あまつかぜ   作:くろつき

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仕事が忙しいのと体調不良で延び延びに…
あんまり見直し出来てないので余裕が出来たら修正するかもしれません


天の螺子を巻く・4

「穏やかに、激しく。緩やかに、厳しく。弛まざる事、ありもせず。法月家が娘、楓。雪花家が娘、カナメ。いずれも違わぬ精霊王が御許に仕えしこの身体、汝が意思の元に馳せ参ず。大いなる大地よ、偉大なる大空よ、ユーキと共に進むことを認め許したまえ」

 

その後きっかり三秒、少女達は頭を下げていた。

対するユーキは、どうしたものかと思案顔になっていた。

なにしろこういう事をされたのは初めてだ。

が、そんなことは露知らず、少女達が勢いよく頭を上げてお互いを見合った。

そして手を取り合って喜び合う。

二人一緒だからこそ出来る事。

どちらが欠けても成り立たない。

 

「お姉ちゃん、初めてキチンと言えたよ!」

「やったねカナメ!これでもう一人前だね!」

 

正式に名乗ることが出来れば、一人前として認められる。

当然楓は既に合格し、カナメは今を以ってそうだと認定された。

だが、それを知っているのは楓とユーキのみ。

彼女たちの一族の長に見てもらわねば、正式に一人前になれたわけではない。

しかし、楓たちは森を出ると決心した。

それは、精霊種にとって巣立ちと新たな血筋の創造を意味する。

ならば、姉である楓が当主となってカナメを認めれば、正式なものとなる。

だけれども、ユーキにとって、精霊種内の問題は取るに足らないもの。

まさか人間がそれに干渉していいはずも無く、単なる好奇心でせっかく少しでも和んだ空気を壊すわけにはいかない。

 

「私は、君たちの事はなんと呼べばいいのだ?」

「そうね、私のことは楓でいいわ」

「あたしはカナメって呼んでね」

 

精霊種は一族の名前で呼ばれるのを嫌う。

数が多いのもそうだが、それぞれについた名前は精霊種にとって重要な意味を持つからだ。

個としての認識と、集団としての認識。

母たる世界から分かたれた精霊種が一匹として、名前という言霊を無意識のうちに理解しようとしているのかもしれない。

存在が存在なだけに、それはとても自然な流れ。

 

「楓、カナメ。良い名だ」

「当然でしょう?こんな可愛い子と、その姉よ」

 

ふ、とユーキは笑った。

自身の価値はさて置いて、妹を強く前面に押し出す。

間違っているが、しかし彼女の在り方は正しい。

自身の価値など、他人が決めるものだ。

自分が決めたところで、他者が認めねばただの自己陶酔者である。

だがしかし、彼女は、楓は、彼女の持つ輝きに気づかない。

だからこそ、眩しい。

 

「確かに、可愛いな」

「何だか引っかかる言い方ね」

 

少しだけ眉をひそめる楓を無視し、ユーキはしゃがむ事によって二人と目線を合わせる。

 

「さあ、もうこの場所に未練はありませんか、お嬢さん方」

「なんだかお姫様になったみたいだね、お姉ちゃん」

 

小さな手を楽しげに振り、ユーキの周りをちょこまかと動き回るカナメ。

まだ幼い彼女にとって、ユーキは助けてくれた強くて優しい人。

警戒心など抱くはずも無い。

逆を言えば、若干成長している楓にとっては、あまり信用できない男である。

正反対でいて、その実似たような評価。

どちらも、ユーキのことを深く知らない故に出てくる結論だ。

 

「そうね、カナメも名乗れるようになったしもうここに用事は無いかな」

「おとーさん達に、ご挨拶に行かなくてもいいの?」

 

純粋さは、時に気まずい空気を生み出すことがある。

払拭することは容易いが、カナメを一瞬たりとも嫌な気分にさせることなど、楓には出来ない。

すぐさま笑顔を作り、言い訳を考える。

それらしいことを言えば、カナメは信じる。

経験上、楓はそう確信していた。

 

「お父さん達はね、今私達に会えないんだ」

「なんで?」

「ほら、緊急の儀式があるから準備で忙しいんだって言ってたでしょ? だから朝からいなかったし、さっきのあれにも巻き込まれてなかったしね。あたしたちが今いったら大騒ぎになっちゃうよ」

 

もちろん、嘘である。

そも緊急を要する儀式があるはずも無く、そこまで大きな事件があったわけでもない。

何故父母たちがいなかったかも知らない。

だがしかし、綻びのある嘘であってはいけない。

あくまで、それらしいことを言わなければいけないのだ。

 

「なんでも、この地に封印されてる魔族が目覚めるとか何とか。ほら、あったでしょ? 『赤き紅葉に降る星の』っていうお話。あれ、本当だったらしいよ。舞台はこの森だって話だし、まさかとは思ってたけど、現実になるとは思いもよらなかったわ」

「本当だったの?」

 

真に受けているカナメを見て、ユーキはさらに話の方向性をずらそうと試み。

嘘は嫌いだが、それ以上に姉妹をいじるのは楽しい。

 

「…その話、訂正版だな。本当は『落葉散華』だ。主人公が最後、魔族に屠られる話だったのだが、何故か修正されてな。今の形に落ち着いたわけだ」

「そうなの?」

「うあ、あれって修正されてたの? それは知らなかった…」

 

何故か一緒になって騙される楓。

存外、素直な性質なのかもしれない。

ユーキのことを信用していないのに、彼の言葉を信じている。それは、何故か。

 

「今日はさっきみたいな事があったしね、どんな悪影響があるか分からないし」

「私も魔導を使ってしまった、危険性なら十分に高まっているな」

「あんたやっぱり余計なことを持ち込んでるんじゃない!」

 

図らずもな、とまったく悪びれるそぶりも見せない。

儀式云々自体が嘘だと言うのに、なぜか頭に来た楓はユーキの膝を蹴る。

 

「何をする」

「少しは反省しなさいよ!」

「儀式でどうにかなる魔物なのだろう?君達が手伝わなくても平気だと言うことじゃないか」

 

理由を重ねて重ねて説得力を増す、と言う手法。

楓はユーキの意図を汲み、そういう事かと頷いた。

魔導師のくせに変な奴。

 

「でもまあ、そういう訳でお父さん達には会えないんだ」

「んー、じゃあしょうがないね。また、戻ってくるんでしょ?」

「ええ、そうね…」

 

いつかはばれるだろう。嘘など一時の逃避でしかない。

それでも、もう少し時間が経てば理解するはずだ。そう信じて、今は。

勝手に心の中で決着をつける楓に、ユーキは小さく目線を向ける。

そのまま気づかれないうちに別の場所へと向けると、どこからかリュックサックを取り出した。

虚数空間を操ることは容易く、まさしく魔導師足りえる能力。

中には様々な物が無造作に詰め込まれている。

そもそも限界と言う概念が無い空間は、整理整頓などといった空間に扱われている者たちが理解できる範疇に無い。

まさか、ゼロ即ち無限と言われたとて、矛盾しているとしか認識できないだろう。

それこそが人とそうでない者を隔てる境界線。

 

「いずれまた会いにきましょう。次はきっと平和になってるわ」

「うん、ユーキさんが、えっと、魔導?を施行してくれたしね」

「さあ、それはどうかしら。微妙なところよ」

 

肩をすくめて、楓は答える。

彼がやったことといえば、森に結界を張り直しただけだ。

人の影響はおそらく排除されるだろうが、それもユーキの言が真実だとしたらという前提があって初めて成り立つ理屈。

 

「さすがにサイズは…。ないよりましか?」

 

一人呟くと、わいわいやっている少女達に向き合う。

大した事ではない。

人と話す時は目を見て、しかし時と場合によっては見ないでおこう。

それが、人情。

 

「ぼろ布の替えがこれしかなかったんだが…」

「なにこれ」

「いや、その…。昔貰った寝巻き、なんだが」

 

ぼろ布と寝巻きを比べて、どちらがいいのだろうか。

それ故にユーキは悩む。

 

「変態」

「うっ、いやその、私も代替案があれば…」

「変態変態変態」

「私としてもぼろ布でいられるのはいたたまれないんだ、察してくれ」

 

色々な意味で悩むユーキを半目で睨むイヌミミの少女。

多数の凶悪な男相手にあれだけの暴虐を働いた男はうろたえていた。

 

「お姉ちゃん、これ可愛くない?」

 

そんな状況を打破したのは、より小さいネコミミの少女の声。

寝巻きを振り回し、それぞれの位置に当てて「どうかな?」と首をかしげた。

楓の表情が崩れ、カナメの頭を撫で回す。

 

「ま、カナメが可愛いからいいか」

「そういう問題処理で良いのか…」

「いいじゃない、決めるのは私よ。あんなフリフリの服を持ってたのは不問にしてあげるわ」

 

笑っていない笑みを浮かべて、ユーキを見る。

苦笑いを浮かべて、ユーキはぼろ布の上から楓にパジャマを着せた。

相応、というかなんというか。

 

「ぴったりじゃないか、サイズが」

「馬鹿なこと言ってないで、カナメに服を着せなさい。そして素直にカナメが可愛いと褒め称えなさい。さあ今すぐよ、即時実行しなさい」

「あー、ちょっと待て。着せるのはいいとしても素直に褒めたらどうなる」

「ですとろーい」

 

親指を地面に向け突き出し、べーっと舌をだす。

理不尽な娘め、とユーキは呟いた。

 

「とにかく、服はありがとね」

「…礼は不要だ」

 

同じくカナメに服を着せ、頭をぐりぐりと撫でる。

楓に蹴られたが、無視して楓を摘み上げカナメの横に置く。

何時までもこの場所にとどまっている訳にはいかない。

 

「さあ君達、行けるか?」 「って言うか、どこに連れて行く気?」

 

もしや、と言う言葉は飲み込んだ。

カナメがへらへら笑っていたからだ。

純粋であるが故に世界の悪意に敏感なカナメが何も考えずに笑っている。

それは赤子と同じだ。胎児が生まれ出と同時に泣き喚くのは、何故だろうか。

誰もが知っていて、しかし目を逸らしている事実。

要するに、悪いようにはしないと思ってもいいのだろう。

 

「まずはどこかの街に寄る。その後はそれからだ」

「…なんで? 私達、かなり目立つと思うわよ」

「さすがにな。だがいつまでも避けて通るわけにもいかないだろ」

 

精霊種は人をよく知っている。

例えこの森から一歩たりとも出たことは無いとしても、そう言えるだけの知識はある。

何故なら精霊種は天地と共にある生物だから。

たかが一種族の社会情勢や文化など、望めばすぐ手に入るのだ。

しかし、全てを知ろうとすれば、その情報圧に耐え切れず消滅することにもなる。

何もせずに知識を得ることの代償も、もちろんながら存在するのだ。

 

「しかたない、のかなぁ」

「それに、私にも都合がある」

 

人に紛れ込み、人を操り、悪事をなす存在。

果たして法で裁けぬそれらを成敗する役目を誰がなすか。

 

「さすがにパジャマでは忍びない。服ぐらいは買わせてくれ」

「服?じゃー、あたしは『めーどふく』っていうのがいいかな」

「いや、君はそれが何なのか知っているのか?」

 

どこと無く、背筋が寒くなるのを覚えるユーキ。

それもそのはず、いつの間にか背後に回った楓のとび膝蹴りが飛んできているのだ。

戦いに身を置く者として、ユーキが感じないはずが無い。

 

「この、ど変態めー!」

「私が望んぐあっ!」

 

だが、分かったところで避けられはしない。

避ければ怪我をするのは少女の方なのだから。

 

ユーキに一撃を入れた楓は地面に着地すると、本気でユーキを蔑んだ目で見据える。

もしや真性なのではないだろうか。

何かは、あえて言うまい。

 

「カナメに半径三メートル以上近づかないこと」

「こら、勘違いするな。どうして服を買うと言っただけで貶されなければいけないんだ」

「『みこふく』とか、『うぇいとれす』とか言うのも着てみたいなぁ…」

 

カナメはどうしてそのような事ばかりを知っているのだろうか。

楓には理解しがたかったが、恐らく彼女の母親の影響だと思い至った。

人間の奇特な趣味に関しては、抜きん出て無駄知識を溜め込んでいた。

嬉々として娘に語っていたとしても、不思議ではない。

 

「カナメ、と言ったか。私が言っている服というのは旅装束の事だぞ」

「え~?『たいそうぎ』とか『すくみず』とかは?」 「…この森の精霊種は、一体どういう教育がされているんだ」

 

沙紀さん…。あんたは一体何をカナメに教えたのですか。

心の中でおばさんと言われるとやたらと怒るカナメの母に罵声を浴びせると、カナメに向き合う。

妹が誤った道に踏み外そうとしているならば、正してまともな道を歩ませるべきではないだろうか。

少なくとも、魔導師に一歩引かれるような道に進んでは、決していけない!

 

「カナメ、いい?沙紀さんの言うことにいちいちまともに応対しちゃ駄目よ。あれは外道だから、いろんな意味で。決して、母親だからって無条件に信用しちゃいけないわ」

「絵に描いてもらったけど、可愛かったよ。『めーどふく』は。『すくみず』はちょっと寒そうだったけど、『たいそうぎ』は動きやすそうだったな。そうだ、『ちゃいなふく』てのもあったよ。カナメには似合わないって、お母さんに言われたけど」

 

余計なことばかりを教え込んだ彼女の母親を、楓は今すぐ完膚なきまでに叩きのめしたい衝動に駆られる。

思わず、叫んでしまう楓。

 

「だーっ!旅するのにそんなマニアックな格好で歩けないでしょ!」

「でも、戦うなら『せーらーふく』って言うのが良いんだって。多種多様な種類があるから、選択を間違えるとえらい大変なことになるとも言ってたよ。よく分かんないけど」

「分からなくて正解よ…。私もよく分かんないけど、直感でそう思えるわ。とにかく、服を選ぶのは私がやるから。選ぶほど種類があればいいけど、ね。魔導師にそんな甲斐性があるとも思えないけど」

 

なんだこの異空間は。魔導師の攻撃か?

目頭を押さえ、いろんな意味で間違った気がする選択肢を無かったことにできないかと、早くも思い始めたユーキだった。

どこの世界にも、おかしな者はいるということか。

何時の間にやら矛先が自分に向きだしたので、とりあえず咳払いを一つ。

 

「君らは、私が一時的な服を買ってくるまで街の外で待機だ」

「何、いきなり置いてきぼりにする気?外の世界は危険だって言ったのは、どこのどなたかしら?早速約束を破る気ね、この魔導師は。脳細胞を洗浄したほうがいいわね」

 

呆れた、とも、やっぱり、とも取れない表情を浮かべ、楓はユーキを見る。

人とは違う種ゆえに、理解に及ばない面もある。

言葉だけを取り上げるのは、いささか早計か。

しかし、人だけの感情を押し付けるには、幾分不条理すぎる。

ユーキは、彼女の発言に怒ることもなく、しかし無感情に自身の腰辺りまでしかない身長の彼女達を、見つめ返す。

 

「いや、私の仲間と一緒にいてもらう。無口か、よく喋る奴か、その中間か。どれがいい?」

「おしゃべりしたいから、よく喋る子がいい!」

「中間でいいわ。騒がしいのも静かなのも嫌だから」

 

同時に返事を返して、おや?という目線を互いに交わす。

このような場合、どうすればいいだろうか。

話し合いは一番後腐れが残る。

大した事でもないのにわざわざ時間を費やす必要は無い。

だが、ほぼ絶対といっていいほど勝敗が決まりやすい勝負が一つある。己の身体一つあれば十分こなせる戦い。

 

「じゃんけんぽん!あいこでしょ!」

 

二人であれば、大抵十回のうちに勝負が決まる。

ジャンケンと称されることが多いようだが、他にも様々な呼び名がある。

個々に癖があることもあり、見抜くことができれば必勝することができる。

運任せでもあり、また推理勝負でもある珍しい対決方法だ。

強弱の差が出来るのは、運が良いからなのだろうか。

 

「…ウィナー。今回は私の勝ちね」

「ちぇっ。お姉ちゃん、あそこでグー出すと思ったんだけどなぁ」

 

どうやら今回は楓の勝ちになったようだ。少しだけ拗ねるカナメを楓は頭を撫でる。それでお終い。後腐れは無し、興味は次の事柄に向く。

 

「しかし、わざわざここで決める事も無かったような気がするな」 「こういう事は早いに越したことは無いわ」

 

そうか、とユーキは返し、思考を走らせる。

服を着替えさせたところで彼女達が目立つことに変わりは無い。

精霊種自体が裕福の象徴として見られている今では、常に危険に晒されていると言ってもいい。

耳は帽子で隠せば良いが尻尾はなかなか難しい。

大き目のコートでも着せれば見えなくなるが、逆に違和感で目立つ。

難しい問題だ。それに、いつも一緒にいるわけにはいかないのだ。

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