「あー疲れた」
(お疲れ様です、公輝)
今おれが歩いている所は第一管理世界ミッドチルダの中心街、その大通りである。おれとリインさんの会話は他の人にはリインさんの声が聞こえないから、おれが一人でぶつぶつ言っているように聞こえる 。こんな人通りの多い所でみんなの注目を集める趣味はないので携帯電話(充電はとっくに切れてる)を耳に当てながら話している。
「しっかし、昨日は大変だったな」
(そうですね、流石にあれだけの量の食事を全部食べるとなると一種の拷問ですね)
昨日おれは管理局に多額の出資をしているという管理世界のある国の王様のぎっくり腰を治しに行ったのだ。あっという間にぎっくり腰を治してしまったおれに王様は大層感激したらしく、これぞ満漢全席! というような食事を振る舞ってもらったのだ。
(しかし、あのような場合残しても良かったのではないですか? 咎められるようなことは無いでしょうに)
「いや! それだけは絶対に許されないことなんだ! 食事を出されたときは、その材料の生産者とおれの血肉となった動植物達に感謝し、その材料達を調理と言う名の魔法を使い、料理を作り出す料理人にも感謝する。その感謝とは、出された物は全部食べると言うことなんだ!」
これだけは譲れん! どこかの国では出されたものを残すことによって「食べきれないほど食事を出してもらいありがとう」という意思を示すところもあるそうだ。ホストの人に対する感謝の念はもちろんあるが、生産者の方々にも感謝の念は忘れたくないのだ。
(そうか、それは立派だな。良い心がけだと思うぞ)
「でしょ~」
そんな話をしながらやってきた場所は大通りから一本奥に入った小道にひっそりと佇む小さな店。
「ちわー、今日はなんかいい物入ってますか?」
「おう、まっちゃん。昨日珍しいものが手に入ったんだ。こいつをみてくれよ」
この店は骨董屋『アルハザード』。店長はヤッサンと呼ばれているので、おれもそれにならってヤッサンと呼ばせてもらっている。このアルハザードというのは、技術が発展し過ぎたが故に崩壊してしまった遥か昔に存在した国……と、いう話が伝わっている伝説上の土地だそうだ。そこではマジックアイテムが多数制作されて、現在でもロストロギアとして存在しているものもたくさんあるだろうと言われている。ロストロギアとは、そんな昔の超技術によって作られた物で、今の技術では再現不可能の物の総称としてロストロギアというそうだ。
つまり、かつてのアルハザードに存在したロストロギアのような珍しいものを取り扱いたい、と言うヤッサンの願いがこもった店名なのだそうだ。ここにあるものはどれも面白いものばかりで、お金が入るとついふらっと寄ってしまうのだ。この前買った懐中時計はとてもいいものだった。何よりかっこいいこと。ただ、時々時間が進んでいるのが玉に瑕だが。
「ヘッドホン?」
そこに置かれていたのは高級ヘッドホンと一目でわかるようなヘッドホンの絵が描かれた化粧箱だった。
「そうさ! こいつはミッドチルダが誇る大企業、Y-SONが20年前に限定5台だけ発売したMDR-001.Magiだ! 装着者の魔力をヘッドホンが自動的に使用し、ヘッドホン全体にその魔力を纏わせることにより磁気回路内部で発生する共振を抑え込む。それによって、これまで体験したこともない高音質を提供する……と、言うキャッチフレーズで発売されたものだ」
(なんだその良くわからない理論のヘッドホンは。誰がそんな物を買うんだ?)
「まじかよ! すっげーなこれ! おれは興味津津だ!」
(えっ)
おれの趣味は多々あるが、特にお金を掛けるものとなるとそれは一つに絞られる。それはオーディオ機器だ。イヤホン、ヘッドホン、アンプにプレイヤー。果てには線材までこだわりを見せるくらいにはこだわっている趣味なのだ。問題はおれのクソ耳が高音質に追いつけていないことなのだが、この世界は思い込みが左右するのでお金をかけたという事実があればそれでいいのだ。うん。
「ヤッサン、これいくらだ? 買うぜ!」
4万、いや、5万までなら出すぞ。
「22万」
「は?」
「22万だ。どんなにごねても20万以下で売る気はないからな」
「イラネ、そんなん」
オーディオ機器の闇は深い。さすがに20万はつらい。
「なんだ、いらないのか。まっちゃんもまだまだだな~こんな良い品がこの破格の値段で手に入るってのに。まあ、いいや。他の物も見て行きなよ」
「そうさせてもらうよ」
そう言ってヤッサンは新聞を広げて読みだした。じゃあ、おれも店の物を物色することにしよう。
(お金をかければかけるほどいいのではないのか?)
「リインさん、物事には限度と言うものがある」
働きまくってるからある程度高級取りではあるが、金銭感覚は庶民のままだと思っている。
「しかし、物騒だねぇ、我らがアイドルなのはちゃんが大怪我とはな。大事なけりゃいいけどな」
今……ヤッサンなんつった……なのはさんが大怪我?
「ヤッサン! その新聞見せてくれ!」
「お、おう。なんだまっちゃんもなのはちゃんのファンだったのか。確かに歳も近いしな」
いつ? -昨日か!
どこで? -管理外世界での演習中
何故? -未確認の敵性物体による襲撃
状態は? -重体!?
今は? -場所は詳しくは書いてないが、おそらく管理局系の病院だろう
こうしちゃいられない!
「ヤッサン! これ返す! そんで、今日はもう帰るわ! じゃあ!」
「あ、ああ。気をつけてな」
「行くぞ、リインさん!」
(ああ!)
おれ達はアルハザードを出て、事情を知っているであろうフェイトさんに場所を聞いて病院に向かった。
☆
コンコンコン
「坂上公輝です。入ってもいいですか?」
「公輝君? どうぞ」
「失礼します」
そこにいたのはフェイトさん、ヴィータ、士郎さん、桃子さんだ。さっき応答してくれたのは桃子さんだろう。
「マ、マサキィ……来てくれたのか……たの、頼む……なのはを……なのはを助けてくれ!」
ヴィータがおれに縋りついて来る。こんなに憔悴したヴィータを見るのは初めてだ。事の重大さがよくわかる。
「わかってる、そのために来たんだ。というか、何ですぐにおれを呼んでくれなかったんだ?」
「呼んださ! 呼んだけど……お前が答えなかったんじゃないか……」
あ、そういえばこっちに戻ってきたの今日の午前。念話は世界を隔ててしまうと通じないし、携帯の電池も切れていた。それに、おれが仕事でどこに行くか、と言うのを伝えるのも忘れていた。クソッ! おれの所為じゃないか! だが、過ぎてしまったことは仕方ない。今おれができることをしなければいけない。
「なのはさんは今どこだ?」
「まだ集中治療室で面会謝絶だよ……」
「わかった。おれに任せろ! なのはさんは絶対に助けるからな」
そう言っておれはこの病院の集中治療室に向かおうとする。
「公輝君、一体どうするつもりだい」
士郎さんがおれにそう言ってくる。そんなの決まってるじゃないか。
「友達を助けるんですよ。時空管理局三尉相当医務官の力、今使わないでどうするって話ですよ」
おれは待機室を出て集中治療室へ走る、全力で!
☆
「公輝君、本当に何と言ったらいいのか……とにかく、なのはを助けてくれてありがとう」
「ありがとう……ありがとう……公輝君」
「い、いえ! 自分こそ、もっと早く行くことができれば良かったのですが……」
あの後、集中治療室を探しだしたおれは医務官権限で中に入り、レアスキルによる容赦ない回復術を施した。ほんの2分ほどでなのはさんは全回復して目を覚ましたが、何が起こったのかわからず混乱した様子だった。そして、しばらくして状況を把握したようで泣いていた。
「なのは……よかった……」
「なのは! なのは! 良かった……本当に良かったよぉ……」
「……ごめんなさい。心配かけて」
フェイトさんとヴィータがなのはさんのそばによって泣いている。この涙が悲し涙にならなかったのは不幸中の幸いだろう。今回の事件は安全だと思っていた演習中に強襲を掛けられた所為というのもあるが、働き過ぎて疲労が溜まりに溜まってしまっていたために、なのはさんは敵に不覚をとってしまったそうだ。そのことについてはみんなにこってりと怒られていた。まあ、怒ってもらえるというのは幸せなことだと思う。その人に対して無関心なら怒ることなんてしないからな。なのはさんがみんなにどれだけ思われているか逆説的によくわかるというもの。彼女が理解しているかどうかはわからないが、今回の事で学んで欲しいものだ。
「なのは! 私はもう、なのはをこんな目には絶対合わせない! ベルカの騎士として、なのはのことを守るって誓う!!」
ヴィータの誓いは力強くおれの心に届くような物だった。
今のおれはなのはさんの治療に間に合うことができた事の安堵感で満たされていた。しかし、同時におれ達の仕事は死ぬ可能性が十分にある仕事だということも再確認させられることとなったのだった。
☆
(「友達を助けるんですよ。時空管理局三尉相当医務官の力、今使わないでどうする」か……あの言葉は私の心を揺さぶるようでした。公輝は本当に立派な人だ)
ああぁ、あの時のおれは色々と天元突破してたから感じるままに喋ってたけど、そんなかっこいい事言ってたのか……
は、恥ずかしいいいいいいいぃぃぃぃぃ
あの事件の衝撃も収まりだしたある日のことであった。
新生活の準備が忙しくなるのでしばらく更新止まります。
許してちょ。