Show by Dream!! ~ セカイと音色と少女の円舞曲 作:津梨つな
「……異世界。……にゃぅ。」
「う…ん。や、ごめん、自分でも変な事言ってるとは思うけど――」
「…実は、うすうすそんな気はしてたにゃ。」
なんと。
この子がぶっ飛んでいるのは存在だけじゃない。この妄言を少しでも予想していたと?
「だって、さっきから知らないモノばかりなのにゃ。おまけにルナも、
成程。シアンが校庭に現れてからこっち、少なくとも視覚と聴覚で幾つかの刺激を受けたはず。そこで触れたものが想像もできない程自分の知識とかけ離れた物だったら?
…或いは異世界とでも言われた方がハラワタのざわつきが収まるかもしれない。そして極めつけは知らない種族。
私にとってみればそれはシアンの事なんだけど、彼女の話を聞くに
「ああ…。………取り敢えず、ゆっくり腰を落ち着けて話したいね。」
「にゃ。」
「どこか店に…いや待てよ?今の時間なら…」
この世界で使う事の出来る自分のスマホを取り出す。…ふむふむ、もうすぐ6限が佳境に差し掛かる時間だ。
ならば、下手にあちこち連れ回すよりも、いつものあそこに行くのも手の一つかもしれない。私がいつもバンドメンバーと共に音楽に勤しむ場所…ライブハウス"
行きつけの…というより此処しか知らない、と言った方が正しいが、あそこならスタッフや他バンド含め顔見知りだし情報も集まる。何なら、今日の放課後は元より練習の予定が入っていたからウチのメンバーも来るだろうし…。
うん、決まりだ。
「シアン。」
「う?」
「もう少し歩いても、平気?」
「にゃ。何だかごめんにゃ。」
「いいのいいの。シアンの困ってること、手伝うって言ったっしょ?」
「…ルナぁ。」
申し訳なさそうにしながらも、私の一歩に合わせて一歩、また一歩と歩みを進める様は肯定と受け取って良さそうだ。
彼女のか細そうな…私とは違ってよっぽど"女の子"な手を引いて、交差点を左へ曲がった。ここからなら、商店街を抜けるのが一番近い。
商店街は平日の午後ということもあり疎らに空いていて。それでも、すれ違うシアンの姿に好奇の視線を向ける人間が少なからずいた。
彼女はその視線に気づいてか、体を小さくするようにしながら半歩後ろを付いて来ている。控えめに言って超絶可愛い。加えて――
「あ、ありがとう…にゃ。」
「ん?」
「あたし一人じゃ、こんな風に色々…歩き回れなかった、から…。ルナに会えて、良かったにゃ。」
「………。」
――このあざとさである。自分の武器をよく心得ているというか。
郵便局の先、昔からある小さな電気屋の前を通った時だった。
ショーウィンドウ越しに並べられた最新式の薄型テレビから聞こえる広告。展示されている四台全てから同じ映像と音が流れている。丁度聞こえてきたのはどこぞの食品会社が出した新商品のコマーシャルのようだ。
画面では小さな子供たちに囲まれたピンクのクマの着ぐるみがパッケージとスプーンを振り回している。地獄味、ちょっと興味はあるんだよね。
「シアンの居た…ええと、MIDICITY?ってさ、テレビはあったの?」
「うん。でもこんなに薄っぺらくはなかったにゃ…!」
「なるほど。ってことはメディア関係は似たところもあるってことか…。」
さっきシアンのスマホを見た時に動画配信アプリや視聴特化型ブラウザっぽいものも見えたので、その辺の理解は概ね同じと考えてよさそう。
美味しそうなカレーに釣られたわけじゃないが、二人して暫し画面を眺める。因みにこのピンクのクマ、知り合いだったりする。
「…クマ族はいるんだぁ。」
「……あー、えっとねシアン。これは着ぐるみだよ。中に私達みたいな人間が入ってんの。」
「……そう…なのにゃ。」
少し顔を明るくした彼女だったが、私の指摘に打ち消されてしまったようで。余計な事言わなきゃよかった。
でも言っとかないと困る気がしたのだ。実物に会った時に。
「にゃにゃ!?」
「!?…どしたの。」
そうこうしている内にコマーシャルは終わる。…が、終盤の要素にシアンはエラく食いついた。
メーカーの名前に食いついたか、演出に驚いたか…。カレーの時点ではスルーだったし、きっと彼女の世界にもあるんだろう。
ショーウィンドウに食いつく様に張り付くシアンを引き剥がし、何がそんなに驚かせたのかを訊く。
「い、いま!」
「うん。」
「居たにゃ!!」
「……ミッシェルが?」
「ち、ちがうにゃ、あのピンクの、じゃなくて…知り合いの子が、いたにゃ!!」
何ですって?
それは、あの取り巻きの…いや、驚いたタイミング的に一瞬ちらと映った少女だろうか。一口食べてコメントするだけの簡単な仕事に見えたが、あれは一体?
…確かに、言われてみれば耳の様な物が側頭部についていたような気も?
「…まじか。」
「…ツキノちゃんも、こっちに来てたのかにゃ…。」
「どんな関係?その、つきの?ちゃんとは。」
「にゃ。あたしとは――」
新出単語が幾つかあって混乱しかけたけど、シアンが言うには詰まる所の同僚。それでありながら友達…後輩と言ったニュアンスもあったか。
シアンが所属しているレーベルの別バンドの子らしい。レーベルって。そりゃレベル違う訳だわ。
だが、シアン曰く"ツキノワグマー族"…のツキノちゃんが、こうしてこちらの世界のテレビに映っているということは、やはりシアンのバンド仲間なる連中もこちらに来てしまっている可能性が高まったということ。シアンの心配も尤もだし、彼女の混乱っぷりを見るにその反応も予想できる。
「そっか。」
「……。」
「大丈夫、きっと何とかなるさ。」
「にゃぅ……。」
「これから行くところでも、何か分かればいいんだけど。」
「何のお店にゃ?」
「お店…うーん…。MIDICITYにはさ、ライブハウスとか、スタジオなんてのもある?」
「勿論にゃ!」
「ん、なら話は早い。これから行くのは、私達がいつも練習してるスタジオ兼ライブハウス。」
「私
一人じゃどうにもならないことも、何人かで集まればきっとなんとかなる。逃避かも知れないけど、音楽にも通ずる部分はあるし、今までもそうしてきた。
それにあの面々なら情報に関しては…少し期待できなくもないんだし。
「…ま、行けば分かるさ。」
いざ、活動拠点へ。
「あれ??」
「ども。」
空調の利いた心地良いロビー。室内の良さを噛み締められる板間は、自宅以外ではお気に入りの一つとも呼べる。
一歩足を踏み入れれば入り口近くのカウンターの見知った顔が不思議そうに眉を顰めた。
「…また学校抜けてきたのー?」
「まぁ、そんなとこ。」
「ナイツは17時半からだったっけー?予約。」
「たしか。予約したの私じゃないからアレだけど。」
「そっかそっか。…ええと…ああ、
結夢、か。あいつめ、また連絡寄越すの忘れてるな…?
結夢はウチのバンドメンバーで、担当はキーボード。元々アコーディオン弾きだったんだけど、鍵盤系の楽器なら大体はイケるみたいで。
何ともズボラな性格で、こうして時間の連絡を忘れることも珍しくない。仕方ない、私から全員に告知しておくか…。
「……あれ、君は??新顔さんかな??」
「ぅにゃっ!?…にゃ、にゃにゃにゃ…。」
「あははは!猫ちゃんみたいだ!」
ついスマホに意識が集中してしまっていた。入り口では恐る恐る様子を窺っていたシアンが目敏いスタッフに声を掛けられている。
あの人も悪い人じゃないし危害は加えないだろうから、暇潰しも兼ねて眺めている事にしようか。
ロビーに幾つか並ぶ丸テーブルの内、一番近くにあったものの備え付けの椅子へと腰を下ろす。時間の連絡も送信済みだし、暫くはシアンが可愛く困るところを――
「…あの、そこ、まだ拭いてないっす。」
「……へ?」
一息つきかけた絶妙なタイミングで掛けられる声。男声だ。
意表を突かれた為か間抜けな声が歯の隙間から漏れ出てしまったが、声のする方を見やればこの店舗のエプロンをかけた長身の男性が。
…はて。誰だ。
「…そっちの…奥のなら、もう終わってるぞ?」
「どなた?」
「ここのバイトだが?……取り敢えず立ってもらって…」
「ああ、はい。」
言われるがままに立つや否や物凄い勢いで椅子を拭き始める。閑客中の店舗維持業務だろうが、仮にも女子高生の尻が座った椅子だぞ?もう少し遠慮したらどうかね。
しかしここにバイトなど居ただろうか。少し前に新人スタッフが~とは聞いていたが、急に辞めたという話もあった。しかし――
「…お兄さんのそれ、地毛?」
「あぁ?……ああ、そうだが。」
「へぇ!!」
オールバックの様に横か後ろへ纏め上げられた髪は燃え上がる炎のようでありながら灰に近い銀髪。入り混じる様に赤髪がチラチラと見えてはいるが…うん、基本的には銀ベースと言ってもいいだろう。
髪色に関しては奇妙な共感を覚えた気がした。いやいや、そんなことよりも。
未だシアンを弄って楽しそうに笑っているスタッフの元へ。彼が何者なのか、是非とも聞かなくては。
「まりなさん。」
「んー?」
「あれ、誰?」
別のテーブルへ移りせっせと除菌スプレーを吹きかけているさっきのお兄さんを指す。
「あ、そうそう。二日前…だったかな。急遽アルバイトで雇う事になったんだー。」
「へぇ。名前は?」
「ジョウくんって言うの。ちょっと体が弱いみたいなんだけど、すっごくいい子だよ。」
「ジョウ…ね。」
覚えておこう。何せ、シアンの…いや、向こうの世界の関係者だろうから。
勿論確信は無い。でも、今この位置から見える彼の背面…尻の部分に当たるが、数本尻尾の様な物が見える気がする。燃え盛る様な紅蓮の尾だ。
まりなさんのことだ、「綺麗な飾り~」くらいの認識で流してしまっている可能性は大いにある。どう訊いたものか…。
「にゃー!ルナぁ!!この人がいっぱい触って来るにゃぁ!」
「ぉわ…っと。大丈夫大丈夫、まりなさんは可愛いものが大好きなだけだから。」
「うぅぅう…にしても、触りすぎにゃぁ。」
わかるよ。目の前で耳だの尻尾だのぴこぴこやられたら、そりゃ触りたくもなる。
「でもほら、これからも続くかも知れないし…。」
「うにゃ…!?は、早く帰ろうにゃぁ!」
「この人…まりなさんはね?ずっとこのCiRCLEを切り盛りしてるスタッフさんだから…私と行動すると、嫌でも顔合わせることになると思う…よ?」
「……………。」
絶望感溢れる表情を有難う。でも仕方ないさ。
一先ずまりなさんには「程々に」と釘を刺し、簡単ではあるがシアンの紹介をした。異世界云々の、未だ確証が持てない部分については直接言及しちゃいないが。
「そっかぁ。…うん、こっちでも、何か分かったら伝えるね。」
「ん。」
CiRCLEであれば来客も利用者も多いだろうし、音楽関係の話題ならそれなりに集まるだろう。
予約の時間までは暫くあるし、メンバーも集まっていない。どうしたものかとロビーをうろついていると。
「なあ。」
ジョウくん、の方から声を掛けられた。シアンを一瞥してみたが特にリアクションも無し。知り合いでは無さそう…か。
「なに?」
「そっちの、連れのほう、今話しても大丈夫か?」
「…シアンに用事?」
「…やっぱり、シアンさん、か。」
「!!…シアンを知ってんの!?」
「あ、あぁ…。恐らく、一方的にだとは思うが。」
早速手掛かりの方から寄ってきたようだ。内心興奮しつつも生来のポーカーフェイスを貫き、傍のテーブルを囲む椅子へ腰を落ち着ける。
シアンを知っている…ということは、少なからず向こうの人物である証明にはなった。やはり尻尾も見間違えじゃないし…まりなさん、何も不思議に思わなかったのかな。
「…あ、あたしを知ってる…にゃ?」
「ああ。アンタ、プラズマジカのシアンさん…だよな?」
「にゃ!…ってことはアナタもMIDICITYから…!?」
「本物だ…!
「ほ、ほんと!?…嬉しいにゃ…えへへ。」
「一応、オレ達も出ててさ。UnderNorth――ンムグッ!?」
またも飛び出す新出単語に頭を痛めながら会話を眺めていると、ボルテージが上がり口の回転が早まっていたジョウくんが突如――何かを喉に詰まらせたかのように、苦悶の表情を浮かべた。
そして――
「ガハァッ!!」
「!?」
白い丸テーブルに向って吐き出したのは…血?軽く水たまりができる程度の量で、素人目にも危ないことが分かる。
体が弱いとは聞いていたけど…え、ここ拭きたてなんじゃないの?…いやいやそんなことよりまりなさん…居ないし!シアン…はどうしてそんな神妙な顔つき!?
纏まらない思考と止まらないパニック。そうしている間にもゲホゴホと咽るジョウくんの口からは鮮血が。どうしようどうしたらいいの、焦りだけが頭の中を支配しまともに声を出せない私を差し置いて、動いたまりなさんは早かった。
「…もー、大丈夫ー?」
いや、そんなのんびり訊いている場合じゃないと思うんですが?
「あー…くそ…。ちょっと興奮しすぎた…みてぇだ。」
「無理しちゃだめだよー?ジョウくん気管支も弱いんだから…。」
「すまん…。」
あ、あれ??
まりなさんに背中を摩られて落ち着いたのか、口許に垂れた一筋の鮮血を拭いのっそりと体を起こす。この一瞬でやややつれたようにも見えるけど…雰囲気的に問題ないっぽい?
まりなさんも慣れているみたいだったし、やっぱり彼らは只の人間じゃないみたい。日常的にあの量の血を流していたら普通なら、ね…。
肩を落として奥へ引っ込むジョウくんを見送りながら、ぶち撒けられた血をまりなさんと一緒に拭く。この衝撃的な出来事を、私は暫く忘れはしないだろう。
「…彼は、いつもあんな?」
「うん。…といっても、まだ二日くらいの付き合いだけどね。…今日だけでも四回目だもん。」
「不死身かよ…。」
「そか、思い出したにゃ。」
「シアン?」
未だ拭き切れていないテーブルの鮮血を眺めて眉根に皺をよせていたシアン。ふと口から洩れたのがその言葉だった。
思い出したのが、この問題に直結するようなヒントならいいんだけど…。
「ジョウくん…って、『どこゆび』の…。」
「どこゆび?」
「にゃ。」
「それって、さっきジョウくんが言ってた『なんたらマジカ』とか『なんたらフェス』とかと関係ある??」
「ええと…『プラズマジカ』はあたし達のバンドのことにゃ。それと、MIDI Rock Fest.は少し前にあった音楽のイベント…で、あたしも出たそのイベントで、ジョウくんを見かけたにゃ。」
情報量よ。
端から整理していくと、MIDI Rock Fest.っていうのは向こうの世界の音楽のイベント―――名前から察するに、こちらのフェスと同じイメージでよさそうだ。―――で、ジョウくんも参加していた…ってことかな?
レーベル所属までしているシアンが顔を覚えているほどだから、客という事もあるまい。どこゆび、という言葉も、バンド名の愛称か何かだろう。
「へぇ。にしても…そんな印象的だったの?ジョウくん。」
「まぁ…。どこゆびは確か…まだ結成したてのバンドだったにゃ。…けど、あの人は演奏終わったあとにもステージの上で血を吐いてたから…。」
ああ、じゃあ本当に心配いらないんだ。
きっと彼にとって、呼吸でもするような日常茶飯事なんだろう。深く考え過ぎたところで結局どうでも良さそうだし、何となく思い出せたんならそれでいいや。
イマイチ胎の納まりが良くなかったけど、当の本人は裏へ引っ込んでしまったしまりなさんも何食わぬ顔でカウンター業務に戻っている。何気なく、壁掛けの時計を見上げれば予約の時間まであと少しと言うところだった。
同時に騒がしくなる唯一の出入り口。どうやらウチのメンバーが到着したらしい。
…違った。
どやどやと騒がしく入ってきたのはこれまた別のバンドの二人組。いつもはバンドメンバー全員で行動している癖に、今日はどういう訳か二人だけだ。
…少しまじまじと見過ぎただろうか。二人の内、赤メッシュが目に眩しい黒髪の方がこちらに気付いた。
「…月渚?」
「ん。」
「今日、練習?」
「ん。」
「そっか。」
「ん。」
近づいては来るものの、特に近くに座るでもなく雑談するわけでも無く。少ない口数で三言交わした後に、満足そうな顔で離れて行った。
一つ隣のテーブルに鞄を下ろす彼女を横目で見つつ、入り口で繰り広げられているなんとも緩いトークに耳を傾ける。
動きやすそうな短めの銀髪を揺らすモカと得体の知れないパンを受け取ってニコニコ顔のまりなさん。そうか、通りでツッコミ役が居ないわけだ。
幼馴染で結成されたバンド、
「にゃ…あの人たちも、ルナのおともだち??」
「んー…どうだろ。」
友達…かと訊かれるとなんとも言えない。こうしてバンド絡みの事では顔を合わせたりするが、基本的には話すこともないし…いや、ある意味共通の話題があるっちゃあるか…。
その話題とは――
自動ドアのスピードすらももどかしい、とでも言うように、エラい剣幕でズンズンと突入してくる女。蘭やモカと同じ制服に身を包み、腰下まである真っ直ぐな緑髪を振り乱す彼女がまさにソレ。
蘭と私の数少ない共通の
「おー、ないすだっしゅ。」
「いらっしゃい、
まるで駆け抜ける風のように勢いよく突っ込んできた女にも全く動じることなくいつも通りの二人はスルーし、真っ直ぐと蘭の元へ歩いて行く。
「蘭!!」
「はぁ……。なに
「はぁ!?違うし!!あたしも元からここに来る予定だったし!!」
「へぇ。」
「も、もーちょっと興味持ちなさいよ!!」
「や、どーでもいいし…。」
「きぃぃぃっ!!!」
ああ、いつも通り完全にあしらわれている。こころや香澄達が居る
同じ都市にあるとはいえ、他の学校事情まではそう分からないからね。
「にゃにゃ…ケンカだにゃ…!」
「いいのいいの、あいつらいつも
「にゃう…。」
シアンが不安がるのも分かる。それほどにガチで険悪なムードを撒き散らしているのだ、あの二人は。
まぁ、大体の元凶は桜恋で、しょーもないことで蘭に因縁をつける癖があるようだ。ライバル意識なのか、何かと華々しい蘭が気にくわないのか…訊いても教えてくれないしよくわからん。
このままじゃお互いのバンドにとって何も良い事は無い。仕方なく仲裁に入ることにした。
「桜恋、もうやめときなっての。」
「な!…
「味方とかじゃなくてさ、どうせいつもみたいなどうでもいいことで怒ってんでしょ?」
「どうでもよくなんかない!こいつが…こいつが…!」
続けようとした声は、力なく降ろされる右手と比例する様にその勢いを失っていった。蘭は相変わらず無表情だし、桜恋だけがオロオロと申し訳なさそうにしているし…うん、これは十中八九桜恋が悪いと見て間違いないね。
蘭の方を見れば、「月渚も大変だね」と疲れた表情で笑われた。ほんと申し訳ない。
「Afterglowは何時から?スタジオ。」
「ん…と、たしか17時半…だったかな。」
「そか。ウチと一緒だ。」
「そうなんだ。」
「……もうそろそろだし、入ろっかな。」
「ん。ウチもそろそろ準備するわ。」
「じゃ。」
「うん。」
文字に起こすとクソつまらない会話してるね。場を繋ぐためとは言え、何とも無駄なカードを切ってしまったようだ。
蘭も流石に居心地が悪かったのか、さっさと荷物を纏めて行ってしまった。慌てた様子のモカが走って追いかける様子と揺れる生の太腿を眺めながら、「ああ、夏服っていいなぁ」とどうでもいい事を考えていたりした。
「…ごめん、ミル。」
「……今回は何で揉めたの。」
すっかり鎮火し、落ち込みモードに移行した桜恋。トレードマークの無駄に長いアホ毛も、雨の日の向日葵のようにしょんぼりと下を向いていた。
…それよりもその呼び方、未だに気付きにくいからやめてくれないかな。
「……蘭が、「Afterglowは全員同じ学校だから予定組むのが楽」とか自慢してくるから…」
「事実じゃん。」
「…でも、何か悔しい!」
「……じゃあウチ抜けて、羽丘メンバーだけでバンド組む?」
「寂しいこと言わないで!」
「………我儘か?」
「んぁー!!!」
案の定、クソどうでもいい事だった。
「つか、さ。」
「何!?」
「…ウチのメンバー、遅すぎね?」
時刻は17時28…いやたった今29分になったところ。
今日の練習――私の目的は情報収集だが――は、まだまだ始まりそうになかった。
オリジナル用語解説
・SB69シリーズ・バンドリシリーズ共に登場しない、本作オリジナル部分について軽く触れていくコーナーです。
◆にんげん族
:そんなもん無い。
◆Michelleカレー
:ピンクのクマが印象的なパッケージ。
無駄にバリエーションがあり、味だけでなく量でも分類されている。
◆松切食品
:とある大企業傘下の食品加工会社。
まつきる、並べ替えると…。
◆ナイツ
:月渚達が組んでいるバンドの愛称。正式名称はそのうち出てきます。
◆MIDI Rock Fest.
:ミディロックフェス。サウンドワールドに於けるロックの祭典。
ましゅましゅアニメのアレを、名称のみ弄った感じです。
◆瀬川桜恋
:月渚と同じバンドで活動中。
羽丘二年、蘭とは同じクラス。何だかよく分からない奴。