指揮官とAK-12は誓約をしている特別な関係だ。
苦節(AK-12による引っ張り回し)や、苦難(AK-12の無茶ぶり)、歓び(AK-12が指揮官に課した無茶ぶりを乗り越える瞬間)を共にし、見事対等な関係となったのである。
様々な出来事(AK-12の一方的な興味による無理難題)を乗り越えた二人。
お互いの事を知り尽くした仲と言っても過言ではないが、不安と言うモノは出てきてしまうものだ。
その不安の持ち主は、なんとAK-12。
「ねぇ」
椅子に座してPCを操作する指揮官を、AK-12は彼の背後から椅子ごと包み込むように抱きしめる。
「なんだ」
表計算ソフトを表示するPCのディスプレイから目を離すことをしない指揮官。彼は、短くAK-12からの呼びかけに応える。
AK-12は閉じた視界の中で腕の中にある感触だけを頼りに指揮官の存在を確かめ、腕に込める力を強める。
彼を離さないように強める力とは対照的に、リラックスした声色で自分の中にある不安を口にする。
「あなたは、本気で嫌がってない?」
今口にした言葉こそが、AK-12が内包していた不安そのものだ。
AK-12の指揮官は素直ではない。先程の返事のように語気は強く、語調もよい方とは言わない。AK-12には普段から散々引っかき回されるからか、塩対応な事だって多い。
だからこそ、彼の反応を引き出すことにAK-12は興味を惹かれるとも言うのだが。
同時に、自分の気持ちはあまり口に出さない。AK-12の無茶ぶりやボケに対する突っ込みという意味では、気持ちを口に出しているが、自分自身の感情というものは驚くほど口にしてこないのだ。
なので、時折AK-12は不安になることがあるのだ。指揮官は『AK-12に付き合うことを本気で嫌がっている可能性があるんじゃないか』と。
口は悪いし、若干乱暴な所はあるが、根は正直で真面目で自分の気持ちを素直に口にしない彼は、AK-12の無茶ぶりに付き合うことに嫌気が差しているのではないか。
彼女は指揮官に深い信頼を置いているし、基地に居るどんな人間・人形よりもわかっては居るつもりだ。
しかし、足りないのだ。彼女の得意とする深度演算モードを用いて、彼の本心に近い『予測結果』を出しても、安心しきれないのだ。
その答えを求め、AK-12は指揮官に問いかける。
――何度も演算して、わかりきった答えが返ってくることを理解していても
「はぁ……」
指揮官は大きく一つため息をつく。
よく知った反応。AK-12がしょうもないことをするときや、若干呆れが混じったときに出す感情の内包された吐息。
この後に出る答えは、果たしてどんな答えか?
素直な彼の感情か、それとも――
指揮官はAK-12の左手を手に取って、
「余計な心配はするな」
指揮官は、AK-12の指に、自分が嵌めた指輪に向かって自分の唇を落としたのであった。
わかりきった素直じゃない言葉。けれど、確かにAK-12の問いかけに対する否定を込められた言葉。
それと同時に送られた、彼なりの『素直な』愛情表現。
AK-12は予想していた答えと、予想通りじゃない対応。
一瞬だけ感情の処理が追いつかずに呆けてしまったが、処理限界を迎える寸前で瞼を持ち上げて深度演算モードを発動し、『いつものからかいモード』の自分に変わる。
「ねぇ、今どんな顔してるの?」
残念ながらAK-12は背後から抱きついているので、指揮官の表情は窺い知ることは出来ない。
だから、少しでも、一端でもいいから指揮官の表情を知るために、彼の側頭部に顔を寄せる。
「う、うるさいっ!」
指揮官は動揺しながらも、AK-12が寄せた方向とは逆に顔を背ける。彼女に自分の表情を知られないために。
けど、無駄だ。今彼がどんな表情をしているか予測を立てる材料は沢山ある。
腕の中で高くなる体温、口づけしてからも彼女の左手を離さない彼の手、吹き出した汗。
予測だけでもわかるが、敢えてその表情を見たい。
だから、
「あはっ」
AK-12は深度演算モードの処理能力を遺憾なく発揮し指揮官の操作を映しているディスプレイのコントロールを奪取。そのまま、ただ一つだけ命令を送信する。
――今すぐ電源を落とせ
「おまっ!!」
真っ黒になったディスプレイ。そこに映されたのは、顔を赤くし、気恥ずかしさで瞳の潤いを増した男と、瞳孔が出っ張った特徴的な瞳をした女性が背後から巻きつく絵面。
わかっていた。AK-12の質問に対して、どんな答えを与えてくれるか、答えを言った後にどんな顔をしていたかも。
だが、実際に出された答えは、AK-12の予想通りながらも予想外の答えも同時に内包していて、どこまでもAK-12の探究心をそそられる。
それと同時にAK-12がモチーフとしている動物の持つ、狙いを定めた獲物に対する執着心も。
「んふふっ」
AK-12が小さく鼻歌を奏でながら、一度指揮官から身を離し、椅子を回転させて自分と向き合わせる形にする。
今の表情がバレ、向き合う形にされてなお羞恥に震えながら顔を逸らそうとする指揮官。
そんな可愛らしいことをされては、彼女の執着心は更に燃え上がらせるというもの。
AK-12は指揮官の顔を両手で包み込み、自分から離させないように追い詰める。
「な、なんだよ!?」
語気こそ強いが、決して抵抗はしない。その態度もまた、『AK-12のすることを嫌ってない』という証拠に他ならない。
追い詰められてもいつもの自分を崩さない指揮官。そんな彼に小動物の威嚇行動を見たときのような愛らしさを覚えるのは仕方の無い事だろう。
「ダメよ指揮官。そんなカワイイ表情を見せたら、悪いオオカミに食べられちゃうかもよ?」
口元を緩め、余裕綽々とばかりに指揮官を見据えるAK-12。
指揮官は、何かを言い返そうと一瞬だけ口を開いたが、瞬時に口を引き絞る。
このまま何かを言ってしまったら、AK-12の思うつぼだと思ったのだろう。
けれど、無駄だ。指揮官が彼女の思うつぼになろうとなかろうと、彼女は指揮官の反応を全て楽しむモードになっている。
そんなことは指揮官もわかりきってる。だから、
「……そんなタチの悪いオオカミ、オマエだけで十分だ」
最後の抵抗として、AK-12をまっすぐに見据え素直な言葉で空気を震わせた。
予想外の反応と言葉。AK-12の予測では、目を逸らしながらいつものように突っ込みを入れてくれるかと思いた。
実際に出てきたのは、素直な態度と誠実な彼の言葉。
ああ、この指揮官はわかっているのだろうか?
素直じゃないのに素直な所が、どこまでもAK-12の興味を惹いて離さないことに。
「ふふっ、そう。じゃあ、悪いオオカミの恐ろしさを教えてあげなくちゃね」
「なんでそうなる!?」
今の突っ込みは否定でないことは散々集めたデータからわかっている。確認しなくても確信している。
彼の本心からの反応は、データを集めても集めても足りない。そこにAK-12の興味は深く深く惹かれて離さず、時折現わしてくれる本心がAK-12のメンタルを奪ってやまない。
そこに彼は気づいているのだろう?否、気づくことはないだろうし、彼女としても気づいて欲しくないものである。
さて、質問に応えてくれたからには返事をするべきだろう。目には目を、歯には歯を、愛には愛を。
AK-12は指揮官に顔を寄せる。彼女の射撃性能なら狙いを外すことは確実にない。
指揮官はAK-12の意図を察し、頬の赤みを強めながら瞳を閉じる。
ディスプレイに映る二つの影は一つとなり、AK-12は今用意できる最大の報酬を与え、指揮官は最大級の報酬を半ば強引に受け取らされるのであった。