ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第30話 声を聞く者

 

 

1

 

その場にいたすべてのものは畏れを孕んだ眼差しで黒いドラゴンの推参を迎え入れた。その神々しさに圧倒されていた、といってもいいかもしれない。纏っている雷光の余波一つひとつがアトリのモココの渾身の一撃に匹敵する。

我に返ったハッサムは直ぐに拳を握った。

 

「よせ、 絶対に手を出すな!」

 

アトリは慌てて制止の指示を飛ばす。

圧倒的な存在感を前に自分の強さに絶対の自信を持つあのハッサムすら気圧されている。無理もない。伝説の名に恥じないあの力。格が違いすぎる。

 

危機を察したのか、エスプリはアトリから離れ、クセロシキの傍に控える。

拘束を解かれたアトリはゼクロムを刺激しない様ロコンの安否を確認した。

 

「……生きている。良かった……」

 

意識を失ったロコンをモンスターボールに戻して一歩、二歩と後退。出口に視線を送った。

退路にクセロシキとエスプリが陣取っている。撤退は難しい。

 

奇しくもゼクロムの乱入によりロコンの命を拾うことは出来た。好意的な解釈をすれば『助けられた』ともとれる。

 

だが、油断は出来ない。

 

先程放たれた雷は威嚇。ゼクロムはクセロシキのカラマネロには傷ひとつつけていない。

敵か。味方か。第三勢力か。

ゼクロム、またはトレーナーの思惑が明確にならない以上、三つ巴の乱戦になる可能性も捨てきれない。

 

そして――そうなったが最後。オレ達は一瞬で消し炭にされる。

策を弄して小賢しく立ち回ろうにも先程の感電作戦で打ち止めだ。いや、それ以前にあのゼクロム相手に小細工が通用するとは思えない。

 

電気タイプを無効化できる地面タイプが手持ちに加えていない事を歯痒く感じてしまう。

万事休すか、と思った直後。クロムに騎乗している人物を見て、警戒を解いた。

 

「おっせーよ、N。しかも美味しいところ掻っ攫いやがって!」

「そう言わないでくれないか。トモダチにキミが突貫したと聞かされて急いで駆けつけたんだ。それに遅れたお陰でいいものが見れた」

 

アトリの威力偵察と言えッ! ビシッ! と指さし口にする屁理屈をスルーして地面に降り立つ。

そして、感極まった様子で両手を大きく広げ、天を仰いだ。

 

「キミの全身から溢れでるトモダチへのラブ! 確かに見せてもらったよ!!」

「お前はホントに歪みねえな!」

 

突っ込みを入れるアトリをやっぱりスルーしてクセロシキを一瞥する。

 

「捕らえたポケモン達を置いて去れ、奪う者達よ。そうすればボクはキミ達を追うことはしない」

「我々を見逃すと?」

「ボクはポケモンを傷つけるバトルを好まない。だが、キミたちがトモダチを傷付けるというのならば戦わなければいけない」

 

響き渡り反響するゼクロムの咆哮。カラマネロは一歩、二歩と後ろへ下がる。

戦意を根こそぎ挫く様な圧力を前にしても主人を守る為に戦うつもりなのだろう。

 

だが、クセロシキは動かない。

じっと闖入者であるNを注視していた。

自然界ではあり得ない緑の髪。人間とは思えないほどの美貌。そして、ゼクロム。

数多のキーワードに合致する人物にクセロシキは一人だけ心当たりがあった。

 

「そうか。お前の正体がわかったゾ。…………イッシュ地方の黒の英雄。…………いや、こう呼んだ方がいいか。ポケモン解放組織プラズマ団の王よ」

「――――ッ!?」

 

クセロシキの言葉にアトリは驚愕した。

 

「アイツが……プラズマ団の首領……?」

 

プラズマ団。

当時シンオウ地方にいたアトリですら、その存在を認知していた。

『ポケモンの解放』という大義をかざし、悪辣の限りを尽くし、イッシュ地方のポケモンリーグ本部に攻め入るという前代未聞の大事件を引き起こしたテロリスト集団。『白の英雄』と呼ばれた少女の活躍により壊滅したと聞いたが、主犯核は未だ逃走を続けており、その残党達は水面下で暗躍を続けている。

 

その中でも『王様』と称され崇められていた青年はポケモンと言葉を交わし、未来を見透す不思議な力を備えている、とまことしやかに囁かれている。

 

そして、その実力はイッシュ地方のチャンピオン『アデク』をも凌ぐ。

 

小さな笑声が耳を打つ。そこには嘲弄と軽侮の響きがあった。

 

「同じ穴のムジナが滑稽を通り過ぎて哀れですらあるゾ」

 

吐かれた侮蔑の言葉が刺さっているかどうかはNのポーカーフェイスで推し量ることは出来なかった。ただ、彼は左右にかぶりを振る。そして、静かな口調で告げた。

 

「自分が何をしてきたかはよくわかっているさ。ボクにキミタチを咎める資格がないこともわかっている」

 

ポーカーフェイスが崩れ自嘲の笑みが漏れた。

 

「でも――それでも、ボクはこれ以上トモダチが傷つくことは見過ごせない」

 

アトリを一瞥し、再びクセロシキを睥睨した。

重い空気が工場内に満ちる。

Nとゼクロムも。

クセロシキとカラマネロも。

アトリとハッサムも。

 

睨み合い動けない。動こうとしない。

何時間にも匹敵するほどの密度の何十秒を経て――静寂に一石を投じたのはクセロシキであった。

 

「……エスプリ、この場は退くゾ。こちらの目的は達成した。これ以上の諍いは無益でしかないゾ」

 

「ざけんな、逃がすか!」

 

アトリは痛む足を引きずって怒りの形相で追いすがろうとする。

クセロシキの言葉と同時にエスプリが煙幕を張った。煙はあっという間に工場内に広がって視界を奪っていく。

 

煙を掻き分け我武者羅に進むが目標に辿りつくことはない。

ハッサムは『剣の舞』を使う。そして、攻撃力を上げた『バレットパンチ』を床のコンクリートに打ちつけた。

 

ブワッ!! と拳圧で煙が割れた。だが、既にクセロシキとエスプリは姿を消している。

入り口付近には落ちていた電子キーらしきカードを拾い上げた。

 

「ポケモン達は……!?」

「安心して。ポケモン達はまだ上の階にいるよ」

「…………、そうか」

 

短く応じるとケロマツを解き放ちカードキーを投げ渡す。

 

「閉じ込められている奴らを出してやってくれ」

 

キーをキャッチしたケロマツは即座に身を翻す。走り出そうとしたところをアトリは慌てて呼び止めた。

用事があるなら一度に言えよと、振り向きざまの視線が非難がましい。アトリは苦笑いで受け流し、咳払い。真面目な顔になった。

 

「……いい働きだった。これからもよろしく頼む」

 

それはケロマツがずっと待ち望んでいた言葉だった。

嬉しくて、照れくさくて思わず背中の泡で顔を隠して、逃げるように二階へと駆け上がっていく。心なしか後ろ姿は少し浮かれている様にも見えた。

そんなケロマツを微笑ましい気持ちで見送る。

逃げたクセロシキたちへの腹立ちが少しだけ和らいだ気がした。

 

だが、それはそれとして――決着をつけておかなければならないことがある。

ゼクロムをモンスターボールの中へと戻していたNへと視線を投げつけた。

それは一転して、ひどく剣呑なものであった。

 

「N、さっきあの野郎が言っていたことは本当か?」

「………………」

 

Nから返ってくるのは沈黙。沸騰しかけていた感情をなけなしの理性で無理やり押さえつけた。激情を露わにNに詰め寄る。だが、それでもNは何も言わない。

 

「違うって言えよ……ッ!」

 

一言。そう言ってくれさえすれば、例え偽りだったとしても受け入れるつもりだった。

 

人間とポケモン。

命じる者と命じられる者。

アトリは勝つために、ポケモンを捨て石とする戦略をたてることがある。

手持ちポケモン達への情は人並み以上に持ち合わせているという自負はあるが、勝負の場では馴れ合いではなく勝利に徹する。

これはフワ・アトリのポケモントレーナーとして覚悟でもある。

だが、その在り方に疑問を持たないわけではない。

ポケモンの献身を人間が都合のいいように使っているだけではないか、という考えが過ったこともある。

少々の罪悪感を抱えながらも、その疑問を直視することはなかった。

もし、そうであれば、ポケモンバトルはただの人間のエゴではないか。

 

『ポケモンは戦うものである』

 

自分の夢を叶える為に、この世界のその価値観を盲信していたかったから。

 

だが、Nはその価値観に正面から正々堂々と異を唱えた。

痛いところを突かれたと感じた。だが、不思議と腹は立たなかった。

寧ろポケモンと人間との関係をビジネスライクに割り切っていた自分を否定されたことに、どこか安堵していた自分がいた。

 

Nとは今日知り合ったばかりだ。アトリは彼の事を何も知らない。だが、彼がポケモン達に対して至上主義とも言える強い愛情を持っていることは痛い程に伝わってきた。

そんな彼がポケモンを食い物にする組織の頭目であるなど、俄には信じられない。

 

アトリは一人の人間としてNが好きだったのだ。

Nからの言葉はまだ返ってこない。アトリはそれを肯定と捉えた。

 

「信じたくは……なかった……」

 

憤怒と悲哀が入り混じった形容しがたい感情が満ちる。

ただ、はっきりしているのは信頼を裏切られたことへの失望感があることだけだった。

激しい眩暈と頭痛がアトリを襲った。少し遅れて吐く息が燃えるように熱いことにも気が付く。次の瞬間、浮遊感で前後不覚に陥ったアトリは地面に倒れた。

 

それを見たハッサムはギョッとしてすぐさまアトリに駆け寄る。

 

『オイ、しっかりしろ。聞こえないのかッ!?』

 

土気色になった顔から冷たい汗が吹き出し、体は火のように熱い。

異常事態だ。

ハッサムはNを睨みつけ、すごい剣幕で怒鳴った。

 

『貴様、こいつに何をしたッ!!』

 

近づいてくるNからアトリを庇うように前に出た。

 

「彼のことなら心配ないよ。声を聞きすぎてオーバーロードしただけさ」

 

Nは微笑を浮かべる。

 

「どうやら彼は混ざっているようだね。だからかな? 聞くチカラが不安定で体に負担が大きい。それなのにあれだけ強い思念の叫びを聞き続けたんだ。無理もない」

 

Nの動きを警戒しながらもハッサムは意識が朦朧としているアトリを担ぎ上げた。

 

「……キミは優しいね。それとも彼が特別なのかな?」

『べ、別にコイツの為にやってるわけじぇ――!』

 

噛んでしまい、恥ずかしさでワナワナと震えるハッサム。笑うか、突っ込むかをしてくれればまだ間がもつ気がする。

 

「うん。ニンゲンの世界のことはニンゲンに任せて、ボクたちはアトリを休める場所へ運ぼう」

『触れてこない!?』

 

まさかの放置にハッサムは真っ赤になった。もともと赤いが。

気を遣ったのか、端にマイペースすぎるだけなのか。ハッサムの予想では恐らく後者である。

色々言ってやりたいこと頃だが今は世話に焼けるこの男を運ぶのが先だろう。

Nに先んじてプラターヌポケモン研究所まで駆けていく。

 

全ての歯車は回る。

このカロス地方を襲う悲劇と、辿るべき末路。

未来を見通すチカラを持つ自分だけがその結末を知っている。

 

「いや」

 

Nは静かにかぶりを振った。

自分の見た未来が彼女によって覆されたように。

 

「……未来は常に不確定だ」

 

3

 

グランドホテル・シュールリッシュ。

派手な建造物が多いミアレシティでも頭一つ飛び抜けている超高級ホテルのスイートルームのドアの前で執事のアカマロは痛む胃を押さえた。

失敗した作戦の報告するのはいつだって気が重い。だが、いつまでもここでこうしているわけにはいかない。主人はひどく気が短い。

報告が一秒でも遅れようものなら、厳しい制裁を受けかねない。

意を決してノック。促されて部屋へと入っていった。

 

「時間通りね。残念だわ」

 

主人である赤い髪の女性は玉座を思わせる椅子の上で座していた女性はクスリ、と嗜虐的な笑みを浮かべた。

表情とは裏腹に赤いサングラスの向こう側から覗く瞳からは何の感情も伺えない。

傍で控えているメスのカエンジシは獰猛さを隠すことなく低く唸りを上げる。

 

「報告を」

 

促されてアカマロは体を強張らせた。与えられる威圧感で胃酸が逆流してきそうだ。

 

「能力の高いポケモンをカテゴリAと分類し、交配させて出来た卵。及びカテゴリB・Cから抽出された生体エネルギーと一緒に既に本部への運び込みが終了しております。途中、ポケモントレーナー3人に妨害されるというアクシデントがありましたが、戦略目的は十分に果たせたかと」

 

エスプリの映像媒体の戦闘データを交えて廃工場で起こった一部始終を報告し、主人の言葉を待った。

 

「損害は」

「何人かの団員が逮捕されましたが、現場責任者のアケビ様と救出にあたったクセロシキ様は無事撤収しております。証拠となるものは何一つ残しておりません。…………逮捕された団員の救出については如何にしましょう?」

「使い捨ての駒を助ける必要なんてあるかしら? なくなったならまた補充すればいいだけでしょう」

 

言葉通り彼女はフレア団の作戦の手足となった彼らに何の感情も抱いていない。

捕まったのはいずれも組織の内情を知らされていない末端。彼らからフレア団の情報が漏洩することはない。…………ないのだが、腑に落ちないものを感じてしまう。

 

だが、アカマロはその本心を腹の底に押し込んだ。

 

「邪魔をしたトレーナー達のデータを出しなさい」

「現在身元が判明しているのは2名です。セレナ・ベクシル。もう一方はフワ・アトリ。両名ともアサメタウン在住のポケモントレーナーです。最後の1人は…………申し訳ありません。現在鋭意調査中です。どうもカロス地方の人間ではないようでして……」

 

カロス地方の人間ならば、フレア団のデータベースにヒットしない筈がない。

だが、この主人にそんな言い訳が通じるかどうか。気づけばカエンジシはアカマロの背後に回り込んでいた。主人の下知が降れば即座に喉笛を食い千切れるように、姿勢を低く構えている。

アカマロの息が荒くなり、冷たい汗が流れた。

鼓動が煩いくらいに鳴り響き、全身が恐怖で震える。出来るなら一目散に逃げ出してしまいたいが、頭と体が切り離されているようにまるで言うことを聞いてくれない。

主人は小さく舌打ちをした。

 

「まあいいわ。カロス地方で本格的に生活するならいずれ身元もわかるでしょう」

 

お咎めなしにアカマロは安堵の息を漏らす。

いつもなら『わからない』などと報告しようものなら、鎖に繋がれてリンチにされる等の暴行を受けるのだが、どうやら今日は主人の機嫌がいいようだ。

 

「男のトレーナーの方の詳細データを出しなさい」

 

アカマロは言われるがまま、『フワ・アトリ』の詳細データをスクリーンに映し出した。

 

「彼は使えるわ」

「………………………………、」

 

純粋な才能では『セレナ』という少女の方が上だろう。

彼女は傑物だ。

アケビとの戦い。彼女は確かにポケモンとシンクロしていた。

あの瞬間、彼女は並のトレーナーでは辿り着けない領域。

四天王クラスのトレーナーですら踏み込むのが容易ではない集中の世界――いわゆるゾーンに入っていた。

あの粗削りな急所必中の呼吸を完全にものにし、手持ちポケモン達の力量を底上げすれば、彼女は四天王クラスのトレーナーに化けるだろう。

 

比べてフワ・アトリという少年はポケモンを扱う腕が巧みで、状況の読み方に光るものを感じる。だが、セレナに比べると明らかに見劣りする。

その才能を評するなら筋は悪くない、という控えめな程度の表現が的確だろう。

だが、ある一点において、女はアトリをいたく気に入った。

 

心と合理を切り離せる精神性。

 

彼は敵となる者を粛清することを躊躇わなかった。

自身を捨て駒にすることを厭わなかった。

そういう人間は勝ち筋を通す為なら、自分を含めどんな犠牲も厭わない。

今は理性と良心が彼にブレーキをかけているが、理不尽に対する怒りが何かの拍子に爆発したら――――その先にある未来を想像して女は邪悪に微笑んだ。

 

燃えるような大義を掲げながらも、やり口が何処か生温い団員の多いこの組織には、彼の様な人間が必要だ。

一度敵と見做した者に対する冷酷さはフレア団として――否、自分の手駒としては是非ともほしい人材だ。

問題は今回の事件で彼が『フレア団は敵だ』という認識を抱いたという事にあるが、それならばそれでやりようはある。

恩を決して忘れない義理堅さを利用し、時間をかけて籠絡してしまえばいい。

そうするだけの材料は揃っている。

もし、味方にならないならば――――消してしまえばいいだけの話だ。

 

毒蛇の様な女の視線はモニターの中のフワ・アトリをジッと見据えていた。

 

 

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