皆さんの暇つぶしになれば幸いです。
1
カロス地方。美しい空と森の恵みに溢れていたこの地は、最早その面影を残してはいなかった。美しかった空はどす黒い雲に覆われ、かつて緑に満ちていた美しい土地は紅蓮の炎に焼き尽くされていた。
この肥沃の大地は王である男の怨念が作り出した兵器の余波で破壊しつくされ、殺戮され、残滓の欠片も残してはいない。人も、ポケモンも……誰も生きてはいなかった。
「ふ、はは……はははは……!」
死の世界の中でたった一人生きていた王の顔は充足感に満ち、されど今にも泣きだしそうな掠れた声でただ笑っていた。
「やった……。やったよ……」
虚ろな視線で周囲を見回す。
傍らに常に控えていた最愛の友の行方を眼差しが、身振りが尋ねている。
「どこだ……? フラエッテ、どこにいるんだ……」
長い、長い戦争があった。王の愛したポケモンも戦争に使われた。
数年経って戻ってきたのは小さな棺に入れられた最愛の友の姿。
王は悲しんだ。
どんな手段を使っても、何を犠牲にしても友を生き返らせたかった。たとえ禁忌に触れることになろうとも。
王は命を与える機械を造り出し、愛したポケモンを冥府から呼び戻した。
だが、……喜びも束の間、王の悲哀は憤怒へと姿を変えた。
彼は既に愛したポケモンを傷つけた世界が、人が、ポケモンが、すべてを許せなくなっていたのだ。
命を与える機械を兵器へと転用し、数多の犠牲の上に成り立つ命の矢をカロス全土に撃ち込んだ。
そうして王は人を超え、破壊の神となった。
神の雷によって悲しい戦争は終わった。もう、これで人もポケモンも、誰一人傷つくことはない。私と君の望んだ優しい世界が、ここから始まるのに……。何故私の傍らに君がいない?
王は知らない。
彼の最愛の友は自らの命が多くを蹂躙したと知ったことに。
王は気づかない。
彼の落した命の矢がもたらした数多の犠牲に心を痛め、友は王の元を去っていたことに。
復讐にとりつかれていた彼は今の今まで気づけなかった。
何かを求めるように、虚空へと手を伸ばす。だが、誰も彼の手を取りはしない。
「あ、ああ……」
嗚咽を漏らし空虚な自分自身の手を胸に抱いて、見つめた。
憎しみを晴らし、怒りに曇った眼は少しずつ、正気を取り戻していく。
見渡す限り破壊の痕。生きている人間もポケモンも、誰一人として存在しない。
王が愛した地も、愛した人たちも、愛したポケモンたちも、みんな自身の手で葬り去ってしまった。他でもない、自分自身の手で。
「ああ、ああああ……」
やさしい王が治める、やさしい世界。
それが王と友が望んだ世界。だが、もう。それを見ることは叶わない
もう二度と、戻ることはできない。取り返しがつかない。
涙と絶望が滂沱の如く溢れ出る。
あの笑顔をもう、思い出すことができない。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
声帯を痛めるほどの絶叫は、死に満ちた荒野に虚しく響き渡る。
戦争は終わった。
だが、夢にまで見た世界の先には、彼が思い描いたものは何一つなかった。
そして、3000年の時が流れた……。
2
船を乗り継いで、車体に揺られて何時間になるだろう……。
引っ越しのトラックに揺られながら、モンスターボールを弄んでいた。
「カロス地方か……」
ビジネスショートの黒い髪。身長こそ高くはないもののジャケットの上からでもわかる筋肉質な体格。日に焼けた肌に精悍な顔立ち。疲れ気味な目元が健康的な外見と相反した老成された印象を与える。
「どんな所だろうな?」
まだ見ぬ新天地に思いを馳せるというより、トラックの中で時間を潰すために隣にいる尻尾が6本あるポケモンに話しかけるが返ってくるのは退屈そうな欠伸だけであった。恐らくは気分が乗らないのであろう。
その反応に少年は「相変わらず気紛れな奴……」と特に気を咎めるでもなく苦笑する。これくらいで気分を害してはこのお稲荷様の相棒は勤まらない。
だが、退屈すぎて脳みそが溶けてきそうなので、同じく暇そうにしている相棒の首辺りを撫でていると今まで此方に興味なさそうにしていたこいつは途端にもっと撫でろと言わんばかりに膝の上に乗ってきた。
「ふふ……」
思わず微笑みながら膝の上に抱きながらモフモフしているとトラックがゆっくりと止まった。
荷台が開き、新居があるアサメタウンに到着したことを悟る。
「さて、行こうか」
立ち上がると同時に足元に降りる。
これが後にカロス地方全土を震撼させる大事件に立ち向かう少年――アトリと彼の最初の相棒であるロコンがカロス地方に踏み出した第一歩であった。
アサメタウン。町のキャッチコピーはこれから花咲く町。
ポケモンセンターすらないような田舎町のようだが、逆にこれくらい静かで穏やかな空気の方が母さんにはいいかもしれない。麗らかな陽気の中で僕とロコンは揃って伸びをして、窮屈な荷台から解放された喜びを噛み締めていると、急に上空から飛来物が急降下して――「痛ってぇぇ!!」――頭に刺さったぁぁぁッ!!
激痛に悶絶して涙眼になって顔を上げるとそこに感極まったように突進してくるモコモコの電気羊が……。シンオウ地方でも高級品として知られるファシミアブランド顔負けの羊毛が心なしかパチパチと帯電して膨れ上がっているような――――アバババババババババババババババババババババ!!!!
「あら、アトリ。遅かったのね」
愛しの息子の到着に気づいて出迎えに来たのか、新居から外に出てきた母・サキ。
メリープによる現在進行形拷問的愛情表現を気にも留めず至って普通の調子で話す。
「アバババババババババババババ!!」
「ふふ。メリープもムックルもアトリと別行動がよっぽど寂しかったみたいね。すごく喜んでる」
待て、母よ。ここで頭から血を流しながら感電して焦げている息子を見て他に言うことはないのか? それともアレか? 一人だけじゃなく、皆平等に構ってあげなさいってか? そいつは無理な注文だぜマイマザー。なぜならあの荷台のスペースはどう頑張っても一人と一匹しか入らない!! モンスターボールを使え? そんなもんは知らん!! 決して思いつかなかったわけでも、忘れていたわけでも、ましてやオレの頭が悪いわけではない!!
あ、待ったムックル。嘴でオレの指の爪を剥ごうとするのはヤメテ! マジで痛いから!!
メリープも! そろそろやめないとオレが天に召されてしまうから勘弁してください!!
そしてロコン! 貴様一人(1匹)だけ我関せずという風な態度をとるのはやめなさい!! 悲しくなるだろうが!!
カロス地方に来て一日目。この日は引っ越しの荷物運び込みとメリープ、ムックルのご機嫌うかがいに一日を費やしたのであった……マル!