ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第15話 期待の新星

 

 

1

 

時刻は午前8時30分。予定より一時間半早くハクダンシティに到着してしまった。

時間潰しとウォームアップも兼ねて手持ちポケモン達と町の外周を走っていた。

因みにハッサムはボールの開閉スイッチを押しても反応なしのサボりである。

 

目視でゴール地点を確認。

 

「ラストスパート!」

 

弾む息を呑み込んで声を張り上げる。

同時に全員がピッチを上げた。

まず先頭に躍り出たのはムックルである。羽ばたき風に乗って圧倒的なスピードで滑空していく。

ロコン、メリープもそれに続き、ゴールしていく。

少し遅れてアトリもゴール地点に到達した。

 

「お前ら、速すぎ……」

 

息を切らせて、早鐘を打つ心臓を押さえた。

昔は競争してもこんなに差がつくことはなかったが、今ではアトリの方が水を空けられてしまっている。

寂しく思う反面、頼もしくなる。

 

このチャンスを掴むことが出来れば、アトリは柵を気にすることなく、旅立てる。逆に掴み損ねれば――

 

そこまで考えて、頭を振る。

違う。掴み損ねはしない。

与えられたチャンスは必ずものにしてみせる。それくらいの気概がなくて、どうしてプロになるなどと言えようか。

 

そうだ。これはポケモントレーナーとしてのオレがぶつかる最初の壁だ。

壁を突破する。それだけだ。

単純な理屈だが、アトリが複雑なことを考えても、篭で水を組むようなものである。

トレーニングが終わっても元気にじゃれついている3匹を見て肩の力を抜く。

 

大丈夫だ。

こいつらと一緒なら、必ずやれる。

 

アトリには非凡な才能はない。

前向きになった今でも、その考えは変わっていない。

確かに育成における才能は捨てたものではないと自覚している。

多くの人が評価する『フワ・アトリの才能』とはそこなのだろう。

だが、アトリはそれだけでは勝てないと知っている。

 

かつて、偉大な発明家はこう言った。

 

『天才とは99%の努力と、1%のひらめきで出来ている』と。

 

5年前、圧倒的な実力でアトリを負かせた『ヒカリ』という少女の様に、戦略で最も重要なことは『相手の意表をついて主導権を握る』ことである。

 

だが、彼には『1%のひらめき』に相当する発想力というものがない。彼は既存の戦略を詰め込み、模倣して、多い手札で効果的に運ぶことによって真価を発揮するタイプだ。

セレナとのバトルの際使用した地形を利用した『転がる』の封殺も、ヒカリが使用した戦略を模倣したものに過ぎない。

 

それはアトリの強さであり、弱さでもある。

既存の戦略は手堅い安定感がある代わりに、対策も立てやすい。そして、相手が新しい戦略でぶつかってきた場合、明確な対策が瞬時に組み立てられない。

そうなった場合、どうカバーしていくか。

 

「最後にものを言うのは地力の差……」

 

両手で頬を張り、弱気の虫を追い払う。

無い物ねだりをしても、仕方ない。

才能を理由に諦める方向にいくのは、もうたくさんだ。それならば、今あるものでどう戦っていくかを考える方が建設的である。

 

「やってやるさ……ッ!」

 

次の瞬間。視界の端で何かが発光した。

驚き、目をやると、アトリのメリープが眩い光を放っている。

 

四足歩行から二足歩行へ。

尻尾の色が黄色から青へ。

身体中を包んでいた羊毛は頭部と胸部を除いて抜け落ちピンク色の素肌を晒す。

やがて輝きは収まり、メリープの進化形『モココ』が威風堂々たるその姿を見せつけた。

 

進化。ポケモンの最大の神秘であり、特徴である。

十分に育ったポケモン、もしくは一定の条件を満たしたポケモンが姿を変える現象であり、進化前と比較して大きくパワーアップする例がほとんどだ。

 

「ファアアア!」

 

モココは空に向かって喜びの声をあげる。ロコンとムックルも彼の進化を祝福するように飛び回っている。

 

「そうか……。最近落ち着きがなかったのはこれの前兆だったのか……」

 

大事なジム戦の前にこうなってくれたことは吉兆の前触れか。

開いた拳を強く握りしめる。

 

確かにオレには才能はない。

だが、ポケモンバトルはオレだけの能力で決まるわけじゃない。

オレ達はチームだ。

才能のないオレの役割は、こいつらの力を信じて、最善の策を選択すること。

こいつらと一緒なら何処までもいける。きっと――いや、絶対に、だ。

 

2

 

午前9時30分。ハクダンシティのカフェで仕事をしていた女性は大きく伸びをした。カールした癖毛がチャームポイントの彼女の名はパンジー。ミアレ出版に勤めているジャーナリストである。

彼女は現在悩みがあった。

出版している雑誌――月刊ポケモンファンの今月号の特集。期待の新人トレーナーの資料が今一つなのである。

最近破竹の勢いで連勝記録を伸ばしているアサメタウンのサラブレッド。

セレナ・ベクシルに取材を断られたのは痛かった。

彼女の実力はパンジーの知る限りバッジ1つトレーナーの中では頭ひとつ抜けている。

虫タイプに不利な草タイプと悪タイプでの立ち回りは芸術と言っても差しつかせない。

その上、見るものを見惚れさせる美しい容姿。

彼女が取材を受けてくれれば、雑誌の特集記事は華やかなものになったであろう。

 

「逃がした魚は大きかったわね……」

 

とはいえ、いつまでもここで管を巻いていても仕方がない。

締め切りは待ってはくれないのである。

ないならないで、今あるトレーナーの記事だけで凌ぐしかない。

気持ちを切り替えて資料を整理していると見知った顔がパンジーの視界に入ってきた。

 

「ジーナさん、デクシオくん!」

 

向こうが此方に気付いたことを確認して大きく手を振ると、二人ともパンジーの方へ歩み寄ってくる。

赤と青。色違いのスカーフにデザインがよく似た白を基調とした服装に身を包んだ男女はそれぞれパンジーに一礼した。

金髪のショートカット。白い肌のデクシオ。

黒髪のセミロング。褐色の肌のジーナ。

彼らは腕の立つトレーナーであると同時に、携帯獣進化の研究における世界的な権威・プラターヌ博士の高弟に名を連ねる将来有望な研究者である。

 

「おはよう」

「ごきげんよう、パンジーさん!」

 

パンジーの挨拶にジーナは元気よく応じる。

 

「今日はどうしたのかしら? プラターヌ博士からの頼まれごと?」

「はい。今日はちょっとジム戦見学――「プラターヌ博士の秘蔵っ子の実力を測りに行きますの!」

 

ジーナがデクシオの発言に被せるように言う。

デクシオが慌てて制止しようとするが、暴走列車は止まる気配を見せない。

 

「わたくしも暇ではありませんが、フラダリさんに『どうしても』と頼まれたら断れませんわ! まあ、わたくしも? 実績がないランク0のトレーナーにも関わらず、あのフラダリさんに『投資させてくれ』とまで言わせるトレーナーが気になる――「わー! わー! ジーナ、ストップそれまで! 不確定な情報をむやみやたらに触れ回るのはダメだよ」

 

デクシオがジーナの口を塞いで向こうに引っ張っていく。暴れる彼女から2、3発ビンタを頂戴したデクシオは煤けた様子でパンジーの前に戻ってきた。

その様子にパンジーは苦笑する。

勝気で前のめりなジーナと控えめで慎重なデクシオ。

お互いが、お互いの持っていない資質を補完し合っているこの二人は本当にバランスがいい。

 

「それってオフレコ?」

「え? えーっと、そういう訳では、ない……のかな?」

「よかったら私にも見せてもらっていいかしら?」

「え? いや、でも……」

「よろしいのではなくて? ジム戦は基本、見学自由ですわよ」

 

デクシオは暫く考え込む素振りを見せるが、やがて問題なしの方にジャッジがあがった。

 

「わかっているとは思いますが、ジム戦の前に彼との接触はお断りさせて頂きます。

出来るだけ平常心で挑んでいただきたいので。顔出しもNG。先程聞いたフラダリラボがスポンサーになる、という話も正式な決定が下るまでオフレコという条件でお願いします。あくまで観客席で観戦するだけ、ということでお願いします」

「問題ないわ」

「それではレッツゴー! ですわ!」

 

先陣をきるジーナ達から少し離れて、ハクダンジムに向かう。ジムの前に到着すると、青いジャケットを羽織ったウルフカットの少年が顔を強張らせながら、ソワソワと落ち着き無く行ったり来たりを繰り返している。

 

ジーナは写真を取り出して、彼と見比べる。そして、指をパチン! と鳴らした。

 

「ビンゴですわ!」

 

少年は此方に気づいたようで、会釈をしてからデクシオ達の方へと向かっていく。

 

「失礼ですが、フラダリラボの方でしょうか?」

「正確にはフラダリラボから貴方の査定を委託された者ですわ!」

「はじめまして。僕はデクシオ。こっちが――」

「麗しきわたくしの麗しい名前はジーナ! 以後お見知りおきを!」

「ご丁寧にどうもありがとうございます。ご存知かもしれませんが、僕はフワ・アトリです。今日はよろしくお願いします」

 

一見すると礼儀正しい好青年に見えるが、どうにも丁寧すぎて嘘臭い。あの歳で愛想笑いが様になり過ぎている。

パンジーには彼が腹に一物持っているように思えて仕方がなかった。

 

3

 

ハクダンジム。ランクを示すジムバッジを管理する施設であると同時に、虫タイプのエキスパートの育成を目的としたいわば道場の側面を持っている………はずなのだが……。

あたり一面には虫ポケモンの写真がこれでもか! というくらいに展示されている。

 

「これは?」

「ああ、ジムリーダーのビオラさんはジムリーダーであると同時にカメラマンも兼任しているんだ」

「ポケモントレーナーとしても、カメラマンとしても一流! ああ、同じ女性としてあこがれますわ……!」

「ジーナー、戻ってきてー」

 

うっとりしているジーナはデクシオに揺すられ正気に戻る。咳払いを一つしてごまかすように更に大きな声を張り上げた。

 

「それじゃあ僕たちは先に観戦席へと移動してますね。健闘を祈ります」

「グッドラックですわ!」

「はい、ありがとうございます」

 

デクシオとジーナの後ろ姿が見えなくなったことを確認して頭を上げる。ポケモンリーグの登竜門。さしずめオレは道場破りって立ち位置か?

アトリは深呼吸をひとつした。

全身の血が逆流するほど緊張している癖に、頭の中はクリアだ。五感のすべてが研ぎ澄まされて、勘が鋭くなる。

今なら何でも出来そうな気がする。

 

「おーす、未来のチャンピオン! 初めてのジム戦か?」

「はい。よろしくお願いします」

 

受付にトレーナーズカードを提示する。カードに内蔵されているICチップを機械で読み込んでいる間に簡単な説明が執り行われた。

 

「このジムはみんな虫タイプのポケモンの使い手ばかりだ。わかっていると思うがエスパー、草、悪タイプのポケモンはカモネギにされてしまうぞ」

 

そういえば、セレナはこのジムを攻略したのだろうか。

彼女の手持ちポケモンはみんな虫タイプと相性が悪かったはずだ。

 

「そこのバーを蔦って降りればジムリーダーとジムトレーナー達のいるフロアに降りられるぞ。フロアには仕掛けが施されていて、そこを抜けた奴だけがジムリーダーに挑む権利を得られるから頑張れよ」

 

返却されたカードをポケットの中へしまって説明を受けた棒の方へ向かっていく。

その両脇に設置されているポケモンジムのエンブレムを象った石碑の前で足を止めた。

そこにはハクダンジムがその実力を認めた無数の兵の名前が小さく刻まれている。その最後尾に刻まれている彼女の名前を見つけてアトリはそっと背中を押されたような気がした。

 

そうか。やっぱりセレナはここのジムリーダーに勝ったんだな。

 

遠く離れていても、近くに感じている。

彼女がこのジムを攻略したのなら、アトリはセレナのライバルとして負けるわけにはいかない。

 

靴ひもを結び直し、ジャケットを脱ぎ捨てる。跳躍してバーを掴み、勢いを利用して一気に下のフロアへと踏み込んだ。

 

「うおッ!?」

 

着地の瞬間、予想外の地面の柔らかさにアトリの声が裏返った。

状況確認。周囲を見回す。

足元を中心に広がるクモの糸。狭く弾力のある足場でバランスをとるのは難しい。

 

地上までの位置は目測で約5メートル。安全のためにマットが敷いてあるとはいえ、落ちたらそれなりに痛そうだ。

 

「よっと」

 

ゆっくりと、慎重に。

足場を踏みしめて立ち上がる。そして、一歩、一歩。バランスを取りながらすり足で前に進んでいった。

やがて、バランスの悪い足場に順応したアトリの足取りは軽くなる。

 

「こんなところでバトルになったら厄介、だなっと」

「そういうわけにはいかないのよ!」

 

ミニスカートをはいたトレーナーがアトリの前でモンスターボールを掲げる。

 

「私はハクダンジム所属のジムトレーナー・ミク! ジムリーダーに挑む力量があるかどうか、貴方の力量を計らせていただきます!」

「よっしゃあ、行くぜ野郎ども!」

 

アトリもモンスターボールを取り出して応じる。

眼と眼があったらポケモンバトル。トレーナー同士のローカルルールではあるが、スタンダードでもある。その礼儀に則って――

 

「仕事の時間だ!」

「お相手させていただきます!」

 

ムックルと蜂の子ポケモン・ミツハニーが同時に空中に躍り出る。

互いに足場の悪条件をリセットするベターな選択だ。

 

「ミツハニー、『風起こし』!」

 

ミツハニーは風を巻き起こし、空気の渦がムックルを煽り空中の機動力を封じる。

アトリは人差し指でコメカミを叩いた。

 

「向かい風だ、利用させてもらえ!」

 

ムックルは翼の仰角を合わせ、風を受け止める。

ハングライダーの要領で浮き上がったムックルはミツハニーの頭上を飛び越えた。

 

「『ツバメ返し』!」

 

ピッチダウンしてミツハニーの背後に回り込んだムックルは、加速して下から上への当て身を喰らわせる。効果は抜群だ。

最大加速からの飛行タイプの技を受けてミツハニーは倒れた。

戦闘不能となったミツハニーをボールに戻したミクは2匹目にコクーンを繰り出す。

 

「コクーン、『固くなる』!」

 

表皮の硬度を上げて防御力を上げる算段であろう。確かにムックルの打撃攻撃には防御力を上げる選択は間違ってはいない。

だが、甘い。アトリの手持ちは一匹ではない。

 

「戻れ、ムックル!」

 

ムックルをボールへ戻し、ロコンを繰り出す。

彼我の距離は約3メートル。『サナギ』という形態上、コクーンの動きは非常に遅い。

足場の悪さなど動く必要がなければ――

 

「――どうってことはねえッ!」

 

強い日差しのブーストがかった『弾ける炎』を受けたコクーンはひとたまりもない。

倒れたコクーンをモンスターボールに収めたミクは悔しそうに唇を噛み締めながら一礼した。

 

「負けました……」

「ありがとうございました!」

 

最敬礼をしてから、子供の様な明け透けな笑顔を浮かべた。

 

4

 

「強い……」

 

モニターで観戦していたパンジーはアトリと彼の手持ちポケモンの実力に唸りを上げた。

よく鍛えられている上に、彼自身の状況判断がスピーディかつ的確である。

最初のムックルは悪条件である足場の悪さを無効化できるという考えから。

相手が防御力の高いコクーンに変えるや否や、接近戦ではなく、中遠距離戦へと戦略をシフトして対応した。僅か3手で完全勝利。

ジムトレーナーはジムリーダーに劣るものの、並のトレーナーでは太刀打ちできないほどの実力を有している。そんなジムトレーナーを彼はまったく寄せ付けない。

バッジを所有していないトレーナーの強さではない。

 

「あれだけの実力があるのに、今までどこに隠れていたというの……?」

 

戦慄すると同時に、胸の高鳴は治まるどころか、乱れる一方だ。

 

期待の新人。ダークホース。新星の誕生。

 

活字がパンジーの頭の中で踊っている。

手元にノートパソコンがあれば、この気持ちをすぐにでも文章にして記すことができるというのに!

 

「勝てると思いますか?」

 

デクシオの問いにパンジーは少し考え込むような素振りを見せた。

 

「そうね。可能性は十分にあると思うわ。でも妹もそう簡単に負けはしないでしょうね」

 

見上げたモニターの中ではアトリがハクダンシティジムリーダー・ビオラと相対していた。

 

 

 

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