Show by Dream!! ~ セカイと音色と少女の円舞曲   作:津梨つな

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本作品は「BanG Dream!」×「Show By Rock!!シリーズ」のクロスオーバー作品になります。
独自設定・独自世界観・オリジナルキャラクター・キャラクター崩壊等の要素を含みますので、ご了承の上お楽しみいただけますと幸いです。


思案

 今日がまた、始まる。

 何もない世界に、代わり映えのしない毎日に、ちょっぴり辟易していた。

 …まぁ、みんなと過ごす時間は、確かに楽しいんだけれど。

 

 欲しい物は大体手に入ったけど、まだ何か物足りない。

 欲張りな私の十七回目の夏。

 

 物語はここから、始まるみたい――。

 

 

 

* * *

 

 

 

「こら、路鹿毛(みちかげ)。何度言ったらその髪染め直してくるんだ?」

 

 

 生徒指導室の長テーブルを前に、今年何度目になるか分からない呼び出しを受けている。

 生徒指導の先生は顔を合わせる度に髪色の事をつついて来るけど、呼び出されたのはまた違う理由。

 

 

「…気が向いたら?」

「はぁ…お前はただでさえ人の目を惹く髪色なんだから、そんな目立つ刺し色なんか――」

「せんせ、できました。反省文。」

 

 

 …放課後に通常教室でベースを弾いていたところを風紀委員に見つかり、密告(チク)られたのが切っ掛けだった。昨日の放課後、買いっぱなしで張り替え忘れていた弦を交換したついでに掻き鳴らしたい衝動に駆られたから。

 そうそう、私は一応バンド活動なるものをしている。友達に誘われたのが始まりだったけど、今ではすっかり生活の一部。元々憧れのアイドルの影響でベースを弾いていたこともあって、毎日それなりに充実していると思う。

 

 

「う、うむ……よし。戻ってよろしい。」

「あーい。…そいじゃまた。」

「また来るようなことをするんじゃない…。今後は音楽室か放送室の使用許可を取る様に。それと――」

「失礼しましたぁ。」

「あ、こら!路鹿毛!」

 

 

 指示された反省文は書き終わったし、ここに居る理由はもうない。長々とお説教を垂れ流す先生を無視して、廊下へ脱出。

 ――と、そこに待ち受けていたのは。

 

 

「終わった?」

「…待ってたんだ。」

「うん。今度は何したの?」

「教室で、ね。」

「…ああ、香澄(かすみ)もよく怒られてるやつだ。」

 

 

 綺麗な黒髪に整った顔。どこかぼーっとしたような不思議なオーラを纏う彼女は、同じクラスの花園(はなぞの)たえ。特にこれと言って接点は無いが、この子もまた自分と同じようにバンド活動をやっているため、顔を合わせたら会話する程度の仲ではある。

 私を待っていた…となればあの用事だろうな。時間的にも、お昼休みな訳だし。

 

 

「まだ時間あるよね?」

「またあそこに集まってんの?」

「お弁当は皆で食べる物だよ。それで迎えに来たんだから。」

「…そ。」

 

 

 私的には一人だろうとどうでもいいんだけど。たえはこうして、昼休みに一人で居る私を見つけては中庭に集まって弁当を広げている仲間の元へ引き込もうとしてくる。

 勿論、特に断る理由も無く手を引かれるままに合流してしまうのだ。

 

 

「行こ?月渚(るな)。」

 

 

 私は路鹿毛月渚。ここ花咲川(はなさきがわ)女子学園に通う、ちょっと髪色が特殊なだけの普通の人間です。

 

 

 

* * *

 

 

 

「あ、遅いよおたえー!」

「月渚、見つかったんだ。」

「おたえちゃん、飲み物買ってあるよ。」

「おー、来たか月渚ー。」

 

 

 いつもの場所に辿り着くなり声を掛けてくる面々。たえとバンドを組んでいる、同学年の子達。

 話を聞く限り、一年の頃に結成したこの五人のバンドは、今では地元だけでなく日本各地にまで名を知られているとか。特に凄まじい技術を持っている訳じゃないらしいけど、見ていて心が震える様な、独特な雰囲気を持ったバンドだ。

 最初にたえと私を見つけて声を掛けてきた茶髪の子が、さっき話にも出てきた香澄。正直同い年とは思えないくらい子供っぽいけど、彼女が居なければこのPoppin'Party(ポッピンパーティ)は結成されなかったというのだから不思議だ。

 …きっと特別な感性の持ち主なんだろう。絡みが少なくて分からないけど。

 

 

「ごめん、いつもお邪魔しちゃって。」

「何言ってんの。月渚だって友達なんだから、気ぃ遣う事無いって。」

 

 

 取り敢えず声をかけやすい位置に座っていたポニーテールの子に一言。図々しいって思われたくないしね。

 彼女は人懐こい笑みを浮かべながら慣れた手つきで水筒から飲み物を用意してくれる。どうせ今日も何も持って来てないんでしょ、と手渡された紙コップには深い色のお茶が揺れていた。

 さすが、Poppin'Party(ポピパ)の母性担当と言われているだけある。

 

 

「ありがと。」

「今日も暑いからね、水分はちゃんと摂らなきゃ。」

「そだね…。」

沙綾(さあや)!!…ん!」

「??…あぁ、有咲(ありさ)もおかわり?」

「おう。」

「りょーかい。美味しい?」

「まあまあだな。」

 

 

 故郷の母親を思い出してしまいそうな心持ちで沙綾を眺めていると、横からコップを突き出す細腕が。その主は有咲と呼ばれた小柄な子で、一部を除いてかなり華奢な体つきに緩やかに巻いた金髪のツインテールと、どこか良いところの娘を思わせる出で立ちだ。

 まるで長年連れ添った夫婦の様なスムーズな会話は沙綾の察しの良さ故として、この有咲という少女、如何せん口調が荒い。口が悪い訳じゃないけど、なんというか…ちょっぴり乱暴なのだ。

 それも相まって、夫婦感をより一層際立たせているのかもしれない。

 

 

「ふはぁ…!生き返るなぁ!」

「ふふっ、有咲ちゃんいい飲みっぷり。チョココロネ食べる??」

「…せっかく潤った喉からまた水分を奪おうってのか?」

「ち、ちがうよ。お茶でお口の中サッパリしたし、次は甘いのがいいかなーって。」

「お前、ほんとチョココロネ好きな…。」

 

 

 そんで最後のこの子は……ええと、こ、ころねちゃん、だったかな?

 

 

「り、りみだよ!牛込(うしごめ)りみ!」

「知ってるよ。」

「もう!月渚ちゃんったら…もう!!」

 

 

 この個性的な面々と昼食を共にするのも何度目か。クラスが同じなのはたえだけだけど、そのせいですっかり馴染んでいる…様な気も…しなくもない。

 

 

「ねーねー、さーや!」

「んー?」

「昨日の地震、凄かったよねぇ!ごごごごごーって!!」

「…あー、夜中にあったんだっけ?…ごめん、私気付かなかったんだよねぇ。」

 

 

 渡されたお茶で喉を潤し、ポケットから取り出した昼食用のスナックバーを齧っている間に、今日の話題が決まったらしい。

 昨日の地震――確か日付も変わろうかという夜も深い時間に日本全国で大きな揺れを観測したとか。

 不思議なことに揺れを感じた人間と感じなかった人間が居て、建物や自然には全く影響が出ていないという。…全国の人間が同時に同じ夢を見ていたんじゃないか、だとか、怪奇現象の一つじゃないか、だとか、くだらない推論が飛び交っているのを朝の情報番組で見た気がする。

 

 

「えぇ??あんなに揺れたのに…月渚っちは!?」

「………さぁ?」

「もー、相変わらず素っ気ないぃ…。」

「……たえ、感じた?」

「ん?漢字??」

「ちがう、揺れ。昨日の、夜の。」

「幽霊…?」

 

 

 話を逸らそうと話題を打ち返した先が悪かった。たえは時々ポンコツの様に、話が噛み合わないことがある。

 然程困っちゃいないし、それはそれで面白いからいいんだけどね。

 

 

「何燥いでんだ、地震くらいで…。」

「そういう有咲はどうなの?」

「あん?…まぁ一応、揺れてんなーくらいには思ってたぞ。」

「…ま、そんなもんだよね。」

「こ、怖くなかったぁ?有咲ちゃん。」

「地震なんか珍しくもないだろ?」

「うぇぇ…私はお風呂に入ってて気づかなかったけど、みんなすっごい揺れたって言うからぁ…。」

 

 

 たえは感じていないっぽいし、りみも気づいていない。沙綾は家業の手伝いとかで毎日忙しそうだから仕方ないとしても、ニュースになる程大きな揺れを感じない事なんて有るんだろうか。

 そういった意味では、りみの怯えようも分からなくはないね。

 そんなこんなで賑やかに過ごしている内に、青空に予鈴が響き渡った。騒がしい空間で感じる時間は一瞬だ。各々でゴミを捨てて、自分の教室へと散っていく。

 …ああ、振り返り見上げれば、頭上に広がるのはいつも通りの青い空。今日も平和だ。

 

 

「あ。…そうだ、たえはさ――」

 

 

 午後の授業の課題があった様な気がして。視線を前に戻し声を掛けてみるが、数秒前に歩き出したはずのたえの姿が見えない。

 ――いや、それどころか、予鈴の前まであれ程賑わっていた中庭も、何なら窓越しに見える校舎の中にも人影の一つも見ることができなかった。

 全てが消え、音も風も時間でさえも止まってしまったような感覚。その、一歩を踏み出すことさえも恐ろしくなってしまうような静寂の中、次いで起きたのはまさにソレだった。

 

 

「!?」

 

 

 大きな揺れ。縦に横に、体が引き延ばされるような震えに近い振動に何もできず立ちすくむ。その間の視界ったら酷くて、まるでこの世の物とは思えない風景がチカチカとサブリミナル的に映り込んで来る。

 派手なネオン、夜の様な薄暗さ、人のようでありながら人でない何か。その喧騒が大きくなり、同時に脳を揺さぶる様な眩暈と耳鳴りが大きくなり―――それは不意に、終わりを迎えた。

 気付けば硬く閉ざしていた目を恐る恐る開けばそこは、何らおかしい所など見当たらない校舎、中庭。あの沈黙が夢であったかのように、人影も周囲の環境音も全てが元通りになっている。

 

 

「……今のが、昨日の?」

 

 

 思わず口を衝いて出た疑問だったけれど、朝から目にしたニュースや周りの体験談では揺れの情報しかなかった。あの風景は?あの喧騒は?

 人間とは不思議なもので、あれ程不可思議な体験をしたというのにすっかり元通りになった景色に気持ちも落ち着きを取り戻せている。きっと疲れているんだ。慣れない反省文に説教のコンボまで食らった直後だし…。

 

 

「にゃ…にゃ、にゃにゃっ!?」

 

 

 そう思い直し、たえ達の後を追って歩き出そうとしたのに。

 後ろから聞こえる可愛らしい声に、その足を止めざるを得なかった。……猫、の鳴き声?にしては、やけに()()()が過ぎたような。

 それこそ、あざとい女子が媚を売る時にでも出すような、そんな声。その方へ何気なく目を向けてみれば――。

 

 女の子が、居た。

 歳は私と同じくらいか、少し幼く見えるかもしれない。地面にぺたりと座り込み辺りをキョロキョロと見回しているその子は、一見するとただの迷子のように見えたのかもしれない。

 パッと見た感じ、恐ろしいほどに挙動不審で体が微かに震えている事はわかる。が、それ以外の点が非常に気になってやまない。

 ゴシックロリータ…とでも言おうか、アキバ調のメイドにありそうなゴスゴスとしてフリフリした服装にチラと覗く足には紺と白のボーダーニーソ。おまけに頭にはヘッドドレスと猫耳……あぁ、よく見れば尻尾も生えている。何とも痛々しい格好だ。

 コスプレイヤー?だとしたら何故ここに?

 

 

「ぁ…あのー……。」

「……。」

「うぅ、無言で見詰められるとハズかしいにゃぁ…!」

「……。」

「にゃにゃにゃ……何か言って欲しいにゃ…。」

 

 

 うん、不審者だこれ。不躾な視線を向けすぎたのは申し訳ないと思う。にしてもこの猫っぷりはなんだ。

 語尾どころか会話の端々に現れる「にゃ」。徹底しているのは良いがTPOはどこいったんだろう。あまり関わり合いに成りたくないとは思ったが、何分困っている様なので会話はしてあげよう。

 大丈夫、この手の輩なら知り合いに数人いるし慣れてる。

 

 

「ええと……猫なの?」

「んにゃっ!?」

「ああ違った…。…それ、コスプレ?」

「こすぷれ…って、何にゃ??」

「………ああ、なるほど。」

 

 

 遠くで本鈴が鳴っているがもうこの際どうでもいいや。

 この学校にも「異空間」とか呼ばれている猛者もいるけど、目の間のこの少女は別格。最高に面倒だけど最高に面白い予感がしていた。

 

 

「えと、その、…こ、ここは、どこにゃ?」

「ここは学校。花咲川女子学園。おねいさんは何処から来たの?」

「がっこう…これが……。あ、あたしは、えと、み、MIDICITY(ミディシティ)から来て…」

「みでぃしてぃ…??」

 

 

 私の想像を凌駕するタイプかも知れない。居るじゃん?○○星から来たとか言っちゃう奴。

 

 

「そうにゃん。…みんなとライブのリハーサルをしてて…はっ!!そうにゃ、みんな、みんなはっ!?」

 

 

 突如立ち上がりその場でぐるぐると回り出す。丁度自分の尻尾を追ってぐるぐる回る猫の様だった。

 ライブ、リハーサル…と、この子も何かしらのジャンルで音楽に触れてそうな口ぶりだったが、はて。みんなとは。

 …え、待って、こんな感じの人がいっぱい居るっての?

 

 

「落ち着いて落ち着いて。」

「にゃにゃっ、でもみんなの身に何かあったらと思うと…こうしちゃいられないにゃっ!」

「だとしても、ね。私も何が何だかだから。」

「うにゃん……ご、ごめんにゃ。」

 

 

 もうこの際語尾や世界観については一旦置いておこう。ちょっと面白くなってきた。

 そのキャラがどこまで作り込んでいるのか、追及させてもらうとしよう。

 近くの自販で自分用の水とその子用のジュースを買ってベンチに腰掛ける。午後の生温い風が頬を撫でるが、授業中に堂々とサボるというのも悪くないかもしれない。

 

 

「あ、ありがとにゃん…。」

「ん。…それで?その、みんなっていうのは?あとライブについても訊きたいかも。」

「うにゃ……。あたし、シアンっていうにゃ。ネコ族の。」

「……私は月渚。ええと、人間族、かな?」

 

 

 そういえば名前を訊いていなかったと、自己紹介の後に気付いて少し可笑しくなった。~族についてはまたよく分からなくなりそうなので適当にスルーだ。

 私の名乗りを聞いて、「るな…るな…」と暫く舌に馴染ませるかのように呟いたあと首を傾げてみせた。

 

 

「…にゃにゃ?…にんげん族、っていうのは、初めて聞く種族にゃ。」

「あー…うん、まぁそれはおいといて。さっきライブって言ってたけど、シアンも音楽か何かやってんの?」

「にゃ!ええと…素敵な仲間たちと、バンドを組んでるにゃん。」

 

 

 ほう。

 

 

「バンド…ね。そりゃ奇遇だ。」

「にゃにゃ??」

「私も一緒。…楽器…は、今は教室に置いてあるけど。ねね、シアンの担当は?」

「一応ギターと、ボーカルも担当にゃ。……んしょ。」

 

 

 そう言いながらゴソゴソとスカートを弄る。…………!?

 どういった仕掛けだかわからないが、フリルの層が凄まじいふんわりスカートの中から現れたピンク色のギター。ユニーク…とかいうやつかな?ハート型のボディがそのカスタム具合を前面に押し出している。

 見た感じしっかりした作りだし小道具にしては手が込みすぎているような。

 しかしこの見た目でギターボーカル。果たして華奢な細腕からどんなテクニックが繰り出されるんだろうか。

 

 

「…………かわいいギターだね?」

「えへへ…ありがとうにゃぁ。"ストロベリーハート"っていうにゃ!」

「あー……名前、ギターの?そっかぁ。」

 

 

 ガチやん。

 

 

「……あのさ。」

「にゃ?」

「ちょっと弾いてみてよ。」

「…………にゃん?」

 

 

 疑っているわけじゃないけど、目の前がもう非現実一色なんだもの。ただの痛いコスプレちゃんかと思ってたけど、気のせいか耳や尻尾も自然に動いているように見えてきたし、シアンが組んでいるバンドの方にも興味が湧き始めちゃってる。

 授業中の中庭だ。アンプやら防音設備は無くとも、ちょこっと弾くくらい問題ないだろうってね。

 きっと傍から見た今の私は相当意地悪な顔してると思う。

 

 

「…いま、ここで??」

「うん。」

「………るっ、ルナは、何の楽器をやってるにゃ??」

 

 

 あ、すっごい目が泳いでる。

 

 

「ん?ベース。…ささ、弾いてみて?曲…とまではいかなくても、コード押さえるくらいでもいいし…」

「べ、ベース!!カッコイイにゃぁ!」

「ありがとう!そんなことより、見てみたいなぁ。シアンがノリノリでギター掻き鳴らすとこ。」

「にゃぁぁ!ノリノリなんてさっきは言ってなかったのにぃ!!」

「さーさー、観念しなぁ??」

「うにゃぁぅ…」

 

 

 渋る――初対面の人間に訳のわからない場所で演奏を要求されるこの状況じゃ当然だが――シアンに少し追加で攻撃、いや口撃を加えてみる。

 

 

「ちょこーっと聞かせてくれたら、さ?……シアンの困ってること、手伝ってあげるから。」

「…………!!」

 

 

 びくり、と肩を震わせる姿は、毛を逆立てて驚く猫そのものに見えた気がした。

 

 

「……わかったにゃ。」

 

 

 ――空気が、変わった。

 

 一度相棒の楽器(ストロベリーハート)に視線を落とし、再度上げた顔は真剣で。幾分か鋭くなった眼光も、私じゃなくもっと遠くの何かを捉えているように感じる。

 ひと呼吸の後、小さいながらもしっかりとした空気の揺れ。続いて紡がれる言の葉は、彼女の見てきた何かから生まれたものだろうか。

 それが、私が初めて聞いた、()()()()の音楽だった。

 

 

 

* * *

 

 

 

「……すっ」

「…ふぅ。どうだったにゃ――」

「っげぇええ!!!!え!?なに!?シアン!!ガチじゃん!!ヤバ!!!」

「にゃ!?にゃにゃにゃっ!?」

 

 

 気づけば彼女の甘い香りがする髪のの中に顔を突っ込みその小さな体を抱きしめていた。言うてそんなに体格差はないんだけど。

 溢れる歌詞の切なさに、弦から響く音の必死さに。そして何より、シアンの物憂げな表情に涙を誘われたことを知られたくなかったのかもしれない。幾束もの縦巻き髪からなる独特の髪型は、震えて敏感になった私の頬に擽ったかった。

 

 

「…ありがとうシアン。あと、ごめん。」

「……にゃ?」

「私、本当はアンタのこと不審者か何かだと思ってたよ。」

「不審…えぇぇ!?」

「でも訂正。アンタは本当にネコ族で、MIDICITYって所から来て。」

「…。」

「……私と同じ、音楽が好きな女の子だ。」

 

 

 感じられる体温も、改めて触ってわかる本物の耳と尻尾も。音楽を通して何となくこの子のことがわかった気がしたんだ。

 

 

「ルナ…!!」

「……シアン。結構細いかと思ってたけど、結構()()んだね。」

「んにゃっ!?な、何の話にゃ!?」

「そりゃもう、この小憎たらしいおっぱ――」

 

「月渚ちゃん?……何やってるのー、こんな真昼間から。」

 

「げぇ…。」

 

 

 折角モフモフと女体の神秘を味わっていたのに。私の背後――シアンにとっては正面になる――から掛けられた声はもうすっかり聞き慣れているもので…。

 あまり得意ではない仲間の「面白い物を見つけた」とでも言わんばかりに、妙に弾んだ声だった。

 トントンと背中を叩かれる感覚に渋々快適な抱き心地から離れる。あぁ、私のシアン。

 

 

「もう、授業に居ないと思ったらこんなところで…。先生が「また呼び出さなきゃならんなー」って、怒ってたよ?」

「いーんだよ授業なんかどーでも…。」

「それより、そちらのカワイ子ちゃんはどなた?…素敵なギターだけど、月渚ちゃんの音楽仲間??」

 

 

 嗅覚が良いというか巡り合わせに恵まれているというか。こいつは出逢った時からぶっ飛んでいて、経歴も私生活も、何もかもがハチャメチャな女だ。

 身の回りで起きる摩訶不思議な出来事とそうそう出会えないような珍事件。そんなハプニングとサプライズの傍で今日ものんびり振舞っているのが目の前の彼女――横澤(よこざわ)神無子(かなこ)だ。

 花咲川の異空間だとか呼ばれているあの弦巻(つるまき)こころの付き人を長いことやってるらしいし…ほんと、何なんだろう、こいつ。

 

 

「にゃにゃっ!!……ルナ、この人は、お友達にゃ??」

「あー…えー…うー…ん。友達、ではないかなぁ。」

「えぇ!?」

「そっかぁ。…うんうん、あたしにもそれくらいの知り合いがいるから、何となく感覚はわかるにゃ。」

「分かるのぉ!?」

「神無子、うるさい。」

「だってぇ!」

 

 

 MIDICITYの人間関係というのも複雑らしい。

 私が神無子を得意としない理由はこの馬鹿みたいに五月蠅い声以外にもあって。…丁度今みたいな、神無子vs未知の邂逅イベントが発生したときには必ず追随する様に起きるもう一つのエンカウント。

 

 

「カナコぉーっ!」

 

 

 わちゃわちゃしている中庭に一際大きく響く澄んだ声。校舎の方を見れば元気よく駆け寄ってくるのは輝く様な金髪を靡かせる元気いっぱいの美人。

 私の苦手とする本校の有名人、弦巻こころだ。神無子も美人枠ではあるんだけど、二人揃うと中々に厄介。もう、眩しくて見てらんないもん。

 走って来る勢いそのままに神無子へ飛びつく。柔らかく、且つしっかりと抱き留める神無子も流石のコンビネーションだ。

 

 

「お嬢様?どうなさいました??」

「まったく!月渚を探しに行くって言ったっきり全然戻ってこないんだもの!」

「すみませーん。月渚ちゃんが知らない子と昼間から爛れた関係になっていたものでぇ。」

「あら!ただれた関係ってどんな関係かしら!月渚、教えて頂戴!」

「うっせぇ、ググれ。」

「ぐぐれ??また新しい単語だわ!」

 

 

 弦巻…この日本に住んでいる人間であれば知らない者はいないだろうその名前は、地球上最も優れた技術と手数を持っているとされている財閥の名で、こころはそこの跡取りになりうる娘。

 この底抜けに元気で明るい人柄も相まって、私はどうも上手に絡める気がしない。対極にいる、影みたいな私じゃね。

 ズキズキ痛み出す頭を抑えつつ、一先ずはシアンをこの場所から遠ざけることにした。話は進まないし、邪魔が入るせいで私の興味も消化不良だし。

 手を引くと驚いた様にその瞳を向けてくるシアンだったが、次々現れる新しい出逢いに辟易していたかすんなりと歩を進めてくれた。

 

 

「あ、ちょっと、月渚ちゃん…。」

「神無子、私体調不良ってことで帰るわ。伝えといて。」

「も、もう!不良なんだから!」

「にゃ、にゃっ、ルナ!」

「ん。」

「ベース、教室にあるってさっき…」

「あー……。」

 

 

 どうしよう。鞄には大した荷物も入ってないし貴重品はカーディガンのポケットに突っ込んであるからいいとして…。あの"相棒"だけはどうにかして持って帰らないと。

 しかし一刻も早くこの場を離れたいのもまた事実。どうしたものかと空を見上げてみる…が、当然答えなんかありゃしない。

 

 

「月渚!」

「…あ?」

「月渚は具合が悪いのね?」

「そーだよ。」

「でも、荷物が教室にあるから困ってるんでしょう!」

「……そーだよ。」

「わかったわっ!ちょーっと待っててくれるかしら??」

 

 

 言うなり来た道をダッシュで戻っていくこころ。待てと言われて待ってみるが、もしかしてこれは…。

 

 

「…相変わらず苦手なんだ、月渚ちゃん。」

「……眩し過ぎんだもん、こころって。」

「うん。私も傍で見ててそう思うもん。でも、悪い子じゃないんだよ。」

「知ってる。だから余計にタチが悪いんだってば。」

 

 

 走っていく姿を三人して目で追いながら、彼の爆走少女の話。私だって何も嫌いだって言ってるわけじゃない。

 相手の目をしっかり見据えて全力で感情をぶつけられるところや、良かれと思ったことを最大限のポテンシャルで行動に移せるところ…好奇心と行動力のままに、自分の信念を貫いていられるところ。

 こころのそんなところが、私には眩しすぎるんだ。

 一緒に居て、劣等感で死にたくなるって言うか。

 

 

「にゃっ!?か、壁を登ってるにゃぁ!」

「…ね。パンツ見えそう。」

「心配するところはそこじゃないにゃぁ!」

「ふふ、お嬢様いつもあんなだから…心配しなくても大丈夫よ?…ええと。」

「にゃ?」

「…この子、シアンっていうの。」

「そう。大丈夫だからね、シアンちゃん。」

「にゃ…ぅ…。」

 

 

 ぽふぽふとヘッドドレスの辺りを撫で繰り回す。身長差があるからか、お姉さんが小さい子を可愛がっている図、という風にしか映らない。

 そうこうしている内に、入って行った三階の窓からギターケースを背負ったこころが飛び出してくる。上る時に伝っていった排水のパイプは使わずに、ダイレクトに飛び降りるらしい。

 初めて見た時はドン引きした光景だったけど、たえや神無子と一緒に過ごすうちにすっかり見慣れてしまった。

 着地の瞬間に巧く身を翻し、怪我どころか背中や荷物も接地させる事無くローリングの様な華麗な受け身。からのロンダート…に続いて何だかよく分からないけどグルグルっと宙返りをして見せた。

 満足げな表情でトテトテと近寄って来るこころを見る目は三者三様で、母の様に微笑ましく見守る神無子と口をあんぐり開けて目を白黒させているシアン。私は私で、窓開けっぱなしだなーと校舎を見上げていたり。

 

 

「はい!月渚!」

「……あ、あぁ。どうも。」

「お嬢様、鞄は?」

「おいてきたわ!何も入っていなかったもの!」

「にゃにゃ……ぐるぐる……ぐるぐる……。」

 

 

 渡されたギターケースには草一本と付いていなかった。にこにこと正面から向き合うこころは相変わらず整った顔立ちで、ムカつくぐらい可愛かった。

 妙に気恥ずかしく、どう感謝を伝えたものかと立ちすくむ。

 

 

「えと……あり、ありが……その…。」

「???」

「……ありがと…こころ。」

「ええ!お大事にね!月渚!」

「………。」

 

 

 どうも苦手だ。礼も、心配も。するのも、されるのも。

 

 

「いこ、シアン。」

「………ルナ、友達じゃないって言ってたのに、本当は」

「いいから。」

「…にゃぁ。」

 

 

 シアンの手を引いたまま、敷地を出ようとする私に更に声が飛んでくる。

 

 

「月渚ー!!リ・ジョンソン!!」

「……はぁ?」

「さっきの、くるくるーって技の名前よ!」

「………。」

「最近出来るようになったの!今度月渚にも教えてあげるわ!」

 

 

 だから、おせっかいが過ぎるんだっての。

 

 

 

* * *

 

 

 

「さて、と。騒がしくしちゃってごめんね?シアン。」

「うにゃぁ………。」

「…シアン?」

 

 

 校舎が見えなくなった辺りで場を取り繕うためにも声をかけてみる…が、肝心のシアンは手に持った何かに視線を落としてしょんぼりしている。

 …スマホ?かな?

 

 

「どしたの?」

「…にゃ…あたしのケータイ、動かなくなっちゃったにゃ…。」

「ありゃ。ぶつけたりとか、落っことしたりとか?」

「わかんない…けど、ルナに会う前は動いてたにゃ。」

「ふむ。…ちょっと見せてもらっていい?」

 

 

 受け取った"ケータイ"は過度にデコってある以外は普通のスマホで、一見しただけでは「本当にピンク好きだなぁオイ」くらいの感想しか抱かなかった。

 強いて言うならば、画面は点灯しているのが引っ掛かる。フリーズ…と言う事もないだろうし。

 

 

「画面は点いてるみたいだよ?」

「にゃ…けど、電波を拾ってないにゃ。…ここ、何も書いてなくて。」

 

 

 画面上部の黒帯部分、シアンが指さす場所には確かに何も表示されていない。本来であればここに電波強度が表示されているらしいけど。

 自分のスマホと見比べてみても、配置は似ているし…うん、きっとここに、4Gだとか5Gだとか、そういった表示が出るんだろう。

 

 

「いつもは69Gって書いてあるのにゃ…でも、これじゃあお電話も掛けられないしメールも……うにゃぁ…。」

「69!?」

 

 

 吹き出しそうになった。が。

 どうにも目の前のソレは機械としては成立しているようだ。スワイプやタップと言った共通の操作も対応することが分かったし、これも最早ただの小道具じゃないだろう。

 私と会うまでは動いていた、ということは、あの中庭に突然シアンが現れた瞬間に…?

 

 私は意を決して、今までバカバカし過ぎて頭の隅へ追いやっていた可能性を口にすることに。

 あぁもう、あり得なさすぎて笑っちゃいそうだ。

 

 

「あのねシアン、ここ日本の東京って都市なんだ。…聞いたこと、ある??」

「にっぽ…ときょ……にゃにゃ??」

 

 

 あぁ…。眉を顰めてこめかみに指を当て、一生懸命に何かを思い出そうとしている素振り。すっごく可愛いんだけどこれは――

 

 

「…MIDICITYって、さ。…もしかしたら、こことは別の世界なのかもしれないね。」

「………………えっ。ど、どういうことにゃ…??」

 

 

 つまりシアンは。

 

 

「異世界に、迷い込んじゃった…ってこと。」

 

 

 

 






オリジナル用語解説
・SB69シリーズ・バンドリシリーズ共に登場しない、本作オリジナル部分について軽く触れていくコーナーです。

◆路鹿毛月渚
 :漢字が厳つすぎる。基本この人の視点で話が進みます。
  毛先だけ紫がかった銀髪は地毛で、ジト目と八重歯がチャームポイント。
  女好き。

◆スナックバー
 :カロリー〇イト的なやつ。月渚の基本的な食事。

◆横澤神無子
 :読者の中には彼女を知っている人もいるかもしれない。
  割と何でもやればできる系のお姉さん。美人。

◆69G
 :はやそう。
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