朝方の出撃やそのための準備が終わり、後方支援へと回った人形達の第一団が基地へと帰還した昼頃。
昼食を終えた指揮官はタブレットを片手にソファで寛いでいた。
とは言っても完全にリラックスが出来る休憩時間というわけでは無い。
その証拠に彼のタブレットは、昼休憩を終えた後のスケジュール、編成のオーダー票、プレゼン用の資料等、様々なタブが開かれ彼の真剣な眼差しが行き来する。
リラックスしているのは彼の心や気持ちというよりも、午前中に端から端まで歩いて回った彼の健脚と言ったところか。
しかし、脚の休憩時間も実は多くなかった。それは、彼の腿に侵略者が現れたからだ。
侵略者は指揮官と共に昼食を食べ終え、共にソファに座るや否や、彼の空いていた右手をいじり回し、唐突に雪のカーテンを敷き筋肉で硬質な彼の腿の上に着地したのだ。
「~~♪」
指揮官の腿の侵略者、その名前はAK-12。彼の基地に置いて一番長く指揮官の傍に居ると言っても過言ではない最新鋭機だ。
彼女は深度演算モードという高度な情報処理モジュールを搭載している。戦場にてあらゆる可能性を即座に計算し、行動を最適化するのだ。
そのモジュールを持ち得て居るからか、彼女はあらゆる事象――特に今は人間に対しての興味関心が強い。
本日の興味の対象は指揮官の手らしい。両手で指揮官の右手を包んだと思ったら自分の指で押したり、指先で撫でたりして感覚を楽しんでいるよう。
何故彼女が指揮官の腿の上に寝っ転がっているのか?それは、指揮官の太腿の弾性を確かめるためであろう。
AK-12は彼女と同じ最新鋭機であるAN-94が畏敬を持って接する偉大な戦術人形だ。きっと、甘えるという様な意図は存在しないことであろう。
AK-12は玩具で遊ぶ子供のように指揮官の右手に夢中になっている。
動物がマーキングする様に自分の頬に寄せて押しつけてみる。指揮官の手にはAK-12のもっちりとした頬の感触が、彼女の頬には手のひらが持つ微かな弾力が伝わる。
「んふふっ」
弾力が気に入ったのか、AK-12は自分のほっぺたを手にスリスリと擦りつけている。
「ふっ」
そんな小動物のような仕草をするAK-12に感化された様で、指揮官も思わず笑みを零してしまった。
次にAK-12は指揮官の手を頭に移す。すると指揮官の手は当たり前というように、AK-12が指示せずとも彼女の頭の形を確かめるようにゆっくりとなで始めた。
「あら?サービスがいいわね」
「お得意様に提供する商品位、ちゃんと覚えてんぞ」
これはある種の条件反射のようなものだ。AK-12が指揮官の手をとって頭を撫でてみるよう言ってきたことは何度もある。
彼が考えるより先に、身体が動いてしまっているのだ。AK-12の軽口に反論などせずに返せる位には、反復動作として身体が覚えてしまっている。
彼女の髪は指通りがよい。しゃらしゃらと音を立てて、ふんわりと指先を迎え入れてくれる。
指揮官は口にこそ出さないが、ずっと撫でても飽きが来ないだろうと密かに感じていた。
「ん~」
AK-12が気の抜けた声を上げる。それは頭を撫でられる行為に力が抜けてしまったのか、或いはリラックスモードに入ったのか。
なんとなくその意味を確かめたくなって、指揮官はちらりとAK-12に視線を移す。
しかし、AK-12は瞳を閉じているため、上手く感情を読み取ることが出来ない。
だが、その程度、AK-12の事を熟知した指揮官にとって大きな障害とならないのだ。
目を見ることが出来ないなら、口元と眉で判断すればいい。
その二点を中止すると、AK-12の口元と眉尻はだらしなく垂れ下がっている。
疑う余地などないだろう。AK-12は頭を撫でられてご満悦のようだ。
と、簡単に語ったが、彼女と親しくない者にとっては貼り付けたような笑顔にしか見えないことだろう。
指揮官はAK-12の感情を見破る術を自ずと得ていたのだが、残念ながら彼にその自覚は無い。彼はきっとこう言うだろう、『AK-12の表情くらい見ればわかるだろう』と。
くつろぎモードの彼女の顔を一度瞼に閉じ込めると、指揮官は小さく口端を緩めてタブレットに視線を戻す。彼女の頭を撫でる手は止めることはせずに。
そのまま気の抜けた声をあげながら頭を撫でられたりまた指揮官の手を弄り始めた、AK-12に指揮官はふと問いかけた。
「オレの手なんか弄って楽しいか?」
「面白いわ」
楽しいのか?と聞かれてAK-12は面白いと少しずれた答えを即座に返す。
「面白い?」
人の手を面白いと答えるのは指揮官の感覚では占い師くらいな物だ。
彼女の真意が気になり、思わずオウム返しで指揮官は応答する。
「人間の手の持つ弾力、あなたの骨格」
人差し指で指揮官の手の輪郭をなぞるAK-12。
手の付け根から親指をなぞると指と指の間を通って人差し指から小指へと。じんわりとしたこそばゆい感覚に指揮官の口元が引き絞られる。
そんな指揮官が面白かったようで彼女はくつくつと喉を鳴らす。
なるほど、確かに人工皮膚と生身の皮膚は違う。骨格も人それぞれ変わってくる。面白いという感想も納得は出来る。
けれど、それだけでは無いようで、AK-12の唇は再び持ち上がる。
「それと、あなたの体温」
「体温?」
意外な答えに、指揮官は思わず聞き返してしまう。
AK-12は自分の回答の真意を伝えるため、自分のグローブを外し、彼の手と絡み合うように繋ぎ合う。
「どう?」
「どうって」
どうやら答えはAK-12の手のひらにあるらしい。彼女は小首を傾げながら指揮官に尋ねる。
だから、指揮官は答えを探す。今、彼女から与えられたヒントを元に。
彼女が面白いと言ったのは体温だ。ならば、それに関係するはず。
ヒントから得られた簡単な論理を展開し、指揮官は重ね合わされたAK-12の手を握りしめ、彼女の手を感じ取る。
その答えは、大した迷いも無くあっさりと出た。
「……オマエの手はそんなに温かくないな」
深く感じ取ったAK-12の手は指揮官と比べて低く、コンクリートで出来た無機質な冷たさを放っていたのだ。
「そう。私達、戦術人形は精密機械。だから、熱というのは一番の敵よ」
よくよく考えてみれば簡単な話だ。彼女たちは長年の人類の努力と叡智をかけて作られた機械。
指揮官が持っているタブレットも処理の過多によって放熱し、冷却が間に合わなくなってしまえパフォーマンスが落ち、処理は止まる。
戦術人形の内部処理はタブレットの数倍、数十倍、更には数百倍必要だろう。各種センサーの処理に、バランスを保つための計算、自己メンテナンスのための走査に、即座の判断。思い浮かんでも書き切れない量の処理を同時にこなすのだ。
その全てをこなしながら最適なパフォーマンスを常に実現する為には、彼女たちの頭脳と各部を常に冷やし、最速で信号を伝達する必要がある。
この時代に置いても、熱というのは機器にとって最大の敵であり課題だ。
その結果が、彼女の手の冷たさなのだろう。
単純な答えだ。皮膚や骨格は人工のもので似せられても、人間の様な温かいと感じ取れる体温は彼女達には持ち得ないのだろう。
「本で人の手の温もりと言うのは強調されるから気になってたのよ。悪くないものね」
握り合った手に力を込めながらAK-12は小さく頬を持ち上げる。
その笑みは、体温を持つことが出来ない自分への自嘲が何処か込められている様に感じた。
らしくない彼女に指揮官は思わず口にしてしまった。
「悪くないと思うぞ。オマエの手」
「…え?」
予想してない答えだったのか、AK-12は瞼を持ち上げ彼女の独特な瞳を露わにした。
「ひんやりして気持ちいし」
「…ふふっ」
しかしながら、指揮官から出た答えは、あまりにもありきたりで凡庸で陳腐な言葉。
その答えに、AK-12は失望――することなく、素直に好意を伝えてくれない彼らしすぎて、それが微笑ましく思わず微笑んでしまった。
「他には無いの?」
「ほ、他!?」
彼の答えはその場しのぎの嘘で無い事はよくわかっている。彼は――素直ではないが正直者なのだ。
そんなんだからからかいたくなることに指揮官は気づいているだろうか?
いいや、気づいてないし、そもそもAK-12も教えるつもりもない。
「ち、小さいところ」
「他は?」
「柔らかいところ」
「えっち」
「何処がだ!」
まさかのAK-12からの返答に指揮官は必死に否定する。
正直だが素直じゃ無いのはAK-12だって同じなのだ。
でも、そこを理解しているからAK-12は彼に興味が惹かれてしまうのだろう。
正直ではあるが、素直ではない彼の表情を弄りたくて、いつか素直な、心からの言葉を引き出したくて。
自分を振り回す存在であるAK-12に指揮官は『悪く』は思っていない。
その証は今示すことが出来る。
「あなたには手に興奮してしまう性癖があったなんて」
「そこまで特殊な性癖は持ち合わせてないわ!」
指揮官はAK-12に弄られ初めて語気こそ強くなっているが、彼女と繋ぎ合った手を離そうとしない。
そんな意地らしいところがなんとも彼らしい。AK-12は指揮官を弄り倒しながら、愉快そうに頬を緩める。
――確かに『体温』と言うモノは持ち合わせない。ならば、共有してしまえばいい。
その結論に至ったAK-12は、指揮官のことをからかいつつも彼の手を握りしめ、彼の持つ温かさを自分の手の中に移していった。