ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第25話 ポケモントレーナーとして

 

 

 

1

 

『ミアレシティにて連続的にモンスターボールが強奪される事件が発生しております。犯行は複数人で囲みポケモン勝負を強引に行った直後、戦闘不能になったポケモンを強奪するといった手口で行われています。同一犯の犯行と予想されていますが、報告された犯人の特徴が多岐にわたるため特定は困難を極めております。……犯行は路地裏など人目に付かない場所で行われています。ミアレシティにお住いの皆さまは十分にご注意ください』

 

ニュースキャスターが告げる情報には目新しい情報はない。

ポケモン強盗が本拠地としている空きテナントを目の前にセレナはどうするべきか、少しだけ迷った。

 

時間は少し遡る。

 

ミアレシティの路地裏。

ここはこの町の名門トレーナーズスクールに通うマコン達の遊び場になっている。大人たちの眼が届かないちょっとした秘密基地。若く血気盛んで善悪の境界が曖昧な子供が『決まりだから』という理由だけで納得できるはずもなく、必要なのはカードではなく技術だという何処かのスキルアウトの元リーダーの様な理屈でことに及んでいた。

 

「それでここでポケモンバトルの練習をしていたのね」

 

セレナの言葉にマコン達は首を縦に振った。

この場所は本当にこっそりポケモンバトルを行うにはうってつけだった。ごっこ遊び延長のようなものであったが、言うまでもなく彼らのしていたことは違法である。だが、「どうせバレやしない」という意識が彼らの自制心を鈍らせてしまっていた。

それに関してはセレナにも覚えがあるので、なんとなく怒るに怒れない。

 

このグループのリーダー格であるのがマコンとスタンであった。

二人の実力はほぼ拮抗しており、日々切磋琢磨して良きライバルとして競い合っていた。

だが、そんな日々はそう長く続かなかった。

親友であるスタンのポケモンが奪われた。

全身黒づくめフルフェイスヘルメットを被った女性と真っ赤なスーツに全身を包んでいるマフィアの様な集団だった。一緒にいたマコン達も負けじと応戦したが、フルフェイスヘルメットの女性一人に全員成す術もなくボコボコにされた。

 

「警察にはそのことを?」

「……警察に言えばポケモンを殺すって……! 無免許でバトルしてた僕たちが悪いんだから警察も本気で動いてくれないって……!」

「だから、自分たちで取り戻そうと?」

 

マコン達は自責の念からかしばらく黙していたが、やがて観念したように頭を垂れた。

 

「ポケモン盗られてからあいつ塞ぎこんでしまって……、スタンはショックで……、寝込んじゃって……。……あいつのあんな姿、見てられない……」

「……許せないわね」

 

表情を一切崩さず冷淡な声で断じる。

静謐な話し方だったが、その弁舌の影から無理やり押さえつけた怒気が感じられる。

鋭利な冷気のようにマコン達の心に突き刺さった。ポケモンに守られるだけではなく、ポケモンを守ることがポケモントレーナーの使命である。

それが出来ない自分たちはポケモントレーナーの卵として最低のことをしてしまったんだ。

羞恥と自責で顔があげられなくなる。だが、次に投げられた言葉は予想外の言葉だった。

 

「分かる範囲で赤スーツの集団の情報を教えて」

「え……? 何をするつもりなの……?

 

ゆっくりと目を閉じた。

ポケモンを盗まれた被害者たちの憤り、怨み、悲嘆、絶望。

セレナの瞼裏には傷ついた果てに流す涙は鮮烈に焼き付いて離れない。

彼らの無茶を咎めたい気持ちをとりあえず棚に上げて、得た情報を総合して考える。

昨日、ニャスパーと目が合った時に頭に浮かんだヴィジョン。同じく路地裏で起こった事件。ポケモンを強奪していたのは赤スーツの男だった。彼らのポケモンを強奪した犯人も赤いスーツ。

手口も酷似している。繋がった気がした。これだけ共通点があれば、無関係と考える方が不自然である。

そして、トレーナーとしての矜持がこれ以上の蛮行は許してはおけないと言っている。

 

「ポケモン強盗は私が捕まえる」

 

力強い断言にマコン達の顔が一斉に上がった。

 

「助けて、くれるの……?」

「勘違いしないで。貴方たちのやったことを肯定するわけではないのよ」

 

突き放す様な厳しい物言いに彼らの背筋が伸びる。

 

「けど、あなた達が友達のポケモンを取り戻したいという気持ちは伝わってきたから……」

 

『友達のポケモンを取り戻す』という気持ちには共感できる。

 

それに、気になることもある。加害者はいずれも赤いスーツを着ていたという共通点がある。それだけ特徴的で重要な情報が何故一般に公開されていないのか。

そこに何かしらの作為を感じられるのだ。その謎を解くためにも直接犯人グループたちと接触した彼らの情報は必要なのだ。

 

「貴方たちの持っている情報を私に教えて」

 

2

 

ポケモンセンターのトイレの中で青い顔をしたアトリは指でこめかみを軽く叩いた。

彼が考え事をする時の癖である。なんとなく軽い衝撃を受けるたびに脳みそが刺激を受けて活性化するような気がする。

 

ムックルがムクバードに進化したが、ドサイドンとの戦闘で傷ついた彼女は既に戦力としてカウントすることは出来ないだろう。この脱落はあまりにも大きい。

真っ当な戦力として数えることの出来るのはロコンとモココの2匹。

目にも留まらぬ逃げ足――逆に言えば縮地の如き瞬足を見せるケロマツは主に性格上の問題でバトルに繰り出すにはまだまだ場数を踏む必要がある。

ハッサムの実力は申し分ないが、多分指示を聞いてくれないだろうな、と大きく肩を落とした。

どちらも一朝一夕で解決できる問題ではないだけに余計に頭が痛い。

 

 

「ロコンとモココだけで何処までやれるか……」

 

敵が岩・地面タイプでも繰り出してこようものならその時点でアトリの敗北が確定する。

一応ロコンとモココ。それぞれに隠し玉は完備しているが、相手に通じるのは一撃限り。その上、決定打になるか、と聞かれれば厳しい、と答えざるを得ない。

堅実にいくならば、ムクバードの回復を待つべきだろう。

 

 

――たすけて……。

――帰して……。

――怖い、怖いよ……。

 

「う……、……ッ!!」

 

突如耳鳴りと共に強烈な頭痛がアトリを襲う。

まただ。これで何度目だろうか。

先程の変態プロフェッサーとの戦闘の後から、との幻聴が脳の芯に直接響く様に鮮明に聞こえてくる。そしてそれが断続的ながらもだんだんと間隔が短くなってきている。

 

「くそッ、うるせえ。なんだテメエ等。オレの中に入ってくるな……ッ」

 

自分の中に自分じゃないものが入ってくる感覚は気分のいいものではない。

自我が浸食されて他人の境界線が崩壊していく錯覚を覚え眩暈で立っていられなくなった。

 

「アトリ、こんなところにいたんだね。シトロンが探して――――どうしたんだい?」

「Nか……。悪い、少しだけ待ってくれ」

 

座り込んでいるアトリを見つけたNが気遣うように屈みこんだ。

 

「気分が優れないのかい?」

「ただの耳鳴りと偏頭痛だ。大分納まってきたから大丈夫……」

 

冷や汗を乱暴に拭って立ち上がる。落ち着きを取り戻すように大きく息を吐いた。

 

「シトロンがどうしたって?」

「今後の方針を決めるから来てほしいって」

「ほいほい、了解っと」

 

先程までの痛みが嘘のように軽い足取りで扉に手をかける。

Nがアトリの方をじっと見ていることに気付いた。

 

「何か言いたそうだな」

 

水を向けるとNはしばらく逡巡していたが、やがて意を決したように早口で捲し立てた。

 

「ポケモンを傷つけることを前提としたバトルスタイル。さっきのドサイドンとのバトルがキミの戦い方かい? だとしたら失望したよ。キミはポケモンへの愛情を持っているトレーナーだと思っていたのに……わかりあうためといい、トレーナーは勝負で争い、ポケモンを傷つけあう。そしてそれを当然と信じて疑わない。……ボクが最も醜く愚かだと感じるトレーナーの姿そのものだよ、キミは……!」

 

Nの耳の痛い言葉に神妙に唇を噛み締めた。

彼の神々しさと相まって苦言が鋭い冷気の様にアトリを刺す。

やがて低く唸るように「……そうだな」と彼の言葉を肯定した。

 

「オレは必要なら手持ちを傷つける様な指示を出す。勝つために出来る最善を尽くす。それがオレのポケモントレーナーとしての覚悟だ」

 

手持ちポケモン達への愛情は嘘偽りない。だがその一方でトレーナーとポケモンという関係をビジネスライクに割り切っている自分もいる。

 

「ポケモンを傷つくことになってもかい?」

「オレについて来るなら、勝負に徹する覚悟を決めてもらう。……こいつらを駒として利用するオレを、お前は『冷酷だ』『非道だ』と軽蔑するか?」

 

「それもいい」と自嘲気味に笑うアトリを前に今度はNが言葉に詰まる番であった。

沈黙の帳がおりる。

Nはポケモンバトルを好まない。

ポケットモンスターと呼ばれる生物の中に眠る闘争本能を満たす行為であっても、戦いである以上、傷つき痛みを伴う。問題はそれを強いているのか、どうか。

 

3

 

「いいか、シトロン。時間と金は常に反比例の関係にある。時間とは人間誰もが持つ共通の財産だ。金をかければ時間を節約できる。時間をかければ金が節約できる。勿論、時間をかけた方が良い結果を得られることもあるだろう。だが、しかし! オレはあえて後者をとる! 残念なことに人類は有史以来、浪費した時間はどれだけ莫大な財をつぎ込んでも買い戻すことは出来た試しがない! 人類の文明が三次元から四次元へ飛躍しない限り、時計の針を右に戻す手段はないからだ。

故に今ここでカチコミをかける。そうする必要があるとみた!」

 

N並の早口にシトロンとサナは思わず苦笑い。

先程の自称秘密結社『ふらんだーすの犬』との戦闘でシトロンとアトリはそれぞれ手持ち一匹ずつが戦闘不能。サナに至っては唯一の手持ちを沈められてしまっている。

手持ちポケモンの回復を待つべきだ、と主張するシトロンに対して展開したロジックが先ほどのものだ。

 

「しかし、危険すぎます。敵の戦力は未知数。応援を呼ぶ時間も必要ですし、万全の状態で挑むに越したことはありません」

「うーん。サナはシトロンさんにさんせー! せっかく犯人たちの居場所がわかったんだから、捕まっているポケモン達を確実に助け出す為には傷の手当てが第一だよ」

「それだよ」

 

アトリは人差し指をコメカミに押し当てながら言った。

 

「敵の戦力は未知数。もっと言わせてもらえば、あの変態プロフェッサーからの情報は本当に信用に足るモンなのか? オレ達を嵌めるための罠って可能性も考えられる。だったら斥候としてオレが探りを入れれば、敵戦力の数、罠かどうかくらいは見極められるはずだ」

「単独で動く気ですか!? 危険すぎます、バカですか!?」

「わーおッ、切れ味するどーい」

 

出会って間もないシトロンにまでバカ扱いされたことに思わず苦笑い。

言われ慣れているので別に傷つきはしないが。……本当に、全く、全然傷ついていないが。

気を取り直して咳払いをひとつ。

軽すぎる物言いにシトロンの眉が更につり上がるが、真顔に戻ったアトリが手を突き出して制した。

 

「オレ達の中で一番強いのはジムリーダーであるシトロン、お前だ。お前が罠にかかってリタイヤって展開は士気的にも、戦力的にも絶対に避けたい」

「でも、それじゃあ君が――」

「危険は承知の上。もしオレがやられたとしても、最後にお前が勝ってポケモンを取り戻してくれればオレ達の勝ちだ」

「けど、」

「『けど』じゃない。……時間があるなら回復を待つって手もありだけど、オレには時間が残されていないんだ……」

 

ドラマなどでよく聞く死亡フラグ全開な台詞にシトロンとサナは目を剥いた。

神妙に彼の次の言葉を待つ。

 

「…………明日仕事で4時起きだから」

「休めないの?」

「休めねーよ」

 

生活費の確保はアトリにとって最優先事項である。

そして、ポケモントレーナーとしての旅立ちが決定しているアトリにとって近いうちにやめる職場ではあるが、今まで良くしてもらった分、最後まで務めを果たすことで報いたい。

それはジョゼットのピカチュウを取り戻すことと同じくらい大事なことだ。

 

「それしかありませんか……」

 

シトロンは苦渋に満ちた表情で低く唸りを上げる。

 

「くれぐれも無茶だけはしないでくださいね」

「まあ、出来る限りはな」

 

万が一見つかって敗北したとしても、元・炭鉱マンであるアトリならばその並外れた体力と筋力に任せて暴れてそう簡単には強奪されることはない。

 

「見つけたらムックルを飛ばす。――悪いな、ムックル。いや、今はムクバードか。痛いだろうけど、もうちょい力を貸してくれ」

 

――任せて!

 

応急処置を終えたムクバードはモンスターボール越しに傷ついた羽を広げ尻尾を左右に振った。

 

「本当にすまない……。きついだろうが、今はお前の気持ちに甘えさせてもらう」

 

一歩引いたところでその様子を見ていたNは渋い顔をする。

傷ついた状態でトレーナーに酷使されるポケモン。

彼とNとの考えは違いすぎる。

 

正直、目を背けたかった。

ポケモンが傷つく姿を見たくない。

だが、眼を背けるわけにはいかない。

英雄としての資格。真実を見極め、再び目指すべき理想を掲げる。

 

それを手に入れる為にフワ・アトリというトレーナーを見極める必要がありそうだ。

明確な答えを出せずにいるNに、同じ力を持つ彼を糾弾する資格はまだないのだから。

 

――異なる考えを否定するのではなく 異なる考えを受け入れることで 世界は化学反応をおこす。

 

Nの脳裏にイッシュの白い英雄として選ばれた少女の姿が浮かんだ。

未来は見えず、彼女の愛した数式はまだ解き明かせない。

 

 

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