エアームドはぎりぎりまで引き付けてからハリマロンの攻撃の軌道から外れた。
いくら早くとも所詮は直線的な動きだ。時間経過に比例した加速にさえ気を付ければかわすことなど造作もない。だが、
「逃がさない!」
回転しているハリマロンはツルの鞭で強引に軌道を変える。突然の予想していなかった軌道変更に対応しきれず、ハリマロンの攻撃をまともに喰らったエアームドは僅かによろめいた。
「アハハハ! やっるぅ♪ なら、これならどう!?」
アケビの声と共にエアームドは空中へ羽ばたいた。いくら狭い部屋の中とはいえ空中を自在に飛び回る鳥ポケモンに直接攻撃を当てることは至難の技だ。
「『ツルのムチ』!」
襲いくる植物のムチをエアームドは避けるまでもないと言わんばかりに羽で弾いた。
「アハハハ! そんな攻撃通じませーん」
アケビはあからさまにセレナを嘲ってエアームドを突撃させる。
真正面から攻撃をもらったハリマロンは吹っ飛ばされ、壁に体を打ち付けた。
彼女の言う通り先ほどの攻撃でエアームドは全くといっていいほどダメージを受けていない。草タイプの技は鋼と飛行タイプを併せ持つエアームドにはほぼ効果がないのは自明の理である。
「アケビ様、そろそろ……」
楽しい時間に水を指した部下にあからさまな舌打ちするが、確かに頃合いかもしれない。
欲を言うともう少しいたぶって遊びたかったが、そろそろ上役が撤退の準備をするために訪れる頃だ。
その前にこの侵入者に対して何らかの始末をつけなければならない。
仕方ないなぁ、と溢し大きなため息をつく。
享楽主義のアケビではあるが、あの大幹部の怒りを買うような事だけは御免こうむりたかった。
「楽しかったけど、そろそろ終わり。エアームド、とどめを――」
そこまで言いかけて初めてアケビはエアームドの様子がおかしい事に気づいた。
消耗が激しすぎる。肩で息をしており、動きに精彩さが欠けている。
調子に乗って攻撃を受けすぎたかも知らない。
「『羽休め』!」
アケビの指示と共にエアームドは地に降りて失った体力を回復する。
その期を逃さずハリマロンは突撃してきた。
「無駄無駄ァ♪ 何度も言ってるでしょー。エアームドに物理技は――」
「確かにエアームドの硬い羽根を上からの攻撃でダメージを通すは難しいでしょうね。でも――関節まで硬いわけじゃないでしょ!」
ハリマロンは渾身の力を以て『瓦割り』の拳を関節に打ち込んでいく。
エアームドはたまらず悶絶した。
備えていた飛行タイプを一時的に消失していたところに格闘タイプの技。その上、精密無比な攻撃を繰り出せるテクニック。
「意図的に急所を狙える的確さがあれば、そんなもの問題にならないわ!」
エアームドの表情が更なる苦悶に歪んだ。苦し紛れに空中に逃げようとしたところを首に鞭をかけた。空中へ跳び上がり、間合いを更に詰めた。
「『瓦割り!』」
ダメ押しの一撃が頭部にヒットする。
不思議だ。練習では10回に1度決まればいいところだったというのに。
自分のイメージが、そのまま現実に反映される。何一つ失敗する気がしない。
ハリマロンの呼吸を感じる。
ハリマロンの視界を感じる。
ハリマロンの動きを感じる。
セレナとハリマロンの五感が完全にシンクロしていた。
「こんな……馬鹿なッ! 『羽休め』!」
体力の回復を図るも、それは一時しのぎにしかならない。
ラッシュ!
ラッシュ!!
ラッシュ!!!
次から次へと蓄積されていくダメージが回復量を上回っている。そして――遂に均衡は崩れた。
「そんな……! そんなことが出来る筈が……!」
「終わりよ!」
「クッ、舐めるな!」
セレナの指示とほぼ同時にハリマロンが深く踏み込む。小さな体をバネにして全身全霊の一撃を放つ。エアームドの体が浮き上がった。
「そこッ!」
残心をとっていたハリマロンが空中で回転。遠心力を利用してエアームドを打ち据えた。鋼の翼は地に堕ち、意識を手放した。
「強いのね。……そう、強いのね」
自身の敗北を噛み締めてアケビはモンスターボールにエアームドを戻した。
同時に様子を伺っていたフレア団員達がセレナを取り囲む。
「アハハハ! たった一人でここまで辿り着いたことは誉めてあげる。でも、」
アケビが片手を上げると同時に団員達は一斉に手持ちポケモン達を繰り出し、臨戦態勢に入る。
「私たちがこんなにもいるんだからさっさと降参しちゃいなさい。楽しませてくれたお礼にあなたの命だけは助けてあげるから」
セレナはその提案を鼻で笑った。
『あなたの命だけ』。
きっとその勘定にセレナのポケモンは入っていない。ならば選ぶべき道は一つだ。
セレナのハリマロンはバランスを崩し、膝をついた。
分の悪く能力面でも勝るエアームド相手に強引に勝利をもぎ取った代償として既に体力は限界に達している。少し押されただけでも倒されてしまうだろう。
「戻って、ハリマロン」
まだやれる! と意思表示するハリマロンをボールに戻す。ポケモントレーナーとしてこれ以上の無茶は許容出来ない。
「ありがとう。よく頑張ってくれたわね」
ハリマロンに労いの言葉をかけてから、周囲の状況を分析した。
おおよその数は10匹以上15匹未満。ズルッグ、イシツブテ、ナゾノクサ、コラッタ、ホルビー、コフキムシ、レディバ、ミツハニー。
一匹一匹のレベルは脅威には程遠い。しかし、数が多すぎる。
セレナの手持ちで戦闘可能なのは先程のニャスパー含めて3匹……、いや。そのうち1匹はまだ捕獲したばかりの為実戦に出せるレベルではないので実質残り1匹だ。
要注意なのは出口付近に陣取っているズルッグ。格闘と悪タイプを併せ持つあのポケモンはアブソルが相手どるには少々分の悪い相手である。
ズルッグを一撃で沈められるかどうか。セレナ達が勝てるかどうかの別れ道だ。
その時だった。
「『オーバーヒート』ッ!」
突如、上から圧倒的な熱エネルギーがズルッグに向かって放出された。
炎タイプ指折りの大技を不意打ちでまともに受けたズルッグは倒れた。
「だ、だれ?」
その場にいた誰もが射線を逆に辿って炎を撃った相手を伺い見た。射手とトレーナーはセレナとフレア団員達を一望できる遥か高みにて威風堂々と佇んでいた。顔は強い逆光のせいではっきりとは確認できない。
「誰だ!?」
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ! 聞け、悪人ども! オレは通りすがりの正義の味方! ポケモントレーナーA!!」
格好つけてどこかで聞いたことのある名乗り口上を叫ぶポケモントレーナーA。
フレア団員は呆気にとられていた。二次元ならともかく、現実でこの手の名乗り口上を述べる人間を初めて見た。第三者ならば、名乗りをあげている間に攻撃しろ、などという野暮なツッコミを入れそうなものだが、合理的な思考だけでは説明できないものがここにある。
セレナはこのような奇行をやらかす人間に一人だけ心当たりがあった。
と、いうより彼のすぐ側に『日照り』による日輪を背負っているロコンがいるとなれば、少年の正体はほぼ確定的である。
「セイヤーッ!!」
「ちょっ!?」
更に格好つけて飛び降りる少年にセレナは大いに慌てた。床までは15メートル近くある。着地を失敗すれば骨折は避けられない。
だが、ポケモントレーナーAは難なく一回転半を決めながら着地した。続けてロコンもすぐ横に着地する。スーパーヒーロー着地だ。
周りのフレア団員たちは彼の運動神経に称賛の拍手を送る。そんな時だった。
メキッ!
セレナだけではなく、その場にいた誰もがそんな不吉な音を耳にした。危機を感じ取ったロコンは自分だけさっさと逃げを打つ。
直後、床が抜けて、ポケモントレーナーAは下の階に落下していく。長い間放置されていた工場だ。老朽化していた部分が着地の衝撃に耐えられなくなったのであろう。
「「「……………………」」」
その場にいた誰もが開いた口を塞ぐことを忘れた。
ズダダダダダダダダッ! と、下の階から駆け上がる音と共にポケモントレーナーA――フワ・アトリは部屋に戻り、フレア団員達を横切り、セレナの隣に戻ってきた。
「オレ、参上!!」
何事もなかったように威勢よく宣言した。普通なら良くて骨折、悪くて死亡というような事故に見舞われても怪我ひとつない辺り彼の頑丈さが伺える。
「何やってるのよアトリ……」
「登場の仕方は大事だろ?」
セレナは天井を仰いだ。
格好つけるつもりが相当残念なことになっているのを本人以外誰もが気付いていないのは幸なのか不幸なのか……。体の頑丈さと賢さが反比例しているのでは、と考えると納得できてしまうから不思議である。
「あなたってホント馬鹿ね」
「手厳しいッ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハ! あなたコメディアン? もー、サイコー!!」
床をバンバン叩きながら笑い転げるアケビにアトリは鋭い視線を投げつけた。
「タイマンなら邪魔する気はなかったが、一対多数は卑怯だろ」
「アタシ達全員に勝てるとでも?」
「負ける喧嘩はしない主義だ。お前ら程度にそんなてこずるとも思わねーしな」
あからさまな挑発だったが効果はあったようだ。殺気だったフレア団員達の何人かはアトリのロコンにターゲットを絞り込んだ。
「あなた様子を伺っていたわね?」
「ああ」
背中越しのセレナの問いかけにアトリは少々逡巡を見せたが、低く唸るように肯定の言葉を吐いた。
「文句なら聞くぞ」
「最悪……」
セレナな非難の声は覚悟をしていたが、少々堪えた。
だが、言われても仕方ない。
アケビがとりまきをけしかけない限り、一対一の勝負なのだ。
その勝負に横槍をいれることは木っ端トレーナーのアトリとしても憚られる。
そう言い訳して斥候の役割から逸脱しようとしなかった。
セレナがあの程度の相手に負けるとは思ってはいなかったが、万が一負けたとしてもアケビと呼ばれた女性の享楽的な言動を鑑みるに遊びの道具とされるだけで、ポケモン共々本格的な危害まで至るには相応の時間がかかるだろう。彼女にはシトロンが到着するまでの時間稼ぎと敵を消耗させる為の先鋒としての役割を果たしてもらう。
とはいえ、人質にされてシトロンが動きづらくなるのは良くない。
セレナの旗色が悪くなるまでは相手の戦力の分析と布石を打つことに専念。旗色が悪くなるようならば助太刀する。
そう決めていたとはいえ、悪く言ってしまえば彼はセレナ達を捨て駒扱いしたのである。普通なら親しい者が窮地に陥っていれば、一も二もなく助けに入るのが正しい人としての在り方なのだろう。
よくもまあこんな狡猾な手段が思い付くものだ、と我ながら呆れ果てた。
だからこそ、どんな糾弾も甘んじて受ける心づもりであった。そして今がその時だ。
唇を噛みしめ、懲役を告げられる罪人のような面持ちで侮蔑の言葉を待つ。
だが、セレナが発した次の言葉はアトリが予想もしていなかったものであった。
「貴方に手の内明かしてしまうなんて……」
「そこかよ」
「他に何があるの?」
「いや、見てたのなら助けろ、とか」
罵声を浴びせられたい訳ではないが、想定外なセレナの反応に拍子抜けしてしまう。
なまじ糾弾を受ける覚悟を固めていただけに余計にだ。
「見くびらないで。ちゃんとわかってる。あなたが見ていて何もしないってことは何か出来ない理由があるから。違う?」
「そういう理由もなきにしもあらずなんだがよ……」
歯切れの悪い言葉を並べるアトリの唇に指を当てて強引に言葉を止める。
細かい理屈はもうどうでも良かった。
アトリが自分を助けにきてくれたこと。
そして何よりも『ライバル』として肩を並べて共に戦えることが不謹慎化かもしれないが、ただ嬉しかった。
自分の顔が少々赤くなっていることを感じる。
「別に私一人でも十分だったわよ」
照れ隠しに強がりを言ってしまうなんて私もまだまだ子供だな、とくすぐったい気持ちになってしまう。
アトリは苦笑した。
「まあ、けどやるなら」
「うん。1人より2人よね」
拳を掌に打ち付けてセレナと背を合わせる。そして、ロコンとアブソルもそれぞれのトレーナーと共に戦うべく、前に立って臨戦態勢に入った。
「背中は預けるわよ」
「任された。さあ、仕事の時間だ!」
多数に無勢。
状況は依然不利のままだ。
だが、アトリと一緒なら――
どんな強敵が来ても負ける気がしなかった。
お久しぶりです。
(誰も待っていないかもしれませんが)更新間が空いてごめんなさい
私生活がアホみたいに忙しい上にスランプで仕事以外でパソコンを開けていませんでした。
最近やっと少し落ち着いてきましたので、少しずつ小説を書く時間をとっていきたいと思っています。
スランプを脱出したわけではないので、いつまでにと約束はできないところが心苦しいですが、それでもいいという心の広い方はどうかお付き合いください