AK-12との何気ない日常   作:なぁのいも

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書き方忘れたけどたぶんこれでいいはず!!!!!


ナイトハウルを抱いて

 普段の勤務地であり、第二の故郷とも言えるグリフィン基地を離れ、グリーンエリアにあるホテルのベッドに腰掛ける指揮官。

 

 暫く彼はグリフィンの基地や前線基地からの指揮ではなく、『お得意様』への挨拶と営業に回っているのだ。

 

 その経緯は単純な理由である。

 

 主要な敵である鉄血達が大きな動きを見せず、あるのは警戒区域での小競り合いのみ。

 

 鉄血のエリート機体も長い間姿を現さず、かと言って奇襲を仕掛ける様子も兆候も見て取れない。

 

 現在基地で捕虜という名のお客様扱いの某建築士に『この先なんか作戦あるのか?』と聞いても、『わっかんない!』と笑顔で返される始末。

 

 そんなにらみ合いの状況が長い間続いているわけだ。

 

 世間から見た言い方をすれば『平和』、指揮官たち企業から見れば『暇』。

 

 担当区域の治安維持を考えれば嬉しい状況ではあるのだが、平和すぎるのはPMCとしては死活問題だ。

 

 何が言いたいのか、いい加減指揮官に語ってもらおう。

 

「稼ぎが少なくなってきたから新たな食い扶持を探せ、か」

 

 そう新しい『食い扶持』、企業や政府から依頼される案件を待つ受動的な姿勢ではなく能動的に自分から持ってきて欲しい、と上司から仕事を任されたわけだ。

 

 グリフィンの業務は鉄血の駆逐だけではない。警護や担当地区の治安維持だってメインの仕事だ。

 

 しかし、戦闘の激化したことによるI.O.Pや国家からの鉄血駆逐の支援の名目で資金の援助や報奨を受け取り一番の稼ぎ頭となっていた。

 

 にらみ合い状態の今では上記の資金調達が安定せず売り上げは下降気味。

 

 経営陣は鉄血の駆逐だけではなく、別の事業にも再び手を付けようと画策し、そのための営業マンに社長のお気に入りで『お得意様』に顔が広まっている指揮官も駆り出されたわけだ。

 

「はぁ~、久しぶりに作り笑いをずっと浮かべるのは疲れるなぁ……」

 

 手に持った企業リストを眺めつつ右手の親指と人差し指で口周りの筋肉を伸ばす指揮官。

 

 普段はあまり愛想がなくぶっきらぼうさが目立つ彼だが、『お得意様』の前ではその面を抑え微笑みで対応する紳士を演じている。

 

 その姿をとある銀髪ポニーテールで常に目を瞑った人形が目にしたときは『変ね』とふっと息を漏らすように笑われたが、愛想というのは公正な交渉や取引において重要な要素なので仕方がないことなのだ。

 

 因みにその人形には指揮官直々に手刀を額に食らわせて折檻した。真面目な姿を笑われたら誰だって怒るだろうから仕方ない。

 

 いい加減話を戻そう。

 

 指揮官はグリーンゾーンの繁華街や商業区に赴き、『お得意様』相手に営業をしていたわけだ。

 

 彼は手に持ったリストの訪問した企業とチェックが一致するかを確認し、一つ大きな息をついた。

 

「これ、締め切り通りに終わるか?」

 

 企業の訪問も一筋縄ではいかない。事前にアポを取っていても待ち合わせに遅れて来られるのも、話し込んで時間が押されてしまうのもよくわかっている。

 

 仕方のない要因でいくつか当初のスケジュールを超過してしまい、企業回りをしているうちにいつの間にか夜空を望める時間帯になってしまった。

 

 企業リストはチェックがついている企業よりついてない企業のほうが多い。

 

 指揮官が今回任された仕事は短期の出張のようなものであり、指揮官のホテルも予め確保されたものだ。

 

 ホテルの内装は一人で使うには大きいダブルサイズのベッドと簡単な作業ならできそうな机に壁掛け式のTV。

 

 ベッドの反発は悪くなく疲れた下半身を優しく包み込む。

 

 指揮官が想像していたよりホテルの品質は悪くない。寝床には気を使ってくれたのだろうか?

 

 ベッドの感覚を楽しむように下半身を小さく跳ねさせながら、はチラリとベッドの傍らにある荷物群を見る。

 

 必需品にキャリーケース、営業に使う鞄、それとホテルに居ないうちに置かれていたグリフィンからの物資が入った大きなボストンバック。

 

 そのバックを見て指揮官はごちる。

 

「……仕事を追加するからこれで凌げと?」

 

 バッグの中身はまだ確認していないが、このバッグが罠でないことは確かだ。各種手続きを追い、グリフィンに問い合わせた見た結果、正式なグリフィンからの贈り物だったわけだ。

 

 だから、少しばから恐怖もあるのだ。自分に何を与えられたかが。

 

 指揮官を心配した後方幕僚や上司からの生活必需品などの支援かもしれないし、武器がみっちり入っていて鉄血の秘密基地をつぶしてこいという品かもしれないし、仕事の指示書が大量に入っているかもしれない。

 

「悩んでいても仕方ない……か」

 

 いつまでも悩むこと、見なかった振りはできない。

 

 支援物資ならありがたく頂き、仕事だったら諦めてこなすだけ。

 

 指揮官がファスナーに手をかけようとしたその時、ドアがコンコンとノックされ指揮官の優先順位が瞬時に書き換わった。

 

「……はーい」

 

 指揮官は小さく一呼吸し、疲れた体から絞り出した元気を出来るだけ声に乗せる。

 

 こんな時間に来るとしたらホテルの関係者だろうか?

 

「すいません。グリフィンの方の居るお部屋で合っていますか?」

 

 が、指揮官が簡単に立てた予測は外れた。

 

 ドア越しに聞こえてくるのは、透き通るような女性の声。

 

「…どなたでしょうか?」

 

 きわめて柔和に――しかし、警戒してることは隠すようにして、問いかける。

 

 ホテルの関係者ならこちらの素性はある程度分かっている、或いは伺う必要はまずない。

 

 だが、ドアの前にいる人物は指揮官の素性を知っている相手で、態々確認までしようとしている。

 

 警戒心が湧いても仕方のないことだろう。

 

「すいません。我が社のモノが待ち合わせに大幅に遅れてしまったようでそのお詫びを……」

「お詫び……?」

「はい。我が社の不手際のお詫びをさせて貰いたく……」

 

 気の弱そうなおびえたような女性の声色。女性からは確かに謝意のような感情を読み取れはする。

 

 確かに待ち合わせに遅れてきた企業は幾らかあった。ただ、こちらも急にアポをとった関係上仕方のないことだと指揮官は割り切って考えていたのだ。

 

 だから、お詫びが来る想定は全く出来てなかった。それも夜更けに。わざわざホテルに出向いて来てまで。

 

「……どういったお詫びで」

「うぅ、すいません、それは……」

 

 そうは問いかけたが指揮官にはある程度予測がついていた。

 

 夜更け、『お得意様』からのお詫び、ドアの前で躊躇する女性。

 

 お詫びに来ることは確かに予測してはいなかった。

 

 しかし、この夜中で、わざわざホテルに赴いてまでするお詫びに女性を宛がわれたとなったら、『お詫び』がなんなのか察してしまうというもの。

 

 つまりは――夜伽の相手を宛がった。『お詫び』と言うよりも『ハニートラップ』という方が正しいだろう。

 

「あのごめんなさい…。お部屋に入れてくださいますか?」

 

 女性が促してきて我に返り、指揮官は大きく息をつく。

 

 今は悠長に判断をしている時間は無さそうだ。

 

 指揮官は背筋を手のひらで伸ばしながら立ち上がる。

 

 ――ただし、警戒だけは決して緩めず、スラックスの後部に愛用の拳銃をねじ込みながら。 

 

 ドアノブに手を掛け、口元を持ち上げて笑みを作る指揮官。

 

「お待たせしました」

 

 日中の疲れを感じさせない弾むような抑揚のある声で、客人を出迎える。

 

「ありがとうございます」

 

 指揮官の出迎えに清廉な声色で礼を述べる。

 

 彼が最初に得られた情報は鼻腔をくすぐる疲れた体に安らぎを与えてくれる石鹸のボディミスト。そこから得られる癒しが指揮官の気に緩みを生み出してしまうが、心の中でかぶりを振って緩みを振り払う。

 

 瞬時に警戒心を取り戻すと眼下に銀色の艶やかな光沢が広がっていて思わず息を飲んでしまう。

 

 ――まだだ。まだ気を緩めるな

 

 視線を降ろすたびに光沢は一つ一つがか細く丁寧に手入れされた見事な銀の頭髪であることに気が付いた。

 

「面会に感謝します」

 

 先ほどまでの相手の起源を伺うような覇気のない声色ではなく、抑揚がって聞き取りやすく自信を持ったものに変わっている。

 

「私」

 

 女性の声に謎の安心感と懐かしさのようなものを覚える自分に内心困惑しつつも、指揮官は視線を落として相手と目を合わせようとする。

 

 まず映ったのは黒を基調とした上下のスーツと派手な深紅のワイシャツ。

 

「ハウンドウルフ株式会社から」

 

 そして、汗一つ滲まず皺のない頬。

 

「やってきた」

 

 特徴的な閉じられた瞼と、ムダ毛一つ存在しない頬と鼻先。

 

「渉外を任されております」

 

うっすらと桃色のルージュが引かれた艶やかな唇がその名を口にする。

 

「ル――」

 

 ――前に部屋のドアと心のドアを同時に、指揮官は強い勢いで閉めたのであった。

 

「どうしましたか!?」

 

 ドアの向こうから女性のあわただしい心配するような声と勢いよく叩く音が響くが、指揮官はドアを自分の背と体全てを使って抑え込む。

 

 ――いや、あいつがここにいる筈がない。

 

 背筋に冷や汗が流れる。指揮官が一瞬だけ目にした容貌、それは彼にとって余りにも見慣れたものだったから。

 

「ど、どうしましたか!?」

 

 ドア越しに聞こえる女性の慌てたような上ずった声色。

 

 そうなるのも仕方ないだろう。何せ一度はドアを開けた相手がすぐさま締めてしまったのだから。

 

 指揮官は背中をドアに預けつつ、額から滴り落ちてきた汗を袖で拭い状況の整理に取りかかる。

 

 最初から、『彼女(ヤツ)』が関わりそうな事柄を最初から整理し始める。

 

 出張することは『彼女(ヤツ)』には伝えたか?絶対護衛として同行すると宣って碌なことが起こらないのは目に見えていたので教えたのは直前だ。

 

 出張することは誰か直前に知っていたか?カリーナと彼の直属の上司である上級代行官しか知らないはず。詳細は『彼女(ヤツ)』には教えなかった。

 

 出張中になにか問題はあったか?特に問題なく得意先に営業が出来てた。尾行されている気配も全くと言ってなかった。

 

 次で最後の洗い出しだ。

 

 今日一日、『彼女(ヤツ)』の気配を感じることはあったか?全く無かった。

 

 整理は終了した。どう考えても指揮官が気にかけるべき者の痕跡は無かった筈。

 

 『彼女(ヤツ)』の性質から考えてもこれは時間稼ぎにしかならず、少なく見積もって明日中には追い付かれてしまう可能性はあったが、明日は途中で別の都市に移動するので入れ違いになって午後には嫌でも合流することになるのは読めていた。

 

 少なくとも今日はお一人様での気ままな出張ライフを謳歌出来ている、その算段であった。

 

「す、すいませーん!」

 

 それが今まさに崩れようとしている。

 

 よく耳を澄まし、記憶の中にある音声と照合してみると、壁一枚隔てて聞こえる音声はよく似通っている。

 

 戦術人形ではないので音声がどれくらい一致しているか正確には測れないが、指揮官の勘ではほぼほぼ一致していると結果を出した。

 

 ――ありえない。少なくとも今日一日は!!!

 

 無意識に生唾を飲み込む指揮官。

 

 上品で整った見た目に反して意外と可愛らしい声。

 

 『彼女(ヤツ)』の特徴がドア越しにいた女性と重なる。

 

 確かに人形の容姿とそっくりな人間、その逆もまれにいる。

 

 そんな奇跡がたまたま今起こっただけなのか?

 

 その可能性を指揮官は自分で否定する。

 

 『彼女(ヤツ)』は不可能を可能にする能力がある。

 

 どんな危機的な状況でも活路を見出し、掴み取るのが『彼女(ヤツ)』だと、指揮官も信頼しているからだ。

 

 だからこそ、指揮官は自分の勘を疑いきれなかった。可能性を捨てきれなかった。

 

 今回の、それもこんな特に重要でもない局面で、不可能を可能にしに来た可能性を。

 

「大丈夫ですか!?なにかありましたか!?」

 

 扉の外からは自分のことを純粋に心配する可愛らしい声。

 

 もしかしたら、『彼女(ヤツ)』ではないのかもしれない。『彼女(ヤツ)』が自分に対してそう言った声を上げたことが無いから判断材料が少ない。

 

 自分の勘は正しいと訴えてくるが、仕事で疲れた身では確信までに至れない。

 

 だから、今は――

 

「あー……すいません。ちょっと立ち眩みが……」

 

「えっ……」

 

「すいません……。今日は疲れが溜まってまして……」

 

「それなら私が何かお手伝いを……」

 

「いや……いいです……。今日は…休ませてくれませんか……?」

 

 だから、その場しのぎの言葉と演技でここは退いてくれるように頼むことにした。

 

「そう……ですか……」

 

 自分の『仕事』を果たせなかったからか、或いは本心からの心配だったのか、女性はどこか落胆したような声を漏らした。

 

「後日会社の方には連絡を入れておきますから……」

 

「……ありがとうございます!」

 

 指揮官からの返事に女性は安心したように一息をつく。少しして扉越しに足音が聞こえ、段々とそれも遠ざかっていく。

 

「……はぁ」

 

 足音と気配から女性がこの場を立ち去ったと判断し、指揮官は大きく息を吐く。

 

 あの女性、一瞬だけ見た姿は、指揮官の副官であり、気の置けなすぎる相棒であり、動きまくるトラブルメーカーである『彼女』に似ていた。似すぎていた。あまりにも。

 

 それはただの見間違いなのか、それとも指揮官に仕事の疲れが溜まっていたが故に見えてしまった幻覚と幻聴であったのか?

 

 真偽はもう判断できないが、今はやっと得られた安息の時間を享受したいそれだけだった。

 

 ――さっきの人、ハウンドウルフ株式会社といっていた。その名前の会社って今日訪問したか?

 

 額に滴る汗を再び拭い、背筋を這う冷たい汗の不快感を感じながら踵を返すと、顎に手を置いて一日の記憶を振り返る。

 

 ――やっぱりそんな名前の会社は

 

 指揮官の脚が短い廊下を抜け、寝室に入った辺りで。

 

「酷いことするのね」

 

 室内から自分以外の誰かの声が指揮官の耳に飛びこんできたのだ。

 

 それと先ほどまでドア越しに聞こえていたそれと同質の声――けれどそれよりも気品と凛々しさを内包している……気がする。

 

 同時に今まで感じていなかった自分以外の気配を肌が感じ取る。

 

 が、その気配も声も、指揮官の警戒心を駆り立てるものではなく、寧ろ指揮官のそれに引っかからないのも納得するもの。

 

 それは、窓際に置かれたダブルベッドの上に足を組み、先ほどドアの前で一瞬だけみた女性と同じスーツ姿で優雅に座っていた。

 

 それは、オレンジの室内灯の中で優雅にもみ上げを指でくるくると巻いて弄っていた。

 

 それは、閉じられた瞳でこちらを見上げ、頬杖を突きつつもどこか不満そうにこちらを見上げていた。

 

「女の子が勇気を出して夜這いをしてきたのに」

 

 そんな、真意のわからない発言を繰り出し、指揮官の困惑具合を深めようとする存在は――

 

「なんでここに居んだよAK-12!?」

 

 AK-12。指揮官が独白ですらも名前を言うのも憚った、彼が最も深い信頼を置いている存在。

 

 いつも自分の興味に他人(主に指揮官とAN-94)を巻き込む問題児であるが不思議と憎めない存在。

 

 能力的には最新鋭の戦術人形の謳い文句に恥じることのない性能を持ち、指揮官の部下の中でも一番に頼りになると言っても過言ではない存在。

 

 そんな彼女が、今日は仕事についてきたら邪魔をしてくる予感しかしなかった彼女が、密室の中から現れたのだ。

 

 驚愕する指揮官に、AK-12は自慢げに鼻を鳴らす。

 

「何って、ちゃんと入り口から入ってきたのよ」

 

 AK-12は当然でしょ?と言いたげに入り口を指さす。

 

  部屋に入るときは入り口から入るのが当たり前だと、余裕を感じさせる彼女の口元が訴えている。

 

 余裕を崩さないAKー12に反発するように指揮官は声を荒げる。

 

「いや、嘘つくな!」

 

 と。

 

 指揮官の反論は確証から出たものだ。

 

 だって彼は先程まで入り口でやり取りをし、今も入り口は彼の背中の方角にある。

 

 いくら疲れているとは言え、回り込んでくる人影を見逃すほど、警戒は緩めていない。

 

「オレはキッチリ戸締りもして――」

 

 窓の鍵は閉まっているし、入り口は見逃すはずがない。

 

 それこそ、指揮官が帰る前までに部屋にいない限りは。

 

「……」

 

 そこまで思い至って、指揮官は出そうとした言葉を噛み殺し、ベッドの傍に注目する。

 

 そこにあるのは突然の来訪者が来るまでに確かめたように指揮官が持ってきた荷物と、ファスナーが開き切られ何も入ってない中身が露わになった大きなボストンバックが。

 

 指揮官はAK-12を一瞥する。

 

「うん?」

 

 わざとらしく小首を傾げ、指揮官を見上げる。

 

 AK-12の背丈は女性としては大きい方で、背伸びをされたら指揮官と目線の高さに届きそうなほど。

 

 それとは相反するようだが彼女は華奢で、思わず軽く力を加えれば手折れてしまいそうな印象を受ける。

 

 が、それは彼女が折り畳まれることになれば小さくもなれると言うこと。

 

 それこそ、ボストンバッグに入れるくらいには。

 

「やるわね」

 

 指揮官の呆れと関心が混ざった表情から答えを導いたことを察したのか、AK-12は何処か自慢気に鼻を鳴らして褒め称える。

 

「オマエ、今から芸能人形に転職したらどうだ?」

 

 全身黒のタイツ姿でボストンバッグの中から出てきたら来たら売れそうだと、指揮官はよくわからない確信を得たがそれは一旦頭から振り払うことにした。

 

「あいにく、今の仕事の方が気に入ってるし性に合ってるから遠慮するわ」

 

 指揮官からの嫌味混じりの提案を、AK-12はサングラスのテンプルに指をかけて回しながら断りを入れる。

 

 まぁ、悪くはないかも知れないわね、と本心がわからない言葉を残しながら。

 

 このまま指揮官が何を言おうと、AK-12はさらりと受け流すことだろう。

 

 流石にこんな展開になると思っていなかった指揮官は思わずこめかみを手で押さえた。

 

「あら、具合が悪いの?仕事のし過ぎはよくないわ」

 

 サングラスで遊ぶのをやめたAK-12が心配そうに首を傾げ、唇をわざとらしく細める。

 

 いったい誰のせいでこんな思いをしているんだ、そんな言葉が舌の上を転がったが、その言葉を言ってしまったら、彼女の思い通りになりそうで何とか飲み込む。

 

 その代わり、はぁ……と大きな息をついてしまったが、必要な代償といえるだろう。

 

 困憊した彼の姿をいつものような瞳を閉じた穏やかな笑みで見守っていたAK-12だが、自分の隣をポンポンと手で叩く。

 

 ここに座れと言うジェスチャー。

 

 目まぐるしく変わる状況に疲れ果て、彼は提案にに大人しく従って座り込んだ。

 

 自分の臀部を優しく包み込んでくれるマットレスが、こんな状況を慰めてくれているよう。おかげでオーバーフローになりかけていた彼の思考回路が、少しずつ快方に向かっていった。

 

 平常心と落ち着いた思考能力をある程度取り戻した彼は、少しずつ頭に浮かんだ言葉をひねり出してぶつける。

 

「……で、なんでこんなところにいるんだ?」

 

 どうやって来たかは、もう聞かないことにした。

 

 恐らく、AN-94辺りに手伝わせてボストンバックの中に隠れ、そこから諸々を偽装して追加の荷物としてここに届けたのだろう。

 

 そこまで推測してありとあらゆることを根掘り葉掘り聞きだしたい所だが、今は手段より動機を聞きだしたかったから。

 

「浮気調査のためよ」

 

 浮気調査と言われても、一日仕事に忙殺されていた指揮官にはまっっっっったく心当たりが無い。

 

 いつものくだらない冗談かと思ってスルーしようと思ったが、数分前に気になることが起きてたのを思い返す。

 

「さっき、今のオマエそっくりの人が来たんだが」

 

「あら、やっぱり浮気してたの?」

 

「関係ないしなんなら帰らせてたのを見てたんだろうが」

 

「酷い人。私がこの部屋に居るのに、他の女を入れようとしたなんて」

 

「だから、そうじゃないって言ってるだろ」

 

 掴みかけてたように思えたペースを再びかき乱され、指揮官の治まりかけてた頭痛が再発するよう。

 

 長く深いため息をついて頭を抱える彼を見やり、AK-12は気前よくサングラスを指で弾く。

 

「あれは私のダミーよ」

 

「ダミーまで持ち出してたのかよ……」

 

 先ほど部屋の前を訪れたハウンドウルフ株式会社から来たという女性は、AK-12のダミーだったようだ。

 

 通りで聞いたことが無い名前だったわけだ。

 

 あの女性がたまたまAK-12にそっくりで、それだけで嫌な予感がして追い返したとなったらいくら何でも申し訳ない。

 

 AK-12の悪戯であったことに心の中で胸をなでおろした。

 

「指揮官が浮気をしていたら、現場の写真を撮らせる予定だったわ」

 

「そのネタはもう飽きたぞ」

 

「面白いネタは何回やっても面白いものよ」

 

「人間はすぐ飽きるものだぞ」

 

「そうやってすぐ人間でたとえを出すなんて、なるほど指揮官はRPK-16とでも浮気していたのかしら?」

 

「だからなんでそうなる!」

 

 わざとらしくほっぺたを膨らませて抗議するAK-12に指揮官は思わず大きな声で抗議する。

 

 声を荒げても状況を打破できる訳ではないので指揮官はまた一つ息を吐き、クールダウンを図る。

 

「……で、本当になんでここに来たんだ?」

 

「酷いわね、あんなにいつも一緒にいるのに、出張の連絡も入れないなんて」

 

 少しばかり拗ねたような声色をされては、流石に申し訳なさを覚える。

 

 指揮官は決まりが悪そうに頭を掻きながら天井を見上げる。

 

「あー……忘れてた」

 

 もちろんウソ。

 

「ウソね。あなたってガラが悪そうに見えても、仕事は誠実にこなしてるし」

 

「一言余計だ」

 

 そんなウソは、付き合いの長いAK-12には簡単にバレてしまう。

 

 確かに指揮官は言葉遣いは荒く、親しみやすい雰囲気がにじみ出ている人柄はしていないが、何処か人を惹きつけ仕事は誠実に着実にこなすことから信頼されることが多い。

 

 だからこそ、今回のような営業に駆り出されたわけなのだが。

 

「あー……」

 

 AK-12はまだ適当に流そうとする指揮官に痺れを切らし、彼の肩を掴んで強引にベッドへと引き倒した。

 

「おわっ!?」

 

 思わず両手で受け身を取る指揮官。強引な手段に出てくるとは思っていなかったため、抵抗が出来なかった。

 

 驚き固まる彼の顔を挟むように手を置き、AK-12が覗き込んでくる。

 

「こんなにも美人で優秀な秘書のどこに不満があるのかしら?」

 

 指揮官の泳いでいた視線がAK-12の整った顔立ちに集中する。

 

 普段から何度も見ている見慣れ過ぎた端正な顔立ちだが、間近で見るとつい心臓が跳ねる。

 

 そのことが少しばかり悔しくて、指揮官は顔が赤くならないように、思考を平静に戻すために息をつく。

 

 AK-12の瞳は開かれている。彼女の淡紫色の特徴的な瞳が露わになる。

 

 人間のそれとは違った異質な虹彩と瞳孔――指揮官を惹きつけた本当の彼女の一つ。

 

 その瞳が全てを吐き出せ、言えと訴えてくる。

 

 彼女の瞳は、彼女の『性能』を象徴する深度演算モードのトリガーとなっている。

 

 彼女は深度演算モードは、状況の有利を保ったり窮地を打破するための切り札だ。

 

 戦闘以外は興味を持った時や驚いた時くらいにか開かれないが、それが今起動しているということは彼女が『本気』である証。

 

 どんなに巧妙なウソをついても、今の彼女には暴かれてしまう。

 

 その瞳に全てを暴かれるくらいなら――指揮官は真意を口にした。

 

「仕事の邪魔されたくないからだよ。オマエを連れて来たら予定通り仕事が終わるかわからないから」

 

「……それだけ?」

 

「それ以外になんかあるか?」

 

「あの……その……なんか他にないの?実は危険な仕事を頼まれてたとか」

 

「オレが営業の為に出張してることは、とっくにわかってるんだろ。オマエが調べないはずがないし」

 

「それは知ってたけど……。何よそれ、そんなに私は信頼が無いの?」

 

「普段の勤務態度を見れば明らかだろ!」

 

「MVPばっかりね。エリートは大変なのよ」

 

「オマっ!!オレが書類仕事してるときはなにしてるか思い出せ!!!」

 

「……指揮官を励ましてるわね。我ながら健気よね」

 

「嘘つけ!後、励ますくらいなら手伝え!!」

 

 AK-12はいつの間にか瞼を閉じ、気まずそうに指揮官から視線を外している。

 

 彼が声を荒げるのも無理はないだろう。

 

 彼女は戦闘では比肩する者が多くはない位優秀なのだ。それは誰も疑いようがない事実だ。

 

 しかし、書類仕事の時は好き勝手にちょっかいは出す、構ってくれないと拗ねる、指揮官に贈られた差し入れは勝手に食べる、挙句の果てに指揮官が仕事終わりの楽しみにととっておいたデザートは食べる、とマイナスなイメージしかない。

 

 本当に忙しいときは手伝ってくれる時はあるが(大体はAK-12が手伝うより先にAN-94が率先して手伝ってくれる)、平時は正直言って居ても居なくても変わらない。

 

 そんな勤務態度の彼女が出張とはいえ外に放たれたらどうなるか。

 

 行く先々の興味があるお店に立ち寄り、仕事に余裕を持たせられないのが目に見えていることだろう。

 

 だから、AK-12を連れて行きたくなかったわけだ。

 

 取引先に迷惑をかける行為はしないという信頼はしているが、指揮官には遠慮なく迷惑をかけてくる。それがAK-12だから。

 

 二人はいつの間にか押し黙り、少しだけ気まずい空気が流れる。

 

 暫く、見つめ合っていた二人だが、AK-12がふと力を抜いてベッドに倒れ込んだことによって沈黙は破られた。

 

 ギシりと新たな体重が加わってマットレスが軋む。

 

 不満を口に出来たことと、空間に静寂が訪れたこと、緊張感を与えてくる相手が視界から消え剣呑な雰囲気が去ったことで指揮官の全身は疲労感に包まれた。

 

「酷いわね。私のイメージってそんなに悪いの?」

 

「オマエの普段の勤務態度のせいだろ全く」

 

「あんなに励ましてあげてるのに」

 

「なら、励まし方を考えろ」

 

「善処しとくわ」

 

「その言葉、いつも聞いてる気がするぞ」

 

 緊張感がなくなったおかげか指揮官の口元は少しだけ緩くなっている。

 

「便利な言葉よね」

 

 それはAK-12も同じようで、表情こそいつも浮かべている笑みだが情緒は柔らかい。

 

 AK-12の言葉に何か反論したかったが、それ以上に緊張感が解けたことによる疲労感は意識を上書きしてくる。

 

「今日はもう寝ちゃいましょう」

 

 AK-12の言葉に思わず頷きたくなってしまうくらいには、もう意識を保つのも難しくなってしまう。

 

「流石にスーツが皺になるから嫌なんだが……」

 

「スーツの替えなら持ってきてるわ」

 

「何でそういうところは気が利くんだ……」

 

「シャワーは明日の朝に浴びれば大丈夫よ」

 

「……そうだな」

 

 頭の片隅に残っていた懸念材料は見事に取り払われてしまった。

 

 一日の終わり、その最後の最後にトンでも無いイベントが挟まってしまったため疲労感が余計に強い。

 

 体はベッドの柔らかさに屈服してしまい、精神はAK-12の甘言に溶かされつつある。

 

 瞼が重くなり意識がブラックアウトしていく中、指揮官の手がAK-12の柔らかくて温かな手のひらに包まれてしまった。

 

「ん……」

 

「明日の仕事は私も手伝うから」

 

「はいよ……」

 

 確かにAK-12は指揮官に一番迷惑をかけたり、巻き込んだりしている存在ではあるが、同時に傍に居てくれるだけで一番心地よく安心できる存在であるのだ。

 

 そんな彼女に、疲労困憊の体に安心感を与えられてしまったら、力を抜かざるを得ないというものだろう。

 

「一日お疲れ様。おやすみなさい」

 

 黒く染まりかけた視界に映るAK-12の笑みはとても穏やかだ。

 

 ――それ、ズルいな。

 

 今の自分に一番効く攻撃に指揮官は心の中で悪態を付きつつも、表情をやわらげた。

 

「おやすみ……」

 

 吐息一つでかき消されそうな声で指揮官は返事をし、完全に瞼を閉じる。

 

 隣で一番の安心感を与える存在を心に抱き、指揮官は暗闇の世界へと旅立った。

 

 

 

 




翌日、AK-12は公言通りに指揮官の仕事を手伝ってはくれたが、合間を見ては興味があるお店に寄りたがったため指揮官の懸念通りに仕事がギリギリとなった。

 指揮官は自分の当初の判断は間違えて無かったと確信しつつ、出張するときはAK-12にだけは手伝わせないと決意したという。

 さらに後日、宴会の余興でAK-12がボストンバックの中から出てくる芸を披露したところ、かなりの好評を得たという。本当にそれでいいのか最新鋭機と指揮官は言いたくなったが、本人は満足そうにしているので大人しく拍手をして芸の成功を祝福したのであった。
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