ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第20話 研究所の夜

 

 

1

 

「しっかりしろ、傷は浅いぞ! オーイ!?」

 

元気のない息子に呼び掛けるが、ウンともスンとも言わない。

その形相はひどく切実だった。

未使用のままライジングサン出来なくなるのは非常に困る。男として死活問題だ。

 

「すまないね、アトリ」

 

プラターヌはアトリの肩にソッと手を置いた。その表情は今までにないほど慈愛に満ちていた。

 

「この子は少し臆病なんだ」

「そういうことは最初に言ってくれ!」

 

ポケモンがトレーナーを盾にする珍プレーもそれなら合点がいく。

それを知っていれば無理にバトルさせたりはしない。ポケモンバトルとはあくまでトレーナーとポケモンの同意の上で行われる競技だ。嫌がるポケモンにそれを強いるのはただの虐待でしかない。

 

「けどね、そんな性格とは裏腹にバトル自体は好きなんだ」

「…………、なんて」

 

面倒くさい性格、という言葉を辛うじて飲み込んだ。

 

「いままでウチの研究者達と組んでバトルをしてきたけど、一度も勝てたことがない。怖いが先立って逃げ回るから試合にすらならない」

 

ケロマツは申し訳なさそうに照れ笑いを浮かべた。その様子を見たアトリは僅かに眉を潜める。ケロマツに対して思うところはあるが、今言うべきことではない。

プラターヌ博士から宿泊先を提供して貰うのならば、ここは彼への義理を立てておくべきだろう。

 

「戻れ、ケロマツ」

 

モンスターボールの中にケロマツを戻してプラターヌ博士に向き直る。

 

「申し訳ありませんが、暫くお世話になります」

「ゆっくりしていってよ」

「はい、ありがとうございます」

 

ジョゼットのピカチュウが見つかるまでの間、この研究所に逗留させてもらうことになる。

少し前ならプライドが邪魔をして彼に頼ろうなどと思わなかっただろうな、と自分自身の心境の変化を思ったより好意的に受け止めることができていた。

 

「ところでミアレシティを迷わなくなるようなコツって何かありませんかね?」

 

このミアレシティは広すぎる。土地勘のないアトリ1人では目的地に辿りつけるかすら怪しい。かといって道案内など頼めば、自分勝手な越権行為に巻き込んでしまう恐れがある。

それだけは絶対に避ける為、アトリは是が非でも単独で動かなくてはならない。

 

「だったらこのアプリがお勧めですよ」

 

そう言ってトロバがホロキャスターにマップアプリを転送してきた。ミアレシティの有名どころから裏道までバッチリナビゲートされるマップアプリ。先程案内してくれた女性が言っていた『サウスサイドストリートの路地裏』も入力されていることも確認できた。

これがあればどんな方向音痴でもミアレシティを散策できるだろう。

 

「サンキュー、トロバ」

「ユアウェルカム、ですよ」

「さて、今日は遅いし積もる話もあるだろうからみんな泊まっていってよー」

 

2

 

闘えなくなった途端に、俺は必要ない存在になった。

 

「意地っ張りー」

 

モンスターボール越しのハッサムにロコンは茶化す様な口調で言った。

言われた当人は憮然とした表情を崩すことなく黙して語らない。

 

「まだアトリのことが信用できない?」

「…………人間なんてみんな同じだ」

 

やがてハッサムは重い口を開いた。

 

「信じてる。任せた。頼むぞ。人間は耳触りのいい言葉ばかり並びたてる癖に、必要なくなったら簡単に捨ててしまう」

 

俺は強かった。

強いポケモン同士を交配させて意図的に強いポケモンを作り出す『厳選』と呼ばれる作業。

数多の兄弟の中から選び出された最高の能力を持つストライク。それが俺だった。

卵から孵されてすぐにハッサムへと進化させられ、地獄の様な特訓を繰り返してきた。

重りを付けた上で戦闘に放り込まれて戦闘経験を積み、慣れてきたら苦手とする炎タイプの技を受けさせられた。苛烈な訓練に一日に何度も何度も瀕死になってポケモンセンターと草むらを往復する日々。痛かった。辛かった。毎日辞めたいと思っていた。

それでも、ある日勝利の味を知ってしまった。

運用試験と称されて挑んだ小さな大会。そこで一人で勝ち抜いて優勝をもぎ取ってみせた。

厳しい修行の末、必殺まで昇華した拳で敵が沈まないことはない。ハッサム特有の高い攻撃力と防御力、そしてあるまじき速さ繰り出される炎ポケモンをも寄せ付けない。圧倒的な力の差がそこにあった。

トレーナーに実力を認められた俺はその日のうちに正式メンバーに加わった。

 

そこからは本当に楽しかった。

 

バトルに出ればどんな相手でも常勝無敗。嫌いだった訓練もより一層厳しいものになったが、それすらも勝利するための代償として嫌ではなくなっていた――いや、むしろ誰よりも熱心に訓練に励んでいたという自負もあった。

当時俺を使役していたトレーナーは人格は兎も角トレーナーとしての能力は非常に高い事も、不敗の大きな要因だったと思う。

 

俺はまだまだ強くなる。何も怖くなかった。

いずれ最強のポケモンになり、最強のトレーナーにしてみせる。

いつしかそんな野心を抱いていた。しかし―――

 

ある日、バトル中に右目を傷つけられてしまった。

すぐさまポケモンセンターに担ぎ込まれ緊急手術が行われた。だが、治療の甲斐なく、この右目は光を失った。

故意だったのか、事故だったのか。今となっては分からないし、どうでもいいことだ。

右側からの攻撃に対する対応が出来ない。

負けて。負けて負け越した結果――俺のトレーナーは、俺を解き放った。

 

勝てないオレには居場所はないらしい。

 

登り詰めるにはあんなに時間がかかったのに……落ちるのは本当に、あっという間だった。

 

普通にバトルを行う分には支障はない。だが、全盛期ほどの戦闘能力は期待できない。

たったそれだけの理由で、俺は居場所を放り出された。

 

「身勝手で傲慢。自分の特にならない奴は簡単に切り捨てる。それがニンゲンだ。あのトレーナーだって例外じゃない」

「アトリはそんな奴じゃない!」

 

全身の毛を逆立てて噛みつくように叫んだ。

フワ・アトリはロコンのトレーナーだ。

何処までも着いて行く。何があっても彼を信じ続ける。

フワ・アトリのポケモンであること。それはロコンにとって誇らしいことだ。

そのトレーナーを侮辱することだけは許さない。

 

「アトリのことを知りもしないのに、人間ってだけで決めつけるのはやめろよな!」

「…………、お前は何故あのトレーナーにそこまで義理立てする? 所詮アイツはニンゲン、どんなに近くにいても俺達ポケモンとは相容れない存在だ」

 

犬歯を剥き出しにして唸るロコンを心から案じるような口調で言う。

 

「アトリはリアリストを自称するだけあって現状を正しく認識する目を持っている。それでも自分達が借金苦で首が回らなくなってるときだって、僕たちを手放そうとしなかった」

 

自身の力量は正確に把握し、見切りをつけたというのに、自分を慕ってくるポケモン達のことは絶対に諦めなかった。それが自分の首を絞めることになることは、重々承知しているはずなのに。

 

「人間は勝手だ。その意見には部分的に肯定するけどね、あいつは馬鹿で擦れてるけど、優しくて性根は真っ直ぐだよ。馬鹿だけど。そういうやつだから僕たちはアトリに着いて行きたいんだ。馬鹿だけど」

「オイ……、フォローしてるのか、ディスってるのか分からなくなってきてるぞ?」

「フンフンフフ~ン♪」

 

ハッサムの鋭いツッコミをやり過ごすように明後日の方向を向いて鼻歌を歌う。

 

「誤魔化してんじゃねえよ」

「兎に角! 人間だからって一括りにしてアトリを貶めるのだけはやめてほしい。アトリは僕らを捨てた様な人間とは違う人間なんだから」

 

ロコンの発言には何処かで妙な引っ掛かりを感じた。

 

「まさか、お前も……俺と同じ……」

「さてね。まあ、気が向いたら話すかもね」

 

心の中で「いつか君が心からアトリを信頼できるようになったら」とつけたして。

会話を切って欠伸をする。もうそろそろ寝る時間だ。

普段は外でアトリと一緒に寝るのだが、生憎アトリはまだ資料室で調べものの最中だ。

モンスターボールの中で体を丸めて寝息をたて始めた。ロコンに対して僅かなシンパシーを感じ、その彼に全幅の信頼を受けるフワ・アトリというトレーナーに対する感情を持て余したハッサムを置き去りにして。

 

3

 

「……スピードに優れる反面、防御は紙。一撃でもまともに攻撃を貰えば終わりだな」

 

研究所の資料を読み漁り、目ぼしい情報には付箋を張り付けていく。

それにしてもカロス地方のポケモンへの興味は尽きない。シンオウ地方とは気候が違うからか、生息しているポケモンや生態がまるで違う。

シンオウ地方に生息している似たような高速型の水ポケモン・フローゼルは懐に飛び込んで持ち前のスピードで圧倒するインファイターだったのに対して、ケロマツの最終進化形態『ゲッコウガ』はイン・アウトレンジどちらでも器用に立ち回ることができる。特化して得意不得意をはっきり分けたスペシャリストか。それともどんな局面でも対応できる汎用性を重視した万能型か。そのあたりの選択が育成のポイントになるだろう。

少々迷ったが、方針は意外に早く決まった。

 

「あの性格だから接近戦はまず無理だな。なら、メニューとしては――」

 

ブツブツと呟きながら、育成計画をチラシの裏に書き連ねていく。

ある程度、訓練メニューを決めたところで、扉が三度叩かれた。

許可を得て入室してきた訪問者を一瞥して再び作業に没頭する。

 

「寝不足は肌に悪いぞ」

「根を詰めすぎるのもね」

 

地の薄い毛布とコーヒーを2人分準備してきたセレナは余裕の笑みを浮かべて切り返した。

悪戯に失敗した子供のようにアトリは唇を尖らせる。

 

「無理は禁物」

「心配するな。プラターヌ博士が研究資料に隠したヘソクリ探してるだけだから」

 

肩を竦めて笑ってからコーヒーを受け取る。一口飲んで再び資料のページをめくった。

 

「少し休んだら?」

「休んでる暇なんかあるかよ」

 

5年間のブランク。ジムリーダー・ビオラとの対戦でその重みを自覚させられた。

ランク1の試験であの苦戦。相性の利があってもこの様だ。

自分の非才さを理由に降りるつもりは毛頭ないが、これから才能を持つ上に努力を重ねる怪物達相手に戦っていくとなると、力不足感は否めない。死にもの狂いだけでは足りないのだ。

今までやってきた事にプラスアルファで何かを足さなければ、本当にただ時間の浪費で終わってしまう。

 

「……ケロマツの?」

「まあな」

「ねえ、余計なお世話だと思うけど、本当にあの子にポケモンバトルが出来ると思う?」

 

数時間前に起こった惨状を思い返す。バトルのたびに逃げ回っている様では勝てるはずもない。アトリは作業の手を止めて、セレナに向き直った。

 

「あいつは、ケロマツはバトルに向いてない」

 

あくまで率直に、客観的な口調で言い放った。

性格がポケモンバトル向きではない。それは間違いなく正当な評価であろう。

トレーナーとしての才能がないアトリとしては才気に溢れたガブリアスやバンギラスといったバトル向きで、誰が使役しても強いポケモンをメンバーに組み込みたいのが本音だ。

 

「けどよ、そこで見切りをつけてしまうのは何か違うような気がするんだよな」

 

かつて遠い地方の四天王の一人はこう言った。

『本当に強いトレーナーはどんなポケモンを選ばない』と。

 

壁は誰にでもやってくる。

壁を乗り越えようと必死にもがいて、苦しんでいるポケモンを見捨てる奴はポケモントレーナーとして失格だ。

大事なのは『そこが限界ではない』と信じてやること。信じさせること。

誰だって自分の可能性に行き詰まったとき、もう駄目だ、と思うことはあるだろう。

実際、才能というものは残酷な程不平等なものだと知っている。

 

だが、それでもオレもケロマツもそこが限界などとは思わない。

ポケモンが望む限り、トレーナーが先に諦める選択肢はあり得ない。

 

「ごめん。無粋なことを言ったわ」

「気にしてねえよ。……ところで、話が変わるけどお前明日はどうすんだ?」

 

明日は日曜日。アトリの仕事も休みだろう。巷で騒がれているポケモン強盗の情報を集めるにも、アトリが一緒なら心強い。

 

「ミアレジムに、って言いたいところだけど、今ミアレシティのジムリーダー出張中なのよね。だから、ちょっとミアレシティを散策してみようと思うの」

「ふーん。……気を付けろよ。最近物騒だからな」

 

突き放す様なの言葉に少しムッとした。心配してくれてはいるのだが、それだけではあまりにも甲斐性がないのではないか。

 

「一人で歩いてるとナンパに引っかかっちゃうし、誰か一緒に来てくれると嬉しいんだけど」

「サナ達と一緒に行けばいいじゃないか。ナンパが気になるならトロバとティエルノあたりにも声をかけたらいい」

 

普段セレナが保っているクールな表情が崩れ、むくれた。

 

「頑張ってね、ヘソクリ探し」

「おーう。見つけたら何か奢ってやるよ」

 

アトリはセレナの刺々しさが多分に含まれていた口調を気にすることなく、振り向かず軽く手を振っているだけだ。

 

「………………バカ」

 

小さく呟いて、部屋を出ていった。

 

セレナがいなくなったことを確認して盛大にため息をついた。

 

「ホントにな」

 

明日からポケモン強盗の情報収集を本格的に始めるつもりだ。

セレナが知ればきっと自分も力を貸す、と言って聞かないだろう。

自分勝手な感傷の上に成り立つ危険行為に巻き込む訳にはいかない。

距離をおくにしてももう少し上手く出来ればいいのに。

 

「もう寝よう」

 

今日は一日色んなことがあり過ぎて疲れてしまった。

電気を消してソファに横になる。眼を閉じて数秒で夢の世界へと落ちていった。

 

 

 

 

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