ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第16話 VSビオラ

 

 

1

 

「勝負に挑むその表情。いいんじゃない、いいんじゃないの」

 

目の前にいる女性はハクダンシティジムリーダー『ビオラ』。

『笑顔を見逃さないカメラガール』の異名を持つ虫タイプのエキスパートである。

ビオラは挑戦者のデータが入力された書類をスタッフから受け取り目を通す。

 

「アサメタウンのフワ・アトリ君。初めてのジム戦ね。いいんじゃない、いいんじゃないの!」

「よろしくお願いします」

 

精悍な表情を崩すことなく、一礼する。

礼儀正しい態度の裏に、ギラついた野心が滲み出ている。

目の前にいる人は壁だ。行く手を阻む壁は死力を尽くしてぶっ壊す。

言葉にしなくても、ビオラにはアトリの心の内が手に取るように感じる。

 

覚悟の質はバトルにも表れる。だからこそビオラにはわかる。

彼は強い。叶う事なら、ジム戦として実力を量るバトルよりも全力の手合せをしたいくらいである。

 

「負けて悔しがるのも……、勝った瞬間も、どちらも被写体として最高!」

「悔しがってるところを撮るんですか。悪趣味ですね」

 

アトリは好戦的な笑みを浮かべなら揚げ足取る。

それに対して、ビオラもまた好戦的な笑みで応じた。

 

「それが嫌なら勝つしかないわね」

「勝てば総取り、負けたら総スカン。わかりやすくていいですね」

 

数拍置いて、対峙した両者は一歩後ろに下がってモンスターボールを掲げた。

 

「準備はいいか、野郎ども……ッ!」

「ハクダンシティジムリーダー・ビオラ――シャッターチャンスを狙うように勝利を狙うわよ!」

「――いくぞ、仕事の時間だッ!」

 

ムックルとアメモースが同時にモンスターボールから飛び出した。

目玉ポケモンの分類通り両羽についている目玉模様の羽が相対する者に怖い印象を与える。

が、顔の紋様に隠れている円らな瞳がやけに可愛らしい。

見る者によってその印象をがらりと変えるポケモンであろう。

 

「先手を取れ! 『燕返し』!」

 

ムックルの最短距離からの一撃にアメモースは成す術なくダメージを受ける。

だが、浅い。

アメモースの特性『いかく』の所為で腰が引けてしまっている所為が、ダメージの通りが悪い。

 

「アメモース、『蝶の舞』!」

 

指でコメカミを叩く動作をしながら相手の戦略を分析する。

蝶の舞は素早さ・特殊攻撃・特殊防御の能力を一時的に高める技。

という事は、

 

――居座る気満々かよ!

 

アメモースの覚える技と言えば水・氷・虫タイプ。

虫タイプの弱点を補うために、水・氷タイプは確実に覚えていると予想した方がよい。

そして、ロコンはともかく、素早さでムックルに劣るメリープでは確実に先手を取られる。今後の展開を有利に運ぶためには何としてもムックルで決めなければならない。

 

「『電光石火』で轢き逃げアタック!」

 

一気にトップスピードに乗ってアメモースに当て身を見舞う。

アメモースの体勢が崩れかけるが、威嚇され腰の引けた打撃では倒すに至らない。

 

「この展開! いいんじゃない、いいんじゃないの!」

 

スピードを落とすムックルの背後にアメモースが回り込む。

ムックルは振り切ろうとスピードを上げるが速さは『蝶の舞』で速度の底上げをしているアメモースに分がある。

 

「『冷凍ビーム』!」

「ループで振り切れ!」

 

空中で翻り背後を取ろうと試みるが、ビームが翼を掠め、ムックルの翼が凍りつく。

バランスを崩したムックルは地面に真っ逆さまだ。

 

「戻れ、ムックル!」

 

地面と激突する前にモンスターボールへ戻す。

ボールの中のムックルは寒さで膨らんで体調不良を示している。

 

「よく頑張ってくれた。――飛行・炎タイプの対策はバッチリってところですか?」

「勿論。虫タイプのエキスパートとして出来ることは全部やっているつもりよ」

 

アトリはコメカミを指で叩く。

今の発言でアメモースが水タイプの技を覚えていることは確定した。

ロコンを出せば、間違いなく水タイプの技で応戦してくるであろう。

 

「ロコン!」

 

だが、あえてロコンで挑む。

タイプの利があろうと、スピードの遅いモココでは速・特攻・特防を上げた状態の特殊攻撃を受けるにはリスクが高すぎる。

 

「『ハイドロポンプ』で迎え撃って!」

「何かする暇を与えるな、『電光石火』!」

 

ビオラの指示を受け、アメモースは技を撃つ為のタメを作るが、その隙にロコンの技がクリーンヒットする。

すでにムックルの攻撃で弱っていたアメモースはあえなく撃沈した。

 

「これでイーブン!」

「逆境を跳ね返すその勢い。いいんじゃない、いいんじゃないの!」

 

アドバンテージを無くしても尚、ビオラは余裕な笑みを浮かべた。

アトリの頬を冷たい汗が伝い、落ちる。

此方にタイプ相性の利があっても攻めきれていない。底の知れないジムリーダーの実力に戦慄を覚えた。

 

いや。

 

頭の片隅に敗北の未来が過って、慌てて弱気の虫を振り払う。

 

アトリとてこの三か月間、働く以外、何もしなかったわけではない。ハクダンシティからアサメタウン、そしてポケモンリーグお膝元22番道路で修行してきた。

その中にはこのビオラに勝利したランク1のトレーナーも確かにいたのだ。

 

落ち着け。ランク0のトレーナーはみんなこの道を突破してきた。だったらオレがやれない理由はねえッ!

 

「次はこの子よ!」

 

ビオラはそう言って次のポケモンを繰り出した。

 

「デンチュラ!」

「電気タイプか!」

 

電気グモポケモン・デンチュラ。分類名が示す通り、虫タイプと電気タイプを併せ持つこのポケモンは飛行タイプへのカウンターとしての役割を持っているのだろう。

その上、打たれ強さを犠牲にした速さは虫タイプトップクラスのスピードを誇る。

ムックルで挑んだなら確実に封殺されていただろうが、ロコンなら電気タイプの技は等倍である。特性は場の空気が変化したことから『複眼』じゃなく『緊張感』であろうと予測する。

問題になるのは耐久力。タイプ相性的にはアトリのロコンに分があるが、スピードはビオラのデンチュラに分がある。

先手を取られると一撃で沈められる可能性は十分に考えられる。その逆も然り。

 

「……………………」

「……………………」

 

動かざること山の如し。

互いに一撃で決まるこの状況で、迂闊に動くことは出来ない。

先の先をとるか、後の先をとるか。両者の間に重苦しい沈黙がわだかまる。

 

「行け!」

 

先に沈黙を破ったのはアトリだ。号令と同時にロコンは『弾ける炎』を撃つ。

デンチュラはサイドステップでそれを回避。自身の糸で作った電撃を纏った網をロコンに投げつける。空間を制圧する面攻撃。

ロコンのスピードでも避けきれない。

 

「焼き払え!」

 

炎で網をボロボロにして通電を断つ。燃え散った網が舞う中、視線をデンチュラの居た地点へと戻す。だが、そこにデンチュラは既にいない。

 

「避けろ!」

 

反射的に右へと避ける。ロコンのいた地点に上空から電撃が降り注いだ。

デンチュラは天井や壁に糸を張り付けて、四方八方へと飛び回りながら地上のロコンに電撃を見舞う。

地に足を付けているポケモンにとって上空は完全に死角だというのは、ムックルの得意戦法から熟知していた。

 

「足を止めるな! 的にされるぞ!」

 

トレーナーの指示通り左右に動いて的を絞らせないように動くものの、それだけですべての攻撃を回避するのは限度がある。

激しい無酸素運動をこのまま続けていれば、先にロコンのスタミナが切れてしまう。

 

だが、

 

コメカミを指で一度叩く。

 

「その一手は研究済みだッ!」

 

言うと同時に天井を指差す。

ロコンもまた、天井に狙いを定めて火を飛ばす。

炎の塊は空中を飛び回るデンチュラに掠りもせずに素通りするどころか明後日の方向へと飛んでいった。

 

「無駄よ! 誰もデンチュラには追い付けない!」

「追い付く必要なんてない! なぜならッ!」

 

飛び移っているデンチュラの糸が切れた。

スピードに乗り、無軌道な動きで相手を攪乱するデンチュラを捕捉することは至難の技だ。

しかし、糸で吊り下がっているデンチュラの対極の位置に張り付いている、いわば『支点』となっている糸はその限りではない。動きの少ない天井に張り付けている糸を切れば、あとは空中に投げ出される無防備な的の出来上がりである。

糸を使って回避するにはシングルアクション必要である。その間隙を逃す手はない。

 

「撃て!」

 

ロコンの『弾ける炎』が空中に投げ出されるデンチュラを肉薄する。

 

勝った!

 

アトリは勝利を確信して拳を握った。

 

「『光の壁』!」

 

着弾の瞬間、デンチュラの前に半透明の壁が割り込み、軌道を阻む。

ロコンはアトリの指示が来ないことに戸惑いつつ、地上に着地したデンチュラと距離をとった。

 

勝利を確信していただけに、衝撃が大きい。驚愕のあまり思考が数秒間停止してしまっていた。

 

 

ビオラはアトリの作ってしまった大きな隙をあえてその最大の隙を見逃した。

 

ポケモンの育成能力は文句なし。手持ちポケモン達が能力面で劣る未進化ポケモンだが、一歩も引かず善戦していることから、よく鍛えられているとわかる。

特にあのロコンの資質は文句なし。トレーナーの指示に少しの逡巡を見せることなく的確に応じていることから、彼らのコンビネーションはかなり高いレベルまで昇華されている。

対策を講じてある戦略には滅法強い反面、アクシデントに対応する能力に乏しく、精神的な弱さが目立つ。

 

ビオラはアトリの評価を心の中のノートに書き綴っていく。

 

デンチュラが着地したのを確認してから、待機を命じる。

ここで畳みかけて封殺してしまうことは簡単だ。だが、それではジム戦の意味がない。

挑戦者はビオラが戦略を切り替えたことを察した筈だ。この挑戦者なら気づかない筈がない。

この後の対応を見るには、挑戦者の力量を推し量る『ジムリーダーとしてのビオラ』のやるべきことだ。

 

アトリは持ち直したのか、コメカミを指で叩いて思考を巡らせている。

 

 

『光の壁』。一定時間、ロコンの『弾ける炎』やモココの『10万ボルト』といった特殊攻撃技を半減する性質を持つフィルターを張る技。

特殊攻撃をメインにしているロコン、この後に控えているモココにとって非常に手痛い展開である。

 

 

 

光の壁を突破するには日照りのブーストを受けた『弾ける炎』でも火力不足。ロコンの『日照り』終了時間まで残り2分。それを過ぎれば素の火力だけで勝負に挑まなくてはならない。どちらにしてもジリ貧。

それまでに勝負を決めなければない。

 

その為には――

 

一度のアイコンタクト。それだけで十分だった。

心は痛むが、これ以外に突破口を開く術がない。

 

ロコンは地に伏せる。

 

「何の真似?」

「………………」

 

ビオラの問いかけに沈黙で返す。

あんな姿勢ではあのロコン自慢の機動力を十全には生かせない。

だが、アトリの思考を巡らせるときに出る癖はそのまま続いている。

 

ダメージを最小限に抑えるための防御姿勢。光の壁が消えるまでの時間稼ぎか。

何にしてもやることは変わらない。

 

「十万ボルト!」

 

強烈な電撃がロコンに降り注ぎ、ダメージが蓄積していく。

 

ここから先は根競べだ。耐えてくれ、ロコン!

 

「もっとだ!」

 

もっと!

 

「もっと!」

 

もっと!

 

「もっと燃やせッ!!」

 

アトリとロコンの思考がシンクロし、共鳴する。

互いの神経が溶け合っているかのような不思議な感覚だった。

 

その上、腹の底から湧き上がるこの高揚感。血が沸騰しているのに、頭の中は妙にクリアだ。

ああ、そうだ。この感覚……。セレナとの勝負で感じたこの感覚……。

 

負ける気がしねえッ!

 

腹の底にある炉を制御するのではなく、敢えて暴走させる。そうして行き場を失って臨界点に達したエネルギーを一方向に――

 

「氾濫させろッ!!」

 

夥しい量の焔が空気を侵し、デンチュラを襲う。日照りのブーストがかかった膨大な燃焼エネルギーはフィルターに阻まれても、デンチュラのダメージキャパシティを超えるには十分すぎた。

 

「もどって、デンチュラ」

 

戦闘不能のデンチュラをボールに戻してアトリに微笑みかける。

まさかあの追い詰められた状況で、更にギアをあげてくるとは。

 

「肉を斬らせて、骨を断つ。本当にする人は珍しいわね」

「そうですね。心は痛みますが……、本当に痛いのはロコンです。だけど、こいつはそれをわかっているにもかかわらず、オレの指示に従ってくれている。オレはこいつの覚悟に報いるために全力を尽くす。それだけですよ」

 

手段を選ぶつもりはないことを示唆しているが、ポケモン達を道具扱いしているわけではない。トレーナーとポケモン達が目標を統一して、それを達成するためのチームとして行動している。

 

「あなた達ってサイコーのコンビね!」

 

心からの賛辞をトレーナーに贈る。そして、最後の一匹を投入する。

 

「ビビヨン、お願い!」

 

上部の赤と黄色で表された太陽の模様および、下部の水色で表された海の模様のビビヨンが空中を飛び回る。

同時にガラス越しに照らしつけられた日輪の光が弱くなる。

デンチュラの十万ボルトを受けて、ロコンの相当深いダメージを負っている。加えて、先ほどの炉の暴走の影響で最早ロコンは満身創痍だ。

この場合は手傷を負わせて、撃ち逃げするのがベター。

 

「鬼火!」

 

キラリと銀色に光る『何か』がロコンの周りに飛び散った。

相手を『火傷』状態にする小さな青い火を飛ばそうとした次の瞬間――――爆炎がロコンを包んだ。

 

 

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