1
煤けた匂いがやけに鼻についた。
目を覚まし、目の前にあった風景に愕然とする。
荒廃。崩壊。倒壊。
360度何処を見ても無傷な建物は存在しない。
瓦礫と化している廃墟群を見るに、そこはかつて都市と呼ばれるに相応しい街並みだったのだろう。
溶けた太陽から注がれる光は空を不吉なほど赤く染める。乾いた風が虚しく瓦礫の山を吹き抜けた。
滅んだ世界。そんな言葉が脳裏によぎった。
「誰か……、誰もいないのか……?」
今にも崩れそうな足場を闇雲に走り、探し回るがそこには人間やポケモンはおろか、生物の気配すら感じない。
母も、セレナも、プラターヌ博士も、フラダリさんも、ティエルノも、トロバも、サナも、ジョゼットも、学長も、手持ちポケモン達でさえも。
誰もいない。完全なる孤独。
一体何があった?
記憶の糸を手繰りよせようとするが、不思議なことに何も思い出せない。自分が何故ここにいるかすらわからないのだ。
もう一度周囲を見回した。
今度は少しでも手掛かりを得るために、より一層注意深く。
すると視界の端にあるものが写った。
花が一輪浮いている。
いや、あれは花ではない。ポケモンだ。
フラエッテ。
さして珍しくもないフェアリータイプのポケモンであるが、アトリが見たその個体は異彩を放っていた。
赤と黒の百日草に乗り、その体は力強く、そして禍々しい青い光を帯びている。
通常フラエッテは『妖精の花』と呼ばれる花と共生関係にある為、百日草に乗る個体など見たことがない。ましてや青く光る個体など変異種である色違いの個体にしても、あり得ないのだ。
そして何よりも、ずっと見つめていると魂まで吸いとられてしまいそうな……そんな恐ろしさを感じる。
そのフラエッテは悲しげに首を左右に振ると何処かに飛び去っていった。
「待ってくれ!」
思わず駆け出した。
追いついて何がどうなるわけではない。しかし、あのフラエッテはこの崩壊した世界でアトリが眼にした唯一『生きている』存在だ。
アトリのポケモンの声が聞こえる能力が上手く働けば、会話が成り立つかもしれない。
そこに一縷の望みを賭けたかった。しかし、
「うわっ!」
脆い足場が崩れ、瓦礫の山を滑り落ちる。
激痛に顔を歪めながら、すぐさま立ち上がった。そこで目の前に飛び込んできた光景を前に愕然とした。
「嘘だ……。あれは、プリズムタワー……!?」
カロス地方一の大都市ミアレシティのシンボルは全焼し、倒壊していた。
これがあるということはこの焼けた都市群はかつて賑わい、栄華を極めていたあのミアレシティということになる。
無惨な姿に変わり果てた街を再び見回しても、アトリは絶望的な気分になった。
ここには親しい人が沢山いた。
プラターヌ博士も、フラダリさんも、トロバも、シトロンも、ユリーカちゃんもここに住んでいたというのに……。
いや、待て。
受け止めきれない現実から、希望に向けて眼を逸らす。
まだ死体を確認したわけじゃない。
もしかしたら違う街に避難しているだけかもしれない。
何処かで助けを求めているかもしれない。
都合のいい考えかもしれないが、いい結果を求める以上は行動するんだ!
何もかもが不確定な内は折れてたまるかッ!
腹を括り、一歩を踏み出した瞬間――ドクンッ! と心臓が跳ねた。
訝しげに思う間もなく、鼓動はどんどん早く、そして直接耳に届くほど大きな音をたてる。
そして、耳鳴りと同時に全身の血が沸騰した。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!
全身を生きたまま焼かれるような筆舌に尽くし難い苦痛に、声帯を痛めるほどの絶叫をあげる。いっそ殺してくれ、と思いながら死ぬことが出来ない。そんな苦痛もやがて体の感覚に馴染み、寧ろ灼熱がエネルギーとして体に循環し、力がみなぎってきた。
かつて実感したことのない全能感を実感する。そして同時に恐ろしいことが起こった。
言葉が消える。記憶が消える。人間としての感情が消える。変わりに心の底で疼く獰猛な想いが鎌首をもたげる。
戦いたい……!
戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい。戦いたい!
周囲の景色が色を変えていく。
遠ざかる意識の中でふと腕を見た。視界に入った自分の腕が橙色の爬虫類の腕になっていた。
何だ、これは……?
何なんだ、これは――――――ッ!!
慟哭は言葉にならず、ポケモンの咆哮として荒野に虚しく響いた。
2
勢いよく跳ね起きた。
暫くしてから、あの光景が夢であったことを理解した。
自分の左手を見る。夢に出てきた橙色の爬虫類の腕ではなく、ちゃんとした人間の腕。夢であったことに心底安堵した。
夢……。あの凄まじい悪夢は本当に夢だったのだろうか?
焼けた建物の匂い。
崩壊した街。
そして…………、自我が消えていくあの感覚。思い返すとおぞましさで鳥肌が立ってきた。
夢と一笑するにはあまりにもリアル過ぎる。
クソッ、こんな話を読むから……。
手に取ったのは昔の寓話集。
人間だった者がポケモンに変化し様々な災厄からポケモン世界を守る為に奮闘する冒険譚。
美しいが傲慢な姫が魔法でケロマツに変えられ誰からも相手にされなくなるが一人の少年と出会い愛を知ることで、他人を慈しむことを学ぶといった王道な話。
1000年生きたポケモンが自分の寿命が尽きる時、周囲の命を吸い取って眠りについているという恐ろしい話。
永遠を生きるといわれるポケモンが滅んだ大地に命を分け与え、自分は大樹になった話。
人間と添い遂げたポケモンが死に、怒った男が復讐に狂い、全てを破壊し尽くしてしまう悲劇的な話。
メガシンカの文献を探す中で気分転換に読んでみたが、どれも意外と面白く、読み進めると止まらなくなった。どうやら読んでいる内に寝落ちしてしまったらしい。
独特の本の匂いと若干のカビ臭さのある書庫は空気が籠り少々息苦しい。
流れ落ちてくる汗をそっと拭った。
今何時だろう?
暗幕の隙間から差し込む光を見てぼんやりそう思う。
次の瞬間――ホロキャスターの目覚ましが鳴った。素早く目覚まし機能を止め、もう一度額に張り付く玉のような汗を片手で拭った。窓を開けと、少し涼しい風が頬を撫で付けた。
「クアーッ! 生き返るゥ!」
まるで仕事帰りの駆けつけ一杯を味わうサラリーマンのような声をあげたところで、扉をノックする音がした。
「起きろ寝坊助――ッ! 旦那様が朝ご飯を準備してくれたわよー! ってすごい汗じゃない。何してたの?」
「別に……」
ロザリーに説明するのも億劫だった。自分が自分であるのに、自分でなくなるあの恐怖は他人に話しても理解も共感も得られると思えない。
返答が些か無愛想なものになったが今のアトリにはそこまで気を回している余裕はない。
そこからロザリーは何かを察したようでははーん? と呟くと非常に腹の立つ笑顔を浮かべた。
「あんたいくら健康をもて余してるからって余所の家で自家発電に及ぶのはどうかとおもうわよ?」
「テメエ、このメスドッグ! 朝っぱらからケンカ売ってのかッ!!」
あまりにも失礼な物言いに憂鬱を忘れて吠える。チンピラと揶揄されるアトリと同程度には喧嘩上等な彼女であるが、返ってきた反応はいつもと違った。
赤面。ロザリーの顔がオクタンのように耳まで赤くなっていた。俗にいう乙女の顔である。
「そ、そんな……、確かにアタシは夜は旦那様だけの雌犬になりたいと思っているけど、物事には順序ってものが…………ああ。いけません、旦那様! そんなごむたいな!!」
「…………、今日の朝飯はなにかな!!」
脳内で自分とジョルジュの悪代官ごっこを繰り広げるロザリーを見なかったことにしてアトリは競歩で食堂へ急いだ。
正気に戻った彼女が食卓に現れたのは5分後のことであった。
3
朝食を済ませて直ぐに、ジョルジュとロザリーに着いて彼の所有する木の実畑へと向かった。コボクタウンの西に位置する7番道路の接した場所にあり、歩いて5分といったところであろうか。防鳥網に囲まれた畑には規則正しく木々が並んでおり、熟した木の実が生っている。よく目を凝らしてみて驚いた。
ヤチェの実。オッカの実。ソクノの実。それだけではない。
ありとあらゆる珍種の木の実が現在の需要と供給のバランスを崩すほど、実を結んでいるのだ。アトリは脳内でソロバンを弾き始めた。
あれだけあればオレなら一財産築ける!
そこまで考えたところで邪な考えを良心が蹴り飛ばした。
と、そのときだった。
「あー! アトリだ!!」
元気のいい声が響く。声がした方向に視線をやると、ホウエン地方の生んだ元気少女――タキガワ・サナが物凄い勢いで此方に駆けてくる。
アトリはぎょっと眼を剥いた。
彼我の距離目測にて約5メートル。それでも彼女は走るスピードを緩めない。
そんな事を考えている内に元気娘はアトリを目掛けて高く跳び上がった。
このままではぶつかる!
そう思ったアトリは咄嗟に彼女の体を受け止め、空中での円運動で慣性を殺す。遠心力でサナの体がすっぽ抜けそうになるのをなんとか耐えて、地面に下ろした。
腕関節が抜けそうになりながらも無事にサナを下ろすことが出来たことに安堵するアトリに対し、彼女は楽しそうに目を輝かせた。
「ねえねえ、今の面白かったからもう1回やって!」
「出来るか阿呆! 危ねェだろうが、怪我したらどうする!?」
「大丈夫だよ。アトリがちゃんと受け止めてくれるってわかってたから♪」
「じゃあ次からは避ける。勢いあまって地面に激突して痛い目見ればいいんだ!」
「またまたー。相変わらずツンデレなんだから♪」
「純度100パーセントの本心だよッ!」
勝手にいい奴認定されていることに強い抵抗を覚えたが、サナは話を聞く気がないようだ。
「驚いたな。君たちは友達だったのかい?」
「違いま「そうでーす♪」
ぐいぐいくるサナにはどうにもイニシアチブを握られてしまう。よく考えたらサナとサシで話をするのは初めてだ。自分の感覚では彼女はアトリの友達というより友達の友達といった方がしっくりくる。
ビジネスライクな付き合いは得意だが、それ故にサナの様なコミュ力モンスターと1対1で話すとなると気後れのようなものを感じてしまうのだ。
そんな人類皆兄弟みたいなノリで接せられても対応に困る。
「アトリもアルバイト?」
「ああ。ショボンヌさんの持っている文献を見せてもらうことと、下宿させてもらう条件としてな」
「? ジョルジュさんならきっとただで泊めてくれると思うんだけど? 」
「それはいけない。取引ってのは基本的にフェアに進めなくちゃいけない。バランス感覚って奴だな」
世の中はギブ・アンド・テイク。
与えてもらってばかりというのは寄生や搾取と変わらない。それは自身の信を損なう行為だ。
交渉で目指すものは利害一致である。
信の置けない人物からの言葉には白いものですら黒くする力がある。
逆に信用のできない者の言葉に一体どれ程の価値があるだろうか。
「相手を出し抜いて一時的に儲けたとして、そのあとに続くもんがなけりゃ意味がない。市場が先細るだけだ」
「……………………」
「ンだよ?」
「今はじめてアトリのことちょっとカッコいいって思っちゃった」
「はじめてかよッ! ……まあ、いいや。仕事だ、仕事! さっさととりかかるぞ」
サナの酷い物言いに自尊心が大いに傷つくが、いつまでも話をしているわけにはいかない。
「今日はよろしく頼むよ」
「はい」「はーい♪」
アトリに与えられたのは堆肥をばら撒いた土を『プラウ』と呼ばれる重い犂を農場のケンタロスに牽引してもらい、一緒に耕基していく作業だ。
懐かしいな……。
重労働によって流れてくる滝の様な汗を拭いながらも、アトリはなんだか温かい気持ちになった。シンオウ地方にいたころ、母がレース用サイホーンを育てていた厩舎の横で幼馴染の親が経営している農場の手伝いをかつては真面目だった父と一緒によくしていた。
アトリはもっぱら幼馴染と一緒にスコップや鍬で畑を耕していた。
途中で作業に飽きてロコンと彼女のポケモンであるガーディを伴い、探検したり、ポケモンバトルの真似事をしたり、毎日日が暮れるまで一緒に遊んだ。
あの頃は重くてこの器具を持ち上げることすら出来なかったが、今では軽々とまではいかないが、扱うことが出来る。
――負け犬!
脳裏に浮かんだ彼女に最後にぶつけられた言葉を思い出して胸が疼いた。
あの頃のオレは確かに負け犬だった。圧倒的な才能の差に立ち向かうよりも先に逃げることを選んだ。『家族の為』というもっともらしい言い訳だけを残して。
…………ツグミ、オレはあの時よりも少しは前に進めているんだろうか。
誰よりも長い時間隣で過ごしてきた幼馴染のことを思い出して胸が痛んだ。隣でその様子を見ていたロコンは小さく鳴いた。
前話の更新で同じ話を繰り返し投稿してしまいました。
混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。
ニコニコカービィさん、誤字報告ありがとうございました。