数日後、彼は定期配信の一時間前に宣伝ツイートをしようとツイッターを開く。するとちょうど、以前行った宇宙民謡の動画が、海空アキのツイッターアカウントでコメ付きリツイートされていた。
『宇宙に行ったら宇宙的リテラシーがあるのかな』
読み方によっては、地球の、つまり身の回りの人間のリテラシーに辟易しているようにも取れる。リプ欄には運営との関係性を心配する声が付いていた。
その不穏な印象のツイートは、彼が配信開始のツイートをする時には消えていた。
アキ本人の意思で消したのか、それとも運営からの指示があっての事なのか。
そういえば、と彼はコラボの声をかけてもらった時の短いやり取りを思い出す。声をかけてきたのはアキからだった。距離感が近すぎるので内容を少し変更してほしいと返事を返すも、後から先方の運営がNGを出したので流れた。
企業勢であるならまずアキが運営と打ち合わせ、OKが出てからコラボ依頼を出すのが筋だろう。組織内でコミュニケーションが円滑に取れているようには見えない。
そう考えると、どうも運営とうまくいってないようだが、先のツイートを加味するといよいよをもってなのかもしれない。
ただ、これは彼にしか立てられない推測でしかない。口は禍の元だ。
まあいいと気持ちを切り替えて、ゲーム配信を開始した。
FTLという、宇宙船を武装しながら進むローグライクゲームで、船員に偉人や有名人の名前を付けてどーのこーの言ったら面白いのでは、と思ったが、コメ欄が面倒くさかった。
6 さぼりおん 海空姉弟なんかあったんですか?
c まど ツイート見ました? アキくんと仲良かったですよね?
4 地獄世運子 気持ちはわかるけど、他のVtuberの話はやめてください
2 ろん 海空とはそこまで仲良くないだろ
1 ちき 宇宙人と唯一絡みがあったのがアキってだけ。秋は他に仲良いのがいるだろ、コラボした星神とか
0 k な、アニメアイコンだろ?
b 海斗 星神とかいうぽっと出
4 地獄世運子 宇宙船の名前がディスカバリー号なの不穏すぎる
5 ホッハ ナツねえのアカウントはなんもツイートしてないし、特に意味ないでしょ
8 暗槓コノヤロー アキくんとこいつモメたん?
0 k 揉めるほどの接点ない、本人のチャンネルなりツイなりに凸れよ
4 地獄世運子 ちゃんと自動ドア開け閉めするとこ細かい
b 海斗 視聴者数増えてよかったな、普段は百人くらいだろ
5 P0rn XxX Gi11 https://syosetu.org/novel/42485/ e
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これはツイッターの方も事だな、と彼は手早くスマホのアプリを開き、通知欄の数字を見てスリープモードに戻した。
喧騒を無視してプレイを進め、そこそこに時間も経ち、コメ欄も多少落ち着いた。とはいえ気分じゃなくなったのでお開きにしたい心情だったが、ここで折れては海空アキのせいで配信が短くなったという事実を作ってしまう。
そのせいでまたひと悶着が起きるだろうという予測はたやすい。
それにまだ配信を楽しんでいる視聴者がいる中での中断は心苦しい。大げさに言ってしまえばファンなのだ。
そう考えて、ファンなどという大層な言葉に彼は心中で自嘲した。ばかばかしい、アイドルや有名人を気取るのをやめろ。わたしはそんな大層なもんじゃない。
こうして彼は配信を乗り切った。意味深な海空アキのツイートの真相を追う者、野次馬、バーチャル宇宙人の視聴者が合わさり、皮肉にも彼の過去最高の同時視聴者数を記録することとなった。
気苦労した配信を終え、彼はいつものようにリモコンを持って席を立つ。するとスマホがメールの着信を認めた。相手は海空アキだ。
以前ツイッターのDMからコラボ依頼が来た時に、打ち合わせの連絡用にとアドレスを交換したのだ。彼はラインをやっておらず、アキは内心で驚いた。
【ご迷惑をおかけしました。申し訳ありません】
内容は彼の予想通りのものだった。ベランダで一服しながら返信する。
【気にしないでください。いい経験になりました】
実際に彼は怒ってなどいない。事故みたいなものだし、故意でもなさそうだ。ネット上で活動していれば思わぬところから飛び火もする事もあるだろう。バーチャル宇宙人の不謹慎なスタイル上、暴言や荒らし行為はたびたび経験してきた。
【そう言っていただけると助かります。重ね重ね申し訳ありませんでした】
【わたしよりアキくんの方が大変でしょうし、そう謝らないでください。宇宙の広大さに比べたら些細な事です】
なにが宇宙だ、と彼は自分で言っておきながら鼻で笑った。笑って、少し悩んだ。首を突っ込むべきかどうか。恩と言っていいのかわからないが、チャンネル登録者数が増えたのはアキのおかげでもある。
【なにかあったんですか?】
タバコを吸い終わるまで時間が空いてから返信が来た。
【いや、宇宙人さんのカラオケ配信聞いてたら、おれ、何のためにVtuberになったんだろうって思って。なんかついぽろっと】
彼は少なからず驚いた。Vtuberをやる明確な理由が、アキにあったとは思わなかった。失礼な話だが、新しいことに挑戦したいとか、物珍しさだとか、誰かを楽しませるやりがいだとか。そういった就活の面接で言うような志望動機くらいかと。いや、実際に聞いてみればその類かもしれないが。
彼は二本目に火を付けようか迷いながら送信した。
【仕事上のトラブルですか】
【まあ。ちょっといろいろおれの個人的な事情もあって】
【そうですか、アキくんの事務所の事はわからないので助言はできませんが、わたしでよければ話を聞くくらいの事はできますよ】
【ありがとうございます。ですが、そこまで甘えさせてもらうわけにはいけません】
【わたしのチャンネル登録者数が増えたのはアキくんのおかげでもあるので、その恩返しと考えていただけたれば】
【ありがとうございます。その時はよろしくお願いします】
結局、二本目を吸うのをやめてメールのやり取りは終わった。
音量を絞られたテレビからは、アイスのコマーシャルをするアイドルのハツラツとした声が微かに流れている。
虫の切ない鳴き声が夜風に乗って、柵に背を預ける彼の肩を撫でた。
灰皿には価値を失くしたフィルターが積み重なっている。
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それから数日間、彼はちょくちょくツイッターをチェックしていたが、アキのアカウントからツイートされることはなかった。
バーチャル宇宙人のアカウントは告知くらいにしか使わないので、数日の間ツイートしないのは同じようなものだ。それに引き換え通知欄とオープンにしているDM欄が香ばしい。かといってDMを制限するのもまた効いていると表明するようなものなので、流し見で無視した。
ツイッター上ではやはりというか、運営と海空アキの不仲説がまことしやかに囁かれている。なにせ、先駆者的企業系Vtuberの数人を除けば、海空姉弟は初のグループでの成功の道を歩んでいるのだ。きな臭くなれば、まとめサイトが仰々しい見出しで不安を煽りだすのも当然の事。姉のナツがこの件には触れずに平常運転のツイートをしている不自然さも、それを加速させていた。
渦中のアキの負荷たるや推して知るべし、といったところ。
アキには星神という仲の良いVtuberもいるようだが、お互いに企業勢故に表立って擁護はできない。
そんなある夜、彼のスマホにアキから相談したいことがあるとメールが来た。
【やっぱりちょっと甘えさせてもらっていいですか? 愚痴というか、整理したいというか】
【わたしでよければ】
【おれ、やっぱりダメかもしれないです。それで、会うことはできますか? ちょっと言葉だけだと説明しにくいので】
妙なことになってきたな、と彼は眉をひそめた。言葉だけでは伝わらない事とは。
アキの手によりバーチャル宇宙人の中の人とネットに晒されるならまだいい。ただ、それがきっかけで最悪の事態になりはしないかと慎重になる。とはいえ話を聞くと自分から言い出した手前、断りにくい。
どうも調べたところによると、企業系Vtuberが企画でオフコラボすることは珍しくないらしい。アトラクション等の体験レボや、一緒にどこかに食べに行ったという雑談配信。同一空間で3Dモデルを動かす企画なら社外の人間とも顔合わせをする。
ネット上の人物とリアルで会うことにそれほど禁忌感は無いのか、顔バレのリスクを犯すほど追い詰められているのか。
【直接会うとなると仕事があるので日程調整が難しいかもしれません。ディスコードのビデオ通話ではダメですか?】
と打ってから、彼は全文を消した。アキの身からすればキャプチャされてネットに流される恐れがある。運営と揉めていると仮定した場合、社外秘の情報が相談事に入っているのなら後々不利な事になる。
それはリアルで会って録音されていても似た状況だが、ボタン一つで画面ごとキャプチャされるリスクと比べればかなり低い。
彼は仕方なしに了承の意を伝えた。
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後日、日程を合わせて適当なショッピングモールのフードコートで待ち合わせた。ネットで知り合った人物と会う場合は、不特定多数の第三者がいる開けた場所がいいらしいとネットでみた。
休日だったが午前中ということもあり、人はまばらだ。
先に着いたのはアキの方で、座って待っている席を彼にメールで伝える。
彼が伝えられた席に向かうと、アッシュグレイの後頭部が見える。あらかじめ髪はその色に染めていると聞いていたのですぐにアキだとわかった。テーブルの横に立ち、すみませんが、と尋ねた。
「すみませんが、アキくんですか?」
「あ、はい」
と見上げて海空アキの中の人は返事をして腰を上げた。動画よりも声が柔らかく高い。
「あー、宇宙人さん、なんですか?」
「ええ、そうです。初めまして」
「あ、初めまして。どうぞ、座ってください」
勧められるがままに彼は対面に着席する。何を言うべきか悩んでから口を開きかけると、アキが桜のようにはかなげな唇で先んじた。
「驚かないんですね、おれが女って事に」
長い前髪の奥の瞳が、彼を試すように覗いている。