透明な世界の色 作:吠えろ剣
それはあの日の光景だった。よく父親に連れて行ってもらったパチ屋。父親は私の能力の使い方をよく心得いた。だから、いつも私に色々な質問を投げかけた。あの台にはどれ程の球が入っているのか?内側の設定はどうなっているのか?今思い返すと突っ込みたくなるような質問ばかりしていたけど、その時の私はそれを考える頭はなくて、父親が褒めてくれるのがとにかく嬉しくて馬鹿正直に教えていた。
そして、その道中にある寿司屋。回らない寿司屋だ。父親がパチ屋で大勝利を納める度に私と父親の二人でそこで祝杯を上げていた。休日にテーマパークなど行くこともなくパチ屋で大儲け、寿司屋で乾杯。世間から見たら異常な親子関係だったかもしれない。だけど当時の私にとっては何気ない日常の光景であり、その光景は予期せぬ隣人の襲来により、二度と戻らなぬ過去の光景と成り果てていた。
「初任務お疲れ」
防衛任務が終わり、一休みとボーダー基地のベンチに腰をかけていると頬に冷たい感触を覚えた。声の主は烏丸京介であった。彼は私の従兄弟であり、今日は防衛任務のいろはを教えてもらった。私はお礼を言いながら頬に押さえつけられた缶ジュースを受け取った。
初めての防衛任務。それはボーダーに入隊して5日目に委任された。ボーダーの使命は三門市を近界民から防衛することである。そのためにボーダーは被災地から住宅街まで広大な土地を買収し、巨大な基地を立てた。さらに近界民が現れるという“門”を基地周辺の警戒地域に誘導させて被害を住宅地へ及ばないように防いでいる。そして私達、ボーダー隊員はボーダーからの任務を受けて、警戒地域に誘導された近界民を駆除していた。
京介は自分の隣に座るとペットボトルの飲料水のキャップを開けて一息ついた。
「ボーダーには慣れたか?」
「いや。まだ入隊して一週間も経ってないからな。だから全然だ」
「そういう割にはもうマスタークラスになったらしいな。話題になっているぞ。前代未聞のスーパールーキーが現れたって」
「スーパールーキーねぇ…」
反応に困る称号に思わず苦笑いを浮かべた。
ボーダー入隊してから6日、私はクリスマスに話題のゲームをプレゼントされた子供のようにランク戦に熱中した。学校が終えるといち早くボーダー基地に向かい、夜遅くまで個人戦のブースに引き篭もる。その結果、四日目にして8,000点代、マスタークラスと呼ばれる所まで登り詰め、周囲からはスーパールーキーだなんてダサい呼称を付けられてしまったのだが、
「嬉しくないのか?」
微妙な反応をする私に京介は不思議そうな顔をした。
「まぁ、そこまで名誉とか功績に興味があるわけではないからな。適当な実力をつけて適当に働ければいいと思ってボーダーに入隊した訳だし」
お金が一番。なんて守銭奴的なことを言うつもりはないが、ボーダーの実力なんて防衛任務を問題なくこなせる程度であれば良いと思っていた。ランク戦はお遊びだ。だが京介は眉を寄せて言った。
「それは怠慢だぞ。確かに今の近界民を倒すのは容易いかもしれないが、慢心していると、いざ、というときに足元を掬われることになる」
「ご忠告どうも。でも、あのロボットみたいな頭足らずの奴らが進化してくるとは思えないけどね」
今日、こうして実際に戦ってみて実感したのだが近界民は雑魚だ。それは数が揃おうが変わらない。行動がパターン化されており、それさえ分かっていれば簡単に撃破することができた。
四年前の大侵攻はトリオン技術がない故に不覚をとったが、対抗手段がある今ではカスでしかない。ただ京介は何かを言うまいかと思い悩んでいるようだった。
「どうした?何か思うところがあるのか?」
「いや、ただな…」
「なんだ。はっきり言ったらどうだ?」
じれったいので肩に腕を回して言い寄ってみた。京介は相変わらずの仏頂面をしていた。頬を突くとプニプニして柔らかい。昔はもう少し表情豊かな奴だったのに本人曰く師匠の影響でこうなったらしい。ムッツリハンサムになてしまって。
そうやって京介で遊んでいると嵐山隊の人達が通りかかった。嵐山隊はボーダーのアイドルみたいな存在でありファンも多い。だからか一般人にとっては芸能人みたいに珍しい人物なのだろうがボーダーに入隊してからはそうでもなくなった。というか割と見かける。というか時枝に関しては高校が同じだしクラスも同じである。
京介はほっぺを突かれたまま嵐山さんを見上げで言った。
「お疲れ様です。今から防衛任務ですか?」
「ああ。京介は前の時間帯の任務だったのか?」
「ええ。そこそこ忙しかったですが、コイツが新入りの割に動いてくれたので助かりました」
と京介にコイツ呼ばわりされたので、お仕置きにほっぺを引っ張ってやった。その様子を見て嵐山が言った。
「えっと、その子は京介の彼女さんなのかな?」
「いえ、従姉妹です」
京介は即答した。そしてちらりと目配せをしてきたので、京介で遊ぶのをやめて挨拶をした。
「先日入隊した京介の従姉妹の霧島澄子です。今後も防衛任務に参加することになると思いますので、よろしくお願いします」
「そうか、俺は嵐山隊の隊長、嵐山准だ。嵐山隊は基本、広報の活動があるから、あまり防衛任務に出れないが一緒になったときは宜しく頼むぞ!」
と嵐山さんは屈託のない笑みをして言った。成る程。これが広報に選ばれるスマイルか。確かに裏表のない愛想の良さと清しさを感じさせる。だけど、その背後にいる小柄の女の子からはピリピリとした視線を感じた。
小柄でショートヘアーの美少女。何か嫌われるようなことをしたのだろうか。言動を省みても全く心当たりがない。というか嵐山隊のなかで唯一知らない人だ。佐鳥は隣のクラスだし、時枝は同じクラスで席が隣なので知っているが、この娘は全く面識がない。でも何だかんだ関わると面倒くさいオーラが出ているのでスールすることにしたのだが、
「そう言えば木虎はスーパールーキーこと霧島さんのことで昨日何か言ってたよね」
佐鳥が余計なことを言った。私は木虎と呼ばれた女子の方を見た。やっぱりなんか怒ってる。彼女は一歩前に出て不機嫌そうに言った。
「貴方とは昨日お会いしましたね。霧島さん」
昨日?何を言っている。
「…どこかで会った?」
そう言うとなんとも分かりやすい程の青筋が立てた。おまけに少しプルプルと震えている。他の嵐山隊は苦笑いを浮かべていた。
「…昨日、個人ランク戦で手合せしたじゃないですか」
個人ランク戦。強さの養分。
おまえは今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?
答えはノー!覚えてる訳がないだろう。
そもそも常に透視を使って戦ってるから人の顔とか見ているようで見ていない。見ているのは相手のトリオン体の伝達器官だ。器官を流れるトリオンの量と道筋を見ることで次の相手の行動や攻撃を見切り、未来予知レベルの予測をして戦う。だから人の顔なんて半透明にしか見ていないから正確には覚えていない。認識できるとした知ってる顔だけだ。
「正直言って戦うとき人の顔とかあまり見てないから覚えてない」
「20回も戦ったのにですか」
少女はキリッとこちらを睨んできた。
また地雷踏んだらしい。というか今更になって少し思い出した。この人、昨日、滅茶苦茶挑んできた人かもしれない。強かったかと聞かれれば強かったが、いわゆる理論派、効率的かつ合理的な動きしかしないタイプの人だったから、透視でトリオンの流れで動きを先読みをする私とは頗る相性が悪かった。だから結果は全勝。ポイントご馳走様でした。
だけど、あれほど狩り尽くしたからには名前くらい覚えておくべきだったかもしれない。
「覚えてなくてごめんな。確か三虎だったか?」
確か佐鳥がそう呼んでいた気がする。いかにも強そうな名前だったから覚えている。
「ーーっ‼︎木虎、木虎藍です!二度と間違わないでください‼︎」
全然覚えていなかった。
「ああ、木虎ね。今度はきちんと覚えた。次ランク戦するときも宜しく」
よし、これで名前は覚えた。だが、それでも木虎は不服そうだった。
「霧島さん。貴方、私と戦う前に風間さんと戦ってましたよね?」
「風間?誰だその人?」
「ボーダーの中でも屈指の実力者だ。それと風間じゃなくて風間さんだ。歳上だし礼節に厳しい人だから、ここではきちんと礼儀を弁えていた方がいい」
首を傾げていると京介に注意された。京介は普段あまりこういうことを言わない奴なのだが珍しいと思った。ただ、かなりの実力者で、昨日木虎の前に戦った人物と言えば一人だけ心当たりがあった。
「あの小さい人が風間さんか。確かに強かったな。本気でやっても勝ち越せなかった」
小柄で猿みたいに身軽なあの男。私に隠密トリガーが効かないことを即座に見抜くやいなや、すぐさまスコーピオンの二刀流でしかけてきた。純粋な戦闘能力と経験はあちらが格上。さらには奴はその二つの長所だけで、透視という絶対的なアドバンテージをひっくり返しやがったのだ。あの肉薄した戦いは実に楽しかった。
「そして、そのあと私と戦ったとき貴方は手を抜いていた」
「え?あ、うん。そうだったの?」
木虎の言葉に私は首を傾げた。そんなこと言われても覚えていない、こともないが、そこまで意識したことでもなかった。ただ風間との激戦のあとだったから、楽とは感じていたけど。私は知らず知らずに手を抜いていたのかもしれない。
「手を抜かれた。それで怒ってる訳か」
「別に怒ってません」
木虎は不機嫌そう鼻息を鳴らした。
メンドくさいな、と思っていると佐鳥がひょこっと横から割り込んで言った。
「木虎は怒ってるけど、べつに霧島に怒ってるわけじゃないんだよ。ただ思っている以上に相手にされてなくて、自分の実力不足に怒ってるんだと思う」
そう言われると、何となくだけど、この木虎の卑屈っぷりが可愛いように思えてきた。まぁ、ここまで向上心が高い娘なら次会う時はもっと強くなっているかもしれない。
「まぁ、それならリベンジマッチ待ってるよ」
「せいぜい首を洗って待っていてください。次は必ず勝ちます」
木虎はそう告げると急ぎ足にこの場から立ち去って行った。