ポケットモンスターXY~あなたへ贈る百日草~   作:黒助2号

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第9話 燃える男

 

1

 

ポケモンセンター。

ポケモン協会が運営している公共施設であり、トレーナーの免許を持っている人間なら誰でも利用できる施設である。提供しているサービスはトレーナー格安で宿泊を提供、ポケモンの預かりシステムの端末貸出、そして最も多く利用されているサービスはポケモンのリラクゼーション及び傷の手当であろう。

チャンチャンチャララン♪ というチャイムの後に流れるアナウンスはワンパターンだ。

 

《お待たせいたしました。番号札12番でお待ちのお客様、お預かりしていたポケモン達は元気になりましたよ》

 

アトリは休憩時間をここで過ごしていた。最終試験の発表は14時。あと2時間ほど時間はある。その間にやるべきことがある。

どうもさっきからメリープの様子がおかしい。落ち着きがなく、そわそわしている。

会社側の意図はわからないまでも、手持ちを連れてくるようにといった指示があってよかった、と思う。こうして面接の合間を縫って健康状態をチェックすることができる。

トレーナーカードを持っていれば、治療は無料。勘違いならそれに越したことはない。

 

カウンターで手持ちポケモンを預け、番号札を受け取る。

 

「お?」

 

フレンドリーショップの方に見覚えのあるシルエットを見つけて足音を殺して近寄っていく。

 

「お客さま、なにかお探しですか?」

「いえ。友達の付き添いですので――」

 

振り向いた瞬間、声の主の人差し指がセレナの頬にプニッとめり込んだ。ショップの店員かと思えばスーツを着た、したり顔の少年――アトリがいた。

 

「よう、昨日ぶり」

「…………そうね」

 

子供のようなイタズラに特にリアクションするでもなく、普通に応じる。

ちょっかいをかけたアトリとしては少し肩を透かされた気分だった。

 

「その格好……」

「ああ、今就活中でな」

「似合ってないわね」

「自分でもそう思うから、それは言うなよ」

 

若干トゲを含んだ言葉を笑って受け流すと、セレナは露骨に眉を下げた。

 

「…………本当に、もうやめちゃうのね」

「オレに拘らなくてもいいだろう。世の中にはオレなんかより、強いトレーナーなんてごまんといるぞ」

「……隣で同じ目標を追いかけるのは、誰でもいいわけじゃないのよ」

「そういう殺し文句は誰彼かまわず言うもんじゃねえぞ。勘違いして変な虫が寄ってくる」

「あんたは私のライバルなんだから、別に勘違いしてくれてもいいわよ」

「からかうなよ」

 

「あー、アトリだー!」

 

買い物をしていたサナ、ティエルノ、トロバはアトリがいることに気が付き、走り寄る。

 

「アトリー! アトリだー、アハハハハハ!」

「テンション高っけえなオイ。酔っぱらってんのか」

「酔ってるよお」

「嘘だろ!?」

「嘘ですよ」

 

ティエルノに見事担がれたアトリは脱力した。

 

「スーツなんて着てどうしたんですか?」

「ただ今、しゅーかつちゅー」

「スーツを着ているっていうより、着られてるって感じだねえ」

「あはは、似合わなーい」

「いい加減にしないとキレちゃうぞ☆」

「ティエルノ、サナさん、失礼ですよ」

 

トロバのフォローも空しく、ティエルノとサナはひたすら笑い続ける。アトリは両者の頭を軽く叩き、買い物カゴを覗き込んだ。

 

「で、これは?」

「見ての通り、これから旅に必要になるものだよお」

 

そう言ってティエルノは買い物カゴの中にあるモンスターボールや傷薬などのポケモン関連の商品を見せる。アトリはしばらくカゴの中を覗き込んで切れ長の眼を大きく見開いた。

 

「カ タ ハ ラ イ タ イ ワ」

「え、なに? 彼は一体どうしちゃったの?」

 

何かのスイッチが入ったアトリにセレナは勿論、4人は困惑した。

 

「まず、これ!」

 

手に取って二つの傷薬をティエルノたちに見せる。

 

「使用期限がそれぞれ違う! 期限が長いものを選ぶ、これ買い物の基本アルネ!」

「なんで片言!?」

「次にこれ!」

 

セレナのツッコミを無視してアトリはモンスターボールを手に取って見せる。

 

「モンスターボールは10個単位で買うのがベスト! 10個単位でプレミアボールがおまけについてくる! お前ら4人いるなら1人頭15個買うとして、一人頭1.1個分お得! お得なのでっす!!」

「べ、別に1.1個分くらい――」

「カーッペッ、カーッペッ、カーッペッ! 馬鹿者ォ! これから旅をしようって奴が切り詰められる物を切り詰められなくてどうする! 路銀だってタダじゃないんだぞ! 旅をするなら『一円を笑うものは、一円に泣く』って言葉を骨の髄まで叩き込め!!」

 

仮にもポケモントレーナーとして旅立つのだから、金銭に関してはとことんシビアにならなければやっていけない。いくらプラターヌ博士からのバックアップがあるとはいえ、旅先では予定通りに進むことの方が少ないのだ。『もしも』のときの蓄えは1円でも多い方がいい。どんぶり勘定では、あっという間に行き詰る。

そして何もよりも安く買えるものを高く買うなどアトリの守銭奴スピリッツが許さない。

 

「今から貴様らに買い物のイロハをみっちり仕込んでやる! 泣いたり笑ったりできなくしてやる!」

「サ、サナは遠慮しようかな~なんて……」

 

逃げようとするサナの肩をガッチリと掴む。ギギギ、とブリキ人形の様な音が聞こえてくるようなモーションでサナは振り向いた。

まるで道化師を思わせるような不気味な笑み。眼からハイライトが消えており、取り込まれてしまいそうな深く暗い穴が見える。

 

「逃 ガ ス カ」

「いや~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!」

 

2

 

「良き買い物であった。余は満足じゃ」

 

ご満悦のアトリと対照にセレナを始め、4人はゲッソリしていた。

守銭奴アトリによる一円単位の無駄も許さない恐怖政治――もとい、コンサルタンティングによって結果そこそこの削減ができたものの、4人は色々削られたような気がする。

 

「さてと、」

 

時計に目を通すと、開始時間まで、あと1時間。名残惜しいが、そろそろ戻るべきであろう。

引退した人間がしゃしゃり出るのはここまでだ。

 

「いい気分転換になったよ。そろそろ戻るな」

 

メリープの体調は何処にも問題なし。

これで午後からの最終試験に挑むことができる。

 

「……うん、面接頑張ってね」

 

セレナの激励が本心ではないことは知っている。

だけど、こればかりはアトリがどう足掻いたところで、どうすることもできない。

だから、何の柵もなく夢を追える彼らへの嫉妬を、挫折を知らない彼らへの羨望も、気づかない振りをして、自分を誤魔化しながら、生きていく。

これからも、ずっと……!

 

「セレナたちはこれからどうするんだ?」

「私はハクダンジムに挑戦するわ」

「サナはセレナの応援~!」

「ボクとティエルノはこの辺のポケモンの分布調査をしています」

「しばらくこのあたりにいるから、また何かあったら声をかけてねえ」

「そっか。そんじゃ、お互い健闘」

 

失敗して現実の厳しさを知ればいいんだ。

そんなことをほんの少しでも考えてしまう自分が後ろめたくて、情けなくて、惨めで。

何故友達の門出を心から祝福してやれないのか。

僻み根性丸出しで、骨の髄まで腐っている自分が本当に嫌になる。

 

『泥棒ッ!!』

 

明後日の方向から聞こえてきた叫び声で全員の意識がそちらを向いた。

ローラースケートを履いた男が、こちらへ滑ってくる。

 

『その男を捕まえて! ひったくりよ!!』

 

指をさして、叫ぶ女性の傍らに転倒している老婆の姿が見える。

 

『お願い、ヤコちゃんを返して!!』

 

そんな老婆の悲痛な叫びを無視して、ひったくり犯の男は足を押し上げて一気に最高速度に達して人垣を掻き分けていく。

このまま人ごみに紛れてしまえば逃走成功。あの老婆の身なりからしてこのブランド物のバッグには相当な額の金が入っているに違いない。

 

「へへ、ちょろいもんだぜ」

「ところがギッチョン!」

 

逃走する引ったくり犯は足を払われ、盛大にひっくり返る。

 

「観念しな、このコソ泥野郎!」

「く、くそ!」

 

一回転して腰を強打した男は破れかぶれにモンスターボールを投げた。出てきたのは――毒バチポケモンのスピアーだ。

 

「出番だ、ロコン」

 

対抗すべく、アトリの投げたモンスターボールからお馴染みのキツネポケモンが出てくる。――と、同時に日差しが強くなる。

 

スピアーは黄色と黒のツートーンカラーの体を左右に揺らして上下左右目まぐるしく動き回ってロコンの動きを牽制する。少しでも隙を見せれば、両腕と臀部に付いている毒針で狙い撃ちしてくるであろう。

だから――

 

「ロコン、ノーダメージで仕留めろ。反撃を食らうことは許さん」

「舐めるな! スピアー、毒針だ!」

 

プライドを傷つけられた引ったくり犯の剣幕を鼻で笑って受け流す。

この程度のオーダーをこなせないような柔な鍛え方はしていない。

ロコンは尻尾を立てて承諾の意を表すと、背後に回り込み尻の毒針で狙ってくるスピアーの攻撃をヒラリとかわす。

 

「電光石火!」

 

ロコンは直ぐ様切り返し、高速の体捌きでスピアーとの間合いを詰める。

スピアーは慌てて崩れた体勢を立て直し、迎撃を試みるが、明らかに初動に差が有りすぎる。

 

「弾ける炎!」

 

アトリの出す指示とほぼ同時にロコンは日照りで火力にブーストのかかった焔をお見舞いする。ロコンの大火力が直撃したスピアーは地に落ちた。

引ったくり犯の顔が青ざめ、スピアーをボールに戻すことすらせずに、背を向けて脱兎の如く逃げ出そうとローラースケートを走らせる。

 

「逃がすかゴラァァッ!」

 

即座に反応したアトリは一歩、二歩と大きく助走を付けて一気に跳躍した。

打点の高いドロップキックは引ったくり犯の背中を正確に捉え、相手に地面を嘗めさせる。

 

「オレの目の前で盗みを働くとはいい度胸だこの腐れチ●コのホー×× 野郎ッ!」

 

マウントポジションをとってに三発殴り、胸ぐらを掴んでガクガク揺すりながらひったくり犯に浴びせかける罵詈雑言。そのあまりにひどい内容にセレナは顔を真っ赤に染めるよりも先に、頭痛を覚えた。

ライバルが……私のライバルが、下品なチンピラみたいになってる……。

 

「ねーねー、セレナ」

「どうしたの、サナ?」

「『ホー××野郎』ってどういう意味?」

 

サナの発言にティエルノとトロバは眼を剥き、セレナは更に頭を抱えた。

 

「サナ、その言葉は今すぐ忘れなさい」

 

後でアトリとはゆっくりと(肉体言語で)話をしなければいけない。そんなセレナの考えを他所にアトリの怒りのボルテージは上がっていく。

 

「テメーは一万稼ぐのに何時間の労働が必要か知ってるのか!?

額に汗して働かないようなロクデナシが人から労働の対価を横取りしじゃねえ、このスットコドッコイのドサンピン!!」

 

「アトリ、ブレイクブレイク! チンピラモードになってる!」

 

トロバとティエルノに制止され、アトリは荒い息を一気に吐き出して気分を落ち着けた。

その隙にセレナが盗まれたハンドバッグを確保して、駆けつけてきた老婆に手渡した。

 

老婆はバッグの中のモンスターボールを取り出し開く。中から飛び出してきたコマドリポケモン・ヤヤコマは元気に飛び回り、主人である老婆に壮健な姿を見せつけた。

 

「ヤコちゃん、よかった。よかったよ……」

 

老婆は心の底から安堵し、その場に座り込むとむせび泣き始めた。

元気に飛び回っていたヤヤコマはそんな彼女を慰めるように、肩に止まり頬を擦り付ける。

 

「ありがとねえ、ありがとねえ」

 

何度も何度も大泣きしながらお礼を言う老婆を前にアトリはむず痒くなってそっぽを向いた。こういう面と向かって感謝を示されるのは苦手だ。後の対応はセレナたちに押し付けて、早々に闘争を図ろうとした直後、――「アトリ、危ない!!」――セレナの叫び声に反射的に振り向くと、ナイフを持ったひったくりの男がアトリに斬りかかろうとしていた。

 

やばい!!

 

咄嗟にバックステップしてやり過ごすも、バランスを崩し倒れ込む。

 

「ガキが……! ぶっ殺してやる!」

 

アトリに殴られ血まみれになった顔が醜く歪む。眼は血走っており、鼻息は荒い。

頭に血が上り、完全に理性が決壊していた。

ナイフを振り上げアトリを刺そうと肉薄する。咄嗟に腕を振り上げ、ガードしようとするが、間に合わない。

 

冗談じゃねえ! こんなところで――ッ!

 

迫りくる凶刃に、死を覚悟して目を固く閉じた。

が、いつまでたっても激痛はやってこない。

恐る恐る目を開けると、アトリとひったくり犯の間に割って入っていた男がいた。

ナイフを持った腕は闖入者の男に掴まれ、押しても引いてもビクともしない。

業火を思わせる赤い髪を逆立たせ、厳格さを表す顎鬚と合わさって獅子の様に見える。

身に着けている黒と基調としたファー付きのスーツは、所々アクセントとして赤があしらっており、非常にセンスがいい。

そして、彼の眼には不思議な輝きを宿していた。

炎のような男。

それが彼への第一印象であった。

 

「奪う側の人間か……。汚らわしい……ッ!」

 

赤い髪の男が吐き捨てた直後、ロコンが撃った炎がひったくり犯に直撃し、今度こそ彼は意識を失った。

 

 

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