「ほな、気をつけてなー」
「精々恥をかかない様になー」
「どんな環境だろうと気を引き締めていけ」
「いってらっしゃ~い」
「マサキ、まあ気楽に行ってこい」
「なにこれ」
うん、なにこれ。
おれの知らぬ間にSt.ヒルデ魔法学院に編入が決まってから数日。とうとう登校日が来てしまったのだが……。
「なにこれ」
「二度も言わんでええがな。ただのお見送りやん」
八神家総出でおれを見送りに来ることなんて今まで無かったじゃないか。家族総出で見送られる小学生。初登校かな? 初登校だったわ。
絶対みんな楽しんでるよ。あ、ちなみにリインちゃんとアギトちゃんはまだ眠っている。小学生の朝は意外と早いのである。
「自身の務めを果たせ」
「はい」
はい、ザフィーラさん。了解ッス。
「……んじゃ、行ってくる」
「あ、ちょい待ち! 忘れもんや!」
忘れ物? はて? そんなはずはないのだが。今日の時間割の教科書だって朝起きてから慌てて急いで準備したから抜けは無いはずだ。うん。
一度家へ戻ったはやては再び外に出て来て何かをおれに向かってシュッと投げて来た。
「とと……って、これは……」
「今日は暑いから、それかぶって行きや」
はやてが投げて来たものは麦藁帽子だった。
「えぇ……」
確かに、小学生の時にキャップをかぶって登校していた子は居たが、麦藁帽子をかぶって登校していた子は見た事が無いぞ。
しかもこの帽子、おれが闇の書に乗って魔力蒐集活動をしていた時に使っていたものだ。よく残ってたなこんなもの。
でもまあ、麦藁帽子のつばは大きい。これかぶってれば周りからの視線は気にならんだろ。
「「「いってらっしゃ~い」」」
「行ってきます」
別におかしなやり取りでもないのにとてつもない違和感を感じる。
きっとはやてとヴィータがニッッッッッッコニコだからだろう。いつか絶対お前たちも小学生にしてやるから覚悟しろ……。
「あ、そうそう。今日はカリムに用事があるからついでにハムテル君のこと見に行ったるわ。しっかり授業受けるんよ~」
「は?」
登校初日から授業参観日とか……私のスクールライフ、難易度高すぎ……?
☆
他の多くの生徒たちが登校するよりも少し前に学校に入り、職員室へと向かう。そこには担任となるシスターと管理局の職員がすでに来ており、おれも合わせてこれから事について軽い打ち合わせを行った。
職員によると、あまり露骨すぎるのもよくないのでさりげなく「管理局に入ってみたいな~」って思うくらいに日ごろから話をしておいてくれ、とのこと。
いや、むっずいな。なんだそのふんわりとした指示。それならいっそ毎週授業の半コマでも貰って管理局についてプレゼンした方がよっぽど楽だわ。
いきなりの難題に頭を悩ませつつ、今日から世話になる教室へと足を踏み入れる。
「坂上公輝です。管理局で医務官をしています。今日からしばらくの間ですが、よろしくお願いします」
おれの自己紹介から、3度目の小学生生活が始まった。
……
「良いか、諸君! 今日、皆に伝えた技術は自分たちの身を守るための技術だ! その技は必ず皆の役に立つ!」
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
時は休み時間。何だかんだと思っていたよりもミッドの子供たちの精神は大人だったため、会話等も比較的苦労することなく行えていた。
そんな中、おれはクラスの男子たちに身を守る術を管理局に勤める職員として伝授している。
次元世界の平和を守るためにはまずミッドから。ミッドの平和を守るにはまず身の周りから。身の周りを守るためにはまず自分から、という事で護身術である。
『護身術とかやってみたくない?』ってボソッと言ってみたところ、みんな食いついてきた。
わかる。なんとなくかっこいいもんね、護身術。
「今日、この場に万が一テロリストがやって来たとしても、諸君等は自分の身を守ることが出来る! 自分の身を守ることが出来れば皆も守ることが出来る! 常に仲間の事を意識し、お互いに助け合え!」
「「「「「サー! イエッサー!」」」」」
学校で突然テロリストが突入して来たらっていう妄想は世界問わず全国津々浦々誰でもするらしい。え? しない? またまた、そんな馬鹿な。
「今の状況を見てるとむしろおじさんがテロリストの指導者だよ……」
「マサキ先生ってあんな感じだったっけ?」
「確かに前会った時よりテンション高いわね」
「でも、おじさんって昔からああいう所あるよ?」
「「そうなんだ……」」
こらそこ! ヴィヴィオちゃんとコロナちゃんとリオちゃん! 聞こえてるぞ! 誰がテロリストだ!
あと、コロナちゃん。そんな目で見ないでくれ。こっちは真面目に職務を全うしているんだよ!
……あ、そうそう。おれのクラスはヴィヴィオちゃん、コロナちゃん、リオちゃんと同じクラスだ。知り合いと一緒の方が気が楽っていう配慮なのかね?
「よし! 今日、テロリスト役の人間がこの教室にやって来る予定だ。君たちは見覚えのない人間を見たら、おれの指示に従って一斉に攻撃を仕掛けよ!」
「「「「「はい!」」」」」
くくく……はやてめぇ……目に物を見せてやる。
男子たちに教え込んだ決闘者必須スキル、カード手裏剣。休み時間と言う短い時間でしか教えることが出来なかったため、大した攻撃にはならないが、総勢16名から一斉に食らえば流石にビビるだろう。
さあ来い、はやて!
「やっほー、ハムテル君。ちゃんと勉強しとるかー?」
本当に来やがった。
教室の後ろのドアからひょっこりと顔を出して声を掛けて来たのは件の人物、はやてだ。
「今だ! みんなかかれー!」
「うわー! 八神司令だー!」
「え!? 本物ですか!」
「すごーい!」
「なんやなんや? えらい人気者になってもうたなー」
子供たちは突然やって来たミッドの英雄に興奮を隠せない様子。男女問わずみんなはやてのもとへと行ってしまった。
「って、おいー!」
20分休憩での絆なんてそんなもんだ。仕方ない。
だが、おれは諦めない。
腕に装着した決闘盤。そこにはまっているデッキの一番上のカードに指をかけ、デッキホルダーから引き抜かれる。デッキケースをレールに見立てて加速し、カードが手から離れる瞬間に最高速へと到達する。その様はまさに抜刀術!
おれの手を離れたカードははやてへと一直線に向かっていく、が……。
ダニィ!?
それを認識したはやては右手の人差し指と中指で飛んでくるカードをスタイリッシュキャッチ!
今度はノータイムでカードをおれに向かって投げ返してくる。
ロクな構えも取っていないのに、その速さはおれが投げた物の1.3倍くらいある。
「ゴハッ!?」
リインさんとユニゾンしていないパンピーのおれは当然そんな速さに対応できることもなく、はやてに投げたはずのカードが額にクリーンヒットしてしまう。
その衝撃は中サイズのスーパーボールを結構な速度でぶつけられた感じだ。カードだよねこれ? はやてはとうとう『敢えて切らない』という高等技術まで手にしていたのか……。中途半端に訓練された決闘者だったら今頃おれの額にカードが刺さっていた所だ。
「うごご……」
「大丈夫、おじさん?」
衝撃にビックリして額を抑えながらうずくまるおれを心配してか、ヴィヴィオちゃん、コロナちゃん、リオちゃんの三人娘が駆け寄ってきてくれる。優しいね君たち。これからもその優しさは大事にして欲しい。
「八神司令すっげええええええええええええ」
「今の技何ですか!? めっちゃかっこよかったです!」
「管理局に入ったら、そういうことも出来るようになるんですか!」
「私、将来管理局員になりたーい!」
「ホンマに? そうやったら私たちは助かるわ~。いつかみんなと一緒にお仕事出来る日を楽しみにしとるで~」
「「「「「はーい!」」」」」
あれ? なんだかよくわからんが管理局の評判が上がっている。
よくわからないけど、管理局に志望者が増えてそうなのでよし!
いや、やっぱり納得いかんわ。