1
コボクタウンの北に切り立つショボンヌ城。3000年以上カロス地方の歴史に寄り添い続けてきたその古城には近付くものを圧倒する威厳に満ち溢れていた。
そして、中に広がるのは世俗とは切り離された別世界。
ゴージャスな食事。
きらびやかな内装。
絢爛たるインテリアの数々………………なんてことはなく、ショボンヌ城に招待されたアトリは驚きのあまり絶句していた。
一言で言い表せばショボい。
二言で言い表せばボロくて、ショボい。
部屋の隅には蜘蛛の巣が張り巡り、窓ガラスのヒビをセロハンテープで補強し、家具などのインテリアに至ってはその殆どに差し押さえの札が張り付けてある始末。
「お、おう……」
それ以上の言葉が出てこない。
「今、食事の準備をしよう。君は苦手なものはあるかね?」
「い、いえ。特には」
「旦那様。丁度木の実畑でマトマの実が完熟していました。それを使われては如何でしょうか?」
「素晴らしい。ではロザリー、私が収穫に行っている間にお客様のお茶をお出しして」
「畏まりました」
「えっと……ショボンヌさんが作るんですか?」
「今日は私が当番だからね」
ジョルジュはさも当然の様に答えたが、アトリの混乱は更に極まった。
この男、貴族ではなかったのだろうか……?
アトリはブルジョワが嫌いだ。
奴等は自分の出自を鼻にかけ、真っ当に額に汗して働くものを見下している。
百歩譲ってそれが自分自身の実力や努力によって勝ち取ったものならば、まだ僻んでいるだけだと自分を納得させられたであろう。
しかし、どうしようもない生まれの違いによって生じた格差。ただ金持ちの家に生まれたというだけで、自分が尊い存在であると勘違いして周囲を見下す――いわば生まれ持った才能に甘えているだけの怠惰な人間には心底虫酸が走る。
だからこそ、あるところに吹っ掛ける算段をしていてもあまり良心は痛まなかったのだが……。
「失礼ですが、他にメイドさんとかは?」
「うーん……。私は所謂没落貴族だからね、恥ずかしい話だけど使用人を雇うほどの財はないんだよ。事実ロザリーにすら満足な給金を渡せていないし……」
「そんな! 私が旦那様にお仕えしているのは、私自身の意思ですっ!」
息巻くロザリーにジョルジュは一瞬目を丸くしたが、すぐさま深い笑みを浮かべた。
「ありがとう。君にはいつも助けられているね」
ジョルジュは軽い足取りで鼻歌を歌いながら出かけていった。
残されたアトリとロザリーの間に沈黙が訪れる。
というよりもロザリーの方から話しかけるなオーラが漂っており、アトリとしても別段彼女に関心があるわけではないし、一応客人ではある為、危害は加えられないだろう。好き好んでわざわざ爆弾の処理をする趣味はない。
ロザリーは鼻を鳴らすと無言でティーセットを準備し始めた。主の命令通りアトリをO・MO・TE・NA・SHIする準備だろう。嫌いな相手だろうと仕事に私情を持ち込まないその姿勢は嫌いではない。慣れた手際で紅茶の準備をするロザリーはまごうことなくプロのメイドであった。
出涸らしで入れた殆んど白湯の紅茶に雑巾に浸す。搾ってカップに注ぎ込んだ。
「どうぞ」
「見てたよ」
心の中でゴングが鳴った。売られた喧嘩は高額買取がモットーだ!
「このファッキンメイド! 客に雑巾玉露とはどういう了見だ、ゴラァッ!」
「違いますぅー、これは玉露じゃなくて紅茶ですぅー。目が腐ってるんじゃないですかぁー!」
「じゃかーしいッ! それが客に対する礼儀かってんだよッ!」
「うっさい、タカり屋! 何を企んでいるのか知らないけど、ウチにはお金なんてないわよ! ザマーミロ!」
「ナイチチ張ってんじゃねえ、この貧乳!」
「ぬぁんですてぇっ!! あんたはまな板の凄さを分かってない、貧乳にはね、ロリっぽい色気があるのよ!」
「知るか! 貧乳の字を考えてみろ、『貧しい胸』だ! ないよりもある方がいいに決まってんだろうがッ!」
「清貧って言葉があるのよバーカッ! 『巨乳』と書いて『たれチチ』と読むアタシは清く慎ましいの!」
「巨乳を侮辱するか貴様ッ!!」
「アンタこそ貧乳舐めるなッ!!」
「やんのか、この【検閲削除】が――――ッ!!」
「やってやろうじゃない、表に出ろ。この【検閲削除】ッ!!」
乱舞する毒舌。吹き荒ぶ規制用語。チンピラトレーナーと毒舌メイドの罵詈雑言のガチンコ勝負は――
「お楽しみのところ悪いがよ、ちょーっと邪魔するぜ!」
男の乱入によって強制終了と相成った。
2
スキンヘッドにタンクトップ、悪趣味なショッキングピンクのハートに黄色い文字で『Love&peas』のタトゥを入れるという装いは如何にも暴力の大安売りといった頭の悪そうな男。
それが闖入者に対して抱いた第一印象であった。
人を見た目で判断してはいけないとよく言うが、それは道端でパンツ一丁のおっさんにあったからってこんな格好していても変態と決めつけてはいけないと言っているようなものだ。
何よりも『Peace』の綴りを間違えている。あれでは『愛と平和』ではなく『愛と豆』だ。
「チャイムを鳴らさずに入ってくるなんて些か無礼ではないでしょうか?」
皮肉をふんだんに乗せたロザリーの言葉に男は嘲るような笑みを浮かべた。
「こいつは失敬。呼び鈴を鳴らしても返事がなかったから中で貧乏を拗らせてぶっ倒れてるのかと思ってよぉ。おおっと重ねて失礼! ボロ過ぎて呼び鈴がぶっ壊れてただけかぁ!」
「当家に如何なるご用件で……?」
「オメーじゃ話にならねーんだよ。使用人風情が出しゃばってくんじゃねえ」
「アンタたちだって使いっぱしりじゃない! 話にならないはこっちの台詞よッ」
男の顔が不愉快そうに歪んだが、すぐに得意げな笑みを浮かべた。
「うちの主は借金の担保として木の実畑の権利をご所望だ。今日こそ寄越して貰うぜ」
「……毎月返済は滞りなくしているはずだけど?」
「ああ、利子分のだけはな。だが、利子は利子だ。5年前の洪水の復興に際して借りた金はまるまる残っているんだぜ。それでも返済を待ってやってるのは一重にここの城主と旧友だったうちの主人の温情だ。だがよ、それを当然のものととられたら困るわけだ」
事情はわからなかったが、会話の流れで話が見えてきた。
それはかつてアトリと母がうんざりするほど聞かされ続けてきた内容。要は借金の支払いの催促だろう。
「何が主の温情よ! 皆が助けを求めていたあの時、事態を傍観していただけの癖に!」
忌々しげに顔を歪め、声を荒げる。それは先ほどアトリに向けたものとは比べものにならないほどの怒気を孕んでいた。にも関わらず男は鼻で笑いロザリーに迫っていった。
「俺の女になるってんなら、特別に主人に口を聞いてやってもいいんだぜ? 正直お前のその生意気な面をメチャメチャに歪ませてやりてたまらねえんだよ」
舌嘗めずりをしながらねっとりした視線をロザリーに這わせる。アトリはそっぽを向いて舌を出した。
「お断り! アンタみたいな下品な奴のオモチャになるくらいなら死んだ方が100倍マシよ!」
男は怒りに顔を紅潮させ、ロザリーをひっぱたいた。殴られて口の中を切ったロザリーはそれでも負けじと男を睨み返す。
「よーく分かった! 城主サマが頷き易いようにボロ雑巾にしてやる――オワッ!?」
いきり立つ男の目の前をムクバードが滑り込み、とんぼ返りをうってアトリの腕に着地した。
「そこまでだ」
男は表情を一層険しくさせて、アトリを睨み付ける。
アトリもこめかみを指で叩きながら男に冷ややかな目線を向けた。
「先客はこっちだ。割り込みはマナー違反だろう」
「クソガキ、大人の話し合いに口を挟んでんじゃねえ!」
「大人を自称するのなら道理くらい弁えろ、ハゲ」
男のハゲ頭に目に見えるほどはっきりと血管が浮かんだ。顔は紅潮し、口許を大きく歪ませ、怒りを露わにする。
「生意気なガキには躾が必要だな。アリアドス、ズバット!」
モンスターボールを2つ開き、ポケモンを繰り出す。
「あのガキを血祭りにあげろ! 再起不能だ!!」
「……いけ」
アトリもケロマツを繰り出し、臨戦態勢に入った。
「アリアドス、ズバットや――「遅いッ!」
男の指示よりも先にムクバードは突撃し、ケロマツは後ろに下がった。ムクバードはアリアドスを頭上から仕掛ける。
「ケロマツ、撃て!」
攻撃の隙を狙ってムクバードを襲おうとしたズバットに向けて水鉄砲を発射し、牽制する。
その間に一撃でアリアドスを沈めたムクバードは目にも留まらぬスピードでズバットに肉薄した。
「燕返し!」
一閃。ムクバードの攻撃を受けたズバットは大きくよろめき、だめ押しとばかりにケロマツの放った『水鉄砲』の直撃を受ける。勝敗はあっという間に決した。
「お引き取り願おうか」
「ふざけんじゃねえ、ガキの使いじゃねえんだぞ!」
「帰る気なしか。なら――!」
ムクバードはその隙に男の背後に回り込み、肩を掴んで天井近くまで持ち上げた。
「ま、待て待て! なにする気だ、テメェ!?」
「無粋な輩にはお引き取り願おうと思ってな。自分の足で帰らないならこのまま窓から放り出すが、どうする?」
2階の窓から放り出されたら良くて全身打撲。悪くて骨折。どちらにしても大怪我は免れない。しかも、アトリのあの羽虫を見るような冷たい眼。あれはやると言ったら必ずやる奴の眼だ。
「分かった、帰る! 帰るから離してくれええええええ!!」
「その言葉が聞きたかったんだよ」
ムクバードに目線で合図を送り、掴んでいた鈎爪を離す。落とされた男は無様に尻餅をついて悶絶した。
「お、覚えていやがれ!」
フィクションの世界でしか聞いたことのないベタな捨て台詞を吐きながら男はそそくさと退散していく。もう少し捻りのあるセリフを言って欲しいものである。
ムクバードとケロマツがアトリの前に座る。眼を輝かせて何かを要求する2匹にアトリは笑みを零した。
「よくやったケロマツ。訓練通りに出来たな。ムクバードもいい動きだったぞ」
ケロマツには後方からの射撃による遠距離戦を、ムクバードには高速機動による電撃戦を徹底的に叩き込んだ。スパトレによる基礎訓練に技術を乗せると驚くほど早く効果が出た。
特にケロマツの成長に関しては著しい。接近させず遠距離から撃つ戦い方なら問題ない。
命中率に不安が残り、まだ暫くはバトルにおいてフォローが必要だろうが、この分なら十分な戦力としてカウントすることが出来そうだ。将来的には高速移動する砲台としての運用が出来たら……。
「…………お礼を、言うべき?」
「んな不服そうな顔で言わなくていいよ。それにオレはオレの都合で動いただけだしな」
契約が不履行のまま文無しになられては困る。特に当てにしているメガシンカに関する文献まで差し押さえられでもしたら目も当てられない。
「善意でやったわけじゃねえ」
「えーっと、アンタもしかして…………ツンデレ?」
「だれがツンデレか」