Vたちの挽歌   作:hige2902

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第一話 遊星からの物体V

 日高 晶は中学生あたりから息苦しさをおぼえた。

 鏡を見るたびにそれが増長してゆくのを感じた。

 夜の雨のようにつややかな黒髪、細雪のようにやわらかな白い肌、朝露のようにきらめく黒い瞳、蕾のように小さく筋の通った鼻、桜のようにはかなげな唇、花のように手折れてしまいそうな体躯。自宅の洗面所で、入浴前につい見てしまう。

 そのすべてが、説明できない奇妙な違和感をもたらす。

 

 やがてその正体に気づき、恐る恐る呟いた。

 

「……おれは、いったい」

 

 誰にも打ち明けられない苦悩が続いた。美大に進み、Vtuberを始めるまで。

 そしてまた四方をふさがれ、苦悩に身を沈めるよりほかなくなっていった。

 遊星からの物体に出会うまで。

 

 

 

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 第一話 遊星からの物体V

 

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『UFOでキャトった人間から聞いたんだけど、人間同士が殺しあうゲームがあるらしいので、今日はそれをやっていきます』

 画面の隅で緑色の気持ちの悪い宇宙人がグニグニと動いてそう言った。耳障りの良い男性の声のギャップが笑いを誘う。

『まさか同種族同士で殺しあうことを娯楽にするなんて、人間は愚かしいですね。わたしは宇宙人だから人間殺しを楽しんでいいけど』

 

地獄世運子 待ってた

ろん 3Dモデルきもくてワロタ

A これが異文化コミュニケーションか

ぽん アリに水をかけて楽しむようなもんやぞ

 

『なかなか頭が取れませんね』

 そう言って、第二次世界大戦がモチーフのFPSで盛大に敵を虐殺し、執拗に死体撃ちを繰り返している。ワンマガジン空けてまで首を撃ち続けた。

 

ろん こっわ

かん 病気なんか

k 宇宙では標準的な戦争か

 

『これは人間の頑強さの学術的な調査をしているだけです……あ、民間人っぽいのは撃てないんですね』

 

さいだ A級戦犯

ろん 戦争犯罪者で草

k そんなに人間を殺したいんかw

 

『わたしは地球外の遊星から配信しているので、地球の法律では罰せられませんよ』

 

 そのまま軽くキャンペーンモードを遊び、冷酷なバーチャル宇宙人の配信は終わろうとしていた。

 

『そろそろ宇宙標準時間で11時頃だから、終わりにしましょうか。人間の愚かさを学べる、良いゲームでしたね』

 

ぽち UTCとは

ろん 日本との時差無し! 

k あいかわらず時差なくて草

A なんでも宇宙付ければ問題ない説

 

 そんなコメントが並ぶ中で、どうしてもバーチャル宇宙人の目に留まる一言があった。

 

地獄世運子 面白かった。またこんど宇宙民謡やって

 

『ああ、次は久しぶりに宇宙民謡でもします。それではまた次の公転で』

 

k また数年後な

ちき ガバガバ天文学好き

 

 バーチャル宇宙人を演じている彼は配信を切り、テレビのリモコンを持ってアパートのベランダに出た。少し肌寒い夜風にあたりながらタバコに火を点け、虚しく吸って浅く吐いた。

 まばらに輝く星と欠けた月。遠くから車の走行音が聞こえる。

 

 そのまま部屋のテレビを点けて、ぼんやりと番組を流し見する。芸能ニュースのようだった。小さな風がカーテンを室内にやわらかく翻す。

 輝かしいステージで男性アイドルの新曲のMVが流れている。それが終わると、国民的女性アイドルが歌って踊っていた。番組観覧者の悲鳴にも似た歓声が、短く響いた。

 

 彼は虚しく吸って浅く吐いた。やがて葉と巻紙は灰の塵屑となり、紫煙は夜の闇に霧散し、影も形もなくなった。ただ残ったのは役割を終え、価値を失ったフィルターだけだ。ゴミ。

 一服を終え、テレビを切る。動画編集のためにデスクに戻る。明日も仕事なので、就寝時間を知らせるタイマーを起動する。起動してやはりもう寝ようかと迷った。

 登録者数2千人、駆け出しのVtuberにしては健闘していたが、睡眠時間を削ってまでやろうとは考えていないのだ。

 一度そういう思考になるともうやる気は無くなって、サイドに置いてある安物の小さな電子キーボードを片手で弄びながら、スマホでツイッターを開く。

 

 そういえば事前告知を忘れていたとアカウントをバーチャル宇宙人に切り替える。

 アイコンの右上に通知を知らせる数字が点っていた。フォロワー数が今までにないほど増えている。通知欄をチェックすると、どうやら有名なVtuberが以前投稿した彼の動画にいいねを付けてフォローしたらしい。

 エゴサすると反応は良いようだ。

 

『バーチャル宇宙人の登録者数増えてうれしい……ウレシイ』

『コラボせーへんか、せーへんよな』

『大丈夫か海空の事務所は』

 

 スプラトゥーンをやった時のもので、これはイカ星人を殺し合わせており、宇宙的に非道徳的なゲームだと20分くらい文句を言いながら遊んだ回だ。ずいぶんと人間の傲慢さに対して差別的な事を言った。このゲームが宇宙人権団体に見つかれば、人間は滅ぼされるだとか、滅びるべきだとか……

 

 こんな悪趣味な動画を気に入ったVtuberはどんなものだろうかとプロフィールからチャンネルへ飛ぶ。

 ヘッダーはブレザー姿の海色の長髪の女子高生と空色のふわふわのくせ毛の男子高校生が並んでいた。

 チャンネル名は『海空姉弟』。

 

 どんな色物Vtuberかと思ったら、チャンネル登録者数5万人の企業勢のようだった。

 バーチャル宇宙人のチャンネル開設日からまだそう時間がたっていないにもかかわらず、この登録者数の配信者にフォローしてもらえたのは素直に嬉しかった。時期的には海空姉弟が少し先輩といったところ。ささやかな自己顕示欲が満たされ、彼はスマホを置き、パソコンに向き直って慣れない編集作業を開始した。

 

 サブモニタに『海空姉弟』のゲーム実況を作業用に流す。

 どうやら姉の海空ナツの方はアイドル志望の前向きで明るい性格と、弟のアキは見た目に反して意外としっかり者というコンセプトで、現状では女性Vtuberが多い中で男性Vtuberをコンビで出し、早期に女性層も取り込もうという魂胆があるようだ。

 

 トランペットのように快活な女性の声と、フルートのように品のある男性の声が仲良く対戦形式でゲーム実況していた。

 

『マリカーを嗜むのはアイドルを目指すものとして当然の事よ!』

 と、弟のアキに赤甲羅を当て、ナツはぎこちないコーナリングで過ぎ去る。CPUが弱いに設定されているらしく、実質二人のトップ争いのようだ。

 

暗槓コノヤロー 農業も嗜め

かぽっく 村づくりも嗜め

まど これがアイドルぢから

ルシ字 新種の魚の発見も嗜め

 

『おれにはちょっとそのへんよくわからないけど』

 と、転がされたアキは復帰し、バナナを前に投げてゴール直前のナツに直撃させる。立ち上がりで遅い加速のナツを追い抜き、逆転一位。

 

A うますぎわろた

ハリシー ゴールド免許皆伝

 

『どうして!? あとちょっとだったのに、あとちょっとでアイドルに近づけたのに! アキはお姉ちゃんをアイドルにしたくないの!?』

『真剣勝負っておれに言ったのはナツねえだよ』

『真剣だったらアキあんた今頃わたしにぶった切られてるよ! 命拾いしたね』

『ナツねえを犯罪者にしなくてよかったよ』

 

海斗 尊ッッ!! 

シェフレラ 仲良しも嗜んでいけ嗜んでいけ

 

 

 彼の動画にいいねを付けたのは弟のアキのアカウントだった。生真面目そうな好青年で、あまりブラックな動画を好むようには見えない。

 海空姉弟の動画は、あまり好みのテンションのものではなかったが、彼はこれも勉強だと過去動画から漁ることにした。

 

 

 

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 それから数か月が経ち、Twitterの一件がきっかけでバーチャル宇宙人のチャンネル登録者数も8千人を超え、海空姉弟にいたっては15万人を超えていた。

 海空姉弟の弟のアキと彼はなんとなく馬が合い、稀にだがツイッターでプロレスまがいのことをした。配信でチェックしているVtuberは? とコメントされると、明言を避けてなんとなく伝わる程度にはお互いに答えていた。

 彼にはそれ以外にVtuberとの交流はない。それも無理からぬ話だ。

 バーチャル宇宙人の3Dモデルはサンプルを使っただけの個人勢で、宇宙人的視点や価値観から人間を冷ややかに愚弄するスタンスがウケたが、そのせいで差別的ともとれる発言が時たま飛び出した。

 アキからコラボの打診が来た事もあったが、向こうの事務所がNGを出してお流れになったほどだ。どこの企業勢も触れないし、そもそも彼自身、積極的に他者と関わろうとは考えなかった。

 

 Vtuberをやろうと思ったのも、ただ経験というか、勉強がてらといったところだもんな、と彼は思考をまとめる。

 

 ある夜、彼は不定期配信の宇宙民謡を行った。民謡といっても電子キーボードの弾き語りカラオケだ。普通の賃貸に後から防音マット等の騒音対策をしただけなので戦々恐々だが、いまのところ苦情は無い。

 

地獄世運子 歌うま宇宙人ほんま好き

ちき 次キーウィのやつ歌って

k ゆら帝いけるとか守備範囲広いな

ろん 日本語に聞こえる宇宙民謡なんですね

ちー 見た目グロいのにピアノやるやん

 

『宇宙語翻訳機があるから日本語で聞こえるんです。あとグロいのに、というのは良くないです。外見と内面は必ずしも一致するとは限りませんし、どうでもよい事です。宇宙では常識ですよ。あいかわらず人間は宇宙的リテラシーのない愚かな生き物ですね。やはり滅ぶべきかもしれません』

 

A こいつ容姿の事になると早口になるよな

k お、おう

ぽん すまない彼はゴリラなんだ

UNK 百里ある

 

 宇宙民謡ライブは盛況のまま終わった。

 彼はいつものようにリモコンを持ってベランダに行き、テレビを点けて一服し、ゴミを作って灰皿へ押し付ける。

 デスクに戻ると、編集作業用に最新の海空姉弟の動画を流す。

 

 

 

『だめだ~やっぱりわたしじゃムリ~』

 と海色の髪をした女子高生、海空 ナツが涙声で匙を投げる。

『わたしなんてゲーム一つできないダメダメお姉ちゃんなんだー誰にも必要とされてないんだ』

 

かん がんばれ

まど 次はいける

ホッハ おしかった

 

『お姉ちゃん、体力回復してからじゃないと』

 と、空色のふわふわくせ毛のブレザー姿の男子高校生、海空 アキどこか頼りなさそうにアドバイスした。

 

『じゃあアキちゃんやってよ~』

『え!? ぼくは怖くてそんなのイヤ』

『お姉ちゃんのダメな姿を晒し者にしたいんだ。お姉ちゃんを困らせたいんだ』

『わ、わかったよ、やるよ』

 

 モニタの中で、プレイヤーがゆっくりと角を曲がると、通路の奥からゾンビが出てくる。

 アキは思わず叫び、銃を乱射した。

 

ホッハ 敵出てから目を開けられないの草

海斗 キャプチャの不調かな

暗槓コノヤロー ずっと目つむってるの草

ちーとい 撃つときずっと目閉じてるww

こまんちん かわよ

ルシ字 結構雰囲気変わりましたね

海斗 気に入らなきゃ見んな

 

『うわーやっぱムリ~! 怖すぎるー!』

 

 

 

「しかしずいぶん変わったな」

 

 彼はマウスを動かす手を止め、海空姉弟の動画にぽつりとこぼす。変わったから良いとか悪いとかではなく、彼はただそう感じただけだ。姉弟は登録者数15万人越えの人気企業勢Vtuberなのだから。

 まだVtuberというジャンルが注目されだして間もない時期に、これほどまでに登録者数を伸ばしたのだから文句なく成功だと言える。

 

 モニタの中では変わらず姉弟が戦っていた。本能のままに二人を貪ろうとする、心を失くしたゾンビたちと。

 その日のライブ配信は同時視聴者数1万人を超え、大盛況のうちに終了した。

 

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