ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第4話 赤い弾丸

 

 

1

 

ハクダンの森。木漏れ日が落ちることで有名な森林浴の人気スポット。

静かな、薄暗い森の中で歩くセレナの周りにはブリザードが吹き荒れている――様に見える。

 

「セレナ、なんだか機嫌悪くない?」

「……………、別に」

 

返ってくる声のトーンは氷点下を突破していた。言葉とは裏腹に「私は不機嫌です」という本音が丸聞こえであった。

 

「でも、仕方ないよ。アトリにだって家庭の事情があるんだから。無理に連れ出したって何もならないよ」

「何が家庭の事情よ! ただ逃げただけじゃない!」

 

普段は冷静なセレナの剣幕にサナの体がビクリと震えた。

 

「アトリ程の才能があれば、プロのポケモントレーナーも、それどころか四天王クラスのトレーナーになることだって夢じゃないのに!」

 

悔しかった。あれほど才気に溢れ、努力も怠らなかった彼が、あんな風に覇気が感じられない腑抜けに成り下がってしまったのが。

 

セレナの両親はカロス地方でも有名なプロのポケモントレーナーだった。

親が優秀の場合、サラブレットにも過度な期待を寄せるケースは珍しくない。幼いセレナにも周囲の期待という名のプレッシャーが重くのしかかっていた。

その期待に応えようと、セレナは物心ついた時から勉強に没頭した。遊ぶ時間などかなぐり捨てて両親の資料、カロス地方に生息しているありとあらゆるポケモン達の勉強に没頭した。当然、そんなことをしている子供が周りに馴染めるはずはなく、通っていたトレーナーズスクールでは遠巻きに『ガリ勉ブス』と陰口を叩かれ、孤立していた。

セレナもセレナで人より多く勉強していることへの自負から周囲を見下しきっていた。自分以外は努力を怠っている怠け者だ。無能な奴が僻んでいるだけだ。

そう思い込んで、優越感を見出して惨めさから目を逸らしていた。

そんな傲慢な自我の塊となって、凝り固まっていたある日――シンオウ地方のトレーナーズスクールから数人の交換留学生がやってきた。

そこでの主席の男の子は、粗暴で、粗忽で――セレナが軽蔑してきた馬鹿そのものであった。

 

セレナはそんな馬鹿に完膚なきまで叩きのめされたのである。

悔しくて、認めたくなくて、何度も挑んだが、結果は変わらなかった。

頭をカチ割られた気分だった。だが、カチ割られて初めて見えてきたものもあった。

馬鹿にして見下していた少年は、セレナ以上にポケモンとコミュニケーションをとり、戦略を練り、時には人を集めてディスカッションを行い違う視点から見た戦略パターンを積極的に取り入れていた。彼は自分以上に人とポケモンに向き合って努力してきていたのだ。

 

『自分は誰よりも努力していて、自分以外は有象無象だ』

 

唯一の拠り所であったプライドを木端微塵に粉砕されて、凝り固まった傲慢な思想が浮き彫りになり、自分の器の小ささを否応なく思い知らされた。

 

自分が怠惰だと見下していた同級生たちはセレナより長い時間、自分のポケモン達と息を合わせるため、深い愛情を注いでいたこと。

机にかじりついての勉強ではなく、積極的に他のトレーナーと交流を深め、直接経験を積んでいたこと。

それらのことはセレナが無駄だと言って切り捨てたものばかりだった。

しかし、それこそが『ポケモンと共に歩む者』が最も必要とする要素なのだ。

 

そして何よりも自分よりも努力して、楽しそうにポケモン達に向き合っているアトリの姿が眩しくて、羨ましくて、いつしか目で追っていた。

粗暴だけど、優しくて。

粗忽だけど、人間味があって

馬鹿だけど、筋の通らないことは嫌いで。

 

――変わりたい!

 

近づきたくて――そう、強く思った。

周囲を見下して歪んだプライドに固執していた自分と決別して、新しい自分に生まれ変わりたい。

見下すことをやめて、認め合おう。

相手を否定するのではなく、歩み寄ろう。

悪いところだけではなく、良いところも数えてみよう。

 

自分が変わり始めてから、周りも徐々に変わっていった。

孤立することはなくなり、少ないけれど友達もできた。

以前よりもポケモン達とも息が合うようになり、喜びを分かち合うことができた。

世界がモノクロから鮮やかな彩りに満ちたものに変わった。

 

それは彼がシンオウ地方に帰ってからも、色褪せず。

今度会うときはもっと格好いい自分でいよう。

 

夢を追って努力し続ければ、いつか必ず同じ夢の途中で彼に会えるはずだから。

 

そう思っていたのに――何故……ッ!!

 

なまじ相手への信頼が大きかっただけに、裏切られたと感じた失望感もひどく大きかった。

 

「ああ、もう!!」

 

度し難い苛立ちを発散させるように大声で叫ぶと――一斉にハクダンの森に生息する取りポケモンが飛び立った。

 

「え? な、なんでしょうか?」

「セレナっちの声に驚いたかねえ?」

「そんなわけないでしょ。下がって!」

 

この張りつめた圧迫感は尋常ではない。

モンスターボールのスイッチを押し貰ったばかりのハリマロンを出した。

 

「ハリマロン……、警戒して。この森、何かいる……」

 

ハリマロンもこの異様に重い空気を察したようで臨戦態勢に入っている。

長い一瞬が過ぎ去ろうとしたその直後――赤い高速物体がハリマロンと衝突し、気絶させた。

 

「ハリマロン!?」

 

気絶したハリマロンを戻す。いくら受け取ったばかりとはいえ、最大限の警戒をしていたハリマロンを一撃で、しかも気配を感じる間もなく倒した。

――強い! 即座に彼我の実力差を悟った。

ハクダンの森は穏やかな環境からか本来それほど強いポケモンは生息していない。

にもかかわらず、これほどのレベルのポケモンがいるということは――――いけない。今は目の前のことに集中しないと……!

思考を断ち切り、セレナの手持ちで最も強いポケモンを繰り出す。

 

「アブソル、お願い!」

 

右側頭部に伸びている彎曲した黒い角が特徴的な白い四足歩行の美しいポケモンは既に周囲を警戒している。

かつて災いポケモンと恐れられる原因となった類稀なる危機察知能力をもってすればこの森に潜むもの相手に先制できるはずだ。

 

「索敵は任せるわ。何か見つけ次第、『不意打ち』で迎撃して」

 

尻尾が一度立つ。感覚を研ぎ澄ませ、攻撃の予兆を探る。

姿勢を低く保ち、瞑想するように目を閉じる。一瞬の出来事であった。

目にも留まらぬ高速の拳がアブソルに迫る。アブソルは目を見開いて――――赤いナニカとアブソルは正面からぶつかった。

 

鍔迫り合いを演じるアブソルと赤いポケモン――ハッサム。

両者の力はしばらく拮抗していたが、やがてアブソルの方が押され始めた。

 

「セレナ!」

「サナ、来ちゃダメ! 今のうちに逃げて!」

「でも!!」

「いいから!!」

 

サナ、ティエルノ、トロバ。この三人のバトルの腕ははっきり言って低い。

目の前のハッサム相手には何もできずにやられてしまうであろう。そして、セレナもこの三人を守りきる自信がない。それほどまでにこのハッサムは強い。

だが、イコール逃げることができないわけではない。ハッサムの様子は尋常ではない。まるで怨念に塗れているかのような、暗い気迫が周囲を圧迫している。

今闘っている目の前の敵以外は気にも留めていないであろう。内向的だった自分にできた友達を危険な目にあわせたくない。だから――!!

 

「早く逃げて!!」

 

サナ達は少しだけ顔を見合わせて苦汁を呑み込むように歯を食いしばる。

 

「わかりました!」

「すぐに助けを呼んでくるからねえ!」

「ごめん、ごめんねセレナ!」

 

三人はメイスイタウンに走り出す。これでいい。

勝てないまでも、サナ達が誰か大人を連れてきてくれれば、対抗のしようがある。

そう、思った直後だった。

 

押し負けたアブソルに無数の鋼の拳を叩き込み撃破したハッサムはサナ達の逃げ道に回り込む。

まるで『一人も逃さない』と言わんばかりに、赤い鋏を持ち上げて威嚇していた。

恐怖で一歩。二歩と後ずさりする。

 

この中で最もバトルに優れているセレナのポケモンは全員戦闘不能。

サナ達も対抗できるポケモンを連れていない。逃げ道を塞がれ逃走も不可能。

 

――もうダメだ。

 

この場にいる誰もがそう思ったその時だった。なんの前触れもなく、上空から降り注いでいた陽射しが強くなった。

 

「下がれ!」

 

怒号と同時に青い鬼火がハッサムの背中に直撃し、火傷を負わせる。

 

「最大火力でぶちかませッ!」

 

待ってました、と言わんばかりにロコンは大きく息を吸い、炎の塊を飛ばした。

着弾した炎弾は炸裂し、火の粉が辺りを飛び交う。

 

「無事か!?」

「アトリ、何でここに!?」

「話は後! 今はそれよりも早くここから離れるのが先だ!」

 

起き上がったハッサムの眼には憎悪すら超越した怨念の炎が激しく燃え盛っている。

恐らくはこのままアトリ達を無事に帰すつもりなど、全くないのであろう。

 

「弱点ピンポイントだったってのに……、なんてタフな奴……!」

 

ハッサムの属性(タイプ)は鋼と虫。そして虫ポケモン屈指の近距離アタッカーである。だからこそ、最初の鬼火でハッサムの力を抑えこみ、タイプ共通の弱点である炎タイプのロコンが繰り出す弾ける炎を指示した。その上、ロコンの特性である『日照り』によって炎タイプの技にブーストがかかっていたのだ。この技選択はこれ以上ないほどに的確だったと自負している。だが、相対している深紅の虫ポケモンは倒しきれなかった。

そこから絞り出される答えは、そう多くはない。

1つは、相当な強靭な精神力でダメージによる気絶から踏み留まっていること。

そして、もう1つは、単純にレベルが違いすぎるということ。

 

「アトリ、手伝うよ!」

 

そういってサナはフォッコを繰り出そうとするが、

 

「バカ野郎、手を出すな! このハッサムは半端じゃねえ!」

 

怒りからか、立ち上がり木を殴る。状態異常『やけど』の効果で攻撃力が落ちているにも関わらず、左拳は木に減り込んでいた。

 

「わーお……、すっげーキレてやがる」

 

『羽休め』で失われた体力を回復するハッサムを見て状況が最悪すぎて思わず笑いが零れた。

 

『ニンゲン……、許サナイ……ッ!』

 

プレッシャーからか頭にハンマーで殴られたかのような頭痛と共に幻聴が脳内に駆け巡った。一瞬の激痛に微かに眉間に皺を寄せた後、気を取り直してどこか付け入る隙がないかと注意深く観察する。

やや左半身に開いた構え。鋏はいつでも相手を攻撃できるように固く閉ざされている。

そして、憎悪を滾らせて血走った眼――そこでアトリはあることに気付いた。

もう一度、ハッサムの足の開きを確認して突破口が開いたことを確信する。

 

――だが、どうやって生かす?

 

スピード、パワー共に向こうが圧倒的。テクニックもレベルから察するに相当なものであろうと予測される。

対してこちらが持っているアドバンテージはタイプ相性、そして先ほど発見したこのハッサム特有の『ある弱点』のみである。

まともに正面からぶつかってもまず当たらないだろう。技どころか、一歩でも動けばバレットパンチ一発で返り討ちだろう。状況は圧倒的に不利。それを采配でひっくり返すのがポケモントレーナーの本領なのだが、アトリは明確な策を立てられずにいる。どのルートを辿っても、予測される結末はすべてロコンの敗北。せめて一度だけでも『瞑想』で積む時間があれば活路が見いだせるのだが――有効な手立てを探り当てられないまま、長い1秒が過ぎ去ろうとしていた。

 

睨み合いは続く。ハッサムもたとえマグレ当たりでも、あと一撃でもくらえば自分もただでは済まないことを理解しているからこそ、自分からこの均衡状態を崩せない。

 

チラリと目線だけで上空を見た。

 

――よし……。勝ち筋が見えた!

 

少し笑って何も言わず上空を指差した。

 

「降下ッ!!」

 

号令と共に太陽を背にしたムックルが突撃してくる。

高速で滑空してくるムックルを後ずさり、やり過ごす。その直後ハッサムの体がビクリと震えた。反射的に振り向くと、背後には電気を蓄えたメリープが佇んでいる。

 

反射的にバレットパンチを繰り出そうとするが、ハッとして意識を前のロコンに戻すが、すでにロコンは“ハッサムの死角になっている右”に回り込んでいた。

ロコンの気配を感じ、すぐ対応しようとしたが、大きく体勢を崩した。

 

「レベルに差があっても受けきれねえぞ?」

 

人差し指でコメカミを一度叩く。それがロコンへの合図だった。

 

弾ける炎がハッサムに直撃、意識が一瞬飛ぶ。

タイミングを逃さず、アトリはモンスターボールを投げる。脱出すべく、ハッサムは抵抗を試みたが既にボールを破壊するだけの馬力を残してはいなかった。

カチリ、と音がしてボールがハッサムに定着したことを確認してから拾い上げた。

 

「死ぬかと思ったぁ~」

 

アトリ気が抜けたのかヘナヘナとその場に座り込んだ。

本当に危なかった。ムックルとメリープが来てくれなければ、アトリ自身もやられていたかもしれない。

 

「大丈夫、怪我はない!?」

「オレは、な。そっちこそ大丈夫かよ?」

 

慌てて駆け寄るセレナに頭にムックルを乗せたアトリは力なく笑いかける。

 

「だ、大丈夫。けど、アブソルとハリマロンが……」

「とりあえずメイスイまで戻ってポケモンを回復させよう。話はそれからだ。な?」

 

半泣きのセレナを落ち着けるためにゆっくりとした口調で語りかける。

サナ達に休める場所への誘導を頼み、アトリはもう一度ハクダンの森を見渡した。

何処にでもある穏やかな雰囲気の森だ。こういった環境で凶暴な野生ポケモンが出現するとは考えにくい。いや、それ以前に、ストライクからハッサムに進化させるにあたって特殊な手順を踏まなければならない。故に、“野生のハッサム”など、本来はあり得ないのだ。

その上、あのハッサムは右目が見えていなかった。そしてあの人間への敵愾心。

あらゆる可能性を吟味して、導き出される答え。

 

――このハッサムはもしかして……、

 

「アトリ、どうしたのですか?」

「…………いや、なんでもねえ。それより早く行こうぜ?」

 

アトリは一旦考えるのをやめて、トロバたちの後に続いた。

 

 

 

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