あまつかぜ   作:くろつき

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仕事忙しくて草も生えない


天の螺子を巻く・2

始めの段階では姿を見せていなかった黒いコートを羽織った男が、指示を出していた男を殴り飛ばした。

たった一発の打撃で気絶させるほどの重い衝撃。

そして、殴った腕と反対側の手で持っていたナイフで精霊種を縛っていた縄を瞬き一つ分の時間ですべて切り離す。

三々五々に逃げる精霊種を見送ってから男は狩猟者たちと向き合った。

精霊種を開放することが男の任務であり、これで依頼は完了した。

故に、この後行われることは単なるついででしかない。何故か逃げさずにいた二匹の精霊種の存在に気づかないほど間抜けではなかったが、これから行われることに問題が生じるわけでもない。

自らの意志で離れない者たちに強いるほど、男は暇ではないのだ。

 

「いい加減にしろ、お前ら」

「おいお前っ、何をしている!」

「見て分からないのか」

 

それに、敵対者をたった一人と侮ることは誤りだ。

りんごは一つでも腐っていれば、連鎖するように他のりんごも腐りだす。

危険分子は単独でも足元をすくう可能性がある。油断は、出来ない。

特に、人ならざる力を持つ生物は、一騎当千どころでは済まないのだ。

 

「今どき精霊種狩りか、暇な奴もいるものだな」

「ちっ、構わねえ、殺っちまえ」

「おおっ!」

 

身構える狩猟者たちに、男はなんら構えようとする様子を見せない。

しかしそれは、男が近接戦闘ではない戦い方で争うからこその態度である。

そもそも、人間以上の速度程度の動きは出来るのだ。

たかだか普通の人間の動き、あわせる必要も無い。

 

「魔術師はいないようだな。これは好都合」

「何ごちゃごちゃ言ってやがる! 俺達に手を出したこと、後悔しろ!」

 

そんな悪党の呪いの言葉を聞いても、男は表情を崩さない。

弱者の恫喝など、恐れる理由にはならないのだ。

味のほとんどしない食品を口に含むより、感情の起伏に影響しない。

冷めた目つきで、猛る男達を見て肩を竦めた。

それは、道化師のつもりなのだろうか。

 

「世界の理に抗うか、滑稽な事だ」

 

精霊種狩りとは、違法どころか、神の怒りをも買ってしまう最悪の行為。

だが人間は利益のためならどんな闇にも手を染める一面を持っている。

そして、神は自らこの世界に手を下すことはない。

なればこそ、そんなお気持ちだけの障害など無視してしまえばいい。

誰にも否定できないその一面。だがその逆、つまりそれを止めようとする者もまた、人間の中にいる。

そういう人たちの依頼を受けて、男は動いているのだ。力を抑制するために、強固な制限をかけて。

 

「高々ヒト風情が、この領域に手を出すな。『炎舞灼熱世界』」

 

一瞬にして世界が塗りつぶされていく。

壊れていくのか、飲み込まれていくのか、喰われていくのか、分からない。

分からないが、確かに炎が支配する世界に変わり果てていくことだけは、理解するしかない。

狩猟者の一人が、舌打ちして叫ぶ。昔一度だけ見た、ある戦闘光景と重なる部分がある。

 

「魔術師かよ! おいっ、誰か魔術抹消秘具(サクリッド)を出せ!」

「わーってるよ! 食らえ化け物!」

 

赤黒い球体のものが、魔術師と呼ばれた男に向けて投げつけられる。

一般人でも、魔術師に対抗できるように作られた特別製の魔術道具。

対魔術師封滅具、つまり魔力を基準とした位階での下位存在が上位存在に反抗する際に必須となる宝具の一種。

 

「化け物、か。どうだろうな」

 

魔術抹消秘具(サクリッド)

それははるか昔、いわゆる悪い魔女がある村の民を獣の姿に変えては嘲っていた事があった。

それを憂いた魔術師は、魔力の効果を全くの無に返す秘術を球に封じて、民に配り歩いた。

はじめは誰もそれを受け取ろうとはしなかったが、ある一人の少女が貰い受け、

そしてやってきた魔女の呪いをその球で受け止めたことで、村民の大多数がその球を貰おうと魔術師の住む祠へと押しかけた。

全員に魔術抹消秘具を渡したものの、その魔術師は人間に落胆し、二度と姿を現すことはなかった。

魔女も同じくして、自ら抗うことのなかった人に愛想を尽かし、どこか遠い地へと旅立っていった。

 

そういう、昔話。

それが、今ではこのように狩猟者たちが王国の魔術師対策に今世に残っている魔術抹消秘具を大多数所持し、より精霊種狩りを止めることを困難としている。

製作者がどのような意図で道具を作ろうと、扱う者しだいで本来の使用目的とはかけ離れた使い方をされることも少なくはない。

力のある道具の使われ方が、良き方向へ流れるか悪しき方向に流れるかは別問題なのだ。

だからこそ彼は魔術抹消秘具を集め、正しき使い方を出来る人物に渡すために、昔話の魔術師と魔女のために、戦っている。

精霊種を助けたのが他者からの依頼なら、こちらは男が勝手にやっていること。

しかしどちらも男にとって十分戦う理由になる。

 

「これで三十七個目。全て集めるにはほど遠いな。いっそ襲撃をかけるのも手だが、まだ早い」

 

魔術抹消秘具(サクリッド)が男に当たるが、全く何も変化が起こらない。

それは魔術の仕組みと男が使う術式の成り立ちが違うからに他ならない。

魔術師の魔力は、基本的に外部供給となっている。

その流れを絶つものが魔術抹消秘具(サクリッド)で、魔術以外には全く効果を発揮しない。

はたして究極の万能物があるとすれば、少なくとも魔術師には生み出すことが出来ない。

それは絶対の法則であり、何人たりとも侵す事の出来ない聖域。

 

「燃えろ、悪しき者ども。始まりの火種に焼かれて悔やむがいい」

 

そしてぽつりと、現在では使われていない過去の言の葉を繋ぎ合わせた。

母音と子音の関係がぐちゃぐちゃで、文法も何もあったものではなく、単語なのか熟語なのか、

果たしてそれに意味があるのかすら分からない代物ではあったが、世界を動かすには十分なものだった。

閉じた世界の中で小さな火が生まれ、生まれ、生まれ、生まれて炎となる。

それは魔術師と見做された男を中心にして円を描くように集団を囲っていく。

炎はやがて天を焦がすほどの勢いとなって、ドーム状に男たちを包み込んだ。

本来延焼までに相応の時間がかかるはずなのに、術者の力によって瞬き一つするだけの時間で行われてしまう。

今までの常識ではありえないその現象に理解が追いつかない狩猟者たちは動揺した。動揺、してしまった。

 

「くそっ、奴は一体!」

「まさか魔導師か?」

「魔導師だぁ? あの破壊兵器が狩猟者狩りなんかやってるわけないだろ!」

 

だが、彼らの目の前にいる人間は魔導師にしか行使できない秘術を使っている。

世界を塗り替えることなど、魔術師レベルでは不可能。

現実は何時だって予想通りになどはいかないのだ。

はぐれ者はどこの世界にでもいる。

常識では測れない持論でもって行動する人間もいる。

それが人ならざるものならば尚更だ。

 

「飲み込め」

 

男の言葉と連鎖するように、世界が縮小していく。

辺り一面に包まれていた炎の壁はだんだんと狩猟者たちに迫って、それは領域に進入した敵を喰らおうとする龍に見えた。

うねる炎が確かな意思を持って動いている。

蠢く大地は意識を持って蠢動している。

紅に染まった空は識を得てざわめいている。

全てが、男の意の向くままに。

冷静さを欠いた者たちに、いや、例えこの場にいるすべての人間が人生においての万全の状態であろうとも、

この崩壊する世界から逃げ延びることは決してできない。

 

「ちきしょうっ、誰か奴を殺せぇ!」

「くぅっ、くたばれ!」

 

現実を受け入れられずに錯乱したか、狩猟者たちは一斉に魔導師へと襲い掛かっていく。

だが、この場所は魔導師が支配しているのだ。

たとえ彼らがどれほどの強者だとしても、この場所に限って言えば、絶対に敵うことは無い。

何しろ彼らは普通の人間だから。

 

「薙げ」

 

ただの一言発しただけだったが、やはり世界は反応する。

突如、横っ腹から突風が吹き抜ける。

それは森に生えた木々をことごとく吹き飛ばしかねないほどの風圧で、男たちを渦の中に巻き込んでいく。

現実と隔離されているからこその暴挙であり、意志を持った風の流れは空中へと向きを変え宙に巻き上げていく。

もはや声も上げる事すらできないほど容赦なく撹拌される。

竜巻すら、この風の前では稚拙なものにしか見えない。

魔導師のもとに辿り着ける者など、いない。

 

「『武具たる者は収束し武器たる獣は沈静し』」

 

術式が完成すると共に、舞い上げられた男たちは炎に飲み込まれた。

そして挿げ替えられていた世界は、再び正しい姿へと戻る。

それが、世界の掟。唯一にして絶対の、普遍であるべき事実。

狩猟者たちは声も出せずに消えていく。

はたして炎の渦に飲み込まれた男たちは、どこに行ったのだろうか。

それを知るものは誰ひとりとしていない。術者ですら、分からない。

 

「…依頼完了、と」

 

男は軽い虚脱感に襲われながらも目を閉じる。

せめて、この世界に哀悼を捧げる為に。

だが聞こえてきた声に再び目を開けることになる。

幼い子供のような声。可愛らしい、女の子の声。

男は、不思議と寂寥感を覚えた。

 

「あ…あの、魔導師…さん?星の守り手、ですか?」




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