ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第38話 宴会

 

 

1

 

「やま」「かわ」

「ブラで」「猫耳」

「揺れる」「おっぱい」

「女子のパンツは」「かぶるもの」

「よし、入れ」

 

酷い合言葉を言わされたトロバはげんなりとした様子でアトリの家に入ってきた。

 

「さっきの本当に必要ですか?」

「何を言う。秘密基地に合言葉は様式美みたいなもんだろ」

「うーん、これぞ男のマロンだねえ」

「おいおい、それを言うならロマンやがな」

 

わははは、と同時にアトリとティエルノの馬鹿笑いが部屋に響く。

ひょっとして既に酩酊しているのではないだろうか。とトロバは訝しんだがすぐに思い直した。この2人は年中無休で酔っ払っているようなものだ。

 

「シトロンさんはまだですか?」

「さっき連絡があったからもうそろそろ――」

 

言っている側からチャイムが鳴った。

 

シトロンめ、照れて合言葉を言えなかったな。

 

男のロマンを解さぬ友人の無粋さをホウエン地方の海よりも広い心で許しながら扉を開ける。アトリは目を丸くした。

 

ドアの向こうに立っていたのは自分と同じ年頃の少年ではなく幼女だった。

もう一度言う。幼女である。

カロスでは珍しくない青く円らな瞳、そして可愛らしい顔立ちはシトロンとよく似ている。

蜂蜜色の髪を前で結い、左に流した髪型は個性的ながら、活発な彼女によく似合っていた。

 

「……シトロン、若返りと性別反転させる装置を遂に発明したんだな。科学のチカラってスゲー!」

「そんなわけないでしょう」

 

隣にいたシトロンのリュックに仕込んである『エイパムアーム』と名付けたマニュピリーターがパシンとアトリの頭を一閃した。

 

「冗談だ。こんばんは、ユリーカちゃん。久しぶりだね」

「こんばんは。アトリさんも久しぶりです!」

 

しっかり者のシトロンの妹は元気よく挨拶するとニパッと弾けるように笑った。

 

「今日はお兄ちゃんのそーげーで来ました」

 

たどたどしくも一生懸命背伸びした言葉にアトリは思わずほっこりして口角が緩んだ。

 

「そっかー。折角来たんだし一緒に遊んでいくかい?」

 

発言を色々と自重しなければならなくなるだろうが、流石にこんな夜に小さな女の子を1人帰すわけにはいかない。

 

「おきづかいありがとうございます。せっかくですが、この後サナさんとセレナさんと一緒に女子会の約束をしているので、今日はこれで失礼します」

 

ペコリと一礼してユリーカはシトロンに向き直った。

 

「じゃあね、お兄ちゃん。アトリさんに迷惑かけちゃダメだよ」

 

いや、どちらかと言うとオレが迷惑かけることになる、多分、絶対、確実に。

そんなアトリの不穏な心の声を知る由もないユリーカは何か気付き、ポーチからクシを取り出した。

 

「もー、お兄ちゃんってば。髪の毛が跳ねたままだよ!」

 

背伸びしてシトロンの頭をクシでとかしていく。

 

「ユ、ユリーカ……。もうそのくらいで……」

 

人前で妹に世話を焼かれていることを恥ずかしく感じたのか、ゲスい笑みを浮かべながら温かく見守っているアトリに感づいたのか、シトロンはユリーカを引き離そうとするが、

 

「何言ってるの! お兄ちゃんは発明以外のことはホントに無頓着なんだから、わたしがしっかりしないと! 身嗜みを整える社会人として大切なことなんだからね!」

「なんだか何処かで聞いたようなセリフですね」

 

明後日の方向を向いて下手くそな口笛を吹くアトリにジロリとシトロンの非難がましい視線を刺さる。

 

確かに吹き込んだのはオレだが、意見としては真っ当だと自負している為、謝る気も反省する気も全くない!!

 

「――はい、できた!」

 

一部跳ねていた髪はぴっちりとした七三になっていた。今時芸人でもここまでステレオタイプな七三メガネは披露出来ないだろう。アトリは必死に笑いをかみ殺していた。

 

「それじゃあアトリさん、お兄ちゃんをよろしくおねがいします!」

 

口許を掌で覆い、咳払いして気を取り直した。礼を尽くしてくる相手に対して礼で返さないのは無礼すぎる。

 

「はい、よろしくされました」

「ユリーカもすぐそことはいえ気をつけて行くんだよ」

「はーい!」

 

手を降りながらセレナの家に向かっていくユリーカの後ろ姿が見えなくなってからシトロンを伴い、家に入った。

 

「相変わらず仲良いな」

 

シトロンは芸術的なまでに決まっている七三メガネをかき乱し、崩してから深いため息をついた。

 

「人前でああいうことをするのはやめてほしいですよ……」

「世話を焼く事でお前を独占したいんだろ。微笑ましいじゃねーの」

「そのゲス顔やめてください……。そう言えば『スパトレ』のモニターの効果はどうですか?」

 

『スパトレ』とはシトロンが開発したポケモンのトレーニングの為の器具である。特殊なサンドバックをひたすら叩き、専用のメニューをこなすことによって必要な部位の筋力が強化していくというスポーツ科学の視点から開発した新世代ツールである。そのモニターを引き受けたアトリはその効果を肌で感じていた。

 

「トレーニングの効率の良さは普通に走るだけとは比べものにならないな。質も申し分ない。ただ、一般向けにするなら、もう少し負荷を軽くした方がいいじゃないか?」

「なるほどー。後でデータを送ってくださいね」

「ああ」

 

今、アトリの傍にはハッサム以外のポケモンはいない。

それ以外はポケモンセンターでメディカルチェックを受けている。

この短期間で徹底的に肉体の筋肉を破壊し、各手持ちのタイプの技を使う各気管を虐待の一歩手前まで負荷をかけた。明らかにオーバーワーク。これを常時行えば、確実に何匹かは潰れるだろう。だからこそ、短期間に集中して。

それほどにまで過酷なトレーニングを耐えてくれたロコン、モココ、ムクバード、ケロマツにはどれ程感謝しても足りないくらいだ。

 

オレはもう、誰が相手でも負けられねえ。相手がポケモンマフィアであろうと、四天王であろうとも絶対に後れはとらない。

 

そうとも。負ければ、全てを失う。大切にしているものを、文字通り何もかも――

 

誰かが闇の中で囁いた。アトリは自分の血が冷たくなるのを感じていた。

 

そうさせない為ならどんな手段であってもとるし、どんな力であっても手に入れる。

それを邪魔する者は誰であろうと――

 

思い詰めた表情を浮かべるアトリに気付く者は誰もいなかった。

 

2

 

「あ、来たねえ」

「すみません、お待たせしました」

「大丈夫です。僕たちもさっき来たところですから」

 

シトロンはキョロキョロと部屋を見回し、そう言った。アトリの部屋は古い論文やポケモン関係の資料が多いが、それが手作りと思わしき本棚にタイトル順に並べられている。床にも埃やゴミ、物が落ちておらず、整理整頓が行き届いていた。

 

「……意外に片付いているんですね」

 

普段のアトリの大雑把さから見てもっと散らかっているだろうと思っていたシトロンにとってこれは少なからず驚きだった。

 

「『意外と』は余計だ」

「こう見えてアトリは結構几帳面ですよ。とてもそうは見えませんけど」

「さらっと酷いこと言うなよ」

「そうだねえ。集合時間の15分前には待ち合わせ場所に絶対先についてるもんねえ」

「お前らが時間にルーズなだけだって」

 

カロス地方にきてカルチャーショックを受けた事が個人主義の強さである。

シンオウ地方では個よりも全を重視する考え方が浸透している為、時間に遅れようものなら大目玉確実だが、カロス地方ではそのあたりが緩いようである。

確かにそれぞれの個性を伸ばしやすいという利点は認めるが、アトリとしてはシンオウ地方の考え方が性に合っていた為、困惑を隠せない。

 

「それよりもあれ、届いたんですよね?」

「ああ、今日な」

「見せてほしいなあ」

 

ティエルノに促されて取り出したのはエンジ色のジャケットとピンバッジだ。

背中と肩には『大樹を背にした鳥』のエンブレムが刻印してあり、一目でフラダリラボ所属のトレーナーだと判別できるようになっている。

ラボ所属のトレーナーは必ずこのエンブレムをあしらった衣服の着用を義務付けられている。

一種の制服のようなものだ。

プラターヌ博士の話によると、これを身につけられるということは、それだけでありとあらゆる特権が与えられ、周囲からも一目置かれる存在になる。

一種の社会的なステータスにもなっているそうだ。自分達の力量を評価されていることが嬉しい反面、浮かれる気にはなれなかった。

 

「浮かない顔ですね。もっと喜んでいるかと思ってました」

「まぁな。……それなりにプレッシャーを感じてはいるさ」

 

権利には必ず義務が伴う。

特権を享受する以上、必ず会社に利潤を還元できる人間でなくてはならない。

そして、もし自分が馬鹿なことをすれば、会社の評判を貶めることになる。

恩を仇で返すような振る舞いは絶対にできない。

 

「考えすぎるとそのうちハゲますよ」

「ハゲねーよッ!」

「セレナに励ましてもらえばいいんじゃなーい?」

「誰が上手いこと言えと……!」

 

彼らといると深刻になって悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。

腹が立つ反面、少なからず救われる。

そうこうしているうちにトロバとティエルノは飲み物と食べ物の準備を済ませていた。

 

「それじゃあ乾杯の準備しようよお」

 

そう言ってティエルノはアトリとシトロンに缶を差し出した。

シトロンは受け取った瞬間、露骨に怪訝な表情を浮かべる。

缶にはアルコール度数が表示されていた。

 

「あの……これって……もしかして」

「「酒」」

 

アトリとティエルノのあっけらかんとした声がハモる。

シトロンは眩暈を覚えた。

彼らはジムリーダーが逮捕権限を持っていることを忘れているのだろうかバカなのか。

 

「アトリ、犯罪は主義に反するんじゃありませんでしたっけ?」

「シトロン、規律は守らなければ秩序を失う。だけどな、人はロボットじゃない。それだけじゃ生きていけねえのさ。これはすなわち規律を守るための適度なガス抜きってやつだ!」

「だ、だからって飲酒はちょっと……。っていうか頻繁に呑んでるんですか?」

「まあな。炭鉱の荒くれ達にとってギャンブル・煙草・酒は立派なコミュニケーションツールだからな。その三つの中なら酒にいくだろうよ。おまけに飲み比べに勝てば酒代タダと来たら向かうところ敵なしさ。まあ、こっち来てからはロコン相手に晩酌する程度だけどな」

「ポケモンと晩酌……?」

 

確かに炎ポケモンは全体的に強い酒を好む。彼らの腹の底にある炎を生成するための炉を持つ彼らにとってアルコールはむしろ絶好の燃料だ。だが、ポケモンと晩酌……?

絵面を想像すると何となく泣けてくるのは自分だけだろうか?

 

「まあまあ、シトロンさん。今日はアトリの旅立ちとフラダリラボの所属トレーナーになったことを祝っての宴会ですから、少し羽目を外しても言いっこなしですよ」

「で、本音は?」

「酔っぱらいの相手はシトロンさんに任せて僕は安全圏にいようかと」

「キミのことは貴重なツッコミ専門だと思ってたのに……」

 

女の子と間違わんばかりの容姿を持つ少年のゲスい発言にやや引いてしまう。

きっと彼もアトリとティエルノの言動に振り回される内に徐々に毒されていったのだろう。

 

「おーい、オレもツッコミ属性もってるぞー」

「アトリは最初はまともかと思ってましたけど、……ねえ?」

「そうですね。キミは関わっていくうちにそこそこ狂ってることがわかってきました」

「ワーオッ! 一刀両だーんッ!」

「まあまあ。ほら、皆の分注ぎましたよ。乾杯しましょう、そうしましょう」

 

ビールの入ったグラスがそれぞれに行き渡る。いつの間にか飲酒する流れになってしまったシトロンはこれ以上は無駄だと悟り、グラスを手に取った。確かに公ではない祝いの席で規律を持ちだすのは少々無粋だったかもしれない。

 

「それじゃあアトリ。乾杯の音頭を」

「うぇい、オレが!?」

「今日は君が主役だから当然だよお」

「んじゃ、僭越ながら――」

 

咳払いをして立ち上がった。

 

「えー、カロス地方に来て早いものでもう4カ月。あっという間だったけどいろんなことがあったと思う。色々な柵があったが、晴れてポケモントレーナーの修行の旅に出れることになった。これも偏にこんなオレに『諦めるな』とくれた人たちのお蔭だと思う。だからオレはその人たちの恩に報いるためにも――「長くなりそうだから先に乾杯!」――「「かんぱーい!」」――っておいッ!?」

 

締まらない体で始まった飲み会ではあるが始めてしまえば細かいことはどうでもよくなり、一杯、二杯とどんどん空き缶がゴミ袋の中に入れられていった。これが地獄の始まりだと、彼ら――いや、彼はまだ知らない。

 

2

 

一方その頃――

 

「セレナ、また胸が大きくなった?」

 

サナのいきなりな発言にセレナはプフォ――ッ! と口に含んでいた紅茶を派手に吹き出した。

 

「ゲホゲホッ! な、なにを――!」

「すっごいよね。わたしも成長したらこれくらいほしい~」

 

そう言ってユリーカはセレナに正面からダイブした。

 

「ふおおおおおおおお! フワトロ~……! ……サイズってどれくらいなの!?」

「そ、そんなこと教えるわけないじゃないの!」

「これはちょっと強引な手段をとるしかないよね~」

「ちょ、ちょっとサナ……? 眼が怖いんだけど……」

 

両手をワキワキと卑猥な動きをさせながら迫って来るサナ。嫌な予感しかしない。

逃げようと後ずさるがセレナにしがみついたユリーカが重くて逃げる事が出来なかった。

顔を上げたユリーカはイヒッ! と可愛らしくも小憎たらしい笑みを浮かべる。

 

「ちょ……サナ、やめ……ッ!」

「バスト・アナラ~イズ☆」

「いやああああああああああああッ!!」

 

威勢のいい声と共にルパンダイブ。そのナイスバディに絡みつき胸を揉みくだした。

涙目で必死に抵抗するセレナを強引に押さえつけて、事に及んでいると何だかいけない事をしている気がする。この背徳感、癖になりそうだ。

 

「ふひひひ、良い乳してまんなぁ!」

「やだ……ッ! あぅ、ぁ……や、あ……ッ!」

「アタシにも! アタシにも!」

 

そう言ってユリーカもセレナに飛びついき、大きく眼を剥いた。

 

「ふおぅっ! おっきい!! 手に収まりきらないなんて!!」

「や、めて……。やだ……!」

「よいではないか~、よいではないか~!」

「よいではないか~、よいではないか~!」

「い、いい加減に……ッ、しなさいッ!!」

 

悪代官となったサナとそれを真似るユリーカをひっぺ返したセレナは顔を紅潮させながら荒い息を整えた。

 

「すごーい! 柔らかくて手に収まりきらない感じ!」

「サナの診断ではEカップだね。Excellent!!」

 

興奮気味に語るサナと羨望の眼差しを送るユリーカ。

余談だが、彼女によると、Aは『ありえない』、Bは『微妙』、Cは『丁度いいね』、Dは『Dynamic』、Fは『Fantastic』だそうだ。

更に余談だが、タキガワ・サナはAである。

 

「アタシも大きくなったらこんなメロンになりたい!」

「メ、メロン……!?」

「これならアトリもイチコロ、やったね☆」

「な、ななな! なんでそこでアトリが出て来るのよ!?」

 

赤を通り越して紫色といってもおかしくない顔色にサナはニヤニヤとゲスい笑顔を浮かべる。

 

「何よその顔は――ッ!」

「もー、セレナは可愛いなぁ!!! アトリじゃなくて私の嫁になるのだー!」

「え? セレナさんってアトリさんが好きなの?」

「ち、違うの! 違うのよ! 私たちの関係はもっとストイックなもので……、その、れ、恋愛感情なんて浮ついたものじゃなくて、えっと……その……」

「いい加減素直にゲロしちゃいなYO☆」

「も―――――ッ!!! なんで私、こんな尋問受けてるのよ!?」

「女子会の定番だよねー」

「ねー。今ごろお兄ちゃん達も同じ様な事になってると思うよ」

「トロバっちのツッコミが冴えわたる予感……」

「何言ってるのサナ。トロバはツッコまれる方でしょ」

「えーっと……、……セレナこそ何言ってるの……?」

 

3

 

「一番、ティエルノ歌います!」

「「イエエエエエエエッ!!」」

「朝にそびえる黒鉄の巨根♪ スーパーソリスト・コカンガーゼット♪

僕らの嫁は二次元にいる~♪ 1クールごとに交代さー♪」

 

ティエルノは歌っている。服を脱ぎ捨て、露わにした上半身アーボックの様なペイントを施し、踊りながら歌っている。

ステップを踏むたびに、脂肪を蓄えた腹はタユンタユンと、下のドンファンは風もないのにブ~ラブラ♪ と、大きく揺れた。

 

「伸ばせ 如意棒 エロゲでハッスル♪

今だ妄想 シコシコファイアー♪

DT 捨てたい コカンガーッ ゼェェェェット!!!!」

 

酷い下ネタソングを歌い終えたティエルノはやり切った表情で額の汗を拭った。

続いて同じように裸になったアトリ(パンツ一丁)が立つ。絶対防衛圏は一応守られてはいるものの、だから何だというのだ。この地獄絵図の中では焼け石に水程度のものだろう。

 

「オレの歌を聞けえええええええッ!」

「「ヒィィハァアアアアアアアッ!!」」

「お金が欲しいな♪ 出来たら3千万借金借金いっぱいあるけど♪

みんなみんなみんな 返済してる♪ いつかはきっと綺麗な体になるんだ♪」

 

シトロンは目の前のとち狂った光景に頭痛を覚えた。

普段ツッコミに回っているトロバも顔を真っ赤にして、何処からか引っ張り出してきた懐中電灯をサイリウムのように振り回しており、アッパッパーになっている。そして例にも漏れず全裸だ。

 

「1億円と2千万くれたら愛してる~♪」

 

悪夢がそこにあった。もはや歌の統一感すらあったものじゃない。

 

「YAH! ブラザー飲んでるぅ?」

 

酔っぱらってベロンベロンになったティエルノはシトロンの肩に手を回す。

 

「飲み過ぎですよ」

「心配するな。オレは工場用のアルコールを飲み干しても潰れた事が無い」

「そりゃ現金賭けたらキミは無敵でしょうけど」

「お前もそれなりに飲めないと女の子にモテねーぞォッ!!」

「モテる必要なんてありませんよ。ボクには彼女がいますから」

「「「……………………」」」

 

その時、酔っ払い共の時間が止まった。

 

「ユリーカちゃんと血が繋がってなかったのか?」

「違います」

「そうか。二次元にいるんだな」

「違います」

「わかった。脳内彼女だな?」

「違います、ちゃんと実在している人ですよ!」

 

痛い人扱いされ、少々頭にきたシトロンは彼らにわからせる為、写真を取り出して見せた。

スポーティな服装に引き締まったアスリートの様な体つき。蜂蜜色の髪をポニーテールにしている活発そうな女の子が無邪気な笑顔を浮かべ、シトロンと腕を組んで写っていた。緊張のあまり顔が強張っているところが彼らしい。

 

それを見た瞬間、男ヤモメ3人組はセメントになった。

 

「随分、幸せそうじゃねえか」

「あ、分かります? 正直最初告白されたときは戸惑ったんですけど、付き合ってみると大切にしたいなって、思えてきて……」

「告白された、ってえ?」

「許せんな」

「許せないねえ」

「え? え? 何がですか?」

 

殺気立つ2人に対してシトロンは困惑を隠せない。

 

「オレ達、彼女いない同盟――」

「――裏切り者には死に制裁を」

「ええええええええええええええええっ!? ボク、いつの間にそんな可哀そうな同盟に入っていたんですか!?」

「残念だ、シトロン。オレ達の友情がこんな形で裏切られるなんて」

「君は本当に良い奴だったよお。…………よく知らないけど」

 

幽鬼の様な足取りでジリジリと距離を詰めて来る2人に対し、後ずさりした。

 

「ちょっと! ちょっとちょっと! 待ってください、話せば分かりますッ!」

「そうですよ。2人ともちょっと落ち着いてください」

 

助かった! 割って入ったトロバにシトロンは心の底から安堵した。

このメンツの中で一番の常識人である彼ならこの暴走列車2人を取り成してくれるに違いない!

 

「友達同士、仲良くしないと」

「そうです! トロバくんは今いい事言いました!」

「た、確かにそうだな。すまないトロバ。オレ達が間違っていたよ……」

「そうだねえ。僕達、友達なのにねえ……」

「友達なら」

「仲良く」

「一緒に制裁を加えないとねえ」

 

三者三様底抜けに邪悪な笑みを浮かべた。

 

「そうきましたか……」

 

ブルータス、お前もか! 裏切りの末に謀殺された過去の権力者はこのような心境だったのだろうか。シトロンはリアルに彼の心境を辿っていた気分であった。

 

「素敵なパーティーになりそうだぜヒャッハー!」

 

彼の言うところの『パーティー』とは間違いなくサバトの類いだろう。

 

「肉は均等に切り分けてあげますよ。あ、ミンチの方がよかったでしょうか?」

 

自分の殺害方法を相談されても困る。

 

「余った部分は埋めて肥料にしなくちゃねえ。これぞ環境に優しいエコだねえ」

 

環境になら優しいかもしれないが、被害者には全く優しくない。そして、キミ達のやろうとしていることはエコではなく、エゴだ!

 

「諸君、これより異端審問会を始める」

「「いえー!」」

 

アトリは藁人形に五寸釘を打ち込み始め、ティエルノは拷問器具を両手に破滅のダンスを踊りだし、トロバは包丁を研ぎ始めた。

 

「この裏切り者のクソ野郎に対する制裁を募集。トロバくん」

「殺しましょう」

「ちょっと!?」

 

トロバの包丁が怪しく光った。

 

「ティエルノくん」

「拷問にかけましょう」

「待って!?」

 

ティエルノの拷問器具が禍々しく光った。

 

「「議長、裁定を」」

「拷問にかけてから殺して、コンクリで固めて沈めようぜ☆」

「まさかの全部乗せ!?」

「「それだッ!!」」

「『それだッ!!』じゃないですよ!」

 

ダメだ、このままでは殺される! ガチな身の危険を肌で感じたシトロンは普段発明以外の事にはあまり使わない脳みそをフル回転させた。

 

「待ってください。僕たち友達ですよね!? 暴力ではなく、話しあいで解決しましょうよ!」

 

勿論、このくらいで殺気立っているアトリ達が治まるとは考えていないが、今は生き残るために少しでも時間を稼がなくてはならない。

しかし、シトロンの予想に反してアトリ達は正気を取り戻したかのように、はっとした表情を浮かべた。そして、短絡的な自分達を恥じるようにシトロンから眼を背ける。

やがて、アトリはかすれた声で静かに話し始めた。

 

「……そうだな。確かにオレ達は会って日が浅いけど大切な友達だ。一緒に彼女のいない灰色の青春を送る大切な同志だ。……そんな奴が彼女作って、無責任にオレ達の盟約を引っかき回して…! 許せないなッ!!!」

「だから! 人を勝手に変な同盟に巻き込まないでくださいッ!!!」

 

言うや否やシトロンは180度回転。部屋のドアを乱暴に開け階段を駆け降りていった。

 

「「「デストローイッ!!」」」

 

バカ3人はブリッジで階段を降りて行った。通常状態でそのようなことが出来る筈がないのだろうが、シトロンへの負の感情が彼等に限界を超えさせる。

正気を失ったその姿はまるで祟り神。げに恐ろしきは人の業なのだろう。

 

「大人しく殺されれば辞世の句を詠むくらいのことは許してやるぞ!」

「それで譲歩のつもりですか!?」

「逃げても、逃げても、僕たちからはから逃れられない…」

「チャイルドプレイですかッ! ネタが古すぎますよ!」

「…………………」

「いや、逆に何か言ってください、トロバ! 無言で迫ってこられるのが一番怖いんですけど!」

 

狭い家の中で追いかけっこを演じる。体力に自信がないシトロンではあったが逃げる時に咄嗟に持っていたエイパムアーム内蔵リュックのお蔭でなんとか3バカの追撃を躱すことができた。

 

「ぐふっ!」

 

それは突然のことだった。ティエルノが倒れたのだ。

 

「どうしたティエルノオオオオオオオオッ!?」

「……もう、無理……。デブは、スタミナが……ないんだよお……」

「ティエルノオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

己の信念に殉じた仲間の死に哀悼を捧げ、アトリとトロバはターゲットを見据えた。

 

「シトロン、その罪必ず贖わせてやる……ッ!」

「はい、異端者は滅殺ですね!」

「ボクが何をしたって言うんですか――ッ!!」

「オレ達を差し置いてリア充ライフを満喫したこと」

「それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪。それが罪」

「怖い怖い怖い!! アトリ、横見て! トロバが祟り神になってますよ!?」

「サァ 大人シク 裁キヲ 受ケ入レヨ」

「ダメだ、こっちも完全に我を忘れてる!! ――冗談ではありません。彼女をライモンの遊園地に連れていくって約束しているんです! こんなところで死ねませんよ!」

 

その時、トロバの脳裏に1年ほど前に体験した恐ろしい体験が過った。

あれは、とても暑い夏の日のことだった……。

トロバはお小遣いを貯めてイッシュ地方のライモンシティにある遊園地へ行った。

友達と別行動をとってその辺をブラブラしていると、遊園地には場違いな山男に声をかけられました。

 

「ヤらないか」と。

 

まだ坊やだったトロバはこの時点でおかしいと気付けなかった。誘いをポケモンバトルと勘違いして、接戦の末に勝利した。そこまでは良かった。その男はバトルの後「お近づきの印に」と言葉巧みに観覧車の中へ――そこから地獄は始まった……。

 

『オオウ…ムシムシとしてて、まるでサウナだな少年!』

 

『アアア……。熱いなァ……。少年の肌を汗がつたっているぞ……』

 

『ところでだ……少年……、恋人とかいないのか?』

 

「ギャアアアアッ――――――――――――――――――――――――――!!!」

 

トロバの叫びが家の中に木霊し、アトリの鼓膜を突き抜けた。

 

「なんで隣に座ってくるんですか!? なんで近寄ってくるんですか!? なんですか、そのヌメヌメした液体は!?」

「オイ、トロバどうした!? しっかりしろ!」

「やめてさわらないで僕は女顔かもしれませんですが、そっちの気はありませんんんんんんんんッ!!」

 

トロバは白目を向いて痙攣していた。白昼夢か、フラッシュバックか。

何にしても自分の手に負えないと判断したアトリは即座にトロバを絞めおとし、風邪をひかない様、そっとタオルケットをかけて隅に避けた。

 

「あ、あの……大丈夫ですか……?」

「おのれシトロン! よくも同志を二人も葬ってくれたな!」

「いや、2人とも完全に自爆っていうか自滅――」

「おのれシトロン! よくも同志を2人も葬ってくれたな!」

 

そういうことにしておきたいらしい。

 

「death or die or 死だ。好きなのを選べ」

「それ選択の余地ないですよね? どれ選んでもボク死にますよね?」

「フンッ!!」

「ワアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

繰り出される拳を横っ飛びで我武者羅に避ける。

轟音と共に壁に大きな穴が空いた。

 

「フシュー……。次ハ逃ガサン……」

 

シトロンは青褪めた。あんなもの貰ったら死んでしまう。

 

いつの間にか復活していたティエルノとトロバがシトロンの退路を塞ぐ。

完全に追い詰められた。

円状に取り囲み、ジリジリと距離を縮めてくる異端審問会のメンバーを前にシトロンは死を覚悟した。

 

一体何故自分がこんな目にあわなくてはならない?

彼女を作ることの何が悪だというのか。

だというのに、彼らは理不尽な理由で自分に制裁を加えようとしている。

 

そう思い至った時、シトロンの中でプツン――と、何かが切れた。

 

「エレザード」

 

黒い頭に黄色い胴体をした襟巻トカゲを解き放つ。

 

「い・い・か・げ・ん・に――しろおおおおおオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

その夜、フワ家に怒声と共に文字通り雷が落ちた。

 

お酒は二十歳になってから。酒は呑んでも呑まれるな。

翌朝、羽目を外し過ぎた三馬鹿はシトロンにその2つを固く誓わされたという。

 

 

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