それが日常   作:はなみつき

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おんぶとレモンと92話

「ねぇ、ドゥーエさん。そろそろ降ろしてもらってもいいんですよ?」

「そうですか? うふふ」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ドゥーエさん、重くない?」 

「今の公輝はとても軽いので何の問題もありません」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「家に着いたね」

「そうですね」

 

 結局バス停から家までこのままだったな……

 

 四日間のサマーバケーション合宿も終わり、おれとドゥーエさんはミッドチルダにある自宅へと帰ってきていた。

 

「どうぞ」

「ありがと」

 

 ドゥーエさんは腰をかがめて背負っていたおれを降ろしてくれる。

 はい、この年になって女性におんぶされるという貴重な体験をさせていただきました。

 次元船の発着空港から家まではバスと徒歩による道程なのだが、突然身長を約50cmも持って行かれたおれは、変わった歩幅の感覚に慣れず、何度も転びかけてしまった。それを見かねたドゥーエさんがおれを背負って帰ることを提案したのだ。

 もちろん、最初は遠慮して断った。しかし、何故かやたらグイグイ来るドゥーエさんに結局押し切られる形で背負ってもらっている。その時のドゥーエさんが何だか若干嬉しそうというか、興奮していたような気がしたのは気のせいだと思いたい。

 余談だが、ドゥーエさんの提案として1におんぶ、2に抱っこ、3にお姫様抱っこという事だったので案1を選ばせていただきました。

 

「苦労かけるね」

「それは言わない約束ですよ」

 

 と、言葉では労いの言葉をかけるおれであるが、本来おれが持っているべき荷物は今もドゥーエさんが持っている。まだまだ苦労を掛けている状態である。

 ……だって、おれのカバンはゲームとかゲームとかゲームが詰まっててクッソ重いし、今の体格だとカバンをずってしまうんだもの。仕方ない。それに、ドゥーエさんは頭脳派とはいえ戦闘機人の一人であるため力という観点で言えば通常のおれよりも力持ちだ。

 

「みんなー、ただいまー」

「ただいま戻りました」

 

 せめてと思い、荷物で手が空いていない彼女の代わりにおれが家のドアを開ける。……ドアノブが高いぜ。子供の頃ってこんなに不便だっただろうか。こういう細かい所で子供と大人の違いというものを改めて気づかせてくれる。

 

「おー、おかえり~」

「マサキ、てめぇ……ようやく帰って来やがったな」

 

 真っ先に声を掛けてくれたのははやてとヴィータ。その後もシグナムさん、シャマルさん、ザフィーラさん、アインスさん、アインスちゃん、アギトちゃんも声を掛けてくれる。

 

「おう、マサキ。ガムやるよ」

「お、サンキュー……って、そんな古典的な罠に引っかかるわけ……ん? パッチンガムじゃないのか」

 

 唐突過ぎるからどうせそういうビックリ形のイタズラをしてくると踏んだのだが、そういう訳ではないらしい。板ガムの横を摘まむように引く抜いたが、想像していた衝撃は起こらなかった。

 なら、このガムが激辛とか? ふふふ……甘いなヴィータ。おれに激辛は効かな……

 

「うっ!? すっっっっっっっっっっっっっっっっっぱああああああああ、なんらこれぇぇぇ」

「あーっはっはっはぁ! バーカ、お前の弱点は把握済みなんだよ!」

 

 

 人間が感じる辛味というのは正確に言えば味ではない。これは痛覚を通して感じるものである。おれにとって痛みというのものは健康状態から離れることと認識しているため激辛ということを認識した瞬間に消えてなくなる。

 しかし、酸味は正式な味覚の一つ。酸味を感じることは人間にとって普通の事である。つまり、おれは強烈な酸味を消すことが出来ない! 

 そのことを見抜くとは……流石はベルカの騎士。騎士としての観察眼というものか! 

 

「唾液が出すぎて脱水症状になりそう」

「果汁120%のレモンジュースなら冷蔵庫にあるぞ。存分に水分補給すると良い」

 

 嫌がらせが極まりすぎている。

 ていうか、それはもはやレモンだろ。いや、果たしてそれはレモンなのか? レモン1個にレモン1.2個分のレモンが……ん? 

 

 ……

 

 ヴィータからの早朝電凸に対する制裁を受けながらも、荷解きもなんとか終えることが出来た。途中でレモン汁を水鉄砲で口に向けて発射されたものが的を外して目に入った時は一瞬死にそうになった。

 時刻は午後4時。夕食にするにはまだ早いが少し小腹が空いてくるような時間。

 

 ──小腹が、減った……。

 

「お茶にしよう」

「お~、ええね~。冷蔵庫にシュークリームもあるから食べようか~」

「最近クラナガンで話題のケーキ屋で買って来たあれですね! お皿の準備してきますね~」

 

 そう言うとシャマルさんは冷蔵庫にしまってあるというシュークリームを取りに行く。

 

 よし、ならおれも準備しますかね。

 合宿中もみんなに紅茶を振る舞っていたのだが、なんだかこうして紅茶を準備するのは随分久しぶりな気分になる。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「結構美味かったな。途中から何故かおれのミルクティーがミルクレモンティーになってたのは頂けなかったが」

「でもやっぱり翠屋のシュークリームには敵わへんな」

 

 甘いスイーツにレモンティーって個人的にはあんまり……ストレートかミルクティーだろ、やっぱり。いや、ミルクレモンティーだからそれ以前の話だったわ。

 

 だけども、はやての言う通り今まで色々な店のシュークリームを試してみたが翠屋のシュークリームに匹敵するものは未だに出会えていない。

 うむむ……今度地球に帰った時にまた買わないと。

 

「ところで」

「うん?」

「君たちは何か思うところはないのか?」

 

 家に帰ってきて数時間。それだけ経っても今のおれの状況に関して誰も何も言わない。

 ヴィヴィオちゃん達が滅茶苦茶反応してきたのと比較すると滅茶苦茶反応が薄い。というか無い。

 あー、それ考えると、これから仕事でイチイチ説明するの面倒くさいなー。今日だって、次元船の到着ゲートを通るときに身分証明書と顔が違い過ぎてひと悶着あったのだ。結局指紋と虹彩と魔力を管理局に預けている個人データと照らし合わせてようやっとミッドに入ることが出来たくらいだし。

 

「? またなんか新しい遊びでも思いついただけやろ?」

 

 はやては何の気なしにそう答える。

 なのはさんとフェイトさんのおれに対する認識もどうかと思ったが、はやてははやてで適当だな~。

 

「どうせマサキだしな。何も心配することは無いだろ」

「そうだな、少し身長が低くなっただけだろう?」

「むしろ、若返って身体が軽いんじゃないですか?」

「うむ」

 

 そう言うのはヴォルケンズ。

 

「うめーな! これ!」

「シュークリームに埋もれて幸せです~」

 

 特におれの事を気にしていないアギトちゃんとリインちゃん。

 融合機(小)組はその体の小ささを生かしてまだシュークリームを堪能している様子。幸せそうで何よりです。

 

 でも、おれと同じ時をはやての次に長く過ごしたリインさんなら……! 

 

「大人の姿に戻る必要があるなら私に言うと良い。その時はユニゾンして変身魔法を使ってやる」

 

 むふ~、とどや顔で言うリインさん。

 あ、はい。ありがとうございます。素直に助かる、それは。

 

「とまあ、実際大したことはないやろ。まさか黒の組織の取引をうっかり見てしまったばかりに毒薬を飲まされた訳でもないんやろ?」

「まあね」

 

 全然違うとは言い難いけどそんな危機迫った状況でもないのも事実である。

 

「ほんなら、私は特にいうことは無いな~」

「流石は八神家だぜ、なのはさんもフェイトさんも慌てふためいてたというのに」

「ま、ハムテル君が何かやらかしても今更驚きもせんわ。昔から訳分らんことしまくっとったけど、スカリエッティの事件ではいっちゃんぶっ飛んどったしな」

 

 原因がスカさんであることは黙っておこう。

 

「へへっ……信頼が厚いぜ……」

「その信頼、燃えまくって熱くなってるだけだぞ」

 

 うるさいよヴィータ。

 

「あ!」

 

 その時、はやてが何かを思いついたかのように声をあげた。

 

「今なら電車も映画も遊園地も子供料金でお得やん!」

 

 流石はやて、なのはさんもフェイトさんも言わなかったことを平然と言ってのける。そこに痺れる憧れはしないけど。

 

 だがそれでいいのか、法の番人管理局員。

 

 

 あ、そういえばおれも管理局員だけど同じこと考えてたわ、なーんて思いながらもいつもの日常に戻っていく。


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