「……はい、もういいですよ」
「おお! こりゃすごい」
おれは前に座る男性の腕に触れていた手を離す。
「あまり怪我はなさらないようにしてくださいね」
「ははは! 俺としたことがドジっちまってな」
「あなたに聖王陛下のご加護があらんことを」
「助かったぜ、小さな神父先生!」
そう言うと男性は部屋から出ていく。
「ふう……」
今日も今日とておれは怪我人・病人の治療をしていた。いつもとやっていることは変わらないのだが、今日はいつもと違うところがある。それは、おれが聖王教会の神父として振る舞っている事である。
服装はヒルデの制服でも管理局の制服でも、ましてや私服でもない。神父が着るような祭服である。分類としてはキャソックと呼ばれるものだ。
ちなみにこの服、聖王教会から支給されたものではなく、どこからかはやてが持ってきた祭服(モデル:KOTOMINE)だったりする。こっちは真面目にやってるというのにもうコスプレにしか思えない……。ていうか、聖王教会はそんななんちゃって祭服をよく許してくれたな。まあ、聖王教会はその辺緩い宗教だというのはよく聞く話ではあるが。
「お疲れ~」
「おう」
今日の予約分の患者さんを治療し終わったおれに、少女が声を掛けて来た。
「相変わらず先生の治療は意味が分からないねー」
「おれも意味分かってないから大丈夫」
シャンテ・アピニオン。
彼女はここ、聖王教会に所属するシスターの一人である。シャッハさんの弟子的存在で、使うデバイスは双剣……らしいんだが、見た目も使用方法も完全にトンファー。一応、刃があるから剣らしい。トンファー剣だ。
彼女とは、教会の広場で素振りをしていた彼女にトンファーキックをしてくれと頼んだ時からちょっとした交流があったりする。
ちなみに、トンファーキックはやってくれた。おれは滅茶苦茶キャッキャしてた。
「しかし、これは思っていた以上に疲れるかも……」
「そりゃあ、ね? 先生がそんな話し方をするところを最初見た時は吹き出しそうになったよ」
「慣れないことはしないに限るねぇ」
とはいえ、これも仕事だ。少しでも聖王教会のイメージアップに努めるべく、おれはエセ神父として振る舞うのだ。
たとえ、決まり文句である『聖王陛下のご加護があらんことを』を言う時に、脳内でヴィヴィオちゃんがニパァーって笑ってる情景が思い浮かんで笑いそうになっても、おれは今この場ではクールで敬虔な聖王教会所属のエセ神父なのだ。
『聖王陛下のご加ブフゥ!?』とかなったら締まらないにも程がある。
「そ・れ・よ・り・も! 終わったならお茶にしよう! お茶! 菓子はオットーとディードが用意してるから、後は先生待ち!」
「ん? そうか? ……って、別におれを待たなくとも、お茶はオットーさんが淹れてくれるだろ」
現在、オットーさんはカリムさんの秘書として聖王教会で働いている。いつだったか、ナンバーズのみんなが保護観察処分中に行った紅茶の淹れ方講座が役に立ったのかどうかは定かではないが、最近のカリムさんが飲む紅茶を淹れる係はもっぱらオットーさんらしい。
結構な紅茶狂いのカリムさんを満足させられるくらいのお茶を淹れることが出来るオットーさんのものなら問題はないだろうに。
「もうオットーのじゃ満足できないんだよ! 先生のじゃないと!」
「おっと、そこまでだ。誤解を招きそうなセリフをこんなところでそんな大声で言うんじゃない」
ほらぁ! あっちの方で掃除をしているおれの事をよく知らないシスターさんがぎょっとした顔でこっち見てるよ! 教会の評判は上がってもおれの評判がダダ下がりだよ!
☆
「ほいっと。そんじゃ、頂きましょうかね」
「「わーい」」
全員分のカップに紅茶を注ぎ終わったところ。その時を今か今かと待っていたセインさんとシャンテちゃんがクッキーを摘まみ始める。
セインさんはお茶会を開くといつもどこからともなく現れてはお茶をしばいて行く。彼女は床や壁を自身の能力ですり抜けることが出来るらしいが、嗅覚も壁越しで発揮することが出来るのだろうか?
「うーん……いい香り。相変わらず素晴らしい腕ですね」
「どうも」
そしてこの人も、お茶会が始まるといつもどこからともなく現れる。
「カリムさん、仕事は良いんですか? 忙しいんじゃ……」
「適宜休憩をいれてこそ効率よく仕事が出来るのですよ?」
「そうですか」
その割には前回のお茶会で長居し過ぎてシャッハさんに首根っこ掴まれて執務室に引きずられて行っていたようだが……。果たしてそれは適宜と言っていいのだろうか。
「良ければ、おれよりも腕の良い紅茶師を紹介しましょうか? おれの師匠なんですけど」
「エドガーさんのことでしょ?」
まさか師匠の事を知っていたとは。
もしかして、カリムさんは美味い紅茶の噂を聞きつけるたびに味わいに行っているのか?
夜な夜なミッドのお宅に突撃して紅茶を要求する……。新手の妖怪かな?
「彼のお客様用紅茶は確かに美味しいのだけれど、私の好みではないのです」
「ああ」
どんな物も質が高ければ誰でもある程度の高評価を付ける。だが、それ以上の評価をするとなると、個人の好みの問題になってくる。
つまり、師匠の淹れる紅茶はカリムさんの好みとは少し違っていたのだろう。
「私はあなたの方が好みですよ?」
「ありがとうございます」
普通に誤解しそうになるから困る。紅茶の話なんだよね、これ。
最近のエセ神父ロールで鍛えてなかったら口角が少し上がってたかもしれない。
カリムさんも超美人だし、浮かれちゃっても仕方ないよね。
「オットーはマサキさんの指導を受けたと聞きました。ですから、あなたの弟子とも言えるオットーの淹れる紅茶は私の好みに合っているのね」
ふむ。確かにそう言われると、オットーさんはおれの弟子かもしれない。
「師匠」
「弟子ッ!」
新たな師弟の絆が芽生えた瞬間であった。
「そのまま聖王教会でオットーと一緒に力を発揮してもらっても良いんですよ?」
「それはそれという事で」
「あら? 残念」
さらっと引き抜きにかかるカリムさん。抜け目がない。
お茶会は続く。
程々に時間が経った頃、部屋にシャッハさんが現れた。
「やはり、ここでしたか。カリム、まだ執務の途中でしょう。休憩は十分にしたようですし、戻りますよ」
「あらら、見つかっちゃいましたか」
「それと……シャンテ!」
「はいッ!」
ガタリと椅子から立ち上がるシャンテちゃん。彼女は過去に色々あったためか、シャッハさんには逆らえないようだ。
「あなたには仕事を申し付けたはずですが」
「あー……えーっと……テヘッ」
「……ふん!」
「キャン!?」
これには流石のシャッハさんも鉄拳制裁。頭をはたかれたシャンテちゃんが上げた声はかわいらしいものではあったが、痛みはそこそこだったのか涙目である。
シャンテちゃん、やることはやっておこうね。
「それと……」
二人を確保したシャッハさんは辺りを見渡す。
あれ? そういえば。いつの間にかセインさんの姿が見えないな。
「……そこ!」
「うわあああああ!?」
シャッハさんが地面に腕を差し込み、引き抜く。すると、彼女の手に掴まれたセインさんがヌルリと現れる。
物質透過跳躍魔法の応用なのだろうが、地面に腕を突き刺すシャッハさんの絵が面白すぎた。アイアンマンの着地シーンみたいだ。
「あなたは何故逃げたのですか? セイン」
「いやー、思わず身体が反応してしまいまして」
どうやらセインさんは別に仕事をサボっていたとか、そういう訳では無かったらしい。でもまあ、普段から何かやらかしてシャッハさんに追い掛け回されているのだろう。想像に難くない。
「オットー、ディード。あまり三人を甘やかしてはいけませんよ」
「「はい」」
「それでは、マサキ先生。私たちはこれで失礼します。どうぞ、ゆっくりしていってください」
「マサキさん、また次も楽しみにしていますよ」
「あ、はい」
そう言うとカリムさんは部屋を出行く。右脇にシャンテちゃん、左脇にセインさんを抱えたシャッハさんはカリムさんについて行く。
「あれぇ!? 私は別に良いじゃないか!」
「丁度いいので、あなたにやってもらいたいことがあります」
「うわあああああああああん! まだお菓子食べ足りないよー!」
バタン。
部屋に残されたのはおれ、オットーさん、ディードさんの三人だけになってしまった。
「師匠、僕にもっと紅茶の淹れ方を教えて欲しい」
「よし。エドガーさんから教えてもらった知識をおれ流に昇華させた技術をオットーさんに教えるとしよう」
「では、判定役は私が」
おれは見逃さなかった。
クール系美人のディードさんが思わず垂らした涎を手で拭った所を。