1
子供のころは、自分は何でも出来ると信じていた。
根拠はない。ただ、目の前には果てしない未来が広がっていて、無限ともいえる可能性に毎日がキラキラしていた。
恐れはなかった。信じて、努力すれば、不可能なんてない。
どんな夢でも叶えられる。
ただ無邪気にそう信じていられた。
2
アサメの小道を抜けたオレたちはその先の川沿いの町メイスイタウンという小さな町に到着した。セレナさんの言っていた通りアサメタウンから本当にすぐ近くで、わざわざわける意味があるのかな? と疑問に思ったが、その辺は大人の事情というやつなのだろう。
「おーい、こっちだよお」
声のした方向に意識をやるとオープンカフェの椅子に肥満た――訂正、体格のいいウソハチの様な髪型をした男の子と、細身で小柄な……えーっと、たぶん、男、かな? うん、中性的な容姿の男の子が座っていて手を振っている。
「おーい! おまたせー!」
そういってサナさんは手を振り返して、走っていく。
「あそこが待ち合わせ場所よ。行きましょう」
先導するセレナさんに促され、後に続いて椅子に座った。
「紹介するねー♪ こっちにいるのが、」
サナさんは奥にいるウソハチ頭のデ――じゃない、巨漢を指す。
「オーライ、見かけに騙されちゃいけないぜ☆ 動けるデブとはぼくのこと! パワフルダンサー・ティエルノここに参上!!」
「よ、よろしく……」
自己紹介がてらリズミカルでコミカルなダンスをしてから握手する。
この体でそこまで軽い動きが……!? こいつ、やりおる……ッ!!
っていうかこの自虐ネタは笑うところなんだろうか?
なんだか笑ったら失礼な気がするし、かといって笑わなかったら自虐ネタ振った方としては居た堪れないはず……。
ど、どうするオレ? オレの取るべき的確な対応は……!?
表面上平静に、だが内心ではテンパりマックスで次の対応を考えていると、細身の男の子が立ち上がった。
「ひ、貧弱なんて言わせない! たった1つの真実見抜く冴える頭脳派・名探偵トロビャ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「いま、噛んじゃった?」
「噛んだねぇ」
「噛んだわね」
サナさん、ティエルノ君、セレナさんが順番にツッコミをいれて、赤面したトロビャくんは小さくなって固まっている。
うん、わかるよ。そういう決め台詞とかって失敗するとすごく恥ずかしいよね。
「諦めちゃダメだトロバっち! 諦めたらそこで試合終了だよ! と、いうわけでtake2!」
「やめたげてよお! もうすでに彼のライフはゼロだよ!?」
「貧弱なんて言わせない!」
「ってやっちゃうの!?」
意外にメンタル強いな、オイ!!
「たった1つの真実見抜く冴える頭脳派・名探偵トロバ!」
「「二人そろってパワー&ブレイン! ただ今参上!!」」
決めポーズと同時に彼らの後ろでクラッカーが炸裂する。
あまりに高いテンションについていけず、若干表情を引き攣りながらも差し出された手を握られハグされる。
「いやー、見事に決まっちゃったねえ。新しい仲間が来るって聞いていたから張り切って準備したんだよねえ」
「はい。構想に1カ月! 練習に1週間前かけた甲斐がありましたね!」
「えーっと、僕のためにわざわざありがとう……」
と、言うべきなんだろうか……? ダメだ。ペースを握られっぱなしじゃ上手い立ち回りができない。どうせ上辺だけの付き合いなんだから、もっと上手くやらないと。
気を取り直してにこやかな表情を顔に張り付ける。
「改めまして、初めまして。フワ・アトリです。よろしくお願いします」
「オーライ、よろしく! 仲良くなるためにニックネームで呼びたいんだけどいいかな?」
「勿論」
「それじゃあ『アトリーム』でどう?」
「…………え?」
なんだろう? 『アトリーム』というワードに強い拒否感を覚える。何故だろう?
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。
それよりも気になるのはアンタの着ているバニプッチTシャツと『アイスクリーム』かけているのか、ということだ。だとしたらお笑いだ、ヤマダくん彼の座布団を1枚持って行ってくれたまえ!!
「えー、やだーっ! アトタロがいい!!」
困惑しているところにサナさんが抗議をいれる。
けど、それは語呂悪くね? その上、本名よりも長いあだ名という本末転倒だと気づいてほしい。
「ぼ、僕は控えめにアトPのほうが……」
と、言ったのは名探偵トロバ君だ。
控えめでもなんでもねーよ。皮膚炎のようなネーミングは嫌がらせ以外のなんでもない。
「とんでもないあだ名を付けられそうだから、どう呼ばれたいか自分で決めたら?」
「普通にアトリでいいよ」
セレナさんの助け船に速攻で乗った。
ただでさえ『借金王』とか『貧乏人』だの言われていたのにこれ以上変な呼び名を増やされてたまるか!!
「呼び捨てでいいの?」
「うん。そう呼んでくれたらうれしい」
「仲良くなりたいからあたしもそう呼ぶね。あたしたちのことも呼び捨てでいいよ」
「わかったよ、よろしくサナ」
「よろしくー☆」
さて、一段落したところで。
「そろそろ本題に入らない? 僕はここに呼び出されたのか教えてほしいんだけど」
「あ、そうですね。まずはこれを受け取ってください」
そう言ってトロバが差し出されたのは赤い何かの機械。ちょうど手の平サイズで持つと手に馴染む。
「これは?」
「これは『ポケモン図鑑』と言って、捕まえたポケモンを自動的に記録、過去にわかった研究データ、性質、特性、強さをレベルとして数値化して表示するなど、非常にハイテクな道具なのです」
「へえ? 便利な道具だね」
起動させるとホロキャスターのような3Dのホログラムがスクリーンとして表示される。
投影されたスクリーンに触れると画面が色々動く。
「おお。科学の力ってスゲー」
……この最新技術の塊、売ったらいくらになるかな?
「気に入ったみたいですね」
金がかかっていそうな技術に、さぞ目がキラキラしていたのだろう。トロバは苦笑してこちらを見ている。
我に返って顔が熱くなった。ダメだ、つい素がでてきてしまった。
オレの素の性格は気性が荒い為、敵を作りやすい。うまく自分をコントロールできないなんて、オレはまだまだ未熟な証拠……。
「えっと、プラターヌ博士はこれを僕に渡して、何をさせたいのかな?」
「は、はい。博士はこのポケモン図鑑をもって様々なポケモンを捕まえることを期待なさっています。研究が進んだといっても、まだまだカロス地方にはポケモンの生息地、雌雄の特徴の違い、同種の個体が地域によって姿を変えるといった様に不明な点が多々あります。そこで博士はぼくたちに図鑑を持って旅をすることを要請してきました。これはいわば博士からのミッションです!」
「つまり、フィールドワーカーとして研究を手伝ってほしいってことでいいのかな?」
「そ、その通りです。詳しいことは預かってきた書類に記載してありますので……」
トロバから書類を受け取り、目を落とす。業務内容はポケモン図鑑を携えての分布、生態調査。及び、研究所でも個体数の少ないポケモンの育成――――これは実質、博士からの餞別として見るべきだろう。
待遇として、旅にかかる費用の一切を研究所で負担すること。一定の成果を上げることによるボーナスが約束されている。それとは別に一ヵ月あたりの基本給――かなり安めだが、ボーナスの方が高く見積もってあるので、そこでバランスをとっているのだろう。
『旅の過程で君たちの本当にやりたい事を見つけられることを祈っています』の一文で最後が閉められている。
「ねえねえ、早くパートナーになるポケモンに会わせて!」
「だよねえ! ぼくとトロバっちがポケモンと出会った時の感動、サナ達も味わってねえ」
「あー、もしもし。盛り上がっているところ本当に悪いんだけど、」
用紙を折り畳んで、ティエルノたちに話しかけるが、興奮している彼らの耳には届かない。
ティエルノはモンスターボールが3つ入っているショーウインドウの様なケースを取り出し、オレたちの前に置く。
ヤバい……。どんどん言い出せない雰囲気に……。
「あたしのパートナーはフォッコちゃんね!」
まず、サナが炎タイプの狐ポケモンの入ったボールを手にして開閉ボタンをタッチする。
出てきたフォッコは赤い瞳でサナの膝に乗って「キュー……」と鳴いた。
「わー、可愛すぎ♪ これからよろしくね、フォッコ!」
応えるように尻尾をピンと立てて「キュン!」と鳴く。赤と黄色のツートーンカラーの尻尾はフォッコの感情を表すように左右に大きく揺れていた。
このフォッコ、確かにあざといぐらい可愛い。それは事実として認めよう。だが、しかし! うちのお稲荷様のほうが絶対可愛いけどな!! ――じゃなくて、早く言わねえと……!
けど、この流れで言ったら絶対に空気が読めないって、パッシング受けるんだろうなぁ……。
あ、ヤベッ……。胃が痛くなってきた……。
だれかー胃薬をくださーい! 胃にスーッと優しく、よく効く奴を1ダースほどーッ!!
「私の名前はセレナよ。プロのポケモントレーナーを目指して一緒に頑張りましょう、ハリマロン!」
落ち着いた声でイガグリ頭のハリネズミに優しく語り掛ける。
勇ましい眉をしたハリマロンは物怖じすることなく、片手をあげて挨拶する。
こっちもこっちで可愛いな、オイ。だが、しかーし! うちのメリーさんとムクドリには及ばない!! じゃなくて!!!!
「あとは、アトリだけね」
そう言われ、残ったボールを差し出される。
オレはしばらく考えた後、意を決して口を開いた。
「悪いけど、今回の話は辞退させてくれないかな」
案の定、驚愕の視線が一斉にオレに集中した。
あ~、やっぱりこのタイミングでこんな話したら引くよなぁ……。
胃ーガペインな状態に耐えつつ、緊張を解きほぐすように小さく息をついた。
「どうして!? こんなにいい話は滅多とないのに、どうして――!!」
「理由を、聞かせてほしいなあ」
声を荒げるセレナをティエルノが静止して落ち着いた様子で水を向けてくれる。
正直、助かる。針の筵を覚悟しての発言だったため、彼の気遣いに少し救われる。
だが、まあ……理由を言えば彼もまた、間違いなくオレを軽蔑するだろう。
やっぱり、最初から上手くやるなんて無理だったんだろうな……。
「気を悪くしないで聞いてほしい」と前置きしてから話を始めた。
3
「つまり、アトリの家には借金があるんだねえ?」
「まあ、そういうことだね。厩舎と土地を手放して、残りはプラターヌ博士が工面してくれたから、何とかなったけど……そうじゃなかったらと思うと――正直考えたくないな……」
「あまり言いたくなかったんだけど」と、苦笑しつつアトリは疲れた表情で話を続ける。
「プラターヌ博士は返済しなくていいって言ってくれたけど、そういうわけにはいかないだろう? だから、僕は一日も早く博士に立て替えてくれたお金を返して、牧場を買い戻すために金が要るんだ」
「だ、だったら猶更プラターヌ博士の依頼を受けるべきでは?」
そこで一定の成果を上げてボーナスを貰えばいいと言い含めるが、アトリは微笑を浮かべて首を左右に振った。
「それが出来たらいいんだけどね、僕には才能がないから」
基本給が安すぎる以上、成果を出し続けるしかない。だが、もし成果が伴わなければ待っているのは低所得生活だ。厩舎を買い戻すと決めた以上、アトリが求めるのは安定した基本給と高い手取りなのである。セレナの敵愾心に満ちた視線に気づき、肩を竦めた。
「そんなに非難がましい目で見ないでほしいな」
「旅をしながらポケモントレーナーとして修業すればいいじゃない。私たちはプラターヌ博士に選ばれたのよ。あなたにだってそれだけの素質があるに決まっているのに、それを磨かないのは、ただの怠慢よ」
その言葉を聞いた途端、アトリの心が不快な騒めいた。
ゆっくりと目を伏して、落ち着けと心の中で何度も反芻する。
「僕にとってポケモンバトルは既に『趣味』でしかないよ。確かに僕がチャンピオンになって厩舎と土地を買い戻すことが出来ればそれが最高の形なんだろうけど、残念ながら僕にはそれだけの資質も実力もない。大成する器じゃないんだ。見込みがない以上、僕は他の方法を模索しなければならない」
ポケモントレーナーが副職を持つことを正式に認可されている理由といえば、一言で言って儲からないからである。
ポケモントレーナーになること事態は簡単だ。十歳になると同時に協会への加入資格が得られるため、あとは申請して講習を受けて、加入金とトレーナーとしてのランクを示すジムバッジに応じた登録費を払えば、誰でもポケモントレーナーを名乗れる。
ポケモン勝負に勝てば協会から賞金の差し引きが行われる。これとスポンサー企業の広告収益がポケモントレーナーの主な収益となっているのだが、賞金の額は相手と自分のジムバッジの数と手持ちポケモンの総合レベルによって厳正なる審査を受けて変動する。一般的にはプロとアマの境目はバッジ8つが境界線と言われている。
7つまではランク7と呼ばれるチャレンジャーズリーグ。8つからはマスターズリーグと分類され、マスターズリーグからはより厳密なランキングが設けられ、賞金額はチャレンジャーズと比べ段違いに上がる。それでもやっと手持ちポケモンを賄えて、自分もどうにか食っていけるレベル。そこから更に儲けようとなると、スポンサーを探すか、地方チャンピオンか、四天王クラスの人気トレーナーになる必要があるのだ。
因みにチャレンジャーズで勝率を上げ、高額の賞金を得るために態とジムバッジを取らないトレーナーもいるが、その場合納める税金の歩合も割高になるし、あまりに悪質だと協会が判断したら最悪トレーナーカードを剥奪され、最低5年間は再取得を禁じられるのでハイリスク・ローリターン過ぎるのである。閑話休題。
単体では経済活動としては成立すらしていない。やりがいと熱狂。そして、人間とポケモンが共に手を取り合うというこの世界の象徴。これらの要素があるからこそ、今日まで競技としてのポケモンバトルは廃れず、寧ろ更なる飛躍を遂げているのである。
「僕は、絶対に失敗できないんだ……」
父の残した借金の所為で、すべて母はすべてを奪われた。
手塩にかけたサイホーンのほとんどは人手に渡り、厩舎は潰され今では高層ビルが聳えたっている。自らの夢を奪われた母は正直、痛々しすぎて見ていられなかった。
だから、オレは必ず母さんの夢を買い戻す。どれだけ時間がかかろうとも、必ず札束で横っ面ぶん殴って、すべてを奪い返す。
それがオレのやるべきこと。自分の夢より優先すべき目的。
「…………、わかったよお」
「ティエルノ!」
誰もが沈黙する中で、その気まずい空気を払拭するようなのんびりした口調で、ティエルノはそういった。
「セレナ、残念だけど仕方ないことだよお。ぼくたちにもぼくたちのやりたい事があるように、アトリにもアトリの事情があるってことなんだよねえ」
「……………………、ごめん……」
こちらの心情を推し量ってくれたことに、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
同時に抱いた夢を、目標へと昇華して走り出す彼らが羨ましく思う。
「誘ってくれてありがとう。君たちの成功を祈っているよ」
逃げるように席を立ち、ティエルノたちから逃げるようにハクダンの森へと向かう彼らと逆方向へと足を向ける。
彼らが眩しくて、直視できなくて、惨めさで一杯で……。
彼らが見えなくなったことを確認してから思いっきり走った。そして人目のつかないこと場所に移動したのを確認してヘナヘナと座り込んでしまった。
モンスターボールを持った手で額を小突く。
「オレを軽蔑するか、ロコン……?」
六本の尻尾を持つ狐は何も言わず、ただ憔悴した自分の主人を見つめていた。
その直後――異様な気配に背筋が寒くなる。反射的に振り返るとハクダンの森から夥しい数の鳥ポケモン達が一斉に飛び立っていく。まるで何かに恐怖しているかのように、彼らにはまったく余裕が感じられない。
「何が、あった……? あの方向には――まさか!!」
嫌な予感がした。こういうことはスクール時代に何度か経験がある。この雰囲気はヤバい。
自分の取り越し苦労であればそれでいい。
だが、もし予感が当たっていたとしたら……?
「あいつらが危ない……」
アトリは踵を返してハクダンの森へと走り出した。