1
人と結婚したポケモンがいた。
ポケモンと結婚した人がいた。
昔は人もポケモンも同じだったから普通の事だった 。
2
夢を見ていた。
ニンゲンを妻としてめとった炎ポケモンの長。それがオレだった。
ポケモンは力を以て攻めてくる敵を討ち滅ぼす剣となり、ニンゲンは知を以て同胞を守る盾となる。
妻として迎えたニンゲンが信頼と献身を示すとオレは更なる力を手に出来た。
灼熱の炎は岩をも溶かし、翼から撃ち出す衝撃波は万物を砕く。
日輪を背負い、大空を自在に飛び回る姿は見るものを圧倒した。
誰よりも強くあること。それがオレの長としての証明だった。
今日も敵を討ち滅ぼすため、出陣する。
討伐する相手は『王』を名乗るニンゲンだ。
妻と縁のあるニンゲンから助力を請われた。戦争で自分たちの部族のポケモン達が王に捕らえられ、生命エネルギーを奪われている。助け出すのに力をかしてほしい、と。
オレは快諾した。
ポケモンとしてニンゲンが求めるなら力を示さなくてはならない。
それが始まりのポケモンであるアルセウスによって定められた『世界の理』だ。
同胞を伴い、先頭にたって敵を焼き尽くした。
勝利の旋回で同胞から喝采を浴びる。
残るは『王』が建造したと言われる『キカイ』を破壊するだけだった。
次の瞬間――――『キカイ』から発せられた眩い閃光がオレ達を包んだ。
刹那。脳裏に過ったのは最愛の妻の顔。
まだ死ねない。
身籠った妻を残して。
生まれてくる子供を残して。
絶対に、死んでたまるか!
かくして想いは虚しく、虹色の閃光は容赦なく彼の刹那を焼き尽くしていった。
3
焼けつくような喉の渇きで目が覚めた。
悪い夢を見ていたような気がするが、その内容を全く思い出せない。
「ぅ……、あー……」
最早慢性的になりつつある偏頭痛に加え、体の節々もひどく痛む。
表情を歪めながら起き上った。周囲は薄暗いが外から差し込むネオンの光でここがプラターヌポケモン研究所の一室だとわかった。
ややあって、自分が何故ここにいるのか思案する。Nに食って掛かった以降の記憶がない。
全身が汗でベタベタな事に気づく。そして、自分から悪臭が漂ってきている事にも。
自分で自分が臭い、ということは実際にはもっと臭いのだろう。
僅かに光が漏れ出していることに気がつき、覚束ない足取りでそちらへ向かう。
途中で何かに躓きながらもなんとか辿りつき、手で輪郭を探り、ドアであることを確認すると、ドアノブを回し一気に開け放った。
涼しい風が通り抜け、爽快感で気分が楽になった。
それと同時に飛び込んできた光景を前に、少々の間目を丸くした。
ロコン。モココ。ムクバード。ケロマツ。
手持ちポケモン達が部屋の前で一枚の毛布に包まりながら雑魚寝をしている。
心配してくれたのだろうか……?
自身に向けられる信頼を実感し、嬉しい反面、ひどく胸が痛んだ。
「やあ、気が付いたんですね」
声の主は以前、ハクダンジムに挑戦した際にフラダリラボ査定要員を務めてもらったデクシオであった。
声を出そうとするが、喉が張り付いているような感覚が邪魔をして、上手く発声出来ない。
それを見てデクシオは穏やかに微笑んだ。
「ちょうどよかった。水を持ってきたので、よかったらどうぞ」
差し出された水をひったくるように受け取ると一気に飲み干した。
3杯ほど飲んだところでやっと落ち着いたアトリは壁にもたれ、一息ついた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。プラターヌ博士を呼んできますので少し待っていてください。
……あ、まだ熱があるみたいですから無理は禁物ですよ」
遠ざかっていくデクシオの足音を聞きながらアトリは寝息をたてているロコンをそっと撫でた。
金に目が眩んだか、フワ・アトリ。
オレの見通しの甘さがこいつらを危険にさらした。全員無事に生き残れたのは殆ど運だ。
Nの言葉が今更になって刺さる。
愛情。信頼。絆。
どれだけ綺麗な言葉で飾ったとしても、オレはポケモンを自分の都合で使い、傷つけている。
もしかしたら、それこそがポケモントレーナーの本質かもしれない。
そこまで考えてかぶりをった。
くっそ、こんなこと考えてしまうのはNのせいだ。
あの野郎、今度会ったら問答無用でぶん殴ってやる。
そう決意した直後。足音が聞こえる。
プラターヌ博士かと思ったが違った。現れた人物を見て険しい表情を浮かべながら立ち上がった。
「よく逃げずにオレの前に顔を出せたもんだな、このクソムシが……ッ!」
吐き捨てるように投げられた言葉をNは黙って受け止めた。
「ここじゃロコン達を起こしてしまう。ちょっとツラ貸せ。N」
3
警察での事情聴取を終えたセレナは一息ついた。危険を犯したことへの小言はあったが、このミアレシティを騒がせていたポケモン強奪事件を解決した正義のトレーナーとして近々賞金と感謝状が授与されるとのことだ。
セレナとしてはあまりそういったものに興味がなく、それよりも囚われていたポケモン達の方が気がかりである。
幸いポケモン達は衰弱こそしているものの、命に別状はなく近日中にそれぞれトレーナーの元に返さされることを聞き安心した。
マコンたちもこれで無茶をする必要もなくなるだろう。
もう目を覚ましているかな……?
熱でダウンしているライバルに思いを馳せる。
倒れたアトリを見たときはショックのあまり心臓が痛くなった。一緒にいた緑髪の青年が言うには問題はないそうだが、それでも心配だ。
ミアレのジムリーダーが修理してもらったホロキャスターを開いた。
『今からアトリの様子を見に行くつもりだけど、サナはどうする?』
送ったメールの返事は1分もしないうちに返ってきた。
『ごめ~ん。アタシこのあとユリーカちゃんの様子を見てくるようにシトロンさんに頼まれてるんだ。一先ず別行動でいいかな?』
アトリたちと一緒に行動していたジムリーダーも事後処理に追われているのだろう。
了解のメールを送り、慌ただしい警察署内の階段を足早に降りていく。
少しでも早くアトリに会いたかった。
そんな中でふと目に着いたピカチュウを連れた一人の少女。可憐な深窓の令嬢。セレナが少女に抱いた第一印象であった。
誰かに話しかけようと右往左往している。警察という男くさい空間の中では一際異彩を放つ存在ではあるが、生憎今は間が悪い。
警察所内にいる誰もが連続ポケモン強盗事件の事後処理に忙殺されており、何か言いたそうにしつつも積極的に話しかけてくるでもない彼女に対応する余裕がないのだろう。
セレナとしては一刻も早くプラターヌポケモン研究所に向かいたいが、困っている人に気づいているのに放っておくのは人としてどうかと思う。
「あの――」
「ひゃい!?」
「――――ッ!?」
裏返った声を上げて飛び上がられ、セレナまで驚いてしまった。
「ご、ごめんなさい! あ、あの、その……」
わたわたと赤面して狼狽する少女を見て微笑ましい気持ちでいっぱいになった。
小さなポケモンのようで可愛いらしい。
「落ち着いて。どうかしたの?」
「す、すみません……。ええっと、その……プラターヌポケモン研究所に行くにはどうしたらいいのでしょうか……?」
4
外に出た両者の間に沈黙が満ちていた。問うべきことは山ほどある。
そして、その返答如何によっては彼と戦うことになるだろう。それでも、ポケモントレーナーとして生きていくならば日和るわけにはいかない。
そして、ややあって彼は口を開く。
「キミからしたらボクのしたことは本当に許しがたいんだろうね」
「ああ、その通りさ」
にべもなく言い放った。焼き尽くすような怒りの瞳はNをただ真っ直ぐに見据えている。
「他人の痛みを省みず、自分勝手な理屈で人を傷つける。その癖、テメエがかざした理屈がテメエに跳ね返ってくることを想像すらしていない。
そんな身勝手で無責任な奴らの醜悪さをテメエも見ただろう。
…………お前らプラズマ団も所詮は同類だ。『ポケモンの解放』とかいうご立派な大義名分を掲げちゃいるが、結局はテメエのモノサシを押し付けて好き勝手暴れている悪党の集まりじゃねえか……!
よくよく考えりゃ、あのクセロシキとかいう野郎を逃がして当然だよなぁ。お前も同じ穴のムジナなんだからよぉ。…………大切にしているポケモンを奪って泣かせるってのはどんな気分だよ?」
Nは微動だにせず、静かに視線を返してくるだけだった。
もし、Nが僅かにでも後ろめたさで視線を逸らせばアトリは再び彼に詰め寄っただろう。
だが、彼から断罪を受け入れる覚悟のようなものを感じられた。
「オレは……ポケモンのことを第一に考えるお前のスタンスが好きだったし、だからこそ考えが相容れないものだったとしても尊敬していた。なんで、あれだけポケモンを大事に出来るお前がプラズマ団の首領なんて……ッ!」
喉が詰まるような感覚が邪魔をしてそれ以上の言葉が出てこない。
アトリはやるせない気持ちで奥歯を噛み締めた。
「なんでだよ、言い訳くらいしろよ。N……ッ!」
震える声を絞り出す。相手を偽らないNの高潔さが辛い。
いっそ都合のいい嘘で騙してくれればよかったのに。
「…………加害者のボクが何を言っても言い訳にしかならない。ボクが、ボクのしたことがポケモン達を傷つけたことには変わりないのだから」
「……………………」
「キミは言ったね。『ポケモンを傷つけるニンゲンに罪の意識はない』って。…………、その通りだよ。
…………ボクに罪の意識はなかった。ただ、理想を求めて我武者羅に走っていただけさ。
…………、そのために誰が傷ついたとしても、ボクは止まれなかった」
「お前の言う理想ってのが、ポケモン解放ってやつか?」
「そうだよ……。
『すべてのポケモンはトレーナーから解放しなければならない。ポケモンとニンゲンは相容れない存在。今の世界の在り方では多くの価値観が交じり合い、灰色になっていく。ならば、ポケモンと人間を区分し、白黒はっきりわける。ポケモンを完全な存在になれる。それを成し遂げたとき最も美しい数式が完成する』
…………それこそがボクが掲げた理想だった。…………彼女に出会うまでは」
「彼女?」
「ゼクロムと対になる存在・レシラムに認められたトレーナー。真実を象徴する白の英雄」
白陽のレシラムを従え、イッシュ地方のジムリーダーと共にプラズマ団の野望を打ち砕いた少女。自らの掲げた理想を打ち砕いたプラズマ団にとっては仇敵ともいえるような存在に思いを馳せているにも関わらず、Nの浮かべる表情はひどく穏やかである。
「……教えてくれ。お前にいったい何があった?」
決意に満ちたアトリの顔を見てNはやや躊躇う様子を見せたが、すぐに真摯にアトリを見返した。
「…………そうだね、キミに話しておくのもいいかもしれない。」
嘯く声は静かだが、それでいて威厳に満ち溢れている。
魂を奪われてしまいそうな美貌にアトリは息を呑んだ。
「その前に――――出てきなよ」
自身に投げられた言葉ではないことを反射的に理解して、後方を見やる。
暗がりから姿を現したのは2人。げんなりした顔で溜息をつく。
「プラターヌ博士にフラダリさん……。盗み聞きですか」
「すまない。こんな美しくないことをつもりはなかったのだけが……」
いつでも自信と威厳に満ち溢れたフラダリにしては珍しく申し訳なさそうに言う。
プラターヌも気まずさを誤魔化すように肩を竦めた。
Nはフラダリを一瞥すると、プラターヌに視線を移す。
「カロス地方のポケモン博士……」
「立ち聞きしてしまってすまないね。だけど、君の手配書はこのカロス地方にも出回っているからね。目を離すわけにはいかなかったのさ」
「ボクがここにいること、国際警察に通報するかい?」
「…………、君は私の甥っ子や弟子を助けてくれた恩人だよ。そんなこと恐れ多い」
Nは微笑を浮かべ「アリガトウ」と呟くと再びアトリに向き合った。
「トレーナーとポケモンの関係に疑問も持たず、人間の勝手なルールでポケモンを分類し、ポケモンという存在を理解したつもりになる……。そんなポケモン図鑑が許せなかった……」
「今は違うのかい?」
プラターヌの問いに対し、Nは静かに首を左右に振る。
「…………正直わからない。未知の数式に対して明確な解を見出せないボクに何かを非難する資格はない……」
トレーナーとポケモンの関係に疑問をもたず、人間の勝手なルールでポケモンを分類し、ポケモンという存在を理解したつもりになる。――本当に?
自分やアトリと違い、声を聞く術を持たない彼らにとってはポケモンの研究とはトモダチと理解し合う為の唯一の術なのかもしれない。
間違っているのは世界か、それとも自分? それをはっきりさせるためにも――
「アトリ。キミに――キミ達にボクのすべてを話そう」