ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第12話 リーマン戦士・アトリ

 

 

1

 

「フェアリータイプ。近年発見された18種類目のタイプにつけられた名称。これの大きな特徴といえば、ドラゴンタイプに対して無効化・抜群をとれることだ。今まで猛威を振るっていたドラゴンタイプのお家芸『竜の舞から逆鱗』を躊躇させることができるのは大きな利点と言える。課題はこのフェアリータイプのタイプ相性のまとめとバトルでの運用法をレポートにして提出すること。期限は一週間後。何か質問はあるかい?」

「あ、あの……、先生」

 

一人の女子生徒が手をあげる。講義をしていたアトリは彼に発言を促した。

 

「今更な質問なんですけどタイプってなんなんでしょうか?」

 

クラス中から爆笑が巻き起こって質問した生徒は狼狽えた。当然と言えば当然かもしれない。ポケモンや技の一つひとつには備わっている『タイプ』と呼ばれる属性が備わっており、得手不得手があるポケモンバトルにおいてそのタイプ相性を正確に把握して運用することは基本にして奥義と呼ばれるほど重視されている。

そんなことはこのトレーナーズスクールに通う人間なら、誰でも知っている常識だ。

クラスメイト達の冷やかしの声に質問した生徒は必死に言葉を探すが、うまく言葉に出来ず、赤面して俯いてしまった。

 

「静かに。授業中だぞ」

 

見かねて三回ほど手を打つ。静かになったのを確認してから、そして質問した生徒の横まで移動した。

 

「どういう意味かな?」

「えっと……、新しく増えて……、それによって抜群だったものが……、今一つになったりとか、その……よくわからないっていうか……こう、もやもやしてて……」

 

しどろもどろになった言葉の切れ端を頭の中で補完する。彼女の言いたいことがなんとなくわかり、なるほど、と心の中で唸った。

 

「面白いところに目を付けたね」

 

やんわり肯定すると、質問した生徒は顔を上げた。

 

「ポケモンのタイプによる分類法を提唱したのはカントー地方の携帯獣研究の権威『オーキド・ユキナリ』博士だ。その人の論文には『タイプとは人間における免疫の様なものだ』と記載されている」

「めんえき……?」

「そう、免疫。一回おたふくになったら、二度と感染しないっていうアレね。わかりやすいように『ピクシー』を例に挙げてみようか」

 

教科書に記載されている妖精ポケモン『ピクシー』のページを開く。

 

「この『ピクシー』は5,6年前まではノーマルタイプに分類されていた。ノーマルタイプの弱点は?」

「え、えっと格闘タイプ、です」

「正解。当然、ピクシーを倒すのに格闘タイプのポケモン、もしくは技で臨むトレーナーは多いわけだ。だがある日、ピクシーに格闘タイプの技があまり効かなくなった。正確な原因は未だ研究中だけど、現在学会では『格闘タイプを受けすぎた為、格闘タイプに対する耐性が出来てしまったのではないか』っていう説が最も有力視されている。一度できた新種のタイプは適性のあるポケモンに広がるのが早い。それはコイル、レアコイルのときで実証済みだからな。ピクシーやクチートにも広まるのも時間がかからなかった。そうして出来たのが、フェアリータイプってわけだね」

 

教壇に戻り、一冊の本を取り出す。そして、質問した生徒の机に置いた。

 

「5年前の本だけどね、オーキド博士のタイプ分類法における論文が掲載されている。興味があったら読んでみることをお勧めするよ」

 

授業終了のベルが鳴り、アトリは教壇に戻った。そしてお決まりの台詞で閉める。

 

「今日の授業は終わり。次の講義は社会見学の後だから、1週間後だね。課題忘れるなよ」

「きりーつ、礼」

 

何人かのアトリに懐いている生徒がわらわらと寄ってくる。

 

「せんせー、今度のミアレシティへの社会見学は一緒に来るの?」

「非常勤講師だからね。センセはお留守番」

 

えー、とブーイングが起きた。

 

「今度の社会見学の行き先はミアレジムとプラターヌポケモン研究所だよ。先生も来ればいいのにー」

 

生徒の一人の言葉に思わず苦笑した。

働いているところを身内に見られるとか、どんな罰ゲームだ。

 

「それより気を付けろよ。最近、ミアレシティの辺りで偽札事件やら、ポケモン強盗とかが多くなってるから、防犯対策はしっかりな」

「せんせーまで親みたいな事言うなよー」

「先生は若者に小言を言うのがお仕事なのさ」

「若さに嫉妬してるの?」

「シャラップ、クソガキ」

「もっと丁寧に、生徒への愛をこめて!」

「お黙りやがってください、クソ御子息」

「せんせーのそういうノリのいいところ、嫌いじゃないぜ」

「ああ、そりゃどーも!!」

 

口の減らない子供達の壁をかき分けて教材をまとめて、足早に職員室へと向かっていった。次は工事現場のアルバイトだ。時間的には余裕はあるが、早めに現場入りすることが新人の礼儀だろう。

 

「学長、抗議終わりましたー!」

「ご苦労様。お茶でもどう?」

「すみません、すぐに現場に行かなきゃいけないので」

 

アトリは今、週三回でハクダンシティのトレーナーズスクールの講師と工事現場のアルバイトを兼任していた。3か月前にアサメの小道で行ったセレナとのポケモンバトルをこのスクールの理事長が観戦しており、トレーナーとしての腕を見込まれて講師にスカウトされたのであった。

因みに時給はそんなに良くない……。

 

「ごめんなさいねえ。このスクールの経営状態がもう少し安定すれば、貴方を正式に雇い入れることだって出来るのに……」

「いえ、非常勤講師てしてでも雇ってくださったこと、本当に感謝しています。僕は目標金額を貯めたらポケモントレーナーとして旅に出ます。その時に自分の持っている戦略論が古くなっていては意味がありません。ここで働いていれば、資金を貯めつつ、最新の戦略を学ぶことができますしね」

「生徒たちの中での貴方の評判、すごく良いわよ。親しみやすくて、講義もわかりやすい。戦略論も交えたポケモンバトルの実戦訓練も積極的に行ってくれるいい先生ですって」

「あ、ありがとうございます」

 

ここで働き始めてからアトリは今まで以上にポケモン関係の論文や戦略論を貪り読むようになった。そしてその中で培った知識が授業で生きてきているのは、肌で感じている。

だが、その努力は、あわよくば成長した生徒に自分の練習台にしよう、という打算込みで、決して生徒たちの将来を慮っているわけではない。それゆえに素直に評価を受けとることに抵抗があった。罪悪感と照れでアトリは居心地が悪くなり、わざとらしい動作で時計を見る。

 

「それじゃあそろそろ失礼します!」

「これ持っていきなさい」

 

投げ渡された物をキャッチする。缶コーヒーだ。

 

「ありがとうございます!」

「気を付けてねー」

 

学長の激励を受け、走り出す。ハクダンシティから北へ15分。今日の現場は4番道路パルテール街道。完全なる調和を目指して作られた庭園。

中央に設置されたペルルの噴水。両端のタッツーの像が中央のパールルを称えるように水のアーチを描いている。テーマは『受け入れ調和を生み出すこと』であるそうなのだが、芸術方面の感性がガッカリな人であるアトリには残念ながらただの噴水だ。

今日の仕事はこの噴水のパイプの修繕工事だ。

毛むくじゃら、腹巻、口ひげの三拍子揃った先客に気さくに手を挙げて挨拶する。

 

「お疲れ様です。オヤカタ、今日もよろしく!」

 

『オヤカタ』と呼ばれたオッサン――もとい、穴掘りポケモン・ホルードは長い耳でアトリとハイタッチして引き続き現場の準備に取り掛かった。

カロス地方にはアトリの知らないポケモンが多く、実に新鮮だ。特に『ホルード』の進化前があの愛らしい『ホルビー』だと知ったときは衝撃を受けたものだ。

……可愛らしさにつられて育てた生徒たちのトラウマにならないか心配なアトリであった。

 

「こら、アトリ。オメー、ワシのポケモンに勝手にあだ名を付けんじゃねえ」

「すみません、監督。このホルード見たら、もう普通に『オヤカタ』って名前がパッと思い浮かんで――――これはもう、オヤカタって呼びますよね、呼ぶしかないでしょ!! ああ、監督メチャクチ呆れた顔してる!」

「…………、クソバカなこと言ってねえでさっさと仕事に入れッ!」

「押忍ッ!! フワ・アトリ、仕事に入ります!!」

 

監督の指示に敬礼で応え、挨拶して現場入りした。

ヘルメットを被りツルハシを持って既にホルードが掘った穴の中に入る。

 

「おーう、アトリ来たか。今日も頼むぜ」

「ッス! 今日もよろしくお願いしまっす! どこを掘ればいいですか?」

「そっちの方がまだ手つかずだからそっちを頼む。わかってると思うが水道管ぶち抜くなよ」

「了解です。それじゃあメーリさんのひ・つ・じ!」

 

調子外れに動揺の1フレーズを口ずさみながら、メリープを繰り出した。尻尾の先端についているライトで穴の中を照らし出す。堅そうな地面を見て、ニヤリと気味の悪い、えげつない笑みを浮かべた。

 

「金ッ! 稼がずにはいられないッ! わ――ッははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!!!」

 

ちょっとイッちゃってる馬鹿笑いを響かせながら、ガスガスガスガス!! と、固い地盤でもお構いなしにどんどん掘り進んでいる。

シンオウ地方の地下通路での労働を経て獲得した労働で鍛えあげられた並外れた怪力と底なしのスタミナがあってこそなせる技だろう。

前向きメンタリティを取り戻したアトリには、もともと高かった基礎能力に加え、やる気でブーストがかかっている。今のアトリは水を得た魚だった。

それがバトルのナビゲーターたるポケモントレーナーとして必要な能力であるか、どうかは定かではないが。

 

アタシ、本当にこれに着いていって大丈夫なのかな? と、主人の乱心ぶりに呆れたように深いため息をつくメリープであった。

 

2

 

「ふむ」

 

監督は三面六臂な彼の働きぶりを見て感心したように鼻を鳴らす。

口には絶対に出さないが、監督はフワ・アトリを高く評価していた。

近頃は夢を語りながら、ただ『夢を見るだけ』という楽なスタンスから一歩進まない者が多い。そして、一歩を踏み出せない臆病者が、夢を目標と言い換えて前進する者を『馬鹿な奴』と指さして嘲笑うのだ。監督はそういった人間に対して苦いものを感じていた。

だが、この少年は逆境をものともせず、実現のために研鑽を怠らない。

トレーナーズスクールで講師をして、給料は多いが危険で辛い土木作業に必死に食らいつき、帰った後もポケモンとのコミュニケーションと戦略の研究を怠らない。

働きながらも、目標に向かって前進する。言うは易いが、相当な覚悟と強い意志を持たなければとてもできないことである。

不意に昔読んだことのある漫画の1フレーズを思い出した。

 

「『努力した者が全て報われるとは限らない。しかし、成功した者は皆すべからく努力している』か……」

 

監督はポケモンバトルに関しては門外漢だ。トレーナーとしての『資質』とは何を指すのか、さっぱりわからない。だが、そんな彼にも一つはっきりとわかることがある。

もし、彼に才能があるとすれば、それは間違いなく『努力し続ける才能』なのだ、と。

そんな彼だからこそ、周りの人間はみんな彼を認めるのであろう。

勿論、そんなことは絶対に正面きって本人には言ってやらないが。

 

3

 

労働の汗というのは素晴らしいものである。それは労働に喜びを感じる者なら共通して抱く認識であろう。

 

「ぐふ、ぐふふふ、ふふふふふふ……」

 

そして、労働の対価として支払われる金には、それを上回る素晴らしさがある。

預金通帳を眺めながらハクダンの森の曲がりくねった道を障害物にぶつかることなく歩いていた。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべるアトリの眼は『¥』マークになっており完全に不審者である。

土木の仕事は給料がいい反面、危険と体への負担が比例して大きい。

給料の良さにつられて応募して3日で逃げていく若者が多い中、3か月続いているアトリはどうやら珍しい存在らしい。確かにここに限らず、仕事は辛いが、その分実入りは大きい。

それにこの3カ月間、トレーナーズスクールとの兼任で真面目に勤め上げて預金通帳の額が80万を突破した。母もサイホーンレースの教室を開き始めて、徐々にだが軌道に乗ってきている。母であるサキが伝説的なレーサーだということも大いに関係しているのであろう。このペースでいけば、2年以内に旅立つことが出来そうだ。

それに一度馴染めば周りの人の雰囲気が良く、働きやすい職場だと思う。正直腰掛けとしてしまうには惜しいくらい。そう思えるくらい、良い人たちに巡り合えた。

自分には壊滅的に運がないと思い込んでいたが、自分の対人運だけは捨てたものではないようだ。

 

「さて」

 

あまり通帳を剥き出しで持ち歩くのは褒められたことではない。

もっと通帳に記帳された額をもっと眺めていたい、という名残惜しさの首根っこを押さえこみ、上着の内ポケットの中に仕舞い込む。その拍子に懐に入れていた『万が一』いうときの為に取っておいてある1万円札が落ちた。

慌てて拾おうとすると、風に流されて1メートルほど先に移動する。

軽い足取りで一歩跳び、屈みこんだら、更に強い風が吹き一万円札を攫っていく。

 

「ムックル頼む!」

 

モンスターボールから飛び出したムックルは風に舞う一万円札をチャッチしてとんぼ返りしてくる。

一万円札を受け取って懐にしまい、腕を差し出す。ムックルは羽をパタパタさせて舞い降りた。

 

「ムックルモフー」

 

手に止まったムックルを引き寄せてモフモフの羽毛を堪能する。

アトリはロコンの毛やメリープの羊毛とはまた違う、鳥ポケモンの心地のいい柔らかさが好きだった。

 

ぴゅるるるる。

 

甘えた声を出すムックルが愛おしくて、指で頬をくすぐると「やめろよー」と、嫌がりながら満更でもない声が聞こえてくるようである。

もう少し一緒に遊んでいたいが、そろそろ腹の虫の自己主張が激しくなってきたので、ムックルを肩に乗せて帰路につく。

そろそろハクダンの森を抜ける地点に達したところで、アトリは顔をしかめた。

視線の先には散乱したモンスターボール。そして、疲れ果てて膝をついている生徒の姿があった。昼間のタイプ相性について質問してきたあの子である。

『ジョゼット・ジョースター』。それが彼女の名だ。

出席簿で名前をみた瞬間、「何するだァーッ!」というセリフと「親、狙ってるだろ!!」というツッコミが脳裏を過って笑いを堪えるのに必死になったことは記憶に新しい。

 

まあ、それはそれとして――

 

それにしても意外だった。彼女は昼間の授業からわかる通り、他に人間にはない視点から、思わぬ質問をぶつけてくる慧眼の持ち主だ。だが、その反面、引っ込み思案で自分からアクションを起こすことが少ない。そんな彼女がこんなところで何をしているのか。

立ち止まって様子を伺うと再び野生のポケモンが飛び出してきた。

緑色の体に、ひょうきんな表情をした草猿ポケモン・ヤナップである。

ジョゼットはヤナップの動きに合わせてモンスターボールを投げる。

ヤナップは、パシュッ! と音を立てて一旦ボールに収まるも、モンスターボールを破壊して外へ飛び出してきた。そのまま木に飛び移り、ジョゼットを馬鹿にしたように笑うと、そのまま森の奥へと姿を消してしまった。

 

「ハア……」

 

ジョゼットは疲労で膝に手を突く。すでに疲労困憊しているようで肩で息をしている。

 

少し離れて様子を伺っていたアトリは両目を手で覆い空を仰いだ。

下手すぎる。

まず『弱らせてから捕獲する』という基本中の基本すらなっていない。

ボールコントロールも甘すぎる。あれでは「逃げてくれ」と言っているようなものだ。

 

「オレには関係ないな」

 

そう嘯いて踵を返す。

アトリが講師の時間は16時までである。ただでさえ疲れているのに金にならないサービス残業など絶対にお断りだ。

 

「まだまだ!」

 

背中越しにそんな声が聞こえてくる。

スクールでは聞いたことのない声だった。彼女はいつだっておどおどしいて、蚊の鳴く様な声で怯えながらにしか話さない。そんな子供が、これ以上ない強い意志を示している。

 

もしかして彼女は怯えず話す環境さえあれば、化けるのではないだろうか?

 

進めていた足をピタリと止めて一考する。

 

ちゅい?

 

肩に止まっているムックルが「どうしたの?」と言わんばかりに首を傾げた。

 

「ま、練習台は育てておくに越したことはねえよな」

 

――それは誰に対する言い訳だい?

 

僅かな偏頭痛と共に聞こえてきた幻聴を聞こえない振りをしてやり過ごして、ジョゼットの方へと戻っていった。

 

 

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