ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第34話 大貧民・前編

 

 

1

 

「8できって、キング! ボクの勝ちです」

「…………………………………、」

「おめでとう。これで18回連続大貧民だよお。今の気持ちを一言でいうなら?」

「インチキだァァァァァァァァ!!」

 

アトリの叫びが研究所を突き抜けた。

 

「絶対イカサマか何かしてるだろ! チクショウ、お巡りさん、こっちですッ!!!!」

 

時刻は20時過ぎ。いくら熱があるといっても、若者が寝るには少々早すぎる時間である。

最初はプラターヌ博士の部屋で宝(エロ本orヘソクリ)探しをしようとしていたが、トロバに必死で止められた為、仕方なくその辺にあったトランプで大富豪に興じていた。

 

18連敗で転落人生まっしぐらのアトリに大富豪ティエルノは憐れみの眼差しを向けた。

 

「アトリって本当に金運がないんだねえ」

「しばくぞテメエッ! つーか、おかしいだろ! オレのところに絵札が1枚も回ってこねえのはどういうこった!?」

「とは言っても、シャッフルはアトリがしているわけですから、ボク達がイカサマをする隙なんてありませんよ」

「単純にアトリの引きが弱すぎるだけだよお」

「うるせえ、もう一回だ! 次は勝つ! ぜってえ勝つ!」

 

頭に血を昇らせながらもカードのシャッフルを再開する。

現実でもゲームの中でも『大貧民』などという不名誉極まりない称号は守銭奴のアトリには我慢ならない。

 

「ちょっと待ってください。下が何か騒がしいですよ」

「あん?」

 

トロバの指摘を受けてアトリは耳を澄ます。声は聞こえないが、プラターヌポケモン研究所内での小銭の音ははっきり聞こえた。

 

「……698円と367円」

「何か言った?」

「いや。何も」

 

訪ねて来た人物の所持金を言い当ててしまう自分の才能が怖い。

心の中で自画自賛をしながら、訪問者よりも自分の名誉挽回の方が重要なアトリは再びカードをシャッフルし始めた。

カードを配り始めると、 698 円の音が部屋に近づいてくる。そして、扉が 3 回叩かれた。

「入ってまーす」

何食わぬ顔で下品なギャグを飛ばしたアトリにトロバはチョップでツッコミをいれる。

「ノックで返すのがマナーじゃない?」と被せたティエルノにもう一発お見舞いした。

扉を開けて入って来た 698 円はセレナだった。

「今バカなこと言ったの誰?」

深い溜息と共に零した言葉は脱力していた。トロバとティエルノが一斉にアトリを指差す。

 

「よぅ、セレナタン。そんな不景気な顔をしてどうした? 便秘か?」

 

こめかみが引き攣り、眉間に深い皺が刻まれた。

 

「…………マキシマムドライブきめていい?」

「メモリブレイクされる!?」

「その後タコ殴りにするから」

「ヒイイイイッ!! アクセルトライアルもビックリなオーバーキル!?」

「人ににあれだけ心配をかけておいて、貴方ときたら……!」

「無茶したのはお互い様だろ! お前だって1人であのオサレ集団にカチコミかけにいってたじゃ――」

「あ゛ぁ゛!?」

「イエ、ナンデモアリマセン」

 

美人がしてはいけない顔で凄みをきかせられ、反論を封殺された。

理不尽だ! と心で叫びながらも、本能が「逆らうな」と命令して来る。

絶対零度のブリザードを背景ににじり寄って来るセレナに失禁寸前である。嫌な予感しかしない。

 

怖い怖い! セレナが怖い!

そういえば落語で怖いと思ったもの程寄ってくるといった感じの話があった気がする。

その理屈で考えると「金が怖い」と思えば金運アップでウッハウハ!?

 

「覚悟はいいでしょうね……?」

 

うん。アホな事を考えている場合ではなさそうだ。

 

自らの生命活動の危機を感じ取り、瞬きでSOSのモールス信号を送る。しかし、

 

《タ》《ス》《ケ》《テ》

 

コラコラ、そこの2人。まだ死んでねえから無言で黙祷を捧げるんじゃない!

一縷の望みをかけて、場の空気が温まる小粋な台詞を考えた。

 

「い、いやん♪ 優しくして――「バルス」――目が、目がぁぁぁッ!!!!」

 

流れる様な動作で、しかも笑顔を保ったままアトリに目潰しを敢行するセレナに戦慄してしまう。

彼女の美貌に密かに憧れていたトロバだったが、にこやかに笑いながらハンカチで返り血を拭うセレナに震えあがった。――――怖すぎる!!

ガラガラと音を立てて淡い初恋が崩れ去っていった。

親友のハートブレイクを察したティエルノはそっと肩に手を置いた。

 

「プラターヌ博士はいないの?」

「博士なら急ぎの仕事があるって言ってフラダリさんと書斎に籠ってるぞ」

「うわっ、もう復活した!?」

「頑丈ですから!」

 

ややヤケクソ気味に高笑いする傍らでじゅるり。と音が聞こえた気がした。

何故かその音が気になって左右を見回したが、何もない。

 

「……思ったより元気そうで安心したわ」

「たった今元気じゃなくなったけどな……」

 

ポケモンの声、……なわけねえしなぁ……。

もし、そうなら頭に響くようなあの感覚が伴うはずである。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでも……」

 

あの音のことが無性に気にはなったが、とりあえず脇に置いておく。

 

「困ったわね。どうしたらいいかしら……」

「何かあったのか?」

「プラターヌ博士にお客様がいるのよ」

「アポは?」

「ごめん。わからない」

「アポなしかぁ……」

 

アトリは渋い顔をした。

社会人たるもの訪問の前に相手の都合を確認することを忘れてはならない。アポイントなしの訪問とは、それだけ相手の時間を奪うということになり失礼にあたる。確かに仕事の都合上アポなしで訪問しなくてはならない事もあるだろう。しかし、こんな遅い時間を選んでくるとは何事か。

特にプラターヌ博士は遊んでいる様に見えて色々と多忙な人なのだ。

全く物事の筋道というものが――

 

「どんな人だったのですか?」

「それがね、すっごい綺麗な女の子」

「よし。野郎ども見に行くぞ」

「賛成」

 

可愛いと巨乳は正義。

叔父さんめ、ロリコンの趣味があったとは見直したぜ。明日から敬意をたっぷり込めて『ロリコンヌ博士』と呼ぼう、と心に決めながらドアノブに手を伸ばそうとする。その時だった。

 

唐突にもらった平手打ち。予想外の肘。そして、トドメのスカイアッパー!

 

特に理由のない暴力がアトリを襲う!!

 

「………………」

「………………」

 

まるで格闘ゲームのKOシーンのようにアトリの体が宙を舞う。

ズベチャッ! と無残な音を立てて、危険な角度から落ちたアトリを見て二人は血の気が引いた。心なしか首が曲がってはいけない方向に曲がっている気がする。

 

「アトリ! ご、ごめん。私、そんなつもりじゃ……!」

 

セレナのSはドSのS。

 

混乱の極みにあるセレナを他所に、トロバとティエルノはピクリとも動かないアトリを恐る恐る棒で突いた。

反応がない。ただの屍の様だ。

 

「えーっと……、死んじゃった?」

「借金返すまで死んでたまるかァァァッ!!」

「「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」」

 

アトリの戒名を考え始めていたところに唐突に起き上がったゾンビを前に失禁しそうなほどびっくりした。

変な方向に曲がっている頸部を強引にゴキン! と嵌めなおすと、セレナに詰め寄った。

 

「殺す気か、流石に今のは死んだかと思ったぞ!?」

 

「ご、ごめんなさい……。なんだか、こう……アトリがあの子と一緒に仲良く話しているところ想像したら体が勝手に動いちゃって……」

「……………………」

 

申し訳なさと拗ねた様な感情が入り混じった口調に、叱責の言葉が出てこなくなった。しかもこの女、無意識に言っていやがる!

全く、超がつくほど頑丈だったオレだったらよかったものの、他の奴だったら確実に死んでいる攻撃だった。

彼女の攻撃を受けきることが出来るのは『自分だけ』という事実が優越感になってしまうあたり、オレも病気だ!

 

「顔が赤いわよ? もしかして熱が上がってきたんじゃ――」

 

額に当てらた手は冷えていて心地いい。

同時に柔らかな香りが鼻孔をくすぐった。

綺麗な手だ。そしてその向こうからこちらを覗いているセレナと目が合い、顔の距離が近いことに気が付く。

非常に整った顔立ちに、緩やかにカールのかかった髪は光の当たる角度によっては金色にも見える。恐ろしいほどの美貌が自分のすぐ近くにあった。

 

自分を必要としてくれていて、アトリも同じように彼女を必要としている。

1つだけ決定的に違うのは、セレナはアトリを純粋にライバルと見ているのに対し、アトリのそれには、やや恋愛感情が入り混じっている。

 

意識した途端、心臓が激しく跳ねた。

アトリは自分の理性が溶けていきそうになるのを、必死に堪える。

 

落ち着け。落ち着くんだ、フワ・アトリ!

冷静に。

冷静に……冷静、に……――――なれるわけねーだろうがあああああああ!!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

全力疾走でセレナから逃げる。心臓が爆発しそうで限界だった。

好きな女の子の顔が至近距離にあって平静でいられる思春期男子が一体この世にどれだけいるだろうか。

 

ドップラー効果の様に遠ざかっていくアトリの絶叫にティエルノはほっこりと微笑みながら青春だねえ。と呟いた。

 

2

 

「申し訳ありません。プラターヌは現在取り込み中ですので、後日此方からご連絡させていただきます。ご都合のよろしい時間帯を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

研究所で受付をしていたジーナの言葉にジョゼットは唇を噛み締めた。

アポなしの無礼は承知の上だが、それでも退き下がれない理由がある。

 

 

だが、それを上手く言葉に出来ない。

発声しようとする度に、喉に異物が詰まっているかのような感覚が邪魔して上手く話せない。ジョゼットは口を引き結んだ。

 

人にとって当たり前のことが、自分に出来ない。

 

情けなさと悔しさでジワリ、と目尻に涙が浮かんでくる。

 

その時だった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!! という足音と土煙を巻き上げて

叫び声と共に走り去っていく男性は研究所を飛び出し、ネオンの光に満ちたミアレシティの闇に消えていった。

 

唐突に目の前で起こった奇行種の行動に目を見開いた。

 

「相変わらず元気だね」

 

人当りの良さそうなデクシオが苦笑交じりにそう評する。ジーナに至っては慣れてるのか、澄ました表情を一ミリたりとも変化させていない。

 

「あ、あの……今の……」

 

口をパクパクさせながら二の句が告げられないでいるとデクシオは肩を竦めた。

 

「気にしないでください。この研究所には少し変わった人が多いんです」

「そういうものです!?」

 

人見知りメーターをぶっちぎって全力でツッコミをいれてしまう。

久しぶりに大きな声を出して咽てしまった。

 

「ジョゼットちゃん」

 

声をかけられ顔をあげる。

声の主はセレナ・ベクシル。少し吊り上がった猫の様な目と上品な顔立ちからきつめで、近寄り難い印象を与えるが、警察でなかなか道を聞けなくて、困っていたところを助けてもらい、しかもここまで案内を買って出てくれるなど、実際は非常に思いやりのある人だ。

 

「ごめん。プラターヌ博士、今日はどうしても忙しいみたい……」

「あ、う……あ、……」

 

心底申し訳なさそうに告げる姿をみて、胸が痛くなる。

事前の約束もなく、こんな時間に押し掛けた私が悪いのに……。この人が謝る事なんて、何一つないのに……。

 

必死に言葉に乗せようとするが、上手く話せない。

受付にいた女性と男性に。セレナの後ろにいる男性2人も。

私を見ている。

全く知らない人に見られている。それだけで声が出せなくなってしまう。

何か言葉を発したら笑われそうで、目の前の人はそんな事しない、と分かっていても理屈じゃない。

 

嫌いだ。こんな自分……大嫌いだ……!

 

人と人が話す。

友達と一緒に遊んだり――

他愛もない話で笑いあったり――

 

繋がることが怖い。

皆が簡単に出来ている事が――出来て当たり前のことが自分には出来ない。

私はきっと欠陥人間なんだ……。

だから、お母様も、お父様も、私の事を見てくれない……。

私の居場所なんて何処にもない。

こんな出来損ない――消えてしまえばいいのに!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!! という足音と土煙を巻き上げて戻ってきた。蹴破る勢いドアは開かれ、ジョゼットは体を硬直させた。

 

「ただいま」

「おかえり。気は済んだ?」

「応。いい汗かいた」

 

先程は見逃した奇行種の顔がわかり、ディープインパクトが巻き起こった。

 

「先生!?」

「あん? ……………………ジョゼット・ジョースター!? どうしてここに!?」

 

3

 

セレナを通じて一通りの事情を聴いた後、アトリの知り合いなら、ということで応接室を使わせてもらえることになった。

ジーナとデクシオにお礼を言い、応接室の中へ入っていく。

研究所の応接室ということで、飾ってあるポケモンの骨格標本をジョゼットは珍しそうに眺めていた。そんな中で口火を切ったのはトロバであった。

 

「……お知り合いですか?」

「うん。僕の勤めているトレーナーズスクールの生徒だよ」

「それなら是非、親友の僕のことも紹介してよお!!」

「ひっ……!」

 

ハートを乱舞させながら、鼻の下が伸びきっているティエルノはジョゼットに迫りながら求愛のダンスを披露する。だが、効果は芳しくなく、ジョゼットは小さく悲鳴を上げてアトリの後ろに隠れた。

 

「落ち着いて、ティエルノ。ジョゼットが脅えている」

 

庇うようにアトリが前にでる。ジョゼットはアトリの後ろに隠れ袖を掴んで様子を伺う。

 

「驚かせてごめんね。あの2人は先生の友達だから、心配しなくていいよ」

「は、はい……」

 

アトリの優し気な口調にトロバとティエルノは笑いをこらえた。

『チンピラ』と揶揄される普段のアトリに慣れてくると、今の彼の物腰柔らかな振舞いが不気味すぎる。

以前、セレナが「気持ち悪い」と一刀両断したときは密かに酷い、と思っていたのだが、今なら彼女の気持ちがすごくわかる。

必死に笑いを堪えている二人に勘づいたのか、アトリは柔和な笑顔を張り付けたまま振り返った。

 

ゾクッとトロバとティエルノの背中に悪寒が駆け巡る。

 

「紹介するよ。僕の友人のトロバとティエルノ。2人ともプラターヌ博士の弟子なんだよ」

 

そう言って、トロバとティエルノに爽やかな笑顔を向けた。

 

「は、はい! よろしく、お願いします……」

 

段々尻すぼみになりながらも、二人に向ける眼差しは尊敬と憧れで輝いている。

こんな美少女にそんな風にみられたら普段なら舞い上がる。だが、今二人はそれどころではない。先程から冷や汗が止まらないのだ。

 

柔和な笑顔を見せているアトリは一見友好的にみえるが、「余計な事を言いやがったらぶち殺す」とその目は語っていた。

 

トロバとティエルノは引きつった笑いを浮かべて、お互いの顔を見合わせた。

 

口は災いの元。君子危うきに近寄らず。雉も泣かずば撃たれまい。

昔の人が残した有り難い訓示に従い、余計なことは言わないことを心に決める。

 

アトリをからかう分には問題なさそうなネタだが、実害を被るとなると、本気で生き埋めにされかねない。

 

まだ死にたくないのだ。

 

「ねえ、ちょっと待って。ジョゼットちゃんの言っていた先生って、アトリのこと!?」

「は、はい……。セレナさんも先生とお知り合いだったのですね」

「え、ええ……」

 

セレナは曖昧な返事でお茶を濁した。

自分の知っているアトリはバカな上にセクハラ魔神でおまけに一周回って清々しくなるほどの守銭奴だ。

おおよそ『格好いい』という表現とは対極の位置に属している。

 

確かに軽薄な態度の裏に隠されている責任感の強い真面目さに時々ドキッとはするけど……。

 

アトリは生徒が奪われたポケモンを取り返す為に、マフィアに戦いを挑むと言っていた。

それを思い出して、チクリと胸が痛んだ。

 

そっか……。この子の為だったんだ……。

自分を慕ってくれる可愛い女の子が困っていたら…………助けてあげたくなるよね……。

 

アトリはセレナのライバルだ。恋人ではない。

当然、アトリが誰と交際することになっても、自分の関与するべきことではない。

理屈では分かっている。だが……、

 

なんだろう……。すごくモヤモヤする。

 

おかしい。こんな気持ち、ありえない……。

だから、これはきっと姉が弟を心配するような心持ちに違いない。

そう結論づけるが、モヤモヤはいつまでもたっても消えることはなかった。

 

「あ、あの……先生……、さっき先生が奇声をあげて走っていくところを、みたのですけど……」

「ああ、見られていたのか。恥ずかしいな……。体力作りの為にランニングをしていたんだ」

「……奇声をあげていたのは?」

「自分に気合を入れていたのさ」

 

いくらなんでもそれで誤魔化されは――

 

「そうなのですか! 流石先生です!」

 

誤魔化せちゃうの!? とその場にいた全員が心の中でツッコミを入れた。

最早アトリの言うことは白いものでも黒くなるような気がする。

ジョゼット・ジョースターの将来が心配になる5人であった。

 

「ところでプラターヌ博士に弟子入りしに来たって聞いてけど?」

「……はい」

「………………事前の約束もなく、こんな夜遅くに? 」

「……………………」

「責めるわけじゃないけど、あまり褒められたことじゃないよ。せめて事前に相手の都合くらいは確認しないと」

「でも……、」

「でも?」

 

ジョゼットは俯いて唇を噛み締めて黙り込んだ。

 

 

嫌な予感がしたが、聞かないわけにもいかない。

乗りかかった船だ。ここで責任を投げ出すのは性に合わない。

 

「理由があるなら教えてくれないか? 何か力になれるかもしれない」

 

言いにくそうに口を噤んでいたが、やがて意を決したように口を開いた。

 

「……、私、家出してきたのです!!」

 

ジョゼットの言葉を理解するのに、30秒ほど時間を要した後――

(非常勤講師歴3カ月とはいえ)教師人生最大の重要案件に直面し、捻じ切れんばかりの胃の痛みがアトリを襲った。

 

 

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