ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第33話 大食漢と完璧超人

 

1

 

「おかわり」

 

幾重にも積み重ねられた食器を見て、ポケモン図鑑の状況をプラターヌ博士に報告しに訪れたトロバとティエルノは軽く引いた。

 

「熱があるのにそんなにバカ食いして大丈夫なのかい?」

「タダメシとなれば、そりゃあ食うだろ」

「というか、よく熱があるのに食欲落ちないよねえ」

「あー、むしろ逆。疲れると食欲が増すんだよ」

「と、いうことは……」

 

ティエルノは考え込むそぶりを見せた。

 

「どうした?」

「今、大食いチャレンジの店を回れば大儲けできるんじゃ?」

「それだ!」

 

我が意を得たり、と言わんばかりの晴れ晴れとした表情を浮かべた。

 

「よし、ティエルノ。すぐ行くぞ。便は急げって言うからな」

「それを言うなら善は急げだよお」

「というか、まだ寝てないとダメですよね!?」

「オレが腹いっぱいになり、かつ収入が得られる素晴らしい内容を前には些細な問題だ」

「君はバカですか!?」

 

チッチッチッ、と指を左右に振ってドヤ顔を曝した。

ウザさ天井知らずである。

 

「ノン・ノン・ノン。ワタクシ、フワ・アトリは家のエンゲル係数下げる為ならなんでもする覚悟でございますとも、はい」

「歪みない! それよりも病院には行くべきでしょう」

「こんなもんメシ食って、根性入れればすぐ治る。出来れば病院には行きたくない」

「なぜ?」

「…………経済的な理由」

「「…………」」

 

うっかり地雷を踏み抜いてしまった。

若干間があったことと、目が泳いでいることが気になったが、アトリが家の借金を返すために四苦八苦している苦労人だということは知っていたが、病院へ行けない程困窮を極めていたとは……。

自分の浅慮を深く反省――

 

「じゃなくて、注射が怖いんだよね」

「人の恥ずかしい秘密をさらっと暴露するなよッ!!」

 

ノックなしに部屋の中に入ってきたプラターヌ博士によって恥ずかしい秘密を暴露されたアトリは真っ赤になって噛みついた。横で飲み物を口に含んでいたティエルノは盛大に吹き出して部屋の中に虹が出来あがった。

センチメンタルな気持ちをバッキバキの木端微塵に踏み砕かれたトロバは心底呆れ果てた様に溜息をついた。

 

「子供ですか」

「うるせーッ!」

「何はともあれ、君の仕事先には明日は休むって連絡を入れておいたからゆっくり体を休めるといいよー」

 

プラターヌの言葉を聞いた途端、アトリは血相を変えた。

 

「ちょっと待ってください。何を勝手に――!」

「安静って言葉を知ってるかい?」

「仕事に穴を開けて職場に迷惑をかけるわけには――!」

「休みなさい」

「いや、けど」

「休め」

「………………ハイ」

 

有無を言わさぬプラターヌの口調に逆らえようか。

いや、逆らえまい。反語。

 

不承不承という態度を隠さないアトリにプラターヌは溜息をついた。

どうも彼は生活において、自分の事よりも仕事に比重を重く置いている気がする。

 

「まったく……。責任感が強いのはキミの長所だけど、自分が壊れるまで無理する所は悪癖だね」

 

『勤勉』とも言えるし、張りつめた生き方とも言える。

ただ、仕事よりもやりたい事を優先する、という個人主義の強い考え方が大半を占めるこのカロス地方ではアトリの生き方は明らかに異端だ。――その所為で周りから浮いてしまわないといいのだが……

 

「あと馬鹿なところとか」

「馬鹿なところですね」

「やめてあげて! しまいにゃ泣いちゃうぞゴラァッ!」

 

情けない声をあげるアトリ。

プラターヌは人知れず安堵の息をもらした。

彼らのやりとりを見る限り、今のところは問題なく馴染んでいるような気がする。

いや、自分からいじられ役になることで、とっつきやすく振る舞っている。

相手に侮られやすい、という欠点のある振る舞いではあるが、これもアトリなりの処世術なのだろう。

 

「あ、プラターヌ博士。ポケモン図鑑の状況ですが」

「はいはい、どれどれ」

「無視かテメエ等!!」

「まあまあアトリ。ドードー」

「オレはポニータか? ギャロップか!? だったら乗ってやろうじゃねーか、ヒヒーン!」

 

バタバタいているアトリとティエルノを横目にプラターヌ博士はトロバの集めたデータに目を通して感嘆の声をあげた。

 

「凄いじゃないか。アバンセ通りからベルサン通りまでのポケモンのデータが集まっている!」

「なにいいいいいいい!?」

 

プラターヌが受け取ったデータを覗きこむ。

 

「マジだ。スゲエ……」

 

データの信憑性を上げる為に1個体につき雌雄それぞれ10匹以上捕獲してあり、更に水辺のポケモンに関いては水質・環境に関する調査を行い、その上でトロバの考察をレポートにまとめている。これを完成させる為にどれだけ膨大な労力と時間を費やしたのだろうか。

アトリも近々ポケモン図鑑を受け取る身として、トレーナー修行とボーナス。二重の理由で図鑑のデータ収集に意欲的だった。

3ヶ月――それだけの時間があれば、トロバと同じ範囲のデータ収集は出来る。

だけど、――果たしてここまでのものを完成させられただろうか。

いや、これはトロバだったからこそ出来た仕事だろう。

 

気づかれないよう奥歯を噛み締めた。

 

「僕はポケモントレーナーとしての強さはアトリやセレナさんには勝てないでしょう。でも、ポケモン研究に関する熱意と知識量は誰にも負けません」

 

静かなトロバの宣言にアトリは圧倒されそうになった。

 

誰よりもポケモントレーナーを志した日から、ポケモンのことは誰よりも研究してきたという自負はある。その努力は誰に誇っても恥ずかしくはない。

だが、トロバはアトリの上をいく仕事をしてみせた。

仕事への熱意と姿勢。社会人として何よりも大事な部分で負けている。

流石は博士の選んだ人材だ。七光りだけで選ばれたオレなんかとは比べ物にならない資質を持っている。

 

やっぱり才能のない奴の努力なんて――――ハッとして思考を強制停止した。

 

ダメだ。弱い考えに呑まれるな。

自分自身を叱咤した。

張り合う事から逃げて妥協してしまえば生き腐れるだけ。

その先にあるのは底の見えない生き地獄だ。競う事から逃げてしまえば、オレのポケモントレーナーとしての生き方に意味はない。

 

弱い考えをねじ伏せる為の理屈を探す。

 

よし。逆に考えてみよう。

トロバがオレに対して威嚇ともいえる宣戦布告をしたということは、裏を返せば、光栄なことにそれだけオレの力量を認めてくれている、とも受けとれる。

 

スタートもしていない内から諦めるのは、オレを信じてついてきてくれいる手持ちポケモン達への裏切りだ。そして、オレはスポンサーについてくれると言ってくれたフラダリさんに報いるためにも、責任を放り出すような真似は絶対にしたくない。

 

どれだけ才気に溢れた人物だとしても、競争の世界に身を置いている時点で何処かの誰かに負けているんだ。

それでも、負けたくないから――いや、勝ちたいから泥濘の底へ進んでいく。

真剣勝負の末に得た勝利の味を知ってしまえば、誰だってそう思うだろう。

オレだって例外ではない。

 

そうとも。オレは、勝ちたいんだ。誰にも負けたくない。

 

「なら、競争だな」

 

アトリの宣言を受けたトロバは少しの間目を丸くして、

 

「望むところです」

 

そう言って笑った。

 

2

 

沈黙が重い。

気まず過ぎる雰囲気にセレナは心底困っていた。警察で出会った少女――ジョゼット・ジョースターをプラターヌポケモン研究所までの案内を買って出たはいいが、会話が全く続かず困り果てていた。

 

伝家の宝刀である「今日はいい天気ね」と天気の話を振れば、怯え気味に「そうですね」と返されるだけで終わり、それ以降、会話が続いても一言、二言で途切れ、沈黙してしまう。

それでもなんとかしようと、コミュニケーションを試みるがジョゼットのガードはエアームドよりも固く、刀折れ、矢尽きた。

かつてクラスメイトから『ガリ勉ブス』と揶揄された社交性ゼロであった自分と決別したという自負はあるが、ストックしてあった話題を悉く返してくれないとなると自分のコミュ力に自信をなくしてしまう。ペリーの様な突破力が欲しい。

 

こんなときアトリがいれば……。

 

負けを認めるようで癪だが、そう思わずにはいられなかった。アトリはコミュ力が高い。その上最近は社会人として働いていた経験からか、本音と建て前の使い分けにますますの磨きがかかっているような気がする。

本人に言わせれば「TPOを分けて対応を変えていくのは大切なことだろ」という事らしい。普段のアトリを知っているセレナにとっては胡散臭過ぎる一人称『僕』とあの対応が何故か人に受け入れらていることが釈然としないが。

 

「あ、あの……?」

「ハッ!?」

「あ、あの……顔が赤いですよ? もしかして、体調が優れないのでは……」

「だ、大丈夫よ。気にしないで」

 

自分の顔が熱い事に指摘されて初めて気づく。心なしか動悸も少し激しくなっているような気がする。体調は全く悪くないのだが、もしかして風邪でもひいてしまったのだろうか。

わからないが、これ以上アトリの事を考えるのはやめておいた方がいい気がする。

なんとなくそんな気がする。

やや強引に話の面舵を別の方向へきった。

 

「ところで、プラターヌ研究所へは何をしに?」

「え、えっと………、わたし……先生みたいに、なりたい……です……」

 

ん? いきなり話が明後日の方向に飛んだ気がする。

そもそも『先生』という人物の様になる為に、プラターヌ博士がどう関係してくるのだろうか。

訝しげにしているセレナに気がついたのか、ジョゼットは「えっと、あの……。その……」と慌てふためいた後、今にも消え入りそうな声でポツリ、ポツリと語り始めた。

 

「……この子は、私の通っている、トレーナーズスクールの……先生と一緒に捕まえたのです……」

 

モンスターボールからピカチュウが飛び出し、軽やかな動きでジョゼットの肩に飛び乗った。

ひょうきんな表情で甘えるピカチュウの仕草にジョゼットは微笑を浮かべた。

 

「私、……下手だけど、先生が、教えてくれたお陰で……ピカチュウさんとお友達になれました……」

「いい先生ね……」

 

凄い完ぺき超人を連想してしまう。

ジョゼットの表情が途端に明るくなった。

 

「はい! 先生は素晴らしい方です。ポケモンへの造旨が深くて、バトルも強くて格好良くて……。夜遅くまでこの子と友達になるお手伝いをしてくれて……。すごく、大人で頼りになるのです……」

 

ジョゼットが慕うのも分かる気がする。親身になってくれる存在というものは、時として何よりも心強いものだ。その教師の誠実さを十分の一でもアトリに分けてほしい。

 

「友達が出来た事が嬉しくて、浮かれてたから……あんな人たちにこの子を奪われてしまって……」

 

震える声から悔恨の念が伝わってくる。そんなジョゼットをピカチュウが優しく撫でた。

涙が滲む眼をそっと拭う。小さく鼻を啜った。

 

「えっと……何が言いたいのか、っていうと……ええっと、私、強くなりたいのです。この子を守ってあげられるくらい、ポケモントレーナーとしても、人間としても……。その為には、プラターヌ博士に弟子入りするのが、一番いいと思ったのです……」

「…………」

 

強くなりたい。

ただ、それだけのたった一つの想い。

不器用な少女の意志は痛々しい程強く、真っ直ぐで、これ以上ない程の真剣さが伝わってくる。セレナは何か言おうとしたが、直ぐに言うべき言葉がないことに気づく。

重苦しい沈黙が両者の間に満ちた。

そこから一切の会話はないまま、研究所に到着した。

 

 

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