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「うっふっふー……もうすぐあいつ等と陛下がここを通るわ」
今回のドクターからの命令は陛下を連れてくること。だけど、周りの人は極力傷つけちゃいけないっていう難しい条件付き。
「極力傷は付けないけど、不慮の事故ってあるわよねぇ。事故なら仕方ないわよねぇ? ディエチちゃん」
「意図的に起こす事故は事故とは言わない」
もう、かわいくない子ね。事故って言ったら事故なのよ。これであのいけすかない医者をギャフンと言わせることができるわ。思い起こせば初めて会ったときから気に食わない奴だったわ。初対面で人の事をおばさん呼ばわりしてくれちゃって。
「奴らは自転車で移動しているわ。だ・か・ら、この画鋲を進路上にばら撒いておきましょう」
「陰険」
「お黙り、ディエチちゃん」
この画鋲を踏みつけた自転車はパンクする事は必至。きっとあいつはパンクの所為でハンドルを取られるはず。でも、あからさまに画鋲がばら撒かれていたら誰だって避ける。それをさせないためには工夫が必要。
「そ・こ・で、私の
これで普通の人間には画鋲があるはずの場所は何もないように見える。
「こすい」
「ちょっと! こすいって何よ、こすいって。そこは賢いって言いなさいな」
最近ディエチちゃんがかわいくなくて困っちゃうわ~。
「そしてそして、あいつがハンドルを取られて慌てふためく顔を、このドクター謹製超高解像度カメラで保存してしまいましょうか」
この写真をミッドの匿名掲示板に投稿するのも良いわね。そうしましょう。
「その位置はちょっと近すぎない?」
「いいのよ、ディエチちゃん。折角だから私の目であいつのアホ面を見て大笑いしてやるから」
私自身も
「奸悪」
「はいはい、私は奸悪ですよ」
……奸悪ってどういう意味?
それに、あり得ないとは思うけど、万が一、いや、億が一失敗したらトーレ姉さまがバックアップに回ってくださる。気楽にあいつを痛めつけてやりましょう。ふふふ……
「ふふふ……あーはっはっはっは!! ほら、ディエチちゃんも私の指示通りにしなさい」
「はぁ……」
この私、クアットロの完璧な作戦に度肝を抜かれるといいわ!
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ボード少女の追跡を振り切ったらおれ達は今のところ何の問題もなく六課へ続いている道を走っている。
「油断したらあかんでハムテルくん。まだ、何があるかわからんからな」
「わかってるって」
さっきのボード少女の首元にローマ数字の11が見えた。あれが意味のある数字だとしたら、少なくとも彼女の様なのが11人いることになる。気を付けるに越したことはないだろう。
「!! アカン! これはアカンで! ハムテルくん! 急いでこの道から外れるんや! すぐそこの曲がり角を曲がって!」
「お、おう!」
はやてがいつになく慌てたような声でおれに指示を出してくる。おれ達がさっきまで走っていた道を外れて路地に入って数秒後、
ゴン太ビームが通り過ぎて行った。
「な、なんだ……ありゃ……」
「びっくりー……」
「私の感覚で、魔力Sランク以上の砲撃や。あんなんに当たったらただじゃすまへんで」
そんなにやばいものだったのか。身近にあれに近いことを平然とやってのける人物がいるからどれくらいすごいのかってことを知らなかったぜ。
「さっきの道に戻るのは危険やな。まだ射手が狙うとるかもしれへん」
「ここの道も把握してるから問題はないぞ」
おれは今まで以上に周りに注意を払いながら道を進んでいく。
「!?」
突然物陰から野良猫が出て来たのだ。
このままのスピードで進んでいたら野良猫を轢いてしまう。おれは例え野生動物だろうと無闇に傷つけたくはない。
いつも以上に注意を払っていたおれだからこそ反応することができた。急ハンドル切るとバランスを崩し、後ろに座っているはやてや籠に乗っているヴィヴィオちゃんに危険が及んでしまう。そのため、急ブレーキをかけることにした。ただ急ブレーキをするのではなく、体重移動を利用し、自転車の向きを進行方向に対して垂直になるようにする。こうすることでさらに強い摩擦がかかって止まるはずだ。
「にゃー!!」
「な、なんや!?」
ブレーキによって回転を止めた車輪が地面をこすることによって、土ぼこりを巻き上げ、ジャリジャリと凄い音を鳴らす。
そんな状態がほんの数秒続くと、自転車は止まった。
「あ、危なかった……」
どうやら猫は足を怪我をしているようで、すぐさま逃げることができなかったようだ。健康な猫だったら猫自身が避けていたかもしれないが、この子の場合は無理だっただろう。
「なるほど、そういうことかいな。流石やな」
「おじさん、えらい!」
はやてとヴィヴィオちゃんも状況を察したようで、おれを称賛してくれる。照れちゃうじゃないか。
おれは一度自転車から降りて、猫をしばらく撫でてやる。すると、怪我は治った様で、おれの指をペロペロなめてくる。猫の舌の感触って独特だよなぁ……
「って、和んでる場合じゃない。じゃあな、猫よ。もう怪我するなよ」
「バイバイねこさーん」
そういえば、さっき何か恐ろしいものが自分めがけて飛んで来た時のような悲鳴が聞こえたような気がしたのだが、気のせいだったろうか? 気のせいじゃなければきっとゴキブリが飛んできたに違いない。
怪我をしていた猫に別れを告げ、再び六課へ向かう。
「!?」
おれはさっきのような急ブレーキではないが、ブレーキを引いて、自転車を止める。
いつも以上に注意を払っていたおれだからこそ反応することができた。
「500円(相当)玉落ちてるじゃん!! ひゃっほーい!」
「ハムテルくん……」
「おじさん……」
なんだ、その呆れたような目は。500円玉だぞ、500円玉。自転車を止めて拾うレベルの落し物だろ。
「はよ自転車こぎーや」
「へいへい」
おれははやてに注意されてしまったので、返事をして再び自転車をこぎ始める。
おい、はやて。さっきおれが拾った500円玉を入れた右ポケットをあさるのをやめなさい。
そういえば、さっき自転車を止めた時、新幹線が通過するホームに立っている時に感じる様な突風が起こったのはびっくりしたな。ミッドはビル街だし、ビル風が吹いたのかな?
その後、おれ達は問題なく六課に到着することができた。
★
「うんうん、ディエチちゃんは上手くやった様ね」
ディエチちゃんの砲撃によってあいつらをこちら側へ誘導することができた。後はここで待機してるだけで、おもしろ画像が撮れるってわけね。
「さあ、いらっしゃい」
私はカメラを構えてシャッターチャンスを待つ。
「ん?」
なぜかあいつは画鋲のトラップの前で急停止した。
「なんで? まさかトラップを見抜かれ……って、イヤアアアァァァァァ!!」
普通の人間には何も見えないだろうが、私の眼にはこのように見えている。
無数の画鋲が私の方に向かって飛んで来ている。どうやら、あいつが急ブレーキをかけることで、その衝撃によって画鋲が飛ばされたようだ。
戦闘機人の見え過ぎる眼は状況を事細かに把握することができる。尖った針の部分を私の方に向けて飛んでくる画鋲がいくつもあると言う状況を。
しかし、戦闘機人だからこそ、その状況を回避するため、体が反応することができる。
「ち、ちょっと怖かったわね……」
飛んできた画鋲を回避して、息を整える。
「って、あれ!? いつの間にか居なくなってるじゃない!」
ハッ! まさか、あいつは私の目をそらすために私のトラップを利用したと言うの? これを狙って……ムカツクー!
でも、トーレ姉さまが何とかしてくれるはず。……後で叱られるかもしれないけど……
そう思い、行ってしまったあいつ等を探すと、少し先の方で見つけることができた。そこはトーレ姉さまが攻撃を仕掛けようと狙っている場所。これで作戦は完了ね!
ゴスッ
言葉で表すとそんな音だろうか? いや、こんな生易しい音ではない。文字であらわすのは不可能な、音を聞くだけですっごい痛いことが伝わってくるような、そんな音が鳴り響いた。
「ト、トーレ姉さまー!」
「うっ……痛い……マサキ医師は中々やるようだ……」
信じられないことだが、あいつはトーレ姉さまが突っ込んできた瞬間に自転車を止め、姉さまの攻撃を回避したのだ。姉さまの
そうこうしているうちにあいつ等は行ってしまい、完全に見失ってしまった。
「作戦……失敗しちゃった……」
あいつにひと泡吹かせることもできず、ドクターに頼まれた事もできず。
「次は絶対泣かしてやるんだから~!」
とりあえず、今日はビルに突っ込んだ痛みの所為で涙目になってるトーレ姉さまを見ることができたからよしとしましょう。
一体何ットロと何エチと何ーレなんだ…