ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第47話 金には変えられないもの

 

1

 

スッキリとした晴れ空に反してロザリーの心はどんよりしていた。

ロザリーはこの農場が好きだ。

ジョルジュを初め、働く人たちはみんな優しく、ロザリー自身も随分良くしてもらった。

ジョルジュの人徳か、ここはとても居心地がいいのだ。

実家と絶縁状態にあるロザリーにとってここの人たちは家族も同然だった。

 

ロザリーの父はエリートだったが、プライドが高くて傲慢で、気に入らないことがあると人に当たり散らす嫌な奴だった。

母は父には絶対服従していたが、自分より弱い人間や、世間的なマイノリティに対し侮蔑的な態度をとる思いやりのない人間だった。

 

そんな両親の影響もあってか、幼い頃のロザリーは問題の多い子供だった。

 

わざと学校の窓を割ったり。

わざと外の壁にペンキで落書きをしたり。

わざと学校をサボったり。

 

親が教師に呼び出されることは日常茶飯事で、そんな日は必ず家で苛烈な折檻が行われた。

 

今にして思えば、あの頃のロザリーは両親に少しでも気を引きたくて、叫んでいたのかもしれない。

 

そんなことを繰り返すうちに両親はあっさりロザリーを『いないもの』として扱い、簡単に切り捨てた。

 

そこからはロザリーはタガが外れたかのように道を踏み外した。

 

喧嘩。暴行。恐喝。盗み。

夜の町を駆け回り、悪い仲間とつるんで、沢山人を傷つけ、多くの人に迷惑をかけた。

 

そんなある日だった。

 

喧嘩でボロボロになって人目を忍んで路地裏で体を休めていると、人の良さそうな物好きがボロボロだったロザリーを拾って介抱してくれた。

それがジョルジュとの出会い。

 

最初は胡散臭いと思った。

介抱の見返りとして肉体関係を迫る下劣な男なんて、山ほど見てきた。

それでもいいと思っていた。向こうもこちらを利用するのだ。こちらも利用してやる。適当に相手して、時が来たら金目の物を奪って逃げればいいだけだ。

そう思っていたのに……彼はいつまでもたっても見返りを求めてこない。

彼はロザリーが傷を癒していくことを確認する度に本当に嬉しそうな顔をする。

その優しい顔の裏にいったいどんな醜い企てがあるのか。

 

暴いてやろうと、傷が癒えたあとも理由をつけて彼に近づいて注意深く観察した。

けど、そんなものはいつまでたっても見つけられなかった。

自分のことに関しては適当なのに、人のためになると、とても頑張ってしまう。困っている人がいたら、考えるよりも先に体が動いている。

今までロザリーの周囲にいたのとは全く違うタイプの人間だ。

 

ジョルジュという男はお節介焼きで、人のために貧乏くじを引いてばかりいる。

だが、その傍らにはには多くの幸せと笑顔があった。

彼の優しさを知れば知るほど、惹かれていくのがわかった。

 

昔読んだ『幸福の王子』という童話があったが、彼がまさにそれだ。

 

そんなジョルジュを馬鹿だ、お人好しだ、と揶揄するフェルナンやアトリのような人もいる。

だが、その優しさに救われたロザリーはそんなジョルジュを誇りに思い、ただ愛しい。

 

誰よりも彼の傍にいて、誰よりも彼を支えてきた自負はある。

フェルナンとジョルジュが決裂したときも。

水害で地盤が脆くなっているところが土砂崩れを起こしたときも。

住むところや職を失くした地域住民やポケモンを助けるためにフェルナンに借金をしたときも。

ロザリーはずっとジョルジュの傍にいた。

 

彼はただ単純に人の喜ぶ顔をみたいだけなのに……。

 

どうして、優しい人は損ばかりするのだろう?

 

『正義は勝つ』なんてよく言うけど、いつだって得をしているのは悪くて、狡い人間だ。

 

本当にあの男――フワ・アトリを信じて良かったのだろうか?

あいつは自分のことを味方だと言ったが、果たして本当にそうなんだろうか。

疑心暗鬼でモヤモヤグルグルしているそんなときだった。

 

「あ、ロザリーさーん、こんにちはー!」

 

底抜けに明るい声をかけられ振り向くとそこにはタキガワ・サナの姿があった。

 

「こんにちは、サナちゃん。今から仕事?」

「はい! アトリが帰ってきてたら一緒にって思ったんですけど、まだ帰ってきてないんですね」

「…………、買収されて裏切ってなければいいんだけど」

「えー、アトリが? ないない、絶対にないですって」

 

サナはカラカラと軽快に笑いながら、手をブンブンと振った。

 

「分からないじゃない。あいつは守銭奴なんでしょ? だったら、どっちに着いた方が儲かるかなんて裏で考えていそうじゃない!」

 

自分でも醜い考え方だというのはわかっている。だが、どうしても不安なのだ。

あの男、果たして信じるに値する人間なのか。

 

「ありえないよ」

 

サナは笑みを消し、真摯にロザリーを見据えて言い切った。

 

「アトリってね、斜に構えたツンデレな言葉で誤解されやすいけど、本当はすごく繊細で周りの人に気を使うタイプなんだよ。多分、ジョルジュさんに辛辣なのって同族嫌悪なんじゃないかな?」

「…………」

 

うっそだぁー。という心の声をキャッチしたのか、サナは再びほほ笑んだ。

 

「サナたちね、旅に出る初日に怖いポケモンに襲われたんだぁ。それで追い詰められて、すごく危なかったところを助けてくれたのが、アトリだよ」

 

それを皮切りにサナはアトリのやって来たことを熱っぽく語りはじめた。

 

襲ってきたポケモンが人間によって理不尽に捨てられたポケモンだと知って見捨てることが出来ずに自分の手持ちに加えたこと。

そのポケモン――ハッサムがアトリをトレーナーとして認めつつあること。

ポケモンスクールの生徒のポケモンを強奪したポケモンマフィアに殴り込みをかけたこと。

サナの言葉をにわかには信じられなかった。

 

話を盛っているのではないか、と思うほど、ロザリーの思っているアトリ像と解離している。

 

「アトリってね、打算的な癖して、お人好しだから、面倒事になるってわかっていても最終的に放っておけないみたい。けど、貧乏くじ引くのがいやだから、自分が動くために納得できる理由を探してる」

「めんどくさい奴ね……」

「だってそれがアトリなんだもん♪ 小物臭いジョルジュさんって感じ」

「いや、そこまでは言ってないんだけど……」

「けど、そんなアトリだから、誰よりも現実的に解決の糸口を探ってる。

今回も勝算があるから、動いたと思うから、信じて任せて大丈夫だとおもうよ」

「……あいつのこと、随分信頼してるのね」

「もちろん! だって、アトリはサナの大切な友達だもん♪」

 

2

 

「フラダリ代表からの命令で派遣されてきたのですよ」

 

実際はアトリがジョルジュに会ったのは完全に偶然でそんな事実は全くない。

 

つまりはハッタリだ。法螺だ。ガセだ。デマである!

 

フラダリラボに報告したのとプラターヌ博士に計画を話したのも昨日、パルファム宮殿を訪問する前だった。

実際のところ、フラダリ代表は返事を保留されてしまっていた。当然と言えば当然だ。零細企業への融資など、傘下のトレーナーの進言だけで進めるべき話ではない。

 

当然、フェルナンもこんなハッタリは容易く見抜くだろう。

 

だが、それでもいい。大切なのは可能性の提示。『今後そういうことがあるかもしれない』と思って損失バイアスがかけられればそれでいいのだ。

 

それに決して口から出まかせを言ったわけではない。フラダリさんの判断は『保留』であって、『却下』ではない。

あの農場の木の実の味は文句なしの一級品。

フラダリ代表は副業でカフェを営業している。本人は道楽だと言っていたが、味にうるさいカロス地方の住人相手に、しかもミアレシティの一等地に店を構えて黒字を出していることから、相当なものだと想像できる。そんなフラダリ代表であれば、必ず興味を示すはず。

そして、胃袋を掴んでしまえば、必ず事態は好転すると確信している。

 

もうひとつ、思わぬ収穫がプラターヌ博士の方が意外と乗り気であったことだ。あの人の趣味はカフェ巡りという名の食べ歩きだ。昔から美味しい物に目がない。

それに、有難いことに、オレがあの農場を使ってやろうとしていることを説明するとますます意欲を見せてきた。近日中に農場を訪問するという言質もとってある。

 

プラターヌ博士からフラダリ代表に共同事業として売り込む手もあるかもしれない。

 

もし、融資が通れば株の権利の内訳は、まず社長であるジョルジュに4割。農場の経営幹部全員合わせて2割。プラターヌポケモン研究所、フラダリラボに2割ずつ。残り1割は民間に細かく細分化する。そして、最後の1割をフェルナンに。

例えフェルナンがTOB――敵対的買収を進めようとしても、フラダリラボとプラターヌポケモン研究所の麾下である企業相手にことを構えるのは避けたいだろう。

 

そして、資金調達の目処が立ち、財務状況を改善した農場は、今回の事件の損害で傾くことはない、というのが当初の計画。

 

ジョルジュは枕に貧乏がつくが正真正銘の貴族サマ。ハリボテであろうと、貴族という権威は商売を行う上で大きなアドバンテージだ。

 

フラダリラボの企業理念は『より美しい世界を創る為に』。

プラターヌポケモン研究所へは『人間とポケモンとの共存社会にむけたテストモデル』として。あの農場はこれら二つの理念に通じており、利益の見込みを充分。

 

両企業の支援が得られるならば、輸送面、宣伝面の改善も大幅な上昇を期待できる。

借金苦のとき、現実逃避も兼ねて、いつか金持ちのウハウハ左団扇社長生活というリビドーに満ち溢れた自分の未来を妄想していた。

そのために独学――立ち読みともいう――で学んだ知識がこんなところで役に立つとは人生とは何が役に立つかわからないものだ、としみじみ感じ入ってしまう。

 

しかし、まだだ。まだ緩めるな。

こちらはあくまでカードを一枚切っただけ。しかも、ハッタリで相手を威嚇しているにすぎない。ここから先はフェルナンの反応次第で綱渡り。

この細い細いロープ、果たして渡り切れるか。

 

3

 

ふむ、とフェルナンは目の前にいる少年に注視しながら心の中で唸った。

ない物をあると見せかけ時間を稼ぐ。虚構を利用した兵法だ。

なかなか小賢しい。

だが、まだ青い。そんなブラフが見抜けない程、自分は愚鈍ではない。大方時間を稼ぐのが目的だろう。

 

しかし、だ。

 

何故これほどまでにアトリがここまで強気になれるかが引っかかった。

嘘の裏にはがある。ごく稀に理由もなく虚言を用いる輩がいるのはフェルナンも承知しているが、目の前のこの男はそういうタイプではない。必ず理由があるはずだ。

嘘をついてまで出資をさせようとする理由はいとも簡単に理解できる。

だが、万が一の可能性もある。調査を行う間、農場の買収計画は一度白紙に戻した方がいいだろう。再び農場を買収する計画を練るには今少し時間がかかるが、問題ない。

 

輸送の問題が解決しない限り主導権はこちらにある。出荷の時間までに解決しなければ負債を抱える為、時間稼ぎの策に乗ったとしても、問題はない。

 

もう一度、時をかけてジワジワと圧力をかけてジョルジュを追い込むだけだ。その間、ジョルジュは苦しむだろうが、自分を切り捨てた復讐と考えれば長い時間をかけて眺めているのも一興だろう。

 

ならば――

 

フェルナンは口の端を吊り上げた。

 

「であれば、下準備が整ってから声をかけてくれたまえ。詐欺のような投資話に耳を傾けるほど暇ではないからね」

 

にべもなく一蹴すると見せかけて一石投じてみる。

フェルナンに声をかけたという事は、彼らはフェルナンの資金を必要のだ。必ず食い下がってくるだろう。

 

自身の勝利を確信し、傲慢な笑みを浮かべるフェルナンに対するアトリは相変わらずこめかみを指でトントンと叩き続け――やがて、止まった。

次はどんな詭弁を用意してくるかとほんの少し楽しみにしていたが、アトリの言葉は思いもよらないものであった。

 

「じゃあ、交渉決裂ですね。さようなら」

「…………、なに?」

 

驚くほどあっさりと。フワ・アトリは踵を返した。そのまま振り返らずにスタスタと出口の方へと向かっていく。これには流石のフェルナンも驚きを禁じ得なかった。

 

「待ちたまえ。君たちには私の力が必要ではないのかね?」

「けど、貴方にその気はないのでしょう? それではこれ以上ここにいてもただの時間の浪費です。では、さようなら。僕は一刻も早く帰ってフラダリ代表とプラターヌ博士を出迎える準備をしなければならないので」

「ポケモンの笛は!? 資金はどうする!? この私を説得しなければ、」

「貴方は何か勘違いをなさっているようだ。フラダリラボとプラターヌポケモン研究所が出資する以上、貴方の出資は絶対条件ではないのですよ。あくまで『あれば助かる』くらいのものだ。潤沢な資金があれば、タイムリミットはぐーんと伸びる。その間にゆっくりとカビゴンを退かせてしまえばインフラも回復する。

それに、本来僕は貴方に『ショボンヌファーム』の株を渡すことも、貴方が農場の経営に一枚咬むのも、反対なんですよ。理由は言わずもがな、でしょう」

「ならば、何故ここに来た!? 何故私を引き入れようとしたのだ!?」

「ジョルジュさんがそれを望んだからです」

 

背後から頭部を殴りつけられたような衝撃がフェルナンを襲った。

 

「僕自身何故、あの人が貴方に株式持ってほしかったのかはわかりませんでしたが……、貴方の話を聞いて腑に落ちました。

ジョルジュさんはこの計画を、貴方との和解のきっかけにしたかったのでしょう」

「……バカな、そんなバカな!?」

 

人を疑うことを知らない無二の親友はある日突然フェルナンの背中を刺した。

ジョルジュはあの時、自分を裏切った。裏切ったのだ。

 

「確かにあんたの話を聞いているとジョルジュさんが一方的に裏切ったように聞こえる。

その時の事情は当事者であるアンタらにしかわからないでしょう。

しかし、本当に、真剣に、何も理由がなくあの人がそんなことをすると思っているのですか?

裏切られたと思って何も考えずに憎んだのじゃねえのか? 本当は向き合って、決裂してしまうのが怖かったからアンタは――あんたたちはお互いに向き合わずに逃げたんじゃねえのかッ!?」

「黙れッ!」

「いいや、黙らねえッ!  それでも、後悔しているからアンタは歪んだ形でも元に戻したくてジョルジュさんを『支配』しようとしたんじゃねえのかッ!!」

「黙れと言っているッ!!」

 

剣幕で水を打ったかのように静まった。

 

「貴方のやり方には大きな見落としが2つあります」

「なんだと?」

「ひとつは従業員のストライキ」

 

アトリの指摘をジョルジュは鼻で笑った。

 

「下民共の代わりなどいくらでもいるだろう」

「侮るなよ。農場という『ハードウェア』を手に入れたとしても、それを管理する人材という『ソフトウェア』がなければ機能するものか。仮にゴッソリと入れ替えたとしても、人材育成にかかる時間はどう考えますか?」

「そんなもの、ジョルジュがいれば立て直しなどいくらでもきくさ!」

「なによりも最大の問題はジョルジュさんがこれまで通り農場で働き続けるか、ということですよ」

「――――――ッ!?」

 

まったく予想していなかったところから殴りつけられ、フェルナンの血の気が引いた。ジョルジュが自分の元から去るというケースは全く想定していなかったのだ。

 

それを見逃さなかったアトリは更に追い打ちをかけてきた。

 

「その顔から察するに、考えていませんでしたね。いや、あえて考えなかったといったところでしょうか」

 

心の内を看破されたフェルナンは羞恥と怒りに震えた。

 

「貴方への借金を返済するために事業を始めて、それが軌道に乗り始めたタイミングで、計画がとん挫した。普通の人なら腐ってやめてます。ジョルジュさんがそうならないという保証はありますか?」

「そんなもの、どうにでもなる。いざとなれば強制的にでも――」

「そんな後ろ向きな理由で縛りつけられて、モチベーションが保てると思いますか?」

「金だッ! 金を積めばジョルジュだって――「あんたはアホかッ!」

 

「―――――ッ!?」

 

一回り以上年の離れた少年にストレートに正面から罵倒されてフェルナンは絶句した。

 

「ジョルジュさんが金を積めば動く様な人間なら、最初からこんなに拗れてねえだろうが!

いい加減世の中には金で買えないものがあることぐらい理解しろッ!!」

「出たな、貧乏人の常套句ッ! 私はその言葉が世界で二番目に嫌いなんだ――ッ!」

「そうか、一番目はなんだ!?」

「『タダ働き』!」

「気が合うな、オレもそうだ! だが、今はそれを置いとくとしてアンタほどの人なら信用が経済にどれだけ影響を及ぼすか知ってるだろう!」

 

貨幣とは富を保証するものである。勿論貨幣事体に価値があるわけではない。

価値の尺度として、富を貯蔵するものとして、交換の手段としての機能を信用できる機関が保証するからこそ価値が生まれる。逆に信用のない貨幣は誰も欲しがらず、価値が生まれない。

 

「オレたちの崇拝している『金』――資本経済のシステムは信用を土台、にして成り立っている。『信用』を軽視し、道理を無理でこじ開けるような思い上がったことしてると痛い目見るぞ」

 

ぐうの音も出ないとはまさにこのことであった。

 

「私怨に目が曇り、策を弄しすぎましたね」

「貴様の様な子供に何がわかる……」

「貴方の気持ちは貴方にしかわかりませんよ。ジョルジュさんも同様です。

何を思って、そんなことをしたのかなんて、結局のところ本人に聞くほかないんです」

「…………」

「その気があるのであれば、三日以内にショボンヌ城へお越しください。ですが、期限をオーバーした場合、貴方がジョルジュさんと組む機会は二度と訪れないと認識してください」

「……出ていけ。貴様の顔など、二度と見たくない」

 

それ以上は何も言わずアトリは部屋から出ていった。

 

 

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