ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第43話 となりのカビゴン

 

1

 

時刻は正午過ぎ。午前中の作業を終えたアトリたちは木陰の下で容赦なく照り付ける真昼の太陽をやり過ごしながら、昼食をとっていた。

 

「ごちそーさま! すっごく美味しかったね♪」

「そうだな」

 

食べ終わり、そして目の前にお供えのように置かれていた大量のお菓子に目を落とした。

 

「いっぱい貰っちゃったね♪」

 

これ等は全部、この木の実畑で働いている大人たちから貰ったものだ。

彼(彼女も含む)等は若いバイトが珍しいのか、新参者のアトリとサナに競うように絡んでいき、お菓子を渡していく。仕事にも熱意をもってあたっており、わからない事を聞きに行くと皆例外なく親切に教えるだけではなく、作業工程の因果関係を考えるよう会話を巧みに誘導している。優しくて、尊敬できる人たちだ。

 

「ああ。食いきれねえな、コレ」

 

半分嘘で、半分本当だ。

自他ともに認める健啖家であるアトリならば、平らげることなど造作もない。

しかし、せっかくの好意を独り占めするのは少々勿体ない。アトリは手持ちのモンスターボールを取り出し、ロコンたちを繰り出した。

サナはその中にいたアトリのハッサムを見て、ビクリと身を固くした。

 

それを見てアトリは『しまった』と自身が迂闊であったことを悟った。

サナは以前、このハッサムに襲われている。あの時はセレナ――そして、彼女の手持ちのアブソル――のおかげで大事には至らなかったものの、それでも襲われた恐怖は刻まれてしまっている。

ハッサムもまた身勝手な人間の都合に振り回された被害者だったとはいえ、害する側に回った以上、その理由が免罪符にはなりえない。

しかし、ここでハッサムをボールに戻してしまえるほど、無神経にはなれなかった。

アトリはハッサムのトレーナー(おや)であり、守るべき対象なのだ。

板挟みでどうしたものかと考えていると、察したハッサムは鼻を鳴らしてその場を去ろうとした。

 

「ねえ、ハッサム! これ美味しいから食べてね!」

 

去ろうとするハッサムの前に回り込んで、サナは一番高そうで、豪華なポフレを差し出した。

少々声が裏返り、手が震えている。明らかに怖がっているのが伝わってくるが、目だけは決して反らさなかった。

 

ハッサムはしばらく無言でサナを睨んでいたが、やがて毟り取るようにポフレを受け取ると一口で全部食べて、向こうの方へ歩いて行く。

サナはハッサムが行った後、へなへなと座り込んだ。

 

「……お前、スゲーな」

「喧嘩なんて、したくないよ。だって、サナはみんなと仲良くしたいから……」

 

アトリは眼を瞠った。

自分の本心など言葉で上塗りしていくらでも取り繕える。そんな本心を伴わない言葉を発する者は保身のために簡単に掌を返す。

それを知っているからこそ襲われた恐怖を感じながらも、だが、だからこそ歩み寄りたいと言葉と態度で示した彼女の姿勢に掛け値なしの敬意を抱いた。理屈ではわかっていても、なかなか出来ることではない。

 

「……子供っぽいかな?」

「いや、お前ホントに格好いいわ」

 

アトリの本心からの言葉にサナははにかむように笑った。

 

「出てきて、テールナーちゃん♪」

 

サナの投げたモンスターボールから飛び出てきたゾロアークと似たタイプの二足歩行の狐ポケモンは優雅な仕草でお辞儀すると、サナの横にちょこんと腰掛けた。

 

「フォッコが進化したのか?」

「うん! フォッコのときは可愛かったけど、進化して綺麗になったでしょ?」

「お、おう……」

 

可愛らしさの中に美しさを内包したその姿は確かに何処か不思議な色気がある。だが、同時にフォッコの時の方が可愛かったな、とも思う。しかし口には出さない。

トレーナーであるサナが気に入っているのだから、アトリの否定的な意見など彼女の気分を害させるだけで、両者にとって利があるわけではない。ここは適当にお茶を濁すのがベターだろう。

 

アトリの真意を見抜いたロコンがあからさまにため息をついたが、気にしないでおこうと心に決める。下手に咎めてヤブヘビになるのは避けたかった。

少々あからさまでわざとらしいが、食べ始めたポケモン達を余所に木の実の花に群がっているミツハニー達に視線を移した。サナもつられるように同じ方を向いて不思議そうに首を傾げた。

 

「あれ、何やっているのかな?」

「養蜂だろ? 色々手広くやっているよな」

「へぇ~、サナ初めて見たよ」

「まあ、確かに珍しいな。養蜂は広い土地とミツハニー達を育成・管理するための専門的な知識が必要だから相当難しいらしいからな。簡単ではないらしいし」

 

ミツハニーの集めた甘いミツは巣の中で発酵させることで、ハチミツとなる。

自然界で最も甘い蜜。低カロリーでビタミン、ミネラルなどの栄養が豊富。中でも天然もののハチミツの価格は1キロ5000円と胃に穴が空きそうな値段で取引されている。

その上、ブランドがつこうものなら左うちわでウッハウハである。

 

「それだけじゃないよ」

 

話に入ってきたのはロザリーを伴ったジョルジュであった。

 

「見てごらん。ミツハニーたちに受粉してもらっているんだ。彼らは花の蜜でハチミツを作るから、私たちはそれを差し支えない程度に分けてもらう。こうやってお互い上手く共存していけば、いつかは……沢山の人が笑顔になれる。そんな農場を作りたいと思っているんだ」

「興味深いですね」

 

本心からの言葉だった。世の中に人間はポケモンと人間の共存を是としているが、同時に何処か理想論であることを理解している。だが、この農場はそんな理想論を可能な事として実現させているのだ。この農場へのアトリの関心は高まるばかりだ。

 

「これは市場に出す前のサンプルだけど、よかったら食べてみてくれないかね?」

「いいんですか?」

「サンプルだからね。あとで感想を聞かせてくれると助かるよ」

「そんじゃ遠慮なく」

 

一口食べてみて、クワッ!! と眼を見開いた。ファストフードや携帯保存食に慣れきったナマクラのような舌にさえ抉り混んでくる脳髄を溶かすような蕩ける甘酸っぱさ。

 

甘くて、美味くて、眼が回りそうです。

 

口にすればどんな絶望の淵にいようが、問答無用で笑顔になれるだろう。

 

「これは甘味のビックリ箱や――ッ!」

「美味しいかい?」

「物凄く……! オレはこれほど美味いハチミツを初めて食べました」

「本当だ。美味しいー♪」

 

口にしたサナも思わず満面の笑みを浮かべる。

 

正直ここまでのものだとは思ってみなかった。

あの下品な借金取りが木の実畑の権利書をよこせと言ってきたのも頷ける。

財テクに優れている人間にとって、この木の実畑を手に入れるメリットは計り知れない。文字通り金の生る木だ。

 

そこまで考えてロザリーがあからさまにアトリに気の毒そうな視線を送っていることに気付いた。

 

「なんだよ?」

「別に。花でさえ受粉するのにアンタときたら……、って思って」

「ちょっと待て! 何故童貞認定しやがった。このクソビッチ!」

「なんですって、この永世童帝! 一生モテずに干上がってろ!」

「未来はわからねーだろうがッ!!」

 

相変わらずしょうもない口喧嘩を繰り広げるアトリとロザリーを脇にジョルジュは感慨深げにミツハニー達を見つめていた。

 

「養蜂は4年前に始めてね」

 

「え? 放っておいていいの?」とサナはトムとジェリーよろしく追い駆けっこを演じるアトリとロザリーを指差す。ジョルジュは「あれがあの2人のコミュニケーションだから」としれっと流して話を続けた。

 

「右も左もわからず随分苦労したよ。やっと今年になって出荷の目途がたって、市場で大々的に売り出してもらえるようになったんだ。これでこの町の皆にもちゃんとした仕事をつくってやれる……」

 

苦労の滲み出るような口調であったが、それに反して仕草は何処か誇らしげだ。

そんなジョルジュを横目にアトリはいがみ合っていたロザリーにジョルジュに話し声が聞こえない位の距離をとった事を確認し、彼女にずっと引っかかっていた疑問を投げかけた。

 

「なんだっていきなりそんな畑違いな商売を始めようと思ったんだよ? その……あんまり良い状況はじゃないだろ?」

 

会社経営における新部門設立というものは普通、現在ある部門が軌道に乗り、安定したところで新たなる市場を開拓するために行うものだ。

借金するほどに困窮しているジョルジュにそんな余裕があるとは思えない

 

「何年か前にあった集中豪雨。フェルナンが進めていた無茶な開発計画で地盤が緩くなっていたせいで土砂崩れが起きて、彼らは住むところを無くしたの。町に出て、悪さをするようになった。旦那様はあの子たちがそんなことせずに生きられるようにする為に彼らを引き取ったの」

「それにしても、せめて借金を完済し、黒字になってからの方が彼自身の生活も楽になるだろうに」

 

見ず知らずの他人の為に傷ついて、背負わなくていい責任を背負い込んで――そんなことをしていれば、いつかは壊れてしまう。

 

「当時あの子たちは『有害指定携帯獣』と認定されていて、処理もやむなし、っていう空気が出来上がっていたわ。悠長に構えている暇はなかったのよ。旦那様が私財を擲ってでも引受人とならなくてはあの子たちはポケモントレーナーに処理されていたわ」

 

昨日倒したズルッグ達の姿が脳裏を過ぎる。人を恨んでいた彼らもまた、その時の被害者だったのだろうか。

 

「あの子たちだけじゃないわ。この辺りには未だにあの時のことで住処を追われたポケモン達が人を襲ったり、農作物を荒らしたり……そんなことが度々起こっているの」

 

いや、後悔などするものか。

彼らは明らかに害意をもって人間に襲い掛かっていた。

『有害指定携帯獣』は狩らねばならない。それは秩序を守るために必要なことだ。

アトリの生まれる以前から世界はそうして回っていた。そして、これからもそうやって回っていくだろう。

ハッサムのときのように捕獲できて時間をかけてでも和解が出来るのならそれが一番良かった。しかし、あの数を相手にそんな悠長なことは言っていられない。一掃しなければ、モココに余計な傷を負わせていただろう。

倒す前に警告はした。両方を選べない以上、どちらか片方を切り捨てる以外に道はない。アトリの天秤の針は身内贔屓だった。ただ、それだけの話だ。

 

あの判断に間違いはなかったと信じている。――だから、後悔などするものか、と心を潰し、繰り返し念じた。

 

「……馬鹿な人だ。見捨ててしまえばもっと楽になれるっていうのに……」

「目の前で危機に陥っている人・ポケモンを見捨てられない。それがあの方なの。確かに利口な生き方ではないわね。でも、そんなあの人だから、私たちは喜んで彼に着いていくの。それと――」

 

ロザリーはアトリの胸倉を掴んで剣呑な表情で凄んだ。

 

「二度とあの人を馬鹿だなんて言わないで。今度同じこと言ったら問答無用で殴るから」

 

アトリは胸倉を掴んでいる手を外したが、静かな視線を注ぐだけで特に反論はしなかった。

ロザリーもそれ以上何も言わなかった。一言「戻るわよ」と言い踵を返し、アトリもそれに追随した。

 

その時だった。

 

「大変だ―――――ッ!!」

 

そんな叫びが農場に木霊した。

 

2

 

「そんな、まさか……」

 

それ以上の言葉が出てこなかった。

ミアレシティと木の実畑を繋ぐ狭い橋のど真ん中を占拠して、塞いでいるのは巨大なポケモンだった。惰眠を貪っているそれは縦には勿論、とにかく腹回りが大人の身長を上回るなど、とにかく凄まじい。普通のカビゴンの倍以上の大きさを誇るこの個体にサナや近所の子供たちは腹の上でトランポリンのように跳ね回って大喜びだ。しかしロザリーを始め周りの大人たちは皆一様に頭を抱えていた。

 

「…………、昔見た映画を思い出します」

「となりのカビゴンかい? あれは名作だったね……」

 

父親といっしょに古い家に引っ越してきた姉妹が森に住むカビゴンと出会い、交流を深めていくというアニメ映画だ。心温まるストーリーに当時幼かったジョルジュも夢中になったものだ。

 

在りし日に思いを馳せるのをやめて、再び街道を塞ぐカビゴンに視線を注ぐ。

この道を塞がれるということは、この木の実畑の流通が麻痺するということを意味する。

第一次産業の流通は時間が命。木の実は干せば保存がきき栄養素の7割を保つことができるといわれている。しかし、代わりに味の方はひどく落ちる。

ミアレシティの2つ星レストランが大口の卸先にある以上、不味いものを納品するわけにはいかない。信用問題だ。しかもよく見ればこの橋、カビゴンの重量に耐え切れず、破損しているではないか。カビゴンを退けて終わりではない。その後にかかる橋の修理時間を考えればもうあまり猶予はない。

自分のことだけならまだしも従業員の給料が払えないなど、絶対に許されないことだ。

そうでなければ自分がこの場所を作った意味すら喪失してしまう。

 

それだけではない。カビゴンというポケモンは大食らいで有名だ。

野生のカビゴンによって草の根一つ残さず食い荒らされた、という農家は後を絶たない。

この巨大カビゴンが起きた時、真っ先に被害を受けるのは自分たちの木の実畑だろう。

 

こんなときにフェルナンに持っていかれたアレがあれば、こんなもの窮地でもなんでもなかったというのに……。

 

 

「オレの出番だな」

 

アトリは巨大カビゴンの腹の上で遊んでいる子供たちを退避させて、子供たちのブーイングを受けるも本人は素知らぬ顔で一歩前に出た。

 

「出来るのかい?」

「暴れまわっているならともかく、寝ているだけのポケモンなんて簡単に捕まえられますよ。とはいえ、この巨体です。念には念を入れて――」

 

モンスターボールの上位互換である高性能ボール――スーパーボールを取り出して掌で弄ぶ。

 

「えー、スーパーボールってアトリのイメージじゃな~い」

「200円の低性能をいくつも投げるよりも、600円1つで済ますほうがコスパがいい。そんでもってオレがこれを出すってことは、絶対に逃がすつもりはねえってことでもある」

 

アトリの表情は真剣なものに変わった。怠惰を貪っている巨大カビゴンに狙いをつけて、コンパクトに振りかぶる

 

「フッ――――ッ!」

 

裂帛の気合を込めてスーパーボールを投げる。一切の無駄のない洗練されたフォームから繰り出されるボールは風を切る音を連れて、カビゴンの額に吸い込まれていく。

 

狙いに寸分の狂いもない。フラダリラボに所属しているトレーナーなだけはある。周囲の誰もがフワ・アトリという少年の技量に舌を巻いていた。恐らくは自分を含むこの場にいる誰がモンスターボールを操っても彼ほどの精度でポケモンに当てることは叶わないだろう。

 

その場にいた誰もがこのカビゴンの捕獲成功を信じて疑わなかった。しかし、次の瞬間――――

 

―――グシャッ!! という音をたて、アトリ秘蔵のスーパーボールは砕け散った。

木っ端微塵になったスーパーボールの破片は音もたてずに地面に舞い散り、風に攫われていく。

 

その時――――時間が止まった。

 

「オレの600円がァ―――――――ッ!!!!」

 

「時を戻そう」などと都合のいい展開はなく、まさかの捕獲失敗にアトリは絶叫し、泡を吹いて失神する。

土気色になってうなされるアトリを周囲の従業員たちが担架で運び出すのを他所に、ジョルジュはカビゴンに近づいた。

 

「ボールが砕けた、ということは誰かのポケモン?」

 

ジョルジュは再び思案する。

もしこれが人の手によるものであれば、いったい誰が……?

 

一瞬、かつての友の顔が脳裏を過り、血の気が引いた。

 

…………最低だ。今一瞬考えた。

 

かつて同じ夢を見て、共に切磋琢磨しあってきた唯一無二の友達。

ほんの些細な行き違いで決裂してしまったけれど、それでも確かにまだ友情を感じている。

 

そんな彼を一瞬とはいえ、私は疑ってしまった……。

 

階段を昇っている途中で担架の持ち手が折れ、階段を転がり落ちて頭部が潰れたマトマの実のようになっていたアトリを他所に、ジョルジュは深い自己嫌悪に包まれていくのだった。

3

 

その光景を人目を憚りながら遠巻きに見ている女性がいた。どう見ても隠密行動には向かない派手な赤い装束で身を包んだその女性は紫色に染めた髪をそっとかきあげてホロキャスターを開いた。

 

「アケビを退けた例の少年を捕捉しました。現在、ショボンヌ城を逗留しているようです」

《結構、そのまま監視を続けなさい。間違っても彼と敵対することのないように》

 

紫色に染めた髪と合わせた口紅を塗った唇を引き結んだ。

 

「しかし、この町は『バラ』の作戦区域のすぐ近くです。もしも、我等がこの町の裏で暗躍していることを彼が嗅ぎ付けてきたら……」

 

フェルナン・M・パルファムをうまく取り込めたとしても、尻尾を掴まれてしまっては意味がない。情報統制や口封じ自分たちの存在を秘匿できるとはいえ、極秘裏に事を済ますに越したことはない。

 

ホロキャスターの向こうの女性は怪しく微笑んだ。

 

《その時は彼の好きにさせなさい》

 

わからない。

大幹部様は何故あそこまであの少年に執心しているのだろうか?

 

フェルナンはこの町の有力者だ。彼を取り込み――無理なら挿げ替え――少しずつ、自分たちの息のかかった人間をこの町に増やしていけば、ここを新たな拠点を手にすることも容易いというのに。

 

腕が立つ上に、自分たちへの敵愾心を募らせている者を放置するメリットがわからない。

不安の芽は早々に摘み取る。それが成功の鉄則だ。だというのに――どうしてあの方はあの少年を――――

 

いや、やめよう。彼の処遇は私の考えることではない。

自分に与えられた任務はあの少年――フワ・アトリの動向を見張り、あの方に報告すること。それ以外は考える必要のないことだ。

 

すべてはあの御方の理想とする世界を実現するために与えられた役割は完璧にこなして見せる。

 

紫髪の女性――コレアは光学迷彩システムを起動し、周囲の風景と同化する。

そして、再び大幹部より直々に賜った『フワ・アトリ』の監視任務を開始した。

 

 

 




ガルパンはいいぞ……
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