ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第18話 八つ当たりだッ!

 

1

 

受け取ったメールに書かれていた文章はひどく簡素だった。

 

ジム戦突破。

フラダリラボがスポンサーについてくれるかもしれない。

 

セレナは微笑を浮かべて何度も何度も文章を読み返す。

絵文字も顔文字もなにもない本当に愛想の欠片もないたった一つのメール。

だが、彼女にとってはどんな情熱的なラブレターよりも大きく心を揺さぶられる。

アトリが自分を追いかけてきてくれる。

また、彼と競いあえる。

それが嬉しくて、高揚が抑えきれなくなってしまう。

あの日交わした約束を思い返さない日は1日たりともなかった。

慈しみに満ちた笑顔で、小指を包み込む。

 

「いやらしい笑い~!」

 

対面して座っていたサナは注文していたカフェオレをウェイトレスから受け取りながら茶化した。

 

「アトリから?」

「……どうしてそう思うの?」

「なんとなく?」

 

そう言ってストローでグラスの中の氷を掻き回す。

 

「ねえ、前から思ってたことをズバリ聞いていい?」

「なに?」

「セレナってアトリのこと好きなの?」

 

サナの疑問に対し、セレナが返すのは微笑。

 

「私たちはライバルよ」

 

セレナはアトリを必要としている。同じ道を歩み、同じ目標に向かって鎬を削り高め合う。そんな相手はアトリ以外にあり得ない。

 

「そうじゃなくてー、ライバルとして以外に」

「そうねー……」

 

サナの投げた問い掛けに少しの間黙考する。

 

「バカで、頑固で、融通がきかなくて、出来の悪い弟みたいなかんじかしら?」

 

可哀想アトリ! と、サナは遠く離れた友人に心底同情した。

あれだけ矢印を出しているにも関わらず、『出来の悪い弟』扱い。

それにしても、彼女は本気でそう思っているのだろうか。

あれだけ彼を気にかけているにも関わらず、彼女は自覚がないのならば。

 

「セレナってさー」

「ん?」

「ポケモンのこと以外は本当に鈍いよね……」

「心外な評価ね。自分ではしっかりしているつもりだけど」

 

飲んでいた紅茶を飲み干して、カフェから出る。

 

そんな風景には特に興味を示さず、セレナは時計を確認した。

 

「そろそろ研究所にいきましょうか」

「そだね」

 

プラターヌ博士との約束の時間まであと1時間ほどあるが、早く行って研究所の仕事を見学させてもらうのもいいかもしれない。そう考えた矢先であった。

雑踏の中一匹のニャスパーと目が合った。

 

「うっ……!」

 

セレナの頭に何か流れ込んでくる。

フラッシュバックするイメージ。そこから垣間見たものは――――赤いスーツの男達が勝負に負けたポケモントレーナー達からモンスターボールを強奪する場面であった。

大事なパートナーたちを奪われ泣き、嘆き、悲嘆に暮れるトレーナー達。

気心しれたトレーナーから強引に切り離され、怖がっているポケモン達。

その様子を見て嘲笑する赤スーツ達。

その気持ちがダイレクトにセレナに伝わってくる。

 

「――レナ、セレナ!?」

 

サナの声に我に返る。

ニャスパーのいた場所に視線を戻すと、既にそこには

先ほどの白昼夢はいったい何だったのであろうか。身に覚えのない出来事だったにも関わらず妙なリアリティが感じられた。

 

普通ならこんな白昼夢など取るに足らないことなのだろうが、最近このミアレシティで恐喝、強盗、紙幣偽造などの事件が頻発していることを鑑みるに、無関係と一笑することは憚られる。

 

少し、調べた方がいいのかもしれない……。

 

2

 

「――――――」

 

アトリは眼前に広がる圧倒的な建造物群に言葉を失っていた。視界に納まる範囲でもシンオウ地方最大の都市コトブキシティの5倍以上はある。

 

華やかな雰囲気の店舗がひたすら並列しており、煌びやかなネオンがそれを彩る。

 

ここはカロス地方一の大都市――ミアレシティ。整備された石畳に西洋風にアレンジされたビル群に囲まれたコンクリートジャングル。世界一の華やかさを誇る都市であり、眠らない街の異名を持つこのミアレシティには世界中から観光客が絶え間なくこの町を訪れる。

中心部にそびえ建っているプリズムタワーはこの町の象徴であり、ポケモトレーナー達にとっては試練の場所でもある。

田舎者のアトリにはひたすら目が痛い光景だ。長くこの中に晒されていると酔ってしまうかもしれない。プラターヌポケモン研究所までの地図を片手に歩き出した。

そして1時間後――――

 

「迷った……」

 

言葉の通り迷子である。

プラターヌポケモン研究所はハクダンシティ側のゲートを通り抜けて西へ真っ直ぐ。

普通なら約15分で到着できるはずだ。だというのに、4倍の時間をかけても、一向に辿りつけない。あまつさえ、こんな薄暗い如何にも治安の悪そうな場所に紛れ込んでしまうとは。

自分の方向音痴っぷりに思わず頭を抱えてしまった。

 

「と、とりあえず来た道戻れば元の場所に戻れるよな、うん」

 

でっかい独り言の後更に歩き出す。

そうして更に迷ってしまうアトリであった。

 

3

 

《邪魔なら始末すればいいわ》

 

一人の甘い粘液の様な声が通信機から聞こえてくる。不穏な指示を躊躇うことなく部下の男に下した。

敵対組織の排除。

下知を受けた部下の男は恐怖で声を震わせながら、イエスマンとなった。

少しでも彼女の機嫌を損ねれば、始末されるのは自分だとわかっているからだ。

通信機越しの上司の顔はさぞ凄惨な笑みを浮かべているのだろう。

 

《……失敗すれば、わかるわね……?》

 

冷酷な口調でそう言い放つ上司に部下の男の背筋に寒気が走った。

何としても任務を全うしなくてはならない。でなければ待っているのは――――

 

赤いスーツの男はすぐさま行動に移した。

 

4

 

人目を憚るミアレシティの路地裏に似つかわしくない美女を見て、不良少年三人は口笛を吹いた。

スレンダーな体躯だが、女性特有の凹凸がハッキリしているスーパーモデル体型。

日に焼けた肌を惜しげもなく披露しているヘソ出しノースリーブにサイドリボンの穴空きジーンズという格好も見る者に扇情的な印象を焼き付ける。

そのたたずまいは妖艶の一言。

こんな上玉を放っておく手はない。

 

「へいへいへいオネーサン。ミアレの裏路地を一人で歩いてると危ないぜ?」

「そうそう。悪ーい奴等にいけないことされちゃうぜ?」

 

お決まりの台詞を吐いて、女性の腰に手を回す。

赤いサングラスに越しの眼が歪んだ。

 

「……そう。貴方達――――死にたいのね?」

 

凄惨な冷笑を浮かべた直後のことだった。

 

「ここは何処だァァァァァッ!!!!」

突然の大声に驚き、発生源に視線を向ける。陰鬱な雰囲気の少年が力なく崩れ落ち、打ちひしがれていた。どうやら田舎者が路地裏に迷い込んでしまったのだろう。このミアレシティでは珍しい事ではない。

不良少年三人は顔を見合わせて下卑た笑いを浮かべる。

どうやら「こいつを財布にしよう」という思考が一致したようである。

 

「坊ちゃん、俺達よお、今からこの美人とデートしに行くんだけどよお、懐がちょっとばかり心許ないんだ」

「つーわけでぇ、恵まれない俺達に金貸してくれねえ? 拒否権はねえけどよぉ!」

「………………」

「おい、何シカト決め込んでんだよ! 大人しく有り金全部差し出すのと、殴られてから有り金全部ぶんどられるか――「ウガ―――――――――――――――――ッ!!!」――オゴォ!?!?」

「きょ、兄だぁぁぁぁいッ!!?」

 

咆哮と共にバッドボーイAの股間に蹴りが炸裂。白目を向いて泡を吹いている男の体は空中で綺麗な弧を描き、そして――――尻からゴミ箱に突っ込んだ。

 

「ちょ、お前なにしてくれちゃったの? 今、兄弟が軽く1メートルくらいは飛んだんだけど!?」

「信じれば人は飛べるハズ」

「訳が分からねえよ!?」

「って言うかシメる! ボコる! しばき倒すッ!!」

「こいつワンテンポ遅いぞ!?」

「なんだってミアレシティはこんなに広いんだ!? 一本道の筈だろ!? どうなっていやがる!?」

「知らねえよ!」

「この鬱憤、晴らさでおくべきかッ!!」

「ええい、話にならねえ! ――行け、シシコ!」

「バオップ!」

 

赤いたてがみをはためかせる若獅子ポケモンと炎タイプの三猿が姿を現す。

対するアトリは、カロスに来てから一度もバトルで使っていないモンスターボールを取り出した。

 

「ハッサム!」

 

流線型のフォルムを持つ赤いポケモンは不快感を隠すことなく大きな舌打ちをした。

面倒なところに呼び出しやがって。ぶっ殺すぞ。と目で訴えている。

ハッサムの右目の傷に気付いたバットボーイズ達はあからさまに嘲笑した。

 

「なんだ、そんなポンコツで俺達とやろうってのか?」

 

あからさまな侮蔑に過去に高見に立っていたハッサムのプライドが痛く傷つく。

この怪我の所為で、ハッサムはかつての実力も、トレーナーからの信頼も、

好きでこんな風になったわけではない。鋏を握り込み悔しさのあまり、身震いした。

 

「バカめ、こいつを甘く見るな」

 

毅然と言い放った暫定トレーナーの言葉にハッサムは俯きかけた顔をあげた。

 

「確かにこいつはハンディキャップがあるさ。けどな、それでもオレはこいつの実力に惚れたんだ。いいことを教えておいてやる。バトルではな、1+1が2じゃなくて3にも4にもなるんだよ」

 

忘れ去っていた筈のトレーナーからの信頼の言葉がその悔しさを霧散させる。

 

「ははっ、馬鹿かテメーは! そんな欠陥品ごときバオップとシシコの敵じゃねえ!」

「タイプ相性一から勉強し直せよ。まあ、病院行った後になるだろうけどなぁ!」

 

ハッサムの口元が少しだけ――、誰にもわからないくらい少しだけ綻んだ。

 

――別にアレを倒してしまっても構わんだろう?

 

「遠慮はいらねえぞ。いくぜ、フルボッコ!!」

 

指示に応じるようにファイティングポーズをとるハッサム。

アトリもコメカミを軽く指で叩き、臨戦態勢に入る。

反発している様でいて――正確にはこの意地っ張りなハッサムが一方的に嫌っているだけだが――この一人と一匹、実は似た者同士である。

 

「舐めるな! 俺たちゃ天下のランク3! その辺の雑魚とは違うのだよ、雑魚とは!!」

「俺達地獄三兄弟自慢のコンビネーション見せてやるぜ!」

「ごちゃごちゃウルセエ。口喧嘩しに来たわけじゃねえんだろ? オレの言葉を否定したいのなら、実践してみろ!」

「「死ねよやあああッ!!」」

 

怒声と共にシシコとバオップをけしかける。

迎え撃つハッサムはゆらり、と柳が揺れるような動きと共に一瞬で間合いを詰める。

左側から来るのはわかっていた。死角から飛んでくる火を最小限の動きで回避。

すれ違いざまに相手の二匹を倒すや、否やバッドボーイB,Cにボディブローを食らわせ、意識を刈り取っていく。

 

「スゲェ……」

 

決着は一瞬だった。その洗練された戦い方にアトリが指示を出す隙が一切ない。

隻眼というハンディキャップを持ちながらも、そんなものものともしない程強い。

一体全盛期のハッサムはどれ程の実力を持っていたのだろうか。アトリの貧相な想像力では思い描くことすらかなわない。ハッサムは勝利宣言のように鋏を高く掲げた。

 

「スゲェぞ、ハッサム。お前、そんなに強かったんだな!」

 

惜しみない称賛を送った。

高く掲げた拳をぶつけ合おうと近づくが、

 

「って、アタタタタタタタタッ!!」

 

世紀末の様な怪鳥音を発する。決して暗殺拳を振るっているわけではない。

ハッサムの開いた鋏が頭部をスッポリ収めて締め上げている。

『アイアンクロー』である。

鋼タイプのハッサムだけに。などとつまらない事を考えている暇もない。アトリの頭部が悲鳴を上げている。このままでは患っている不治の病(馬鹿)が余計に悪化してしまう。

この病に効く特効薬がない以上、更なる悪化は避けなければなるまい。

 

「も、戻れ、ハッサム~!」

 

裏返り気味の情けない声と共にモンスターボールの中にハッサムを戻す。

しばらく痛みで悶絶していたが、やがて気を取り直して絡まれていた美女に向き直る。

 

「大丈夫ですか、お姉さん?」

「ええ。おかげで助かったわ」

 

精いっぱい格好つけているが、痛みの所為で涙目である。

 

「強いわね、格好いいわよ」

 

女性はアトリに近づき怪しげに微笑むと慣れた仕草でその頬を撫でる。女性慣れしていないアトリはたちまち赤面した。

 

「あ、あの……」

「なにかしら?」

 

艶めかしい笑みに対して鼻の下が伸びるのを必死に堪え、状況を打開するための問いを投げかける。

 

「プラターヌポケモン研究所は何処でしょうか?」

 

5

 

女性に連れられ、路地裏からイベールアベニューに、そこからノースサイドストリートに出て西に真っ直ぐ進むこと約30分。やっとのことでプラターヌポケモン研究所に到着した。

 

「嗚呼、会いたかったよプラターヌポケモン研究所……。もう君を離さない!」

 

感無量とばかりに滂沱の涙を流しながら門にへばり付き、頬擦りするアトリに通行人の奇異の視線が集まった。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「ミアレシティは広いからね。迷うのも無理ないわ」

「ハ、ハハハ……」

 

乾いた笑いでお茶を濁す。先程の醜態を思い返すと羞恥心で顔を覆いたくなる。

 

「何かお礼をしないとね」

「いえいえ、お構いなく」

「そういうわけにはいかないわ」

「うーん、それなら一つだけ伺ってもいいでしょうか?」

「どうぞ」

「最近ミアレシティで何か変わった話を聞きませんでしたか? どんな些細なことでもいいんです。何かあったら教えてください」

 

女性はしばらく考え込むそぶりを見せた。

 

「そうね……。関係あるかどうかはわからないけど……、」

「お願いします」

「妙な噂があるわ」

「それはどんな?」

「サウスサイドストリートの路地裏の何処かで足音が聞こえてくるという話よ。噂では三千年前カロス地方で起こった戦争で戦死甲冑の騎士の亡霊が自分の首を探して夜な夜な彷徨っているとか……」

 

アトリの口元が引き攣った。

 

「あ、生憎ですがそういう科学的に信憑性のない話は信じてないんです!」

「貴方は科学で証明できないものは信じないってクチ?

信憑性のない話でも根拠はあるわ。このミアレシティは三千年前、最も大きな戦いがあったと伝わっているわ。そんな場所なら怨念の一つや二つ、残っていても不思議じゃない」

「い、いや~……。ひ、冷えますね」

「そうね。そろそろ日没かしら?」

「と、とにかく貴重な話ありがとうございました! 暗くなる前に帰った方がいいですよ、うん! 本当なら送っていくべきなんでしょうが、また迷ってしまっては本末転倒です。決して幽霊話が怖いわけではなく!!」

「そうね。そういうことにしておきましょう」

 

女性の眼がまるでアトリを値踏みするように細くなる。

果たして彼は動くか、臆して逃げ出すか。

少なくとも腕は立つ。捨て駒としては上等すぎるくらいだ。

成功しても、失敗しても自分たちの組織には何のダメージもない。

 

「じゃあね、貴方なかなか素敵だったわよ」

 

そう言って女性は大人の微笑みを見せる。その甘くも苦い表情は間近で見たアトリの心を掴んで離さない。

アトリの頬に唇を寄せて去っていく。アトリは小さくなっていく彼女の背中から視線を外すことが出来なかった。

 

「素敵、かぁ~」

 

今まで全く縁のなかった形容詞を自分に使われ、浮かれずにいられる人間がいるだろうか。いや、いない!

去って行った彼女の唇の柔らかさを思い返し、相乗効果で口元がだらしなく開いた。

 

「へえ? 楽しそうじゃない」

 

不意にかけられた聞き覚えがあり過ぎる声に血の気が一気に引いた。

ギギギ、と壊れたブリキ人形の様な動作で後ろを振り向く。

アトリの背後に立っていたのは自他ともに認める彼のライバルの少女――セレナである。

彼女の表情は満面の笑顔。だが、その眼はまったく笑っていない。

正直言って最高に怖い。半端ではないプレッシャーで冷や汗が止まらない。

その上、心なしかセレナの方からダイヤモンドダストが飛んできているような気がする。

 

「『私を追ってきてくれる』って言ってたのに、こんなところであんな美人とデート? 随分と余裕ですね、アトリさんは」

「えっと……、違うんだセレナ。オレの話を聞け! 二分だけでもいい!」

 

まるで浮気現場を押さえられた夫の様な台詞だが、アトリの心情的にはあながち間違いとは言い難い。アトリの必死の弁明に対し、セレナが浮かべるのは冷笑で応えた。

 

「関係ないわ。私とあなたはただのライバル。それ以上でもそれ以下でもないんだから」

「わ~おッ! 絶対零度ぉッ」

 

いつもの軽口もどこか寒々しい。

心底不愉快そうに鼻を鳴らし、研究所の中へと入っていった。

取り付く島もなく、手を伸ばし途方に暮れるアトリ。その様子を少し後ろで撮影していたサナがポン、と彼の肩を叩いた。

 

「……サナ」

「浮気サイッテー♪」

「ち、違うんだァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」

 

アトリの悲痛な叫びが夕暮れのミアレシティに空しく響いた。

 

 

 

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