優作────────────────
そう名付けられた彼は、穏やかな生活をしていた。
親からの寵愛を受け、すくすくと育っていた。
名前の通り、優しさに溢れた少年であった。
多少のからかいを受けども、優しく受け流し、角を立てぬようにしていた。
しかし、優作の人生はそこが第一の絶頂期であったことは否めないだろう。
優作は、車に撥ねられた。
意識不明の重体であった。しかし、優作は生還した。
生還祝いに家族で牡蠣を食べに行った。
優作だけ牡蠣に中った。
それでもまた生還した。
小学校1年の頃、優作はスズメバチに刺された。
「ああああ……ああああああああ……!!」
顔が青ざめていた。どんどん吐き気が増していく。身体中に
次第に目眩がしてきた。そして、優作は倒れた。
それでもまた、優作は生還した。
2年生の頃に、川に流された。
3年生の頃に、山で一人だけ遭難した。
そして小学四年生の頃、優作に地獄のようなことが起こる。
優作の母が死んだ。
優しい女性であった。美しい女性であった。そして、なにより、彼女は心の拠り所であった。
父親は心を病んだ。そして、その病んだ魔の手は優作に向いた。
「ひっ、やっ、やだよぉっ、ねえなんで!? なんでこんなことするの、父さん!」
「暴れんなよ……暴れんな……」
毎晩の様に優作は体を求められた。
その度に絶望し、そして。
「……」
優作の心は壊れる寸前であった。
中学校では幾つものいじめを受け、心に傷を負った。
どれもこれも女からのいじめであった。
そして、時は流れ大学生へ。
彼女はでき、友人もでき、さらには戯れに書いていた随筆が評判を呼ぶといった、極めて順風満帆な大学生活を送っていた。
そんなある日、その彼女の友人と名乗る女が近づいてきた。
「あのー、彼女ちゃん貸してもらえる? この子の友人で遊びに行こうかなって」
「ちゃんと返して下さいよ?」
疑りながらも、彼は見送った。
その日から、彼は不幸に見舞われることになる。
一週間後、あるメールが届いた。
「別れよう」
その言葉を寄越しただけで、SNSもブロックされた。
その翌日、ビデオレターが投函された。かつて彼女だった女性が、あの自称友人と盛りあっている、という内容であった。
思わず彼はえずいた。フローリングの床に吐瀉物を吐き出した。
「なんで」
その疑いと絶望が彼を襲っていた。
その日からも大学には行ったし、平常であろうと心を押し殺した。自分は悪くないと慰めながら。
ある日から彼は変わり始めた。
ある日は異様にテンションが高く、またある日は異様にテンションが低い。さらに今まで普通に話していた相手にもビクビクしながら話すようになった。
平常であろうと心を押し殺したのは悪手だったようだ。
そのうち、心配の視線が押し寄せてきた。
「大丈夫?」
黙れ。
「顔色悪いぞ」
黙れ。
「本当に大丈夫かよ」
黙れと言っている。
「ねえ、聞いてる? 大丈夫?」
「黙れ黙れ黙れ! 黙れ殺すぞォーッ!!」
一人の生徒をぶん殴った。
その日のうちに彼は退学した。
彼は幸い随筆の収入があり、それをもとに引きこもりはじめた。
周りの目を閉ざすようにカーテンを閉め、家賃等を払う以外は誰とも喋らずにいたのである。
そのうちに死にたいという思いが増えていき、『コンビニの肉まんを買いに行こう』と思うのと同じように『そうだ死のう』とも思い始めた。
彼は心を病んだのだった。
ある日彼はふと、外に出ようとした。
カーテンすらも開けぬまま、鍵を何重にも締めて消えた。
雑踏を歩く彼の目は辛そうだった。その時である。
二人の女性が仲睦まじく歩いていた。
片方は元カノ、そしてもう片方は元カノを寝取った女であった。
彼は遂に怒りを顕にした。路地裏に連れ込み、近くにあったブロックで思い切りぶん殴った。何度も何度もぶん殴った。
「死ね! 死ね! この世の! 同性愛者は! 全員! ゴミ! 死ね! 殺してやる!!」
かつて彼女だった女の前で殺した。
そしてゆっくりと顔を上げ、「次はお前だ」と彼は言った。
四肢を丁寧に折り、両鎖骨をブロックで破壊。さらに凌辱し、そして殺害した。
「……ああ、幸せだ」
彼は人を殺したことの焦りよりも、多幸感に支配されていた。
漸くゴミを処理できたと。漸くゲスを駆除できたと。
その時、彼の耳にひとつの声が聞こえた。
「ふふふ……あははははは……」
「誰だ!?」
「君の闇は美味かった。そこまで熟成させた恨みつらみ、さぞ痛かったろうに。私が来たからもう安心だ。もう誰も君を一人にはしない。私が君を最凶にしてやろう。我が身を縛り付ける愛憎を戦いの原点へとせよ。それに、君が立ち向かわないで、誰が恨みを晴らしてくれるんだい? 許す気なんて、始めからなかったじゃあないか」
「……ッ、黙れ!」
「受け入れろ、君の闇だ。この私が君の影だ!」
「……俺の、影」
「我は汝……汝は我……。我は汝の心の海より出でし者……。
「……ケィアン、ケィアン。俺を独りにしないのか? ほんとうに? ひとりには し な い のか???」
「ああ、そうだ。我は汝、汝は我。汝望む時に我を呼べ、さすれば我汝の為力を貸そう」
こうして、彼は愛憎戦士ケィアンへと成り果てた。
彼は世の中の同性愛者と女性たちを殺し始めた。
それは絶望と狂乱の果てに造られた狂いしステージ。ただただ同性愛者を殺すためにいるのだ。