あまつかぜ   作:くろつき

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天の螺子を巻く・3

憮然としているイヌミミの少女の影から、ネコミミの少女が少しだけ顔を覗かせながら問いかける。

だが、それに対する返答はあまり好意的とは言えないものだった。

所詮は、本来関わるべきではない者達だからなのか、魔導師の性分がそうさせるのか。

 

「違う、思い込みで適当なことを言うな」

「それでもあんたが魔導師と同程度の存在には変わりないでしょ」

「それはそうだが」

 

イヌミミ少女の発言に、どうしても、苦々しげな顔になることは抑えられない。

譲れないものがあるとすればその一線だろうか。

小さなことではあったが、しかし大事なことだ。

何しろ世界に対する影響力が変わってきてしまうのだから。

 

「とにかく、私は魔導師ではない。だからそう呼ぶな」

「あ、えと、はい」

「カナメ! こんなやつの言うこと聞くこと無い!」

 

とんでもない言われように、しかし男は全く気にも留める様子は無く森全体を見渡すように身体を回した。

何かを確認するように、何かを解析するように、一回転する。

だが、楓は男を睨みつけたままカナメを後ろに追いやる。

戦闘力で言えば、男ははるか届かない高みにいる。

それでも、楓はカナメを守らなければならない。それが、誓いだから。

 

「魔導師…そもそも何のためにこの場所に来た!」

「女の子がそんな言葉使いするな」

「質問に答えろ!」

 

魔導師は精霊種からすれば、特にこの森に住んでいる精霊種にとっては忌むべき存在。

この森に結界を張り外部からの侵入者を排した魔導師は、だがしかし己の致命的なミスに気づかず、どこぞへと消えていった。

外部からだけではなく、内部からも侵入者を排する構造となっていることに、気づかないまま。

 

精霊種を一箇所に閉じ込めるなど、愚の骨頂。

今ではその結界も劣化し、先のような愚か者が出入りできるほどに弱まっている。

精霊種以外にとって結界など存在しないと言っても過言ではない。

それでも、精霊種はこの場所から離れることは出来ない。

それが魔導師の残した呪いだから。

 

「少なくとも精霊種に危害を加えにきたわけではない」

「そう言って、魔導師は何時だってろくなことを起こさない!」

「…後ろを見てみろ」

 

叫ぶ少女に男はそう促す。振り向けば、体を震わせてぎゅっと服の袖を掴んでいるカナメがいる。

楓は灼熱していた感情を一瞬で冷却し、カナメを抱きしめて強張っていた表情を崩す。

 

「お姉ちゃん、怖い顔してる…。嫌だよ、そんな顔しないでよ」

「ごめん。ごめんね、カナメ」

 

大切な人だから、守りたい人だから、泣かせたり、怯えさせてはいけない。

ずっと笑顔でいて欲しい。本当に、本当に愛しい存在なのだ。

ならばどうして酷いことが出来ようか。本当のヒーローは、愛する人を危険な目に合わせないのだ。

何故、ピンチに駆けつけなければならないのだろうか。

成長という名目のもと、誰かを危険に晒す、言うなれば運命とやらは、よほど残酷な性質なのだろう。

 

「…あまり単純に思考を走らせると失敗するぞ」

「魔導師は黙ってろ」

 

カナメを抱きしめたまま振り返って、男を睨む。

だが所詮、少女が睨んだところで、魔導師が動じるはずも無い。

むしろ、微笑ましいぐらいだ。何とは無しに、二匹の精霊種の頭を撫でる。

一匹は嫌そうに振り払い、一匹は嬉しそうに頬を緩ませる。

正反対の反応だが、しかし。

 

「これは、封鎖結界(あまのいわと)か…。まったく、完全に閉じ込めるとはな。『解・相対干渉(まつりばやし)』」

 

少女たちを撫でていた手を空にかざし、大気に込められていた魔力に触れ、その連続性を断絶する。

崩壊しかかっていたとはいえ、精霊種にとって魔導師が込めた魔力の意味は絶対。

さほどの強度が無くても、破ることは不可能。だからこそ、長い間閉じ込められていたのだ。

しかし、この森を封じた魔導師以上の力を持ったなにかが、連鎖の因果を侵していく。

さながら、蛇が世界を食らうように。

 

「『封鎖結界(あまのいわと)汚泥風化(そよかぜ)』」

 

そして、もう一度相応しい結界をこの地に立ち上げる。

彼のしたことを端的に表すならば、時の流れを加速させ世界の劣化を促し、再度構築する。

それは世界を書き換えること。

 

「ここの術式を書き換えた。以前の魔導とは違って、今度は対象を限定しているからな。人間に直接干渉しようとしなければ、精霊種の存在がばれることは無い」

「やっぱり、星の守り手さんでしょ?」

 

ほにゃ、と笑うカナメに、楓は厳しい顔つきになる。

カナメより知識を得ているから。カナメより、疑うことを知っているから。

 

「魔導師の癖に精霊種のことをしっかり考えてて、それでいて人間にも配慮してる。なんなの、一体…。あんた、おかしいよ。どこか壊れてる」

「壊れてる…ね。惜しいな、少し違う」

 

そもそも、魔導師はそういう存在ではない。本来の意義から離れているのは、今の魔導師なのだ。

始まりの魔導師は決して『星の守り手』などではなかった。

それを成し遂げるだけの力はあったが、しかしその役割を負っていたわけではない。

力を持ちすぎた故に輪廻から外れたのだから、現実に大きく関わるべきではない。

 

それが今の魔導師は世界に深く根ざしている。

壊れて動かないならまだいい、世界の根幹にありながら暴走しているのだ。

だからと言ってどうしようもないことではあるのだが、つまり男が魔導師ではないと主張する理由はそこにある。

魔導師であると自分で思ってしまえば、まして口に出そうものならば、ズレた世界の理屈に組み込まれてしまうのだから。

だが、そんなことを少女が知る由も無い。

 

「何が違うのよ。壊れてる奴が壊れてないって言ったって信憑性はゼロよ」

「誰が壊れているかなんて分からないだろうに」

「魔導師は何時だって精霊種のことを考えずに事を起こす。それで十分よ、敵として認識する理由としては。簡単なことじゃない。少なくとも、私に限っては、ね」

 

親の敵を見るような目で、イヌミミの少女は男を見る。

人という種は信用できないが、その中でも魔導師という存在は全く信用できない。

どれだけ言葉を尽くされようと、どれだけ願いをかなえてくれようと、根本的な部分で信用できない。

彼女にとって、人間と魔導師はそのような存在だ。

しかし少女は気づかない。男はそのどちらとも違う存在だと。

 

「だから、私は魔導師ではないと言っているだろ」

「だったら、一体何なのよ!もしかして、カナメが目当ての変態?」

 

少女の発言に、男は頭が痛くなるのを感じた。

彼女が抱きしめている少女しか信じられず、近づくものを全て敵と見なして、生きている。

少女がどれだけ厳しく悲痛な思いを抱いているのか、想像もつかない。

それすら勝手な思い込みなのかもしれなかったが、男はそうではないと思い直し、少女達の障害を取り除く程度の協力はしようと考える。

 

「…いいさ、それで。君達の評価を気にしても仕方が無い」

 

だから、男は一度突き放す。どうしたいかは少女達が決めることだ。

逃げ場になることは、それだけ背負うものが出来るという事。

むやみに荷物を増やしたくはないし、常に危険の伴う人生を過ごしているのだから、巻き込むだけでは駄目だ。

 

「しかし精霊種、あんなことがあった後で今まで通りに生活できるのか?」

「それはっ…。なんで知ってるのか知らないけどあんたが気にすることじゃないでしょ!」

「精霊種と関わる機会が多いのでな。それに、私も森の意思まで書き換えることは出来ない。長々と私と話している以上、それは覚悟しているのだろう?」

 

世界の支配下にある精霊種は、人の手にかかった場合所属する世界--今回の場合は彼女たちの住処である森に存在自体を拒絶されている。

この場所で生活どころか、極端な場合立つ事や呼吸する事すら拒絶される。

せめて男が精霊種を解放した時に一緒に逃げていれば、今まで通りに生活できた。

自らの子飼いを失う事は世界にとっても痛みを伴う。だからこそ、一定のルールが課せられている。

此度のトリガーは、イレギュラーな存在の行為による捕獲作戦の失敗。

 

しかし、彼女たちは残ってしまったのだ、自らの意思で。

 

どういう意図だったのかは彼の知る所ではないし、興味もなかった。

それでも、見殺しにはできなかった。いったん森から拒絶されてしまえば、精霊種に生きる道などなくなる。

生きていて欲しかった。こんな悪意に満ちた世界の渦中にいようと、生きていて欲しかった。

あまりに、酷すぎやしないだろうか。頼れる者も無く、生きる意味も無く、ただ死んでいくなど、あまりにも。

 

「それでもここで生きたいのならそれでいい。だがもしも―」

 

一息吸って男は誓った。彼女達を、守るために。

自分自身を、約束という束縛で、縛る。

この先どんな疑問が生じようと、果たさなければいけない誓い。

 

「この森を出たいなら、私は君達の騎士役程度には働くと世界に宣言しよう」

 

少女達はお互いの顔を見合わせる。どの道、この場所で生きていけるはずは無い。

疾く去ねと大地から急かされているはずだということくらい楓も理解していた。

それでも今々直接言葉を投げられないのは、おそらく様子見なのだろうということもいうことも。

なら、答えなどとっくに決まっている。姉は不本意に、妹は特に細かいことに気づかず面白半分に、それを確認しあう。

どのみち、『魔導師』にとって世界に宣言することは自身の全て(たましい)をもってそれを達成するということなのだ。

なにものにも代えがたい、しかし出会ったばかりの相手に対してすることではない。

それほどの覚悟なのだと、少女たちは受け取った。

 

「お姉ちゃん、この人は信用していいと思うよ」

「…うん、カナメがそれでいいなら」

 

男は、小さく笑った。

あまりにも精神的に幼すぎる少女達を見て、かつて共に育った魔導師のことを思い出したからだ。

今でも、魔術師相手に暴れまわっているのだろうか。

 

「で、魔導師。あんたの名前は?」

「だから、魔導師ではないからな」

 

男の、数少ない拘り。どうしようもなくお人好しで、そのくせ他者の好意をすぐに受け流してしまう、中途半端な男の、拘り。

もっとも少女には全く関係のないことで一笑に付されてしまう。

 

「どうでもいいわ、そんなこと。とっとと名乗りなさい」

「…ユーキ。そう呼んでくれ」

「やっぱりしょぼくれた名前ね。お似合いだわ」

 

苦笑を返すしかできない男―ユーキに、少女達は手を握り合って横に並ぶ。

正式な、この森で生きる精霊種の一族の正式な名乗り方。

そして、誓いの儀式。自然と、場が静かになる。

 

「法月楓。父方を青竜種よりの血、母方を銀狼種よりの血。現種、賢狼種。一族の名は犬伏」

「雪花カナメ。父方を白虎種よりの血、母方を黒鳥種よりの血。現種、黒猫種。一族の名は猫啼」

 

深々と頭を下げ、空いているほうの手で布の端をつまみ上げ、それぞれの両足を交差させて、対称になるようにぴたりと動きを止める。

そして、二人同時にずれることも無く祝詞を読み上げる。

 

「穏やかに、激しく。緩やかに、厳しく。弛まざる事、ありもせず。法月家が娘、楓。雪花家が娘、カナメ。いずれも違わぬ精霊王が御許に仕えしこの身体、汝が意思の元に馳せ参ず。大いなる大地よ、偉大なる大空よ、ユーキと共に進むことを認め許したまえ」




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