ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第17話 サービス残業

 

 

1

 

「な、にが……起こっ……た……?」

 

鬼火を放ったはずが、いつの間にか炎に包まれていたのはロコンの方だった。

行動の起こりを認識すら出来なかった。先制攻撃や、ミラーコートなどといった分かりやすいものではない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気がする。

 

「さあ、追い詰めたわよ。貴方の底力を見せて頂戴!」

 

無様だな。と自嘲した。

『楽勝だ』と油断した途端、追い詰められている。たった1勝がこんなにも遠い。

 

『残り1勝は追い詰めたのではなく、追いかけていると思いなさい』

 

「残り1勝を、追いかける……」

 

アトリは拳を握り、思いっきり自分自身を殴りつけた。

ビオラは彼の奇行に目を剥くが、当の本人は何かが吹っ切れ、スッキリした顔をしている。

 

これを教訓にしよう。油断するな。攻めの姿勢を忘れるな。

プロとしての道を行くのなら、常に自分が崖っぷちにいるという事を骨の髄まで叩き込め!

 

アトリの欠点である精神的な不安定さ。その克服の第一歩を踏み出した。

 

ビビヨンは虫・飛行タイプ。相性の有利はアトリにある。このまま一気に攻める。ロコンを戦闘不能にしたあの技の正体は気になるが、ここはリスクを背負ってでも強引に行く場面だ。

 

「行くぞ、モココ!」

 

アトリのモココとビオラのビビヨンが会い見える。そして――――勝負は僅か二手の攻防で決した。

 

2

 

「貴方たち本当にサイコーの! いいんじゃない、いいんじゃないの!」

 

モココの『パワージェム』で辛くも勝利したアトリは喜ぶ、というよりも心の底から安堵した表情を浮かべていた。

緊張を解いた途端に胃の痛みがそれはもう、どえらいことになっている。

モココはそんなアトリを気遣うように背中をさすっていた。

 

「大丈夫?」

「え、ええ。まあ……」

 

青い顔で精いっぱいの笑顔を作ろうと試みるが、どこぞのクレイジーピエロのようになっており、ビオラの顔が引きつった。今の彼を被写体にして写真を撮るとしたら、テーマは『ホラーショーへようこそ』という感じになる。子供にトラウマを残すことは必至であろう。

しばらくして落ち着いたことを確認してからビオラはアトリに自身の管理しているバッジを手渡した。

 

「これが『バグバッチ』よ。ランク1に昇格ね。おめでとう」

「ありがとうございます」

 

素直に喜ぶ気にはなれなかった。

全体的に有利な構成だったにも関わらず、最後の一体まで勝負がもつれ込んでしまったのは、トレーナーの慢心と研究不足によるところが大きい。交代の見極めポイントが悪い。初戦で攻撃力が下げられたムックルではなく、打たれ強くタイプ相性も有利なモココに即交代するべきだった。そうすれば2戦目以降も流れを有利な方向に持っていける。

メンタルのコントロールもまだまだ甘すぎる。その所為で二戦目のデンチュラ戦は咄嗟の切り替えが出来ていなかった。その隙に一気に攻め込まれれば倒されていたのはロコンだ。

勝ったといっても課題が非常に多い内容である。

 

「すみません、聞いてもいいでしょうか?」

「なにかしら?」

「最後のビビヨン、ロコンに何をしたんですか?」

 

ロコンが『鬼火』を放とうとした瞬間、周りが爆発した。

結局バトル中にあの現象の謎を解き明かすことは出来なかったが、今後の対策の為、解明しなくてはならない。戦略の種をそうそう簡単に明かしてくれるとは思っていないが、物は試しだ。拒否されたならそれで構わない。若干時間はかかるが、自力で調べ上げるつもりだった。

 

「あれは『粉塵』っていってね、浴びせた相手が炎タイプの技を使うと爆発してダメージを与える技よ。ノーモーションで撒けるから、どんな相手にも先制をとれるのが強みね」

 

ビオラは驚くほどあっさりと教えてくれたため、やや拍子抜けしてしまった。

それと同時に先ほどの展開も腑に落ちる。早速『粉塵』についての研究と対策をしなくてはならない。

 

「ありがとうございました!」

「頑張ってね。貴方とポケモン達なら何処までも行けるはずだから」

「はい! 失礼します!」

 

一分一秒でも立ち止まっていられない。

ポケモンセンターに寄った後、スクールの資料を読ませてもらわなければ。

モココと一緒に走り出し、どんどん小さくなっていく後ろ姿をビオラはカメラを構えてフィルムに収めた。

 

 

「タイトル『走り出せ、前向いて』。…………『Take off!』でもいいかしら?」

「意地悪ね」

 

「姉さん、来てたの?」

「ええ。あのメンバー、どう見てもランク0のトレーナーに出すメンバーじゃないわよ」

 

アメモース、デンチュラ、ビビヨン。

どれも最終進化形態であり、未進化ポケモンとは比べ物にならない強さを持っている。

駆け出しから初心者が多く属するランク0のトレーナーに対する昇級試験としては難易度が高すぎる。

 

「バレちゃった?」

 

ビオラはテヘペロと、舌を出す。

パンジーの指摘通りアトリの相手をしていたメンバーはジムバッジを4つ持っているトレーナー。即ちランク5の審査用のメンバーだ。

 

「フラダリ社長から要望があったのよ。『彼は既にランク4くらいの実力があるからジム戦はそのレベルに合わせて』ってね」

「気の毒……」

「『人生を左右する大事な勝負で油断して負けるような奴はいらん』だそうよ」

「相変わらず厳しい人ね」

 

そう、フラダリは厳しいのだ。フラダリラボ所属になる以上、彼には企業に利益を還元する義務が生じる。その厳しい条件に妥協はしない。

だが、裏を返せばそれはそれだけ彼のこれからに期待しているとも解釈できる。

彼は出来ないことをやれとは絶対に言わない人間である。

なんにしても、

 

「前途多難ね」

「そうね。けど、彼ならきっと大丈夫」

 

嘆息交じりに言うパンジーの言葉にビオラは笑った。

 

3

 

「今日はありがとうございました」

 

モココをモンスターボールに戻し、ジーナとデクシオに最敬礼をした。

 

「ギリギリだったね」

「はい、ギリギリでした」

 

デクシオのやんわりとした、それでいて鋭いツッコミにアトリは苦笑を零した。

 

「けど、自分自身の課題もはっきりしました。克服のためにどうするべきかはまだわかりませんが、それを認識できたことは、収穫だと思います」

「前向きだね」

 

そうだ。

行き詰っていた自分自身にもまだまだこんなに伸び代がある。そのことが純粋に嬉しい。

ないものを羨んで後悔するのはもう嫌だ。

『才能』が如何とか言うのは、やるべきことを全部やった後だ。

余裕のなかった頃は『才能』が全てだと思っていたが、こんな風に考えられる日が来るとは。

人生というのは本当にわからないものである。

1%の発想がないなら、ある奴から吸収すればいい。その上で、それを『対策』『模倣』して自身の強みとする。それがフワ・アトリのトレーナーとしての目指すべき道。

 

「今日の失敗をただの失敗として終わらせない。失敗を次に生かしてこそ、失敗した甲斐があるってモンですよ。その為には落ち込んでいる暇なんてありません。今直ぐにでもやれることをやっていかないと」

「その考え方よくってよ! このジーナ、責任を持ってフラダリさんにあなたを推挙いたしましょう!」

「そうだね。内容はどうあれ君はフラダリさんの出した課題をクリアした。悪いようにはならないと思うよ」

「ありがとうございます」

 

前向きな返事を得られて胸を撫で下ろす。挨拶もそこそこにデクシオとジーナと別れ、トレーナーズスクールへと足を向ける。今日、生徒たちはミアレシティへの社会見学へ行っているので鉢合わせする心配はない。

即ちそれはアトリが自分の調べものを存分に出来るということだ。

抑えきれない高揚がアトリの足を速くする。

 

いよいよだ。

いよいよ、ポケモントレーナーとしてのスタートを切れる。

それまでにやれることをやっておく。

ふと学長やジョゼット、生徒たちに監督、現場の先輩たちの顔が脳裏に過った。

次に進むという事は、彼らと別れるという事だ。

 

オレはあの人たちに、何かを返せるのだろうか。

 

考えても仕方がないので一旦保留した。

スクールに着き学長に鍵を開けてもらい、資料室の本を読み漁った。

 

「ビビヨン……覚える技は粉系全般……。粉塵を持っているかもしれないというのは炎タイプのポケモンと対峙した時の駆け引きとしてつかえる。種族としての能力は高いとは言えないが、『眠り粉』と『蝶の舞』の合わせ技が填まったときの爆発力は凄まじいの一言。トレーナーの技量が問われるテクニカルタイプってところか……」

 

そこまで調べて一旦思考を打ち切った。

 

「騒がしいな……」

 

慌ただしい雰囲気に怪訝な顔をする。

生徒たちはミアレシティに行っていて、先生たちもほとんど引率に着いて行っているはずである。何かあったのだろうか。

 

「アトリ!」

 

そう思った直後、血相を変えた学長が資料室に飛び込んできた。

 

「学長。如何したんですか?」

 

只ならぬ気配を感じ取り、アトリも気を引き締める。

 

「何かあったんですか?」

「ミアレシティに行っていた家の生徒が強盗に襲われたって!」

「はあ!? ちょっと待ってください!」

 

何故襲われたのか。引率の先生は何をやっていたのか。何を盗られたのか。

色んな事が一瞬で頭を駆け巡ったが、一拍間を置いて、まず何を訪ねるべきか逡巡した。

 

 

「怪我人は!?」

「不幸中の幸いなのか、軽傷ですんだけど連れて行ったポケモンを奪われたそうなの」

「生徒の名前は?」

「…………ジョゼット・ジョースター」

 

4

 

「ジョゼット!」

 

警察の事情聴取から解放され、母親と共にスクールに戻ってきた。

学長と親が話をしている間、ジョゼットはアトリと対面していた。酷いショック状態に陥っていて、俯いたまま黙して語らない。

 

「大丈夫か?」

 

必死に言葉を探して第一声がそれである。

大丈夫なはずがないというのに。自分の言葉選びの稚拙さに嫌気がさす。

ジワリと眼尻から涙が流れ落ちる。その様子が痛々しく眉間に深い皺を寄せる。

 

「ピカチュウさんが……」

「ああ、聞いている」

 

隣の椅子に座ったアトリはそう応じた。

大まかな概要はアトリの耳にも入ってきている。

社会見学の自由時間に単独行動をして、路地裏に迷い込んでしまったところを『ポケモンを寄越せ』と脅された。

彼女とピカチュウも必死に抵抗を試みたが、捕まえたばかりのピカチュウでは力及ばず、ジョゼットも大人の力に叶うはずがなく、強引にモンスターボールごとピカチュウを奪われてしまったとのことである。

 

「私はトレーナーだから、守ってあげないといけなかったのに……!」

 

顔をグシャグシャに崩し、泣き崩れる。頬は痛々しいほど腫れ上がっていた。

 

アトリは神妙な面持ちで彼女が落ち着くのを待っていた。

シビアな言い方だが、今回の一件はジョゼットにも非がある。勿論、ジョゼットのポケモンを奪った犯人が一番悪いのは言うまでもない。だが、そんな悪意から身を守る予防策は心得ておくべきである。

カロス地方に来たばかりのアトリでも知っているほど治安の悪さに定評のあるミアレシティ裏路地に――しかも、最近強盗事件が多発しているにもかかわらず――子供1人とポケモンだけで歩けば無防備を晒しているようなものだ。

それを防ぐために、自由行動中は必ず3人以上で行動するように口を酸っぱくして言ってきたというのに。

そう思う反面、その軽率さを責める気にはなれなかった。

ジョゼット・ジョースターはクラスで孤立している。対人関係が不器用で、その内向的な性格も手伝って同年代とのコミュニケーションが上手く取れていない。

そんな彼女が楽しそうな雰囲気の中に――笑い声の中に独りぼっちの人間は辛くて、居た堪れなくて身を置けるはずがない。だからこそ、唯一の友達であるピカチュウと共に集団を離れてしまったのだろう。

 

情けない。彼女の孤立を知っていながら、アトリは何もできなかった。

孤立した人間がどうやったら輪に戻れるのか。

適当にヘラヘラとその場を取り繕って、真っ向から向き合う事を避けていた自分にはその知恵がない。

アトリに出来るのは、精々今まで培ってきたポケモンに関する知識を彼女に教える事だけだ。本当に役に立たない。

 

更に号泣するジョゼットの横について、彼女が落ち着けるように慰めるように頭を軽く撫でながら見守っていた。

1時間ほどして落ち着いたのか、鼻を啜りながら顔を上げる。

 

「大丈夫だ。きっと警察が何とかしてくれる」

 

確証がない気休めもいいところだが、今は彼女の精神状態を前に向けることが先決だ。

何も言わず、頷いた。

 

少しだけ前向きになったジョゼットに安心したように微笑を浮かべる。

今は信じて待つしかない。それ以外に何もできないが、それだけは出来る。

その時、ドアがノックされた。「どうぞ」と促すと控えめに開かれたドアから入ってきた女性のあまりの美しさに目を奪われた。

 

綺麗な人だ。

顔のパーツがどこをとっても恐ろしい程整っている。

腰まで伸ばした金糸の様なきめ細かい金髪。

タレ目がちで、ジョゼットと同じところにある泣きぼくろが妙な色気を醸し出している。

常に浮かべている穏やかな笑顔が更に雰囲気の柔らかさを強調している。

 

ジョゼットの母という事は30歳以上だろう。だが、そうとは思えないほどの美貌を保っている。アトリの母のサキも相当な美人ではあるが、ジョゼットの母の美しさは格が違う。

 

「初めまして。ジョゼットの母です。娘がいつもお世話になっております」

「あ、いえ」

 

貴婦人の様な優雅なお辞儀。あまりにも品のある仕草にアトリは言葉が上手く出てこず戸惑った。

 

「でも、もう結構ですので」

 

表情をまったく変えないまま、声のトーンが落ちる。

一瞬アトリは彼女が何を言っているのかわからず、目を丸くした。

 

「トレーナーズスクールを辞めさせることにしましたの。ジョゼットは将来ジョースター家に相応しいだけの殿方と結婚するのです。こんな場末の学校ではなく、相応の学歴がないとお話になりませんわ」

「え? ちょっと待って。どうして――お母様、勝手に、決めないで……」

「決めてあげてるのですよ」

 

ジョゼットの反論をあくまで柔らかく、言い聞かせるようにジョゼットの母はそう言い放った。

 

「聞き分けのないことを言わないで。ポケモントレーナーとしての知識などあなたの将来には何の役にも立たないでしょう」

 

やはり表情を変えることはなく、穏やかな笑顔のまま淡々とした口調で言い続ける

アトリはここで初めてジョゼットの母の異様さに気が付いた。

彼女の穏やかな笑顔は仮面の様だ。人形の様に整った顔が余計にそう連想させるのかもしれないが。

 

「ちょっと待ってください、お母さん。貴方は今、ご自分で何を言っているのか、本当に理解されていますか?」

 

見かねたアトリは苦言を挟む。

 

「何を言っていますの?」

 

アトリの方を向く、ジョゼットの母の表情にやはり変化はない。

 

「ああ、『場末』と言ったのがお気に障ったのでしょうか?」

「違います。そんなことはどうでもいいんです」

「お若いようですが気楽でいいですわね。悩みなんて軽いものしかないのでしょう。子供なんて自我ばかり強くて……。つい先日もこの学校を辞めるようにいったら、私達への嫌がらせの様に、あろうことかジョースター家に相応しくない野良のポケモンを捕まえて家の敷地に上げて困りましたのよ」

 

この手応えの無さはなんだ?

会話をしているはずなのに、根本的なところをのらりくらりと躱されてしまっている。

彼女が初めて自分の力で勝ち取り、大切に育てようとしていた絆をこんなに軽く見ている。

あの時ジョゼットがどれだけ頑張ったか。どれだけ喜んだか。そういったものをジョゼットの母親はすべて黙殺してしまっている。

果たして彼女は本当にちゃんとジョゼットのことを見ているのだろうか?

 

子供の将来を案じて指図するのは『親』という立場上、あってしかるべきだ。だが、彼女の言っていることは、『子供の選択肢』を無理やり削ぎ落として、自分の定めた理想の型に嵌めようとしている。それは、子供の意思を無視した『支配』でしかない。

 

「…………私は、お母様にとって、ただの道具……?」

 

か細い声で発したジョゼットの言葉に背筋が寒くなった。

精神的に相当思い詰めていなければ、12歳の子からこんな言葉が出てくるはずがない。

これはジョゼットの出したサインだと、アトリは直観的にそう思った。

だが、それに対する母親の態度は冷淡だった。

 

「だったらなんだというのですか?」

 

アトリは一瞬耳を疑った。

 

「いい加減になさい。馬鹿はディーオだけで十分ですわ。貴方はわたくし達の言う通りしてればいいので――」

 

ドガッ!!  と、机を殴りつける音が教室に響く。

石のように固まっていたジョゼットも思わず首を竦めた。

恐る恐るアトリを見ると、射殺さんばかりの怒りの眼差しをジョゼットの母に向けている。

表情を崩すことのなかったジョゼットの母親は目を見開き、慄いた。

 

緊迫した空気が張り詰め、息苦しさを感じる。長い3秒を経て、

 

「……今のなし!」

 

我に返ったアトリは曖昧な笑みを浮かべて、手をバッテンに交差させる。

ジョゼットは思わずズッコケた。

 

「お母さん。貴方には貴方の価値観があるのでしょう。僕には理解できませんが、それは否定はしません。貴方にしてみれば未熟で稚拙なのかもしれません。ですが、彼女なりに真剣に取り組んでいるのです。結果失敗したとしても、それは必ず次に生きてきます。だから、『ダメだ』と決めつけないで、ジョゼットの話もちゃんと聞いてあげてください。お願いします!」

 

ジョゼットの母は深く頭を下げたアトリを鼻で笑うと、ジョゼットの手を引き、教室を出ていった。

残されたアトリはやりきれない表情を浮かべて、深刻に何かを考え込んでいる。

ふと浮かんできた考えを否定するように左右に激しく首をふった。

 

「いやいや、待て待て。何考えてんだオレ?」

 

普通はこういった事は警察に任せるのが筋なのであろう。

彼らは日夜犯罪者を捕まえる為に訓練を続けているその道のプロだ。素人が出しゃばって、首を突っ込んでも足を引っ張るだけである。

 

だが、それでも――。

 

ポケモン強盗は刑法では『窃盗事件』として扱われる。

警察の仕事はあくまで犯人を逮捕することであって、盗まれたポケモンを取り返すのは民事の分野だ。そして警察は民事不介入。

12歳のジョゼットが民事裁判を起こすのは不可能。

普通ならそこで親が子供に変わって民事を起こすだろうが、あの親がジョゼットの意を汲んで、彼女のピカチュウを取り返す為に動くだろうか。――ありえない、と即断定した。

 

 

諦めがついたかのように、大きなため息をつく。

色々と細かいことは気になるが、全部開き直った。

 

ならば、やるべきことは一つだ。

自分のやろうとしていることは、己の分を弁えない愚か者の行為だ。

アトリはどちらかというと、悲観的現実主義者だ。ヒロイズムなんて肌に合わないし、人助けなんてもっと柄じゃない。

その上、これは完全なボランティア。アトリのこの世で一番嫌いなタダ働きだ。

それでも、近しい人間が泣いているところを見捨てられる程、冷血になったつもりはない。

そして何よりも、他人の大事にしているものを平然と踏みにじる腐った根性が気に食わない。

 

ホロキャスターを手に取り番号を入力して、連絡をとった。

 

「もしもし、プラターヌ博士? すみませんけど、今夜からしばらくそっちに泊めてくれません? …………え? いきなりどうしたって?」

 

それは勿論、

 

「残業ですよ。サービス残業」

 

 

 


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