1
カロス地方最大の都市ミアレシティは実に広大だ。敷地は勿論、住人の数、そしてミアレステーションを入り口に毎日のように訪れる多くの外国人観光客。
人の回転率は文字通り世界一であろう。
そんな巨大都市の中で目当ての人物を足のみで探すのは非常に困難であろう。だが、セレナたちの目当ての人物へと続く糸を見つけるのは拍子抜けするほど簡単だった。
さもありなん。犯人たちの特徴は全身赤スーツ。しかもご丁寧に髪の色から付けているバイザーまで真っ赤ときた。時代の最先端を行き過ぎた人類に理解するには早すぎる彼らのファッションは美意識の強いカロス地方――しかもその中心地であるミアレシティにおいて悪目立ちすることこの上ない。午前中だけで山の様な目撃証言が集まった。
そしてやってきました。彼らのアジト。
サウスサイドストリートにあるレストラン・ド・フツー横の路地裏。
その奥に人目を憚るようにひっそりと存在している廃工場。セレナはこっそりと物陰から伺い見た。そこに件の赤スーツが根城にしているという情報をナンパしてきたバッドボーイズを締め上げて手に入れたが、その情報通り怪しい赤スーツが入り口前で仁王立ちしている。
一度身を隠して思案する。
強行突破することは可能だろう。だが、目的はあくまで盗まれたポケモンの奪還。
勝つだけでは目的を達成することは不可能だ。
アトリに協力してもらうべきか……?
バッグの中からホロキャスターを暫く見つめていた。
一人より二人。彼ならば心強い味方になってくれる筈だ。
気を付けろよ。最近物騒だからな。
サナ達と一緒に行けばいいじゃないか。ナンパが気になるならトロバとティエルノあたりにも声をかけたらいい。
おーう。見つけたら何か奢ってやるよ。
昨日のフワ・アトリの数々のザ・無神経ワードが脳裏を過る。
あのキングオブ無神経の手を借りなくても!
無表情なまま持つ手に力が入り、端末が軋んだ。
怒りが静かに燃え盛る。
そんな中セレナはスカートの裾を軽く引かれて咄嗟に振り向いた。
2
見張りの男は欠伸を噛み殺した。
「そういやぁ、よぉ聞いたか?」
「何を?」
「大幹部様が直々に邪魔者の始末に動いたらしいぜ」
「ああ、あの自称秘密結社か」
『ふらんだーすの犬』と彼らの組織は敵対関係にある。対立の理由は一言でいうなら縄張り争いだ。ふらんだーすの犬は偽札を生産し、ミアレシティの経済を自在に操ろうと画策し、彼らの組織はとある目的の為にポケモンを奪っている。
目的自体は互いに邪魔になるものではない。それどころか二つの組織が組めば、ミアレだけには収まらない強大な犯罪シンジケートが出来上がる。それが出来ないのは偏にふらんだーすの犬の頭目であるヘンゼルが組織のやり口が許容できないからである。
曰く「美学が足りないのであ~るッ!」だそうだ。
奴らには何度も煮え湯を飲まされている。
ポケモンを奪うという任務を妨害されたことは片手の数だけでは足りない。
彼らの組織は大幹部主導による警察への圧力や情報操作の甲斐あって尻尾を掴まれるような失態は犯していないが、あまり派手に動かれ過ぎると目障りだ。
「けど、大丈夫か? ふらんだーすの犬の頭目はジムリーダークラスの実力者だろ。うちの組織で相手になるのは幹部くらいじゃないか」
ヘンゼルのふざけた態度と反比例するように彼の手持ちポケモン達は総じてレベルが高い。生半可な実力では策を巡らそうとも、粉砕されてしまうだろう。
「大丈夫だろ」
そう言って肩をすくめた。
「刺客に選ばれたのは無名のトレーナーらしいが、大幹部様が直々に依頼しただけあって腕利きみたいだし、万が一やられたとしても、我々『フレア団』の預かり知らない――」
続きを言うことは叶わなかった。
糸が切れた人形の様に突如昏倒した相方に慌てて近寄ろうとするも、それを小さなポケモンが阻んだ。
「な、なんだよ?」
じせいポケモン・ニャスパーはその真ん丸い目はジッと彼を見据えて何も言わない。フレア団員の男はニャスパーを退かそうと手を伸ばす。
所詮は小さなポケモンと侮っていたことが、それが彼の犯した致命的なミスであった。
次の瞬間、彼も意識を失った。
『あくび』
ニャスパーの使う補助技の1つである。
同じく相手への入眠作用を引き起こす『催眠術』や『眠り粉』と比べ、効果が現れるまでのタイムラグがあるが、その分、効力にムラや個人差がない分使い勝手が非常にいい。
「ありがとう。助かったわ」
「フンニャー!」
寝息を立てている見張り番二人の脇を通り抜けセレナはカフェで目が合ったニャスパーと共に内部への侵入を果たす。
廃工場の内部は荒れてはいたが、非常灯がついていることから電気が生きていることを物語っている。
更に注意深く観察すると、頻繁に人の出入りがある痕跡が散見できた。
周囲を見回して警戒するが、少なくとも赤い服の集団はまだ侵入されたことに気付いてはいないようである。
「フニャー」
突然ニャスパーの耳が何度も開いて閉じる。
セレナの問いかけに答えることなく、ニャスパーはその短いコンパスにあるまじき早さで駆け出した。セレナも慌てて追いかける。
「どうしたの?」
ニャスパーが再び耳をパタパタさせるとセレナの脳裏に鮨詰めにされているポケモン達の映像が流れ込んでくる。
その中のポケモン達は皆憔悴、または衰弱しきっていた。エスパータイプの能力でポケモン達の居場所を探り当てた事を悟る。
「そっちにさらわれたポケモン達がいるのね?」
「フニャッ」
「イエス」と答えているような気がした。
そうとわかれば迷う必要はない。入り組んだ工場内をニャスパーが示す通りに進むのみである。二階の突き当りにある部屋でニャスパーは足を止めた。
セレナはドアノブを捻るが鍵がかかっていてノブが回らない。
「ニャスパー。お願い」
「ニャ!」
ニャスパーの耳が全開になり眼に仄かな青い光が灯る。エスパーポケモンのお家芸『サイコキネシス』によって鍵はいとも簡単に外れされた。恐る恐る扉を開くとそこにはニャスパーに見せられたヴィジョンと寸分違わぬ光景があった。
檻にはそれぞれA・B・Cと書かれた札が張り付けられている。
Aが丁寧かつ数が少ないのに対し、B、Cと順を追って数が多く乱雑な扱いになっていることが気になったが、今は考えている時間が惜しい。
すぐさま警察に通報しようとしてホロキャスターを開いたその直後だった。
「フンニャッ!!」
「――――ッ!?」
セレナを目掛けて飛んできたドス黒い波動。その間にニャスパーは『光の壁』を張り体を滑り込ませた。ニャスパーの小さな体は吹き飛ばされ棚に激突する。
「ニャス――「アハハハッ! 惜っしい!」
バイザーを被り、オレンジ色に髪を染めた赤服の女性がポチエナを従えて軽薄な笑いを浮かべていた。
すぐさまニャスパーの頭部を揺らさないよう手を触れた。
呼吸は確認出来るが、浅く荒い。相当な重症を負っている。
すぐさま持っていたヒールボールを取り出した。
弱っているところに付け込んでいるようで気は引けたが今はことは一刻も争う。
瀕死寸前のニャスパーをボールの中へ収めた。これで当面の怪我の方は問題ない。
攻撃したきた相手を睨み据えた。
不意打ちでポケモンの技を、しかも躊躇する事なく頭部を狙ってきていた。目の前のオレンジ髪はセレナを殺すつもりで攻撃を加えてきたのだ。ニャスパーが庇ってくれなければ間違いなく死んでいたであろう。
そして、傷つけても罪悪感を抱くことなく軽薄に笑っている。
「なんてことをするの!」
「『なんてことを』はこっちのセリフ。何しようとしてくれてるの。それ、集めるの苦労したんだからねー」
オレンジ髪は軽い調子でそう言い放つ。
セレナは『それ』と示されたポケモン達を伺い見た。一目で分かるほど、衰弱している。特に『C』とラベリングされているポケモン達の環境は劣悪極まりない。狭い檻の中に身動きがとれないほどすし詰めにされている。
早く医者に見せなければ手遅れになるかもしれない者もチラホラと確認できる。
「酷い……ッ!」
「あれー、激おこ? 激おこなの?」
セレナは怒りのあまり目眩を覚えた。激情が荒波のように押し寄せて、口の中は噛み締めすぎて微かに血の味がした。抑えきれない程の怒りを覚えることは初めてだ。
「こんなことをして……何も思わないの!?」
「何が?」
「こんなに苦しんでるのに! 何も思わないのかって聞いてるのよ!」
「別に? 私は嫌な思いしてないし」
「――――ッ!ハリマロン!!」
反射的にモンスターボールを投げた。目頭が熱い。
この女は自分が加害者になっていることへの自覚も、他者の苦しみへの想像力も完全に欠落しているのだ。
許せない!
「『つるのムチ』!!」
轟ッ!! と唸りをあげたムチがポチエナの顎を打ち据える。
急所に攻撃を受けたポチエナは吹き飛び、意識を失った。
「あはは! 大人に逆らうのが格好いいとか思っちゃうお年頃ってわけ?」
「わからないなら、もう黙ってて! ポケモン達は返してもらうわ!」
「アハハハ! あなたっておもしろーい!」
「言ってなさいッ! 『転がる』!」
ハリマロンは空中で回転し、コンクリート製の床を抉ってオレンジ髪へ突撃する。
オレンジ髪は落ち着いた様子でモンスターボールからエアームドを繰り出した。
鋼と岩のぶつかり合う音が響く。そのままハリマロンとエアームドは鍔迫り合いを演じた。
よく響く衝突音を聞きつけた赤スーツ達がワラワラと集まり始めていた。
「アケビ様、どうなさいました!?」
「下がっててねー。今この子と遊んでるところ――だからッ!!」
気勢とともにエアームドはハリマロンを押し返す。
負けじと更なる加速を付けて突進してくるハリマロンをエアームドは更に弾き返した。
「無駄無駄無駄ァ――ッ! エアームドに物理技なんて通じない!」
「そんなこと!」
「なら食らっちゃえ! 『鋼の翼』!」
縦回転しながら突っ込んでくるハリマロンに相対速度を合わせ、鉛色の羽を打ち付ける。
ハリマロンの体は大きく空中へと投げ出された。間髪入れずアケビの指示が飛ぶ。
「『ドリル嘴』!」
エアームドの鋭い嘴は螺旋を描きながらハリマロンに急迫した。草タイプのハリマロンに対して飛行タイプの技は効果抜群である。
空中では回避する術がない。
「ムチを!」
セレナの指示とほぼ同時にハリマロンは『つるのムチ』エアームドの羽に引っ掛けて、強引に飛び越える。
エアームドの背とハリマロンの頭部が僅かに擦過した。
「アハハハ、やるじゃん♪」
アケビは上から目線の賛辞を送る。
事実彼女はこのバトルの主導権を握っていた。
着地したハリマロンは息が上がっている。タイプ相性的にもレベル差的にもハリマロンに勝ち目は薄い。このままでは勝てない。切り札であるアブソルならばエアームドに勝利を収めることは可能だろうが、
セレナは周囲を伺い見た。
アケビに勝つだけで終わりではない。
彼女に勝ったとしても、後ろで控えている赤服達が黙ってはいない。恐らくは乱戦になる。
拐われたポケモン達を助けるために、今この場でのアブソルの投入は出来るだけ避けたい。
そう、このままでは。
セレナは深く深呼吸をした。
感覚を研ぎ澄まし、ゆっくり――ゆっくりと、集中の世界へ足を踏み入れていく。
アトリとの再戦に向けて研鑽を続けてきた奥の手だ。
未だに習得したとは言い難いが、今この場を打開したいと思うならば、やるしかない。
ハリマロンの呼吸を感じる。
相手の呼吸を感じる。
自分の鼓動が遠く、然れどしっかりした音が千々に乱れ打つ。
大事なのは呼吸とリズム。
そして、何よりもハリマロンとの心の同調。
「実戦でやるのは初めてだけど、用意はいい?」
ハリマロンはセレナを見ずに頷く。
言葉では上手く表現出来ないが、繋がっていることを感じる。彼もセレナと同じくポケモン達を蔑ろに扱う赤スーツ達に酷く憤っているのだ。
ならば、ポケモントレーナーとしてその気持ちに応える。
セレナはこの一戦にポケモントレーナーとしての全てを賭けた。
「GO!」
セレナの指示とほぼ同時にハリマロンら果敢にエアームドへと立ち向かっていった。