ、マジだな。噂以上の化け物。能ある鷹は爪を隠すとか、そんなレベルじゃねぇぞ」

 

 愚痴るのも仕方ない。

 ハーデスは、世界でも十指に入る実力者であるというのは広く知られている。だが逆に、その部下である死神たちは全くの不明。強いてあげても、懐刀であるプルートが強いのではと言われる程度であった。

 そして今回、最上級死神の一角であるサーティンとの一戦。

 確かに強かったが、それでも強すぎる、というほどではない。現にヴァーリに敗れ、消滅してしまったのだから。

 このサーティンを基準にしたのが悪かった。プルートの圧は、サーティンの殺気がそよ風にも思えるほどに格が違い過ぎたのだ。

 

 もっとも、それは当然。

 何せ彼は『()()』なのだから。魂を狩る存在にして、同時に死をもたらす存在。死そのものと言っても過言ではない。

 そんな相手に生者が挑む、それ即ち自ら死へと飛び込むことと同義なのだから。

 もしも、彼らが更にこの冥府に打撃を与えていたならば、漆黒の刃は一切の躊躇いも無く振るわれていただろう。

 文字通り、彼らは首の皮一枚のスレスレで生き残ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プルートよ」

「はっ」

「貴様は、我が間違っておると思うか?」

「貴方様の憂いは、私も理解しております。ですが、手段を間違った、とも思っております」

「ほう、続けよ」

「彼らもまた、存亡の危機に立たされていました。手段を選べなかったのです」

「だからと言って、見逃せと?」

「いいえ、そうは言いません。ただ、テロリストへの援助は悪手以外の何物でもありません。彼らを肥え太らせ過ぎれば、冥界のみならず人間界にも被害を齎していたかもしれないのですから」

「…………」

「貴方様の胸の内を、私が全てくみ取れるなどとは思っていません。ただ、政治と感情は切り離していただきたいのです」

「…………会談へはいつ向かうつもりだ」

「近々、としか言えません。ですが、恐らく私一人で向かうのが宜しいかと。下手に刺激する訳にもいきませんので」

「そうか…………」

 

 玉座に深く腰掛け、数段下に居る部下を見下ろしてハーデスは一つ息を吐き出した。

 彼は、馬鹿ではない。己のやったことも、確りと見返すことが出来る。

 何より、部下の声に耳を傾けるだけの度量もあった。

 

「ならば、プルートよ。貴様に命を下す」

「はっ」

「貴様の目を以って彼奴等を見極めてまいれ。そして、ありのままを我に伝えよ」

「畏まりました」

 

 故に懐刀を解き放つ。止まってしまった己の時間を動かすために。

 未だに、腹の底には子供のような苛立ちが燻っている。だからと言って、部下に諭されてそれでも改めない程、腐ってもいない。

 見極める。そしてその上で、今後の身の振り方を決める。

 その行動の結果は、まだ先だ。

 












因みに、この中のハーデス様の声は、飯塚○三さんです

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