Vたちの挽歌   作:hige2902

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すみません、雰囲気がこっちのほうが合ってたのでタイトルだけ三話と四話入れ替えました。



第四話 HAPPY DEATH V

 彼に相談に乗ってもらった後、アキは喫茶店で適当に昼食をとって打ち合わせまで時間をつぶした。

 そろそろオフィスビルに向かおうと店を出るとすでに初夏が来たようで、夕方のじっとりとしたいやらしい蒸し暑さがアキの肌にまとわりつき、セミが死に物狂いで鳴いている。アスファルトの蓄熱がゆだるようで暑苦しい。車の排ガスと室外機の温風が鼻から喉にへばりつく。一刻も早くこんな環境からは抜け出したかった。

 ふと見上げると、高い空だけがそんな地上とは無縁とばかりに透き通っている。

 

 十分かそこらしか歩いていないが、着くころにはもう汗だくだった。ハンカチで額をぬぐいながら、エレベーターで目的のフロアまで昇る。

 

 やっぱ慣れないな、とアキは辺りを見回して思った。すべてが整列されている。白色LED蛍光灯、白いデスク、黒いディスプレイ、黒いチェア、そこに座ってタイプする社員。

 とってつけたように置いてある観葉植物の緑が哀れだった。

 学生が来るには少し場違いにも思える。

 

 適当にすれ違う社員にお疲れ様ですと挨拶をしながら、一番端にある小さなデスク群にいる一人に話しかけた。

 

「お疲れ様です、端田屋さん」

「うん? あーうんお疲れ」

 

 Actuary OnことAcOn(アクオン)のプロジェクトマネージャーである端田屋と呼ばれた男は、あごひげをなでながらPCから目を離さず言った。

 

「えー、あれだっけ……なんだっけ?」

「週3の動画投稿がキツいんで頻度減らしてほしいってのと……」

「あーわかった、じゃあちょっと会議室で話そうか」

 

 アキは、おっくうそうに席を立つ端田屋に付いていき、パーティションで区切られた部屋に入る。

 デスクに体重を預け、端田屋が言った。

 

「週3っつってもさ、その内の1個は配信のダイジェストの短いヤツでしょ?」

「やー切り取ったり字幕付けたりの編集は時間かかるんで、学校もあるし」

「でもフツーにバイトするより金入ってくるでしょ」

「いやでも最初は月に5本の動画投稿って条件だったじゃないですか」

 

「それは最低ラインだし、いま海空姉弟は人気出てるしさ。うちよりも遥かにリッチな3Dモデル使ってるトップ層の次点よ? ここで立場固めて利益出したいってのわかんないかな。大変だけど頑張って投稿頻度上げて知名度上げれば、その分配信でスパチャも入ってくるわけじゃん。おまえらは声質も演技力も他のVに劣ってんだから、そういうとこでカバーしないと」

「じゃあせめてキャラ路線戻してくださいよ」

 

 またその話か、と端田屋は頭を掻いた。

 

「もう今ので定着してるじゃん。今どきアイドルになりたい元気な女と支える男なんて設定、コンビニでも売ってるだろ。そーいうのに飽きたオタクにはメンヘラが新鮮なの。庇護欲湧くしヤレそうだと思うし。女々しいアキと姉弟で共依存だと、しょっちゅう手首切ってるような女視聴者はナツの立場に浸れるしさ。あんまわがまま言われても困るわ、バイトでも金貰ってんだから社会人としての自覚を持って働かないと、いざ社会に出ても通用しないよ」

 

 アキは込み上げた情感を飲み下して言った。

 

「じゃあもう続けてられないです」

 

 言ってしまった。

 心臓の血がサッと消え去ってしまったような喪失感と、それなのに速まる鼓動を覚えた。

 

「わかった。じゃあ退職願持ってくるから」

 端田屋は会議室から足早に出て、すぐに書類と会社で預かっていた予備の印鑑を手に戻ってきた。

「今書ける? 退職日は今月末でいい?」

 

 生返事でアキはペンを受け取った。

 本当にこれで良かったのか。ぐるぐると自問自答しながらテンプレートに沿って名前を書く。辞めずになんとかうまく折り合いつける道は無かったのかと、今さらに後悔が滲み出る。

 あれほど辞めよう辞めようと思ってきたが、いざ辞めるとなると後ろ髪を引かれる。

 

 長いあいだ耐えてきた苦しみから解放された初めての場所である海空アキとの決別は、思いのほかあっけなく終わった。

 

 退職願を回収した端田屋が、にべもなく言う。

 

「あーあとさ、うち辞めた後はVtuver出来ないから気を付けてね。訴えるとかごたごたした事したくないから、暇じゃないんで」

「は?」

「いや入社時の誓約書に書いてあったでしょ。じゃ、お疲れ」

 

 端田屋は呆然とするアキの肩を軽く叩き、そそくさと会議室を出た。ちょうど部下と鉢合わせたので、一緒にデスクへ向かう。

 

「日高、やーっと辞めたよ」

「あ、そうなんですか。結構粘りましたね」

「2期生の募集に間に合ってよかった、ついでに海空アキの代役も探せる。面接の要項に追加しといて」

「あ、はい」

 

「ちゃんとした声優で頼むわ」

「あ、海空ナツの方は募集掛けなくていいんですか? あっちも素人ですけど。クビにすれば間に合うんじゃないですか」

「扶桑も面倒だしヘタクソだけど、あれは置いとく方がいいんだよ。それにあっちは正社員で雇い入れてるから、バイトですら簡単にクビに出来ねえのにどーやって辞めさせんの。知らねーのか」

「あ、すみません」

 

 端田屋は部下の頭を丸めた退職願で軽く叩いて、デスクに戻った。

 

 残された日高 晶は誓約書を改める。端田屋の言う通りだった。個人情報や貸与されたPCの取扱い等に混じって確かに記してある。

 

 

 

貴社を退職するにあたり、貴社からの許諾がない限り、次の行為をしないことを誓約いたします。

 1)貴社で従事した3Dモデルを用いたオンライン配信、動画投稿に係る職務を通じて得た経験や知見が貴社にとって重要な企業秘密ないしノウハウであることに鑑み、当該技術及びこれに類する技術に係る行為を一般に行いません。

 2)貴社で従事した3Dモデルを用いたオンライン配信、動画投稿に係る技術及びこれに類する技術に係る職務を、貴社の競合他社から契約の形態を問わず、受注ないし請け負うことはいたしません。

 

 

 やがて別の部署の社員が入室してきたので、日高は会社を後にした。

 とりあえず相方に辞めた旨を連絡していったん落ち着こうと喫茶店に入り、ぐらぐらと定まらない思考でラインする。

 

『すみません。辞めました』

『お疲れさま。謝らなくていいよ。日高くんは頑張ったし、自分を曲げなかっただけだよ』

 

 スマホを持ったままテーブルに突っ伏した。ツイッターでファンに謝罪だか報告だかわからないがとにかく一言伝えたかった。だが宇宙民謡の一件以来、姉弟のアカウントは運営が管理している。稼働しているナツのツイートはすべて、中の人である扶桑 棗ではなく社員が投稿しているのだ。

 

 自分を曲げてないのは扶桑さんの方なんだよなあ、と心中で自身の逃げを認めた。

 しばらく目を瞑り、もう一人、連絡しないといけない人物がいることを思い出した。思考停止で電話をかけてから、やはりメールにした方がよかったと後悔する。いざ現実を口に出そうとすると、声が震えた。

 メールで済まそうと切ろうとしたところ、タイミングが良いのか悪いのかちょうど繋がった。

 

「あ、宇宙人さん?」

 

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

『プロマネが言うには、Actuary On辞めたらVtuberできないみたいです、おれ』

 

「いま会社から出たところですか?」

『いえ、ちょっと混乱しちゃってたから店でコーヒー飲んでそれで、落ち着いてからです』

 

 あまり落ち着いているようには聞こえなかった。

 

「また、愚痴とか話なら聞きますけど」

『まいりましたよ、おれ、ショックだな。自分でも意外ですけど』

「……混乱するのも仕方ないですよ」

 

『そっすよね』

 日高は深いため息をして言った。

『どーすりゃいいんすかね』

 

「なぜActuary Onを辞めるとVtuberを続けられないんですか?」

『なんか契約で決まってるからって、入社時にサインしちゃってるからって言われて。もうちょっとちゃんと見とけばよかった』

「バイトにしては厳しい条件ですね」

 と彼は相槌を打ちながらスマホをスピーカーモードにして、ツイッターを開いた。海空アキのアカウントからは、【今月末をもちまして、一身上の都合により活動を一時休止します】を最後になにもツイートされていない。

 心配や応援、いつまでも待ってる旨のファンのリプライがいくつも付いていた。

 

『酷くないすか!? いくらなんでも』

「そうですね」

 

 電子レンジからレトルトカレーを取り出し、ラップをかけて言った。

 

「夕食は済みました?」

「え、いやまだですけど」

 

 

 xxxxxxxxxxxxxxx

 

 

 

「なんか、妙な感じですね。日に二回も待ち合わせるのって」

 そう言った日高は充血した目を見せたくなくて、俯いたまま彼とは目を合わせようとはしなかった。

 

 残念会というか愚痴だのを聞くその類をしようという事になり、今朝がたと同じ場所で合流したところだった。挨拶もそこそこに、二人は日高がたまに行くという居酒屋へと歩みを進める。

 その道中で日高は不思議に思った。食事を申し出たのは特に会話も無く付いてくる彼だが、なぜ会ったばかりの自分にそこまでしてくれるのか。少し昔に動画にいいねを付けただけの恩にしては過大すぎる親切心だ。内面はともかく、身体の見てくれはいいから下心なのかもしれない。もしそうだとしたらと考えて、ただでさえすり減った心を軋ませた。

 

 日は暮れ、店や街頭のきらびやかな明かりが夜を灯している。歩道橋を渡ると車のライトが川のように流れ、風に揺れた街路樹の葉がせせらぎのようにさざめいた。

 やがて居酒屋激戦区から少し離れたチェーン店に入った。有線放送が今どきの曲を流している。

 店員が元気よく対する。

「いらっしゃいませー! 2名さまで? タバコは吸われますか?」

 

 二人は顔を見合わせた。

 

「アキくんに合わせますよ」

「じゃあ……喫煙席で」

 

 そのまま店員に個室まで案内された。

 周囲からは給与人や大学生らしき客の笑い声で賑わっているが、このテーブルだけは隔絶されているように静かだった。気落ちしている日高の事もあるが、ネット上でもそれほど親しくない人間と食事をしても話題が無い。

 

 メニューを開きながら彼が言った。

「ここにはよく来るんですか?」

 

「たまに扶桑さん……あー、ナツさんと。二人で収録する企画の終わりとかに」

 浅く腰掛けた日高がぶすっとして続ける。

「今後は別のアキと来るんでしょうけど」

 

 何を言っても地雷だな、と彼は適当に注文した。

「ウーロン茶でよかったですよね」

「まあ、なんでも」

 

 ほどなくして運ばれてきた料理を、彼は黙ってつまんだ。日高は箸にも手を付けず、俯いたままだった。俯いたまま、ぽつりとこぼした。

 

「なんで」

「うん?」

「なんで宇宙人さんは、おれにそんな親切なんですか」

「全部が全部親切心じゃないですよ」

 彼は箸を置いて答えた。

「まあ、気になるというか、興味というか」

 

「興味?」

「嫌な思いして辞めたくないVtuberを辞めて、また同じ仕事をやるアキくんの」

「もう遅いっすよ、出来ないんですって。つか興味ってなんすか、おれがおれでいられる、唯一の場所だったのに。面白半分ですか。それともなんか下心でもあるんすか」

 

 羨望に近い、とは省略して彼は言う。

「まるまる親切心や下心よりはマシじゃないですか、好奇心の方が。もう辞める旨は伝えてしまったんですか?」

 

 日高は何か反論したそうだったが、いらだちに任せて頭を掻き、無理やり口を開く。

「退職願をその場で書いて出した後に言われたんですよ、誓約書に書いてある通り、もうVは出来ないって」

「その誓約書って今持ってますか?」

 

「そりゃありますけど」

 言ってトートバッグから封筒を取り出す。

「でもこういうのって他の人に見せていいもんなんですか」

 

「基本的にダメです」

「え、じゃあ……なんで」

「もし気分が悪かったらお手洗いとかで5分くらい席を外しても大丈夫ですよ」

 

 ん? と日高は怪訝そうな顔で彼を伺うが、なんとなく察して「それじゃあちょっと」と離席した。ふと、男女共用トイレ内の鏡の前で前髪をかき上げて自分を見やる。会う前に泣いてしまったのはバレただろうか。Vtuberを続けられないというだけで、そんなに悲しむことかと引かれてはないだろうか。

 対外的な印象を意識すると、幾分かは冷静になれた。前髪を上げたまま片手でぴちゃぴちゃと手洗いの蛇口の水を顔に浴びせ、ハンカチで拭った。こうしないと前髪が濡れるのだ。

 目をつむり浅く深呼吸をする。彼とのやり取りを思い返すと恥ずかしくなった。愚痴を聞いてもらっているのに、なんだあの駄々っ子のような態度は。大人になれ、と頬を軽く叩く。

 大丈夫、Vtuberを知る前と同じ日常に戻るだけだ。何年も耐えてきたのだから、これからも大丈夫。またVtuberをやれるならそれに越したことはないけれど、誓約書にはそれを禁ずる項があった。

 

 あったが、彼は誓約書を精査するような口ぶりだった。どうなのだろうか? 

 マッチの灯火のような儚い希望が胸に浮かんだ。

 ダメだった時の事を考える不安の種が、期待するなと警告する。

 腕時計を確認すると、五分はゆうに経っていた。

 お手洗いを出て席に戻る足どりはやや速い。自然と鼓動が短くなる。

 

 封筒は、まるで誰も手にしていないかのようにテーブルの上に置かれていた。

 

「あの、すみません。ちょっとさっきは投げやりな態度を取っちゃって」

 申し訳なさそうに座った。

「それで、どう、なんですかね」

 

「競業避止義務を根拠とした項だと思いますが、それは主に退社した人間が企業の不利益になる行為を防ぐ目的がある」

「え?」

「例えばある事務所から抜けた社員が、新たに同業の職に就く事を防ぐ目的で結ばれる。だいたいは弁護士とか会計士とかの事務所の就業規則や労働誓約書に入ってる。芸能関係でももちろんある。契約終了後の一定期間内は他の事務所と契約できないとか、だがスポンサー関係の縛りの意味合いで使われることが多い。コカ・コーラのCMに出たらペプシの宣伝はしないとか、そんな感じ」

 彼はタバコに火を付け、浅く吸って虚しく吐いて続けた。

「ただ通常、この契約には期間が設けられる。その一定期間が経過すれば同業の職に就く事ができるし、期間が長すぎると裁判所は有効性を認めない」

 

 日高は反射的に封筒から誓約書を抜き出して確認する。

 

「そもそもその契約が有効になるかどうかは、会社内の地位や地域内で競合するのか、流出すると不利益を被る会社のノウハウがあるか等が勘案される。中の人は代替可能が売りのVtuberが、ネットで全国活動出来て、Vのやり方はググれば出てくるし編集丸投げなら有効性は認められない。と思います。例え文言では禁止と書いてあっても」

「えと、期間の定めが無いんですけど? あ、例えば無かったら?」

「項を盛り込んだ人が競業避止義務の正しい運用方法を知らなかったか、逆に期間を定めたとしても無効になると知っていて脅しに使ったかじゃないですか? わかりませんけど」

「は、え? じゃあおれ、Vtuberをやれるんですか?」

 ぽかんとした日高が尋ねた。

 

「一度誓約書や契約書にサインしてしまうと書いてある事すべてが有効になると思われがちかもしれませんが、そうとは限らないんです。ただわたしは専門家ではないので、アキくんと事務所の結んだ競業避止義務が確実に無効となる、とは言い切れないです」

 

 それを聞いて日高は深い安堵のため息をつき、おもむろにウーロン茶を一気に半分飲み、胃液しかない胃袋に食べ物を詰め込み、ウーロン茶の残りを干した。

 気持ちのいい飲み食いっぷりである。

 景気よくグラスをテーブルに置いて言った。

 

「絶対知っててやってますよ!」

「例の義務の事ですか?」

 

 彼が煙を吐きながらそう言うと、日高も思い出したようにトートバッグからタバコを取り出して火を付けた。

 

「あのヤロー、面接の時からなんか気に入らねーと思ってたんですよ。上から目線っつーか」

「どこにでもそういう人間はいるもんですね」

「海空姉弟の人気出てくると、いくらでも替えは利くとかでこっちの意見を無視しだすし」

「代替可能はVtuberのメリットとして売り出されてますからね、リアルのアイドルと違って不祥事のリスクも少ないと言われてますし。今のところ」

 

「そうかもですけど、アニメの声優だって、ドラえもんとか声が変わったら多少は文句付ける層とかいたじゃないですか……多少だからいいのか?」

「中の人が交代する事例はアキくんが初めてになるかもしれないので、実際はどうかわかりませんね。後釜がいるんですか?」

「さあ、その辺はおれも知らされてないっす」

 

 彼は吸いさしたタバコを灰皿でもみ消した、日高の口から出る煙が少なかったので。

 対外的に男性っぽく振舞うのも、なかなか大変そうな人生だなと少し同情する。

 

「そういえば禁煙してたのを思い出しましたよ」

「あ、そうなんすか。じゃあおれも吸わない方がいいっすね」

 

 日高もそそくさとタバコを灰皿に押し付ける。まだ葉と巻紙が半端に残ったタバコが2本、皿の上に転がった。

 

「あのー宇宙人さんって今日は運転しなきゃならないですか?」

「いいえ。大丈夫ですよ、アルコール頼みます?」

「あ、じゃあ無事にVに復帰できる祝いって事で付き合ってもらっていいですか」

 

 注文を取って、待つ間にぽつりと日高が言った。

 

「あと、晶でいいっすよ。もうアキじゃないですし」

 

 一方的に本名で呼ぶことに彼は抵抗を覚えたが、そう言われてしまうと道理なので従うことにした。

 やがてアルコールもほどほどに入り、動画編集などの話題でそこそこに打ち解けだす。

 その頃合いを見て日高がもごもごと切り出した。

 

「あの~聞いていいかわかんないんすけど」

「……はい」

 と彼は予防線を引いた質問に慎重になる。

 

「宇宙人さんって何の仕事されてるんですか? いや、契約関係のこと詳しかったし、なんでかなーって」

「宇宙船の操縦ですよ」

「あー、ですか」

 

 気まずそうにビールを口にする。

 

「それで晶くんはやっぱりまたVtuberをやるんですか」

「ん、まあそうですね。とりあえずバイトと並行して広告収益化目指して、徐々にバイトの時間を減らせていったらなーって感じです。収益化は欲張りですかね」

「いいと思いますよ。ただ、わたしは、いくら新興のVtuberと言っても芸能業界的な側面が多かれ少なかれあると思うんですよ」

「え、あ、はい」

 

「晶くんが新しいモデルに変わっても、名前が変わっても、いずれは中の人が晶くんだって気付くファンの方がいると思います」

「そうだと、嬉しいっすね」

 

 日高は照れくさそうに視線を逸らした。

 

「一度ケチの付いた人間が、もう一度芸能業界でやっていくのは色々とキツいですよ。たぶん」

「ケチってそんな言い方しなくても……」

 冷や水を浴びせるような彼の物言いに、日高は面食らった。

「外野的にはそうですよ。問題を起こして辞めた、としか見ない人間はいるはずです。それでもやるんですか」

「それでも、おれにはやるしかないって知ってるでしょ、宇宙人さんは」

 

 日高は靴を脱ぎ、片膝を抱いて言った。

 

「男として振舞って、男として見られるのが夢だった。夢は諦めたくない。です」

 

 夢か、と彼は内心で呟いた。

 ただ、その夢は視聴者というファンがいて初めて成り立つ。

 極端な話0人だと成立せず、では具体的に何人以上いればいいかという数字は無い。日高 晶が現実での苦悩を忘れられるほどの人数が必要になる。

 膨大な数の現実の人間が日高を女性視するなら、日高を男性視する仮想の視聴者数はそれを感覚的に超えなければならない。

 そうしてVという仮想は日高にとってのリアルになるのだ。

 

 そしてその夢は、企業の助力無しではかなり難しそうであった。もはや黎明期は終わり、海空姉弟の勢いに続けと言わんばかりに続々と企業が参入しており、人気を博している個人勢も多い。

 叶う兆しは僅かと考えられた、日高ひとりでは。

 

 しばらくの沈黙の後、彼が口を開く。

 

「立ち上がりのアドバイスくらいなら出来ますよ」

 

 有線放送から、人気の男性アイドルのキャッチーな曲が流れだした。

 夢か、と彼は内心でもう一度呟いた。

 

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