ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第23話 ふらんだーすの犬

 

 

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上下左右鉄ごしらえの階段をシトロン、サナ、アトリ、Nの順に降りていく。

階段自体は50メートルにも満たない短いものであったが排気口すらない地下階段――閉塞感で息が詰まる。前方への警戒で一番緊張していたシトロンは繋ぎのファスナーを少し開けた。

 

「頑丈だな」

 

アトリは隔壁を軽く叩いた。

 

「これは単なる鉄じゃありませんよ」

 

そう応じてシトロンは壁にスイッチを入れたセンサーを近づける。全く反応がない。

 

「おそらくこれは電波を通さない特殊な合金で作られています。この技術力、スゴイ……!」

 

感心すると同時に、ジムリーダーであり、発明家でもある彼のプライドは痛く傷つけられた。発明とは人々を豊かにするために行われるべきものであり、決して私利私欲の為に行うべきものではない。それが『世界を明るくする発明家』の通り名を持つシトロンの誇りであり、信念だ。だが、この隔壁を作った主はシトロン以上の技術力を持ちながら、それを自身の悪事を隠蔽するために使っている。

シトロンは拳を握る。絶対に負けたくない。

突き当りのドアが彼らを阻んだ。シトロンは眼鏡を押し上げる。

タッチパネルの中に0から9、そしてエンターキーが規則正しく並んでいる。

パスワード式の電子ロック。ドアにはでかでかと【秘密結社ふらんだーすの犬の秘密基地】とデカデカと掲げられていた。その下には『3ケタのパスワードを入力するのであ~る』と書かれたカイザー髭の男が笑っている様に見えるプラスチック製の看板が張り付けられている。

 

「ふざけた看板だな」

「呼び鈴とかないかな?」

「あっても押すなよ。絶対に押すなよ?」

「それは押せっていうふりなの?」

「んなわけねーだろ」

 

アトリ、N、サナの繰り広げるコントを他所にシトロンは電子ロックを前に考え込んだ。

パターンは10の3乗――すなわち1000通り以上。普通に押していてはロックを解除する前に犯人グループと鉢合わせしてしまうだろう。

 

「どうする? 探って押している時間もねぇし、ぶっ壊すか?」

 

メキメキと、指に力を込めて血管の浮き出た腕を突き出す。

アトリはこう見えて元炭鉱マン。そして現役で工事現場とトレーナーズスクールの講師という激務を当たり前のようにこなす底なしの体力と穴掘りで鍛えた怪力を併せ持つバリバリの肉体派である。そして守銭奴の彼の前に吊るさされた人参――もとい200万の賞金。

今のアトリならこの頑丈な扉のドアノブを強引に引っこ抜くくらいはやりそうだ。

守銭奴はいつだって金の為なら限界を超えるのである。

 

シトロンはアスリートの様なムキムキの筋肉と自身の細腕を見比べた後、深い溜息をついた。

 

「そんなことしたら音で気づかれちゃいますよ」

「なら、どうする?」

「僕に考えがあります。サナさん、鉛筆かシャーペンを持っていませんか?」

「はい」

 

呼びかけに応じてシトロンにシャーペンを渡す。するとシトロンはシャーペンの芯をカッターナイフで削り始めた。少しすると、粉末の山が出来上がる。

シトロンはそれをキーロックの前に持っていくとふっと、息で吹きかけた。

 

「おお」

「わあ♪」

「なるほど」

 

三者三様、シトロンの機転に関心の声を上げる。

黒い粉末はパネルに張り付き指紋が露わになる。

パスワードは『777』。

 

「って、ラッキーセブンかよ。どこまでもふざけたヤローだ」

「きっといいことあるよ♪」

「開けますよ」

 

慎重に、ゆっくりと扉を覗き込んでから、監視カメラがない事を確認して開く。全員が息を呑んだ。

扉の向こうにはこれまた細長いトンネルがあり、向こう側から風が吹き抜けてきていることから開けた場所があることがわかる。

 

シトロンを先頭に三角になるようにアトリとNは後ろに2列、中心にサナと陣形を整えて慎重に進む。トンネルを抜けるとそこは雪国であった、なんてことはなく、どうやって地下に運び込んだのか疑問に思うほどの巨大な機械群がそびえており、絶え間なく動き続けている。工場の様な鉄骨で出来た階段や通路が至る所に張り巡らされている。

 

「ミアレシティの地下にこんなものが出来ていたとは……」

「思いっきり違法着工じゃねえか。これだけでどれだけ懲役うてるんだろうな」

「静かに。誰かいる」

 

Nの言葉と同時に一同の視線が巨大な製造機を仰ぎ見ている2人に注がれる。

一人は陽気なアロハシャツと短パンの上に白衣。そしてオールバックに威厳のある眉毛を蓄えた三十半ばあたりの男。

もう一人はレディススーツに身を包み、長い髪を結いあげているステレオタイプな『出来る秘書』といった女性である。

 

「いよいよで、あ~~るッ!」

「はい、プロフェッサー」

「我輩たちが世界征服という大いなる野望を持ち組織を結成して幾星霜……」

「3年です、プロフェッサー」

「そうであったか。訂正訂正。今のノーカンであ~る。――オホン、我輩たちが世界征服という野望を持ち組織を結成して早3年……。社畜根性に徹した我輩たちはコツコツと地味な仕事をこなし、臥薪嘗胆の毎日を送ってきたのであ~~るッ!」

「おいたわしや、プロフェッサー……」

「しかしッ!! 今日この時を以て我ら『ふらんだーすの犬』が世界に席巻する時が来たッ!! まずは我輩特製の偽札の力で世界征服の手始めとしてこのミアレシティを我らの植民地にしてしまうのであ~~るッ!!」

「流石です、プロフェッサー」

「我輩の科学力はァァァァァァァアアア!! 世界一ィィィイイイイ!!!!!」

 

無造作に振り向いた『プロフェッサー』と呼ばれたアロハの男とアトリの眼があった。

彼の持つ札束にうっかり釘づけになってしまい、反応が遅れてしまったのは不覚である。

 

「見たな! そして聞いてしまったであるな! 我輩の壮大かつ遠大な計画草案をッ!」

「壮大と遠大は同じ意味です、プロフェッサー」

 

『プロフェッサー』と呼ばれた男に秘書の女性がツッコミを入れる。

誰もがその濃すぎるキャラクターの前に戦々恐々としていたが、ただ一人、シトロンだけが憤然としながら前に進み出た。

 

「貴方ですね! 最近巷で偽札をバラ蒔いているという不届きな人は!」

「バレてしまってはしかたがないのであ~~るッ! メイドの土産に天才的な我輩の名を刻むがよいのであ~~るッ!」

 

やたらと尊大な口調の男は特撮に出てくるキャラクターのようなヒロイックなポーズを決めた。

 

「我輩こそ! 秘密結社『ふらんだーすの犬』が誇る天才科学者! ヘンゼル! そして、こっちが助手の――」

「グレーテルでございます」

 

「フランダースの犬なのにヘンゼルとグレーテルなのか?」やら、「秘密結社なのに、堂々と名乗りを上げるのはどうなんだ?」などというツッコミどころ満載の自己紹介がアトリの理性を領空侵犯してくる。色々と脱線していきそうなので脳内会議では満場一致のスルーが可決された。

 

「偽札なんか作って! 何が目的ですか!?」

「知れたこと! この素晴らしい出来映えの偽札をカロス中にバラまき、物価を吊り上げ! その上で我輩達が前もって買い占めておいた商品を相場より安く売れば濡れ手に泡のウッシッシ! やめられません、稼ぐまで!」

「テンメェェェ! うちの家計簿を赤く染める気かッ!」

「おっと、しまった情報漏洩ッ! おのれ、やりおるな! 実に高度な誘導尋問であった!」

 

バカにしているのか、バカなのか。

恐らく後者であろう男、ヘンゼルを前にしてサナとNは顔を見合わせた。

 

「ねえ、あの人相手にしなくちゃダメ?」

「そうだよ。ボクたちの目的はポケモン強盗を捕まえること。彼らの相手をしている暇はないと思うんだ」

 

「なんたる僥倖ッ! 一粒で二度美味しい我輩の提案を聞けるのはミアレシティでもここだけであ~~るッ! そうであるな、グレーテル?」

「その通りです、プロフェッサー・ヘンゼル」

「我輩の言葉を神の言葉として心得て拝聴するのであ~~るッ! このまま何も見なかったことにすればよいのであ~~るッ!!」

「お断りします!」

「右に同じく!」

 

シトロンとアトリは揃って身構えた。

 

「僕はミアレシティのジムリーダーです! この町で悪事を働くなら、黙っていられません!」

「その通り! 町の平和とうちのエンゲル係数のために、テメエはここで叩き潰すッ!」

「嗚呼、なんたる悲劇! 所詮言葉は無力なの? 口で言ってもわからないお子さんはブッて、叩いてわからせる! 子供たちにオトナの世界の厳しさを説いてやるのも年長者の役割なのであ~~るッ! そうであるな、グレーテル?」

「勿論です、プロフェッサー・ヘンゼル」

「よろしい、ならば戦争なのであ~~るッ! グレーテル、今まで作った偽札を運び出す準備をするのであ~~るッ!」

「はい、プロフェッサー・ヘンゼル」

「ロコン!!」

 

悠然と部屋から退出しようとするグレーテルより先にアトリの指示が飛ぶ。いつでも撃てるよう既に腹の中の炉を暴走させていたロコンは素早く前へ出た。

 

「『オーバーヒート』ッ!」

炉から氾濫した炎はロコンの特性『日照り』の恩恵を受け、荒れ狂いながらグレーテルの進行方向である鉄骨へと向かって行く。溶解させて、行く手を阻むつもりであろう。

 

ジムリーダー・ビオラのポケモンが使った『光の壁』すらもものともしないロコンの最大火力の一撃。

だが、膨大な熱量を阻む者があった。

屈強な岩肌で夥しい量の炎は霧散してしまう。アトリとロコンは揃って距離をとった。冷や汗が吹き出し、頬を伝う。

 

「ドサイドンだとォッ!?」

 

岩・地面の複合タイプ。

体長2.5メートルという巨体に違わぬ圧倒的な攻撃・防御能力を持ち、その外見で怪獣ファンから熱狂的な人気の対象となっている。

 

「ここはマネーロンダリングと聞いてお札束風呂でエンジョイした天才的な我輩が相手なのであ~~る!」

「資金洗浄の意味がちげえッ!!」

「やかましいのであ~~るッ!! さあ先生、その太くて硬いモノでそのロコンを昇天させてしまうのであ~るッ!」

「堂々と卑猥なこと口走ってんじゃねえッ!」

 

ドサイドンがドリルを回し、ロコンに突撃する。

アトリはこめかみを一度叩いた。『角ドリル』。一撃必殺と名高いその攻撃はタメが長い分避けやすい。ほぼ同時にロコンに回避の指示を飛ばした。

ギリギリまで引きつけてドサイドンの攻撃を回避。ドリルに貫かれ地面に大きな空洞が出来上がる。

 

「シトロン! ここは任せて逃げたあの女を追え!」

「ですがそれではアトリが!」

「自分の身ぐらい自分で守る! それよりサナとNを頼むぞ! ジムリーダーのお前の傍ならオレの傍より安全だ!」

「わかりました!」

「アトリ、気を付けてね!」

「無理だけは禁物だよ」

「応ともよ!」

「先生ッ! 行かせてはならぬであ~る!」

 

脇を走り抜けるシトロンたちに攻撃を加えようとドサイドンは拳を振り上げるが、

 

「ロコン、もう一発!! オーバーヒートォッ!!」

 

夥しい量の炎をドサイドンに浴びせる。

『オーバーヒート』は撃った後、炉の暴走の反動で一時的に技の威力が落ちるデメリットがあるが、それでもロコンの特性の恩恵で桁外れの威力を誇る。

だが、それでもドサイドンに与えたダメージは微々たるものであった。

 

「流石であ~~るッ! ものともしないであ~~る! レツゴー! レツゴー! レツゴー! セ・ン・セ・イ!」

 

ドサイドンの凄まじいタフネスに後ろに控えていたヘンゼルは両手に扇子を持って無駄に洗練された無駄のない無駄な動き――長くて細かい描写も面倒くさいので念仏踊りとしておこう――念仏踊りを披露している。

 

「鬼火!」

 

再び突撃してくるドサイドンの攻撃を躱し、鬼火で火傷を負わせる。

これでドサイドンの高すぎる攻撃力は封じたも同然。しかし、このままでは良くない。

ロコンとドサイドンは相性が最悪である。その上『オーバーヒート』の連発でロコンは疲弊してしまっている。最早ドサイドンを倒すことは不可能に近い。

幸いドサイドンの能力に反比例してヘンゼルのバトルはロマン溢れる技で攻めるタイプだ。戦略が填まれば恐ろしく強いが、アトリなら相手にペースを掴ませずバトルを展開することは容易い。

 

「よくやった。戻れ、ロコン!」

 

十分に役割を果たしてくれたロコンを一旦下げる。

ムックルは飛行タイプ。技のバリエーションを考えても適役とは言えない。

モココは論外。鈍足の上メインの電気技を無効化されてはいくら打たれ強さに定評があったとしても押し負けるだろう。

となると、ドサイドンに有効なポケモンは――

 

「行くぞハッサム!!」

 

出会った当初はアトリに敵意を向けていたが最近は近づいた気がする。

指示を聞いてくれさえすれば自身の手持ちの中で一番強いハッサムを繰り出す。

しかし、ハッサムはアトリとドサイドンを見るなり「へっ」と鼻で笑うとその場に肘をついて寝そべった。

 

「ちょ、おま――ハッサムさぁぁぁん!?」

「隙ありであ~るッ! 『岩石砲』!!」

 

巨大な岩石の弾丸が拘束の螺旋を描きながらハッサムに真っ直ぐ飛来する。

 

「危ねえッ!! ハッサム!!」

 

モンスターボールは間に合わない。間に合うか、間に合わないかなど考える間もなく、アトリはハッサムに駆け寄った。

 

飛来してくる巨岩の弾がスローになった。

 

ヤバい……。死ぬ――ッ!!

 

ハッサムを庇うように体を覆い、目を固く閉じた。次の瞬間――――ハッサムは寝そべりながら拳で飛来する岩石を粉々に砕いていた。

 

「…………は?」

 

何が何だか分からないアトリはただ目を丸くするばかりだ。

ハッサムは鋏を開いて閉じるとアトリに見えないように表情を和らげる。

 

――バーカ。

 

僅かな頭痛と共にそんな声がいつもより鮮明に脳に響く。

誰が発した声かわからずアトリは辺り一帯を見渡した。だが、周囲にはアトリたち以外誰もいない。

 

「あ、危ないであろう! 危うく我輩殺人犯になるところだったであ~るッ!」

「偽札作りの主犯が気にすることかよ」

「我輩、子供とお年寄りには紳士的な心優しき科学の子なのであ~~るッ!」

「それなら大人しくお縄を頂戴しやがれコノヤロー!」

「それは断固として断るのであ~るッ!」

「ハッサム! バレットパンチ!」

 

アトリは指示を飛ばすが、ハッサムは既に高イビキをかいて眠ってしまっていた。その様子を見てヘンゼルは指をさして大笑いする。

 

「いう事を聞いてくれないポケモンとは! トレーナーが未熟な証拠なのであ~る!」

「うるせえ、ワキガ野郎!」

 

ハッサムをモンスターボールに戻し、最後のモンスターボールを取り出した。

ハッサムがダメとなればドサイドンに有効なのはコイツしかいない!

 

「勝負はこっからだ! 覚悟しやがれ!」

 

ケロマツはモンスターボールから飛び出す。ドサイドンの強面を見て涙目になり、思いっきり腰が引けていた。

 

ホントに大丈夫かコイツ!?

 

昨日の惨劇を思い返し、多大な不安を感じるアトリであった。

 

 

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