ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第6話 モフ モフ モフ

 

 

1

 

勝負を控えた夜。アトリは自室でムックルを膝の上に乗せて毛繕いをしていた。彼の肩の上ではすでに毛繕いを終えたロコンがデレーっと、あられもない姿でくつろいでいる。

自慢のたてがみをブラシで整え、ムックルのツボである頬の辺りを優しく掻き回すと気持ち良さそうに首を傾ける。

 

「よし、できた。メリープ、次、お前の番。おいで」

 

ムックルが場所を空け、アトリの頭で羽を休める。順番待ちしていたメリープが代わりに膝に前足を乗せてアトリの顔をペロペロ舐めて愛情表現する。

メリープの羊毛には多量の電気を含んでいるので、手入れの前に絶縁体手袋を忘れない。

 

コンコン――と控えめなノックにただ短く「どうぞ」と応じる。

 

「お先にいただきましたー」

「いやー、いいお湯だったよお」

 

そう言って部屋に入ってきたのはトロバとティエルノだ。あの後、図らずもアサメに足止めされることになった二人を家に誘い、今に至る。因みにサナは隣のセレナの家にお泊りである。

 

「プラターヌ博士への連絡はした?」

「はい。……博士は明日のバトルを楽しみにしていましたよ」

「…………そうか」

 

トロバと目を合わさず、そっけなく嘯く。手を動かしながら、トロバの方を見て一言。

 

「しかし、お前本当に男だったんだな」

「今までなんだと思ってたんですか!?」

「綺麗な顔してるだろお。うそみたいだろお。ついてるんだぜ、それで」

 

ティエルノがぶっこんだ下ネタ発言にアトリは脱力、ジワジワと込み上げてくる笑いを堪えて羊毛に顔を突っ伏する。

と同時に額に静電気が走り「イテッ!」と短く悲鳴を上げる。メリープを見ると不服そうに円らな瞳をジト目にして睨んでいたので、真面目に毛づくろいに集中した。

10分後――

 

「でけた」

 

メリープはとっても気持ちよさそうに伸びをして欠伸をする。そして、そのまま膝の上でくつろぎ始めた。

 

「お前ら、オレをソファーかなにかと勘違いしてないか……?」

 

嘆息しながらも満更でもない様子で苦笑する。

 

「本当に慣れてますね」

「ま、付き合いが長いからな」

「と、ところでずっと気になっていたんですが――」

 

トロバがロコンを物珍しそうに覗き込む。

 

「珍しいポケモンですね」

「ロコンのことか?」

 

本当に物珍しそうに見ているトロバに少し驚く。確かに『日照り』の特性を持っているオスのロコンは珍しいが、『ロコン』というポケモン自体は珍しくはない。

 

「ロコン……。可愛いですね」

「分かるか!?」

 

トロバの『可愛い』発言にアトリは食いついた。

 

「可愛い! そう、可愛いんだよこいつは!! この円らな瞳、プニプニの肉球、6本に分かれた尻尾の美しさはもはや芸術の域に達している!! そして何よりもォォォォォォォォ! モフモフが素晴らしいッッッ!!!!」

「「…………」」

「モフモフはロコンだけじゃないぞ! ムックルもメリープも――フワフワモコモコモフモフなんじゃああああああああああああああいッッッ!!!!!!」

 

ひたすら手持ちポケモンの可愛さを語るアトリは既に目が逝っており、鼻の下が伸びて、口から涎が垂れている。トロバとティエルノはドン引きしていたが、彼のポケモン達は慣れたものでさっさとそれぞれの寝床に去っていく。

それでもアトリは構わず熱弁を続ける。

 

「私はモフモフが好きだ。私はモフモフガ好きだ。私はモフモフガ大好きだ。茶色いモフモフが好きだ。羽毛のモフモフが好きだ。羊毛のモフモフが好きだ。黄色いモフモフが好きだ白いモフモフが好きだ。黒いモフモフが好きだ。紫のモフモフが好きだ。青いモフモフが好きだ。緑のモフモフが好きだ。オレンジのモフモフが好きだ。

トゲトゲしたモフモフが好きだ。フカフカしたモフモフが好きだ。

虎縞のモフモフが好きだ。獣臭いモフモフが好きだ。

草むらに。森に。空中に。水辺に。海辺に。洞窟に。荒れ地に。火口付近に。

カントーに。ジョウトに。ホウエンに。シンオウに。イッシュに。カロスに。

この地上において生息するありとあらゆるポケモンのモフモフが大好きだ。

メリープのフカフカのモフモフに顔を埋めるのが好きだ。

飛び付いてきたムックルをキャッチして撫で回すときのモフモフ感は実に心が踊る。

気紛れで気の向いた時にしか触らせてくれないロコンが手入れをせがんでくるときは絶頂すら覚える。

モフモフに押し潰されるのが好きだ。モフモフが自分から離れていく瞬間は悲しいものだ。

電気ポケモンのモフモフに触れて電撃を浴びせられるのはとてつもない痛みと苦痛を伴う。

諸君私は清濁併せ持った充実のモフモフライフを望んでいる。

更なるモフモフを望んでいる。

モフモフモフ!! よろしい――ならばモフモフ――ドワッハ!!」

 

いい感じに乗ってきたアトリの大演説を「モフモフモフモフうるっせええええ!!」と言わんばかりに遮ったのは眠たくなってきていたお稲荷様の鉄拳制裁ならぬ炎熱制裁だった。

 

「アトリ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ……。ちょっと焦げただけ……」

「アフロになってるけど大丈夫かい?」

「アフロは……大丈夫じゃねえかも……」

「そこ重要ですか?」

「たけやぶやけた。逆さから読んでもたけやぶやけた……」

「意味が分かりません、しっかりしてください!!」

「わたし負けましたわ。逆さに読んでもわたし負けましたわ……」

「ティエルノも乗っからないでください、ますます意味が分かりません!!」

「さーて、バカやってるのも飽きたし、そろそろ寝るか」

「そうだねえ」

「会話が自由すぎます! キャッチボールしてください、お願いですから!!」

「ところでアトリ。ぼくたちは何処で寝ればいいのかねえ?」

 

アトリの部屋にはベッドが一つ。そして寝袋が二つ。特等席のチケットは一枚しかない。

一つ分の陽だまりに三つはちょっと入らない。

 

「オレはベッドで寝る。男は黙って床で寝ろ」

「アトリだって男だよお」

「あら、アタシは女よ。アタシのことはアトリエちゃんと呼んでちょうだい」

 

筋肉質な男が小指を立てて、裏声のおネエ言葉で喋る。はっきり言って相当気持ち悪い。

真面目なトロバは対応に困り、ティエルノを見るが、

 

「まあ、アトリエったらずるいじゃない。ティエだってベッドで寝たいわ!」

 

と、まさかの悪ノリに悪ノリを更に被せ、再び現場はカオスと化した。オカマとおネエが交わるとき、気持ち悪さは二乗になる。二倍ではない。二乗だ。

 

「あらあら、ティエったらはしたないわ。まだ汚れたバベルの塔が股の間についてるのによくもレディを名乗れたわね。解体工事をしてから出直していらっしゃい。オーホッホッホ!」

「あらやだわ。自分だってまだネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の武装解除がまだの癖に、よくそんな事が言えるわね。プンプン!」

 

トロバの脳裏に『ツッコミ不在の恐怖』という言葉が浮かんだ。

ボケがボケを呼び、呼び込んだボケがさらにボケを加速させていくという恐怖の現象。

巻き込まれた相手が常識人であればあるほど、その精神はガリガリ削られていくのである。

メリープとムックルは既に夢の世界に旅立っている。

アトリのロコンに視線で助けを求めるが、彼は6本の尻尾を左右させてふてぶてしく欠伸をするだけで主人の悪ノリを止める気はゼロのようだ。

 

「オホホホ! そんな貧相なお胸でわたくしの魅力に勝てると思って? Dカップになってから出直していらっしゃったらどうかしら?」

 

――いや、君のはただのデブですよ、ティエルノ!!

 

「オホホホ! 胸しか誇るべきところがないなんて悲しいですわね。今の女性に求められているものは――ズバリ女子力ですわ。因みにわたくしの女子力は53万です。わたくしの料理で墜ちなかった殿方はいらっしゃいませんことよ?」

 

――オトメンどころか、完全オネエじゃないですか。それでいいんですかアトリ!?

 

脳内でツッコミを入れるも、トロバの明晰な頭脳をもってしても処理が追いつかない。

茶番だ。まさしく茶番である。

しかも最悪なことにこの茶番には観客はトロバ一人しかいない。

このままいけば加速を続けるボケに『どくどく』よろしく、HPを削られてしまう。

生憎トロバの鋼の精神を持ち合わせていなかった。

彼のとるべき選択肢はいくつかある。

 

ストップ・ザ・小芝居!! と、ツッコミを入れてそのボケに歯止めをかけること。

固唾を飲んだトロバは恐る恐るフリーダムな彼らに視線を向ける。

 

「「く~や~し~い~わ~! キイイイイイイイイイ!!」」

 

――うん、無理ですね!

 

彼のツッコミレベルでは『転がる』をしているミルタンクに炎タイプのポケモンを繰り出すようなものである。要するに無謀だ。

ならば彼の取るべき道は――ひとつしかない!

 

「アトリエもティエもレベルの低い争いはやめなはれ。お二人が束になってかかってもわっちの知性あふれる本物の色気にはかないませんどすえ」

 

いっそのこと加速を続けるボケに同化してしまい、あとは野となれ花となれ。

 

「「…………」」

 

やるだけやって、飽きたらやめるであろう。そう、タカを括って参加した寸劇だったが、二人から返ってきたのは奇異の視線だった。

 

「あ、あれ? 二人ともどうしたんですか?」

「い、いや……。なんていうか……お前がおネエ言葉すると似合いすぎててシャレにならないというかなんというか……」

「だよねえ……」

「ひ、ひどい! あんまりですよ!」

「さて、今度こそ寝るか」

「そうだねえ」

「なんですか、その連係プレーは!? 今日会ったばかりでどうしてそんなに息が合っているんですか僕は恥のかき損じゃないですかァァァ!!」

 

羞恥心で顔を赤面したトロバの嘆きをそれぞれ黙殺してそれぞれ寝床について、明かりを消す。

静寂が笑いのツボを刺激し、笑いが漏れるもしばらくすると、疲労からか寝息が二つアトリの耳に届いた。

 

トロバとティエルノに感謝していた。

彼らがいなければ、自分はもっとナーバスになっていただろう。

何かを諦め未練を絶つことは、弛まぬ努力を続け目的を達成することと同等に難しい。

ドロップアウトしたアトリの最後のポケモンバトル。

介錯の相手が初めての対戦相手だったセレナなのは、なんの因果であろうか。

不完全燃焼だからこそ、未練が残る。だから、明日のバトルで全てを出し尽くす。

未だ残る未練を断ち切るために――そして、自分の培ってきたものが、少しでもこれから上を目指すセレナの血肉にしてもらえるのなら、――そういう終わりも悪くない。

女々しい考えかな? と、少し笑う。

 

明日が待ち遠しいと思えるのは、いつ以来だろうか。

高揚に胸を高鳴らせ、再び目を閉じる。その夜は不思議とよく眠れた。

 

2

 

ポケモンバトル。カロス地方だけではなく、この世界で最もメジャーな競技である。

人間とポケモンが共に歩む象徴として、遥か古より営み続けられてきた行い。

たかがバトルと侮ることなかれ、極みに近い者は、手合せしただけで相手の本質を感じ取るほど奥深いものなのである。

人間とポケモンが絆を育むため、互いが認め合うため、ただひたすらに強さを追い求めるため――理由は人それぞれではあるが、その営みはもはや日常の一部になるまで昇華されている。

早朝のアサメの小道でも、二人のポケモントレーナーによるポケモンバトルの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

「2対2でいいか?」

「ええ。全力での勝負をお願いするわ」

「心配するな。手加減する気なんかサラサラねえよ」

 

モンスターボールを構えるセレナ。対峙するのは何処かのシンオウ四天王と同じ髪型をしたアトリ(アフロ)がそれに応じる。両者の緊迫した二人。固唾を飲んで見守るサナ、ティエルノ、トロバ。

 

「…………、ごめん。やっぱりその髪型何とかしてくれる?」

「…………、そうだな」

 

シリアスをギャグにしてしまうアフロのアトリは水を被って髪の毛を真っ直ぐに戻す。そして、再びアトリとセレナは対峙した。

 

「さあ、お仕事の時間だ。いくぜ野郎ども!」

「わたしとポケモン達のいいところ、見せてあげる!」

「ムックル!」

「ハリマロン!」

 

同時にボールが舞い、ムックルは空を、ハリマロンは地を駆け抜けた。

 

「上へ!」

 

アトリの指示をほぼ同時にムックルは空高く、高く飛び上がる。太陽を背にした上空からの突撃は迎撃しにくい。それはアトリがトレーナーズスクールで培った最も信頼性の高い、ムックルの必勝パターンだった。

ハリマロンは草タイプ。アトリのムックルの飛行技ならば、一撃で決めることは容易い。

だが、セレナの対応は落ち着いたものであった。

 

「制空権はあげるわ。ハリマロン、転がって加速よ」

 

勇ましい眉のハリマロンはすぐさま転がり、加速していく。

『転がる』は時間の経過と共に威力が上がっていく岩タイプの技だ。

 

「いけッ!」

 

合図と同時にムックルは急降下。加速をつけての攻撃でハリマロンとぶつかり合う。

弾き出されたのは――ムックルだ。

ムックルはややよろめきながらも体制を立て直す。が、ダメージはかなりのものだった。

 

「既に飛行対策はしてあるわ。タイプ相性だけでは、私のハリマロンはとまらない」

 

手持ちに加わったばかりのポケモンをここまでつかいこなしていることにアトリは戦慄を覚えた。

上空から加速をつけての急降下はムックルの戦術パターンの中でも、最も突破力のある攻撃だ。それを正面から跳ね返した、ということは真っ向勝負では勝てないということだ。

アトリの頬を冷や汗が一筋伝う。今の衝突でハリマロンの回転を止められなかったのは痛かった。ロコンに交代すれば、遠距離からの炎で簡単に倒せるだろう。だが、――

 

目線でムックルを追った。

ムックルは決して浅くはないダメージの中でも、闘志は失っていない。

なら、腐ってもポケモントレーナーのオレがやるべきことは一つ! 勝利の為の道筋を見つけ、そこにアイツを導くこと! なければ作る!!

 

こめかみを人差し指で何度も叩く。

こうして考えている時間と比例して加速して技の威力を増していくハリマロン。

転がるは岩タイプの技。まともに受けたらムックルは今度こそ弾き飛ばされてしまうだろう。

地形は道の舗装があまり進んでいない林道。なら――ッ!

 

「あれやるぞ、真っ向勝負だ!」

 

ムックルが低空で飛び回り、チキンレースよろしく、正面からハリマロンに向かっていく。

 

「受けてたつわ!」

 

セレナの言葉に後押しされるかのように、ハリマロンは更に加速してムックルに向かってくる。

 

そうだ、そのまま真っ直ぐ突っ込んで来い。

 

今にも破裂しそうな心臓の音が聞こえる。

自分が判断をしくじれば、ムックルは深い傷を負う。身に重くのし掛かるプレッシャーの中で、アトリの集中力は鋭く研ぎ澄まされていた。

 

こめかみを人差し指で一度叩く。

慎重に――、慎重にタイミングを計った。

 

ムックルとハリマロンの衝突まであと5メートル……4……3……2――今!

 

「嘘ぴょん!」

 

合図と同時にムックルは180度捻り込みながらピッチアップ。紙一重でハリマロンの攻撃の上を通り過ぎる。次の瞬間、ハリマロンの体が宙を舞った。そして、空中で身動きの取れないハリマロンは慣性に従い、林道の木に激突する。

 

「ハリマロン!?」

「見たか! ムックル自慢のマニューバ! インメルマンターン!」

 

ムックルは再びしながらの縦方向のUターン。再び180度捻り込みハリマロンの頭上をとった。

 

「決めろ! 『つばめ返し』!」

 

ハリマロンの頭上に滑空するムックル。だが、セレナも黙って見ているだけではない。

 

「『つるのムチ』で迎撃して」

 

ハリマロンは『つるのムチ』でムックルを捕まえようとしたが、死角になっている頭上であること。ムックルがバレルロールですべて回避。そして、ムックルの技が決まった。

 

「ナイスだ、ムックル!」

 

「褒めて褒めて!」と言わんばかりに手にとまったムックルと頬を擦り合わせる。

 

目を回し、戦闘不能に陥るハリマロンをボールに戻す。

 

「ありがとう、お疲れ様」

 

セレナはハリマロンが宙に浮いたポイントに視線を落とす。

そこには、未舗装の道には珍しくもない僅かな凹みがあった。普通に歩いている分には気にならない僅かな窪みではあるが、スピードの乗った球体ならその僅かな窪みでも大きく跳ね上がってしまう。制御が効かないまま空中に投げ出されて無防備に晒した。

そこをすかさず頭上から攻撃を繰り出す。

 

あのムックルの迷いない動きから察するに、行き当たりばったりの戦略ではない。このパターンを想定して相当な訓練を積んできたのであろう。

派手さはなく、運に頼らず、弛まぬ努力に裏打ちされた実力。不思議と悔しさはなかった。体の底から沸々と、高揚感が湧き上がる。

 

普段は粗暴で熱い闘志を前面に押し出しながら、頭の芯では冷静に勝利への道筋を計算し続ける底冷え熱血漢。覇気をなくしたライバルが、今セレナの前に帰ってきた。

 

これだ。これがフワ・アトリだ! これこそが私が惚れ込んだ最高のライバルだ!

 

誇らしい気持ちで、一杯で。

同時にこれが彼と競える最後のバトルなるということに泣きたくなって。

勝ちたくて。でも、この時間を終わらせたくなくて。

 

色々な気持ちが混在して形にできない。

だから――!

 

「今この瞬間に全力を尽くすわ」

 

切り札にして最高のパートナーの入ったボールを繰り出した。

 

 

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