なんの変哲も無い夕方にさしかかる時間帯。 指揮官は新しく淹れたコーヒーとお気に入りの塩味のポテトチップスをテーブルに置き、休憩に入っていた。 一日中フル稼働する頭脳にご褒美としての糖質をあげ、まだまだ頑張ろうと励ますように砂糖たっぷりのコーヒーを飲み込む。 誰にも邪魔されず、ほっと一息をつく。優雅で物静かな午後の休憩時間、 「ふー!」 「うー!」 の筈であったのだが、何やら物騒な声が指揮官のすぐ傍に。 一方は、最近指揮官が拾ってきた黒毛の猫。もっとも、拾ってきたとは言ったが、救護室に迷い込んできた黒猫を基地の皆で飼うことにしただけではある。 では、相手は誰か?猫か?犬か?それともフェレットか? この猫と唸りを上げ合っている片方のが問題なのだ。 まず、相手は生物では無い。何を隠そうこの基地に居る人形だ。 人形まではわかった。人形にもIDWのような動物をベースに組み込んでいるモデルがいるのだ。彼女たちのベースにある野生が、猫に敵対心を剥いてのだろう。 残念ながらそうでは無かった。 確かにその人形は、動物をベースとしている。しかし、IDWやMk23の様にネコ耳や尻尾を着けたりして、目に見えるようなベースにはなっていない。 どちらかというモチーフだ。その人形のモチーフは狼。動物の中でも無尽蔵の体力を持ち、狩りをするときは獲物を一日中同じペースで走って追い回すそうだ。 剛脚で執念深く、人間の間でも人気が高い狼という生物をモチーフにした人形とはいったい誰か? それは―― 「シャー!!!」 「ふぅうー!」 自分の脛までしか高さの無い生物に大人げなく(?)唸る人形とは、戦術人形の第三世代機として数多から期待が寄せられているAK-12であった。 いつもは閉じている瞼を大きく開き、毛を逆立てて威嚇する黒猫と対峙するAK-12。 そんな一人と一匹の決着の行方に指揮官は――全くもって興味など無かった。 「コーヒーうめぇ」 このように。のんきに自分の淹れた砂糖多めのコーヒーに舌鼓を打っていて、全く興味なし。 それも、仕方の無い事だろう。AK-12は探究心が強い。戦術人形の中でも格段に強い。 「クルルル!!!!」 「ううぅぅー!!」 それ故に、自分の興味を探求するために、指揮官と彼女の相棒的存在であるAN-94を散々に振り回してくるのだ。 あるときは唐突な興味で口づけされることを要求され、あるときはでたらめな占い結果で自分は運命の相手だと嘯いて来たり、指揮官がとっておいた限定品のプリンを勝手に食べたり。 AK-12に関わるといい目に合わないのは指揮官はよく知っているのである。 なので、指揮官は介入しない。やぶ蛇どころか、草むらからドラゴンでも出現するレベルのやっかいごとに巻き込まれるからだ。 「ポテチうめぇ」 指揮官は見ないことを選んだ。ポテチを掴む手と、サクッと爽快に砕ける食感と思わず次の一口を求めてしまうしょっぱさを感じ取ってくれる口内に意識の殆どを向ける。 「しゃあああ!!!!」 「うみゃー!!!!」 猫とAK-12の咆吼が一段と音量を増したが指揮官は気にしないようにする。 にらみ合い状態の二人の決着に少しだけ興味はある。だから、聴覚だけで動向を伺ってはいる。 けど、それだけだ。否、それだけにしないと自分に火の粉が降りかかるのである。 他の意識を割かないように指揮官は近くにあった『健康診断の結果』と題が書かれた封筒を破り、中から紙を取り出し、読みふける。 近頃は食事を気にせず、好きなモノを好きなように食べたり、AK-12にバランスを考えないメニューを要求されたせいか、 「血糖値やべぇ……」 肥満や心電図、CTの結果などは問題なしだったが、血糖値の項目だけは『改善の余地有り』と書かれていた。食生活を改めるべきか、そんなことを考えながら指揮官はまたポテチをかじる。 「ふうぅぅ……」 「……ふっ」 指揮官が健康診断の結果に一喜一憂している間に冷戦の決着がついたらしい。 AK-12は鼻を鳴らしながら瞼を閉じると、猫を抱き上げ指揮官の目の前にやってきていた。 指揮官はちらりとAK-12の様子を伺う。彼女の頬は持ち上がっていた。もう何度と拝んだ彼女の自信に溢れた顔がそこにある。 牽制の唸りを聞いていただけの指揮官にはよくわからないが、黒猫とAK-12の間には想像を絶する読みあいが合ったに違いない。実力行使に移るまでも無く、牽制で互いの力量をぶつける高度な戦いが。 何故なら彼女の浮かべる笑顔は、作戦でMVPをとったときのものと同種であったからだ。 つまりは勝ったのだろう。流れる血が一滴も無い勝利、指揮官も見習いたいモノである。 AK-12は口を開く。勝つことが当たり前と言わんばかりの表情を携え、指揮官の想像通りの結果を伝え 「負けたわ」 「負けたのにその顔はなんだ!!」 意外や意外、彼女の申告に寄れば、今の勝負は彼女の負けであったらしい。 「勝負は最後までわからないものよ」 「やかましいわ!」 全くもって彼女の言うとおりなのだが、納得がいかないので指揮官は思わず突っ込んでしまった。 「にゃっ!」 AK-12の勝者となった猫は元気よく一声を上げる。その威勢の良さから察するに、AK-12に勝ったというのは本当だろう。 「勝者には報酬を与えないとね。今日は特別よ」 AK-12は気落ちしに眉根を垂らしながら、勝者に報酬を与える。 その報酬とは――指揮官の膝の上だった。 「……はっ?」 どうやら指揮官のあずかり知らないところで、指揮官の膝上をかけて猫とAK-12は争っていたらしい。 確かにAK-12にとって指揮官の膝の上はお気に入りスポットだ。 気がついたらAK-12が自分の膝の上に寝っ転がりはじめ、動けなくなったと言うのはよくあることで、そのまま髪を撫でたり、ほっぺたを突いたりして勝手に膝の上に寝っ転がった事に反抗したり。 そう言った光景は、割と見られるとは、AN-94の談。 まさか、自分の膝の上が勝者への報酬となっていたなんて、指揮官は知らなかった。 「勝利者への報酬よ。言ったでしょ?」 指揮官は瞬時にここ数分の記憶に原因が無いか走査を始める。 コーヒーを淹れるために別室に行って戻ってきた時に、黒猫とAK-12がいがみ合っていたのは覚えている。 突然始まった争いの兆しに、『これはかからない方がいいやつだ』と自分は関わらないようにしていたのが仇になったようだ。 彼が耳の意識を猫とAK-12に向けたのも、つい先程からだ。AK-12が何かを言っていたとしても、そもそも否定も肯定もしてなかった可能性がある。 いつの時代も、沈黙とは肯定。勝手に勝利者への報奨がきまっていたのである。 争いの原因を知っていれば、もしかしたら二人の争いを止められたか、別の要求が指揮官からも出来たかも知れない。 つまり、 「何も知らなかったあなたが悪いのよ」 「納得出来ん!」 「ほら、勝者を労いなさいな。撫でてあげて」 「あっ、はい」 納得は出来ないが、膝の上で丸まった猫を追い払うわけにも行かない。AK-12に促されるまま基地の皆に手入れをされたふわふわと温かい毛を撫でると、猫は気に入ったようで脱力して身体を預けてきた。 「さて、負けた私は残念賞を頂こうかしら」 指揮官が猫を撫でるのに夢中になっているうちにAK-12は残念賞を受け取りにくる。 AK-12は指揮官の左隣に座ると、彼の左肩に頭を預け寄りかかってきたのだ。 「ちょっ」 「ポテチ、私にもちょうだい」 急にのしかかったAK-12は指揮官に抗議を口に出させる前に、新たな要求を伝える。 「は、はぁ?」 完全に出鼻をくじかれた指揮官。彼が狼狽えているうちに、AK-12は彼の左手の手の甲を包むように掴み、ポテチの入った袋の前に持って行く。 「食べさせて」 「……はぁ」 AK-12の有無を言わさぬ一連の要求に対して自分の反論や意見は届くことが無いと諦めた指揮官。彼は猫の身体を右手の指先で擦るように撫でながら、AK-12に促されたようにポテチを摘まみ、彼女の口の前に持ってきた。 「あむ」 一口でポテトチップスを頬張るAK-12。指揮官の指先が彼女の瑞々しい唇に当たったのは、勿論彼女の距離計算が完璧であるがため。 彼女に手ずから食べさせる時は、必ずわざと指先を唇に当てるように仕向けてくる。彼女の唇の柔らかさは指揮官がよく知っているが、その度に脈拍が上がってしまうのは何故なのだろうか? 「美味しいわ」 口元を持ち上げて表情を作る彼女。顔立ちが整った絶世の美女を至近距離で受け止めることは、褒美か或いは目に毒か。 彼女の連撃に気圧され口を一文字に結んだままの指揮官。彼女は彼の手についたポテチと油を持参していたハンカチで拭い取ると、今度は自分の頭に持ってきた。 「んっ」 AK-12は指揮官の手に頭を押しつけるように微かに顔を動かす。撫でろと言うサインなのは、指揮官も自ずと理解出来た。 このまま拒否しようとしても、何度も頭に手を戻されるのはよく理解している。 だから、抵抗はせずに彼女の額から纏めあげられた髪付け根に向かって撫で上げる。 自分の指を彼女の頭皮に押しつけるように撫でると、よく手入れされ指通りのいい彼女の髪が音を立て、指揮官の指を包み込む。 「みぃ~」 指揮官の膝上の猫が気持ちよさそうに声を上げる。 「にゃー」 それに対抗してか、AK-12は目尻を緩めながらねこなで声を上げる。 自分の事を敗者と称しながらも、指揮官の肩に頭を預けることを楽しんでいるとしか思えないAK-12。 「オマエ、本当にまけたのかよ……」 「負けよ。完膚なきまでの。でも、勝負に勝つだけが全てじゃ無い。負けて学べることだってあるはずだし」 「オマエがそんなこと言うとは思わなかったよ」 「さぁ?誰かさんの影響かもね」 AK-12は僅かに瞼を持ち上げ、指揮官の肩の上から見える景色を瞳に映すと、何処か勝ち誇ったように鼻を鳴らす。 これは、負けたと言うよりは、勝ちを譲ったのでは無いのだろうか?指揮官の肩に顔を乗っけてみたいという彼女の興味を満たすために。 そんな彼女を言い負かすことを諦めた指揮官は、膝で丸々猫と肩にほっぺたを押しつけてご満悦な大きな白猫を撫で上げる。 二匹の猫の毛の手触りの違いを楽しみ、指揮官は満たされてゆくのであった。
オマケ
AK-12「そう言えば、人間は猫を吸って気分を高揚させるらしいわね」
指「らしいな」
12「でも、今あなたの膝の上にいる猫はそんなことやらしてくれそうにないわ」
指「別にしなくてもいいんだが
」
12「吸ってみる?」
指「……」クンクン
12「どう?」
指「うーむ……ポテチ臭い」
12「うん?」
指「ポテチ食べた手で頭を撫でさせたからだろ」
12「………」ペチ
指「あいた!」
完