Vたちの挽歌   作:hige2902

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第五話 復活のV

 やっぱりサンプルの方が良かったんじゃないか? 

 日高はたどたどしく動く上半身だけのLive2Dモデルを見て、徒労に終わるのではないだろうかと後悔する。

 

 とりあえずはなんとかLive2Dを動かすまでは出来た。といっても、小首をかしげて瞬きと口が開く程度だ。肝心のモデルも慣れない板タブでどこか違和感がある。

 参考にした星神の動画を流してみる。彼女の所属するVrSt(ブレスト)は全員がLive2Dで動いている。高価な3Dモデルに比べて動きは少ないがコストが低い。

 AcOnの流れに乗りたいが、VrStの将来的な収益モデルがアイドルの箱推しである以上、人数を揃える必要がある。しかし3Dモデルを外注する資金が無いという解決口がそれであった。

 Vtuberのコンテンツの主流がゲーム実況の現状で、画面構成上、下半身は映らないのならいっそ胸像が動けば良い、といった戦略だ。

 凝ったモーキャプも不要で参入ハードルが低く、現状は視聴者に受け入れられている。

 

 そんな星神の動画は、トップ層の3Dモデルのものと比べると確かに華がない。だが日高の作った素人の出来のLive2Dはそれよりも劣って見えた。

 アナログなら理想の自分を描けたのに、と惜しい気もするが、絵描きの下地があったのは不幸中の幸いとするしかない。

 制作過程で、ほんとにこんなので大丈夫なのだろうかと何度も思ったが、彼が下手でもモデルは自作した方が良いと言ったのだ。助言を求めた手前、独断でサンプルモデルを使うのはためらわれた。

 

 一度頭から編集した動画を再生してみる。自己紹介の短い動画だった。中古で購入したPCやカメラ等の機材は必要最低限のスペックなので、当たり前だが音質等は今までのものより落ちた。一人称がぼくのアキを辞めておれになり、雰囲気も変わったせいか自分の声ではないように聞こえる。これより気合の入った個人勢はいくらでもいるだろう。

 

 それでもなぜだか、日高の胸はいっぱいになった。お世辞にも上等とは言えないモデルの自分が、リップシンクも上手くいってない自分が、不思議と本当に愛おしく思えた。

 特別なキャラ設定も無い、どこにでもいる、高校生時代にキャンバスに描き続けた夢の自分を拾い集めたものだ。

 しかし名づけるとなると急に恥ずかしくなる。オリキャラの名前の字面がかっこよすぎると気取っているようだし、普遍性があると視聴者の両親と同じ名前だったりしたら見る方も気になるだろうし。

 これがなかなか勇気のいる事だった。

 あれこれ悩んで、暁とした。字面がかっこよすぎるに抵触するが、本名の日高にちなんでいるのでセーフである。曙と間違えられないかという一抹の不安は拭えないが、これ以上考えてもしょうがない。

 

 とにかく新環境での撮影編集はなんとか形になった。後はAcOnの契約終了後にうまくアップロードできるかチェックして終わりだ。

 ちらとカレンダーを見やる。なんとか間に合いそうだ。

 

 彼はモデルを自作することに加え、なるべく早く復帰する事を勧めた。直後はマズいので、AcOnが特にアキについて告知しなければ一週間は空けた方がいいとのこと。いずれ元海空アキとバレた時に節操がないと思われかねないらしい。

 一息ついて、貸与されていたPCや機材の返却準備をする。

 中古のタワーを買ってみて初めてわかったが、ノートで動画編集するとなるとかなり高額になるようだ。そんなものをポンと貸せるのが企業勢の強みの一つかもしれない。

 

 仕方ないとはいえ配信環境を揃えるのは痛い出費だったな、とノートPCや機材を緩衝材に包んでリュックに入れてアパートを出た。重いリュックが肩に食い込む。

 本社に着くと、どうやら端田屋はちょうど席を外しているようだった。端田屋の部下にPCの返却を伝えると総務部に回して本人はどこかに行った。端田屋とは会いたくなかったので助かる。

 総務部で社員証なんかも机の上に置いていくと、重かったでしょ、と声をかけられた。接点のない社員だったので、少し戸惑った。

 

「はあ、まあ」

「急だったね、辞めるの。有給の話とか聞いてる?」

「え、いや。バイトなんで」

「ああ、バイトでも有給出るよ。たぶんまとめて給料に加算されると思うから」

 

 それを聞くと少し懐具合に余裕が出てきて、気持ちが明るくなる。現金なやつかもしれないが貧すれば鈍するのは事実だ。

 少し余裕が出てきた。

 

「それは助かります。あのう、海空アキってどうなるんですかね」

「さあ。なんか声優の面接だかしてるみたいだったから、そのうち復活するんじゃない? あの人あまり他の部署と話さないからわかんないな」

「そうなんですか」

「絡みにくくない?」

 

 それは、と日高は逡巡して、少し笑って愚痴をほころばせる。

 

「ですね」

 

 総務部の社員がつられて笑う。

 

「じゃあお疲れさま」

 

 そう言って総務部の社員は社員証は預かり、日高が去るとPC等はめんどくさそうに端田屋の部下のデスクに置いた。

 

 日高がビルを出ると熱気に襲われ、あっという間にじっとりと汗をかく。

 振り返ると、もう足を踏み入れることのない四角いコンクリの塊が佇んでいる。隣も、その隣も同じような形のビルが並んでいる。

 空になったリュックを背負う日高の肩は軽い。

 空は晴れている。いやになる暑さだが今日はそれほど気にならなかった。気の早い秋風が柔らかく吹いていたからだ。街路樹の木陰が涼しげに揺れた。

 

 日高と海空アキとの別れはそれで終わった。

 

 

 

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 日高はツイッターで新たに作った暁のアカウントで告知する。どこか不自然さの残るキャラアイコンの下に表示されるフォロワー数は、まだ10人程度だった。

 YouTubeを開き、自己紹介動画をアップロードしようとしたところで鼓動が早まった。初めて海空アキとして動画を投稿した日を思い出す。それは喪失感や悔恨からではない。

 ただ、自分が作ったものを不特定多数に向けて公開する事に対しての緊張感を想起していたのだ。

 不安でもあり、好奇への一歩でもあった。受容されるのか、拒絶されるのか。

 

 ひとまずツイッターで予告した時刻に公開を設定してブラウザを閉じた。逃げるようにペンタブを握ってデジタルの練習をする。

 やがて公開時刻が迫るとあえて風呂に入った。シャンプーをする頃に、そろそろアップロードされている頃だと考えて嫌な汗をかく。

 浴室から出ると簡単な夕食を作る。心臓はずっとうろたえたように不規則に鳴っていた。

 食器を洗い、覚悟を決めてブラウザを開いた。投稿時刻から二時間ほど経過している。

 

 結果は、日高が想定していたどれでもない。

 50再生、登録者数は15人。

 受容されず、拒絶もされず。ただネット上に不出来な自作が流されただけだった。

 

 登録者数15人はいる。まぎれもなく確実に存在するが、言いようのない温度が胸に広がるのを、日高は感じた。

 途端にあした公開する予定の動画をアップロードする気が失せる。

 15人は待っているのだから、投稿は続けるべきという葛藤が生まれる。その人たちをないがしろにしているような罪悪感を覚えるが、同時に失意も覚えており、後者の方が優勢だ。どうしようもなくそういう気持ちなのだ。

 なまじ企業勢のスタートダッシュを経験している分、落差は激しい。

 

 その後も30分ごとにチェックしてみるが特に伸びるといった事は無く、時間が経つにつれて少なかった勢いは更に少なくなった。

 Vtuber黎明期という物珍しさもあったかもしれないが、日高は海空姉弟の環境がいかに恵まれていたか思い知った。

 そういえばアキの後釜はどうなったのだろうとツイッターアカウントを検索してみるが、沈黙したままだった。ぽつりぽつりと心配しているリプが付いている。復活してるよ、中の人は! と心中で叫ぶ。寝取られってこういう感じなのか? と陰鬱になった。

 気持ちを切り替え、義務感からバイト雑誌をめくるがすぐに放り出してふて寝する。

 

 翌朝、いつもより早く目が覚めてしまった。動画をチェックしてみるが動きはない。二度寝して学校へ向かう。

 ほんとにこれで良かったのかと、英語の選択授業中に頬杖を付いて考えた。

 誰かにそれとなく、元海空アキだとツイッターかなにかでこぼしてほしいという欲求が首をもたげる。

 新しくVtuberとして転生した事を知っているのは元相方の扶桑と彼だけだ。さすがに現海空ナツをやっている扶桑に頼むのはダメだ。仲の良い星神に事情を話せば、二つ返事で了承してくれそうではある。だが企業勢である事と、やはり有名どころのツテを利用しているようで後ろめたい。

 

 だが彼ならば、むかし動画リンクのツイートにいいねを付けた事もあるので、貸し借りという形で収まるような気がする。

 それとなくメールを送ってみようかとスマホを取り出し、浅ましさを覚えてやめた。

 

 その晩、リアクションのしやすい手垢のついたゲームの実況動画を上げてみるが昨日と似たような反応だった。

 他のVtuberの動画を見てみるが、気落ちしているせいか特に面白いと感じない。しだいになんでこんな動画が伸びているのかと苛立ちを覚え、ため息つく。完全な逆恨みだ。

 自分が評価されないと、これほど他者に不寛容になってしまうものなのかと自己嫌悪に陥る。

 

 時計を見やると、まだ電話しても問題ない時間帯だった。このままうじうじと他人をけなすようなメンタルで続けるくらいならいっそ、と彼の番号にかける。

 

「いまいいですか?」

『大丈夫ですよ』

「あのー宇宙人さんって動画投稿し始めた頃ってどんな感じでした? 再生数とか」

『あの頃は多少物珍しさもありましたけど、今の晶くんとそう大差なかった感じです』

 

 日高は、やはりちゃんと見てくれていたのだという心強さを覚えたが、同時に結果の出ない動画なことに恥ずかしくもなる。

 

「どう、なんですかね? このままやっていっていいのか不安で」

 

 彼は少し沈黙してから言った。

 

「できればわたしのツイッターアカウントからリツイート等で注目させたいですが、まだやめておいた方がいいです」

 

 昼の自分を見透かされたようで、さっと晶の顔が羞恥で赤くなる。

 

『晶くんがツイッターでわたしの動画にいいねを付けたのは、人間に辛辣な態度をとっているわたしに共感したり、何かしらの好奇心や興味があったからだと思うんです。わたしがそういった感情を抱いてないのに晶くんの告知ツイートにいいねを付けても、一過性のものだと思います……アイドルとかも、ある程度の知名度や人気があると別グループへの絡みが事務所的に許されるんだと思います』

「あー、やっぱつまんないっすか」

『結構楽しいです。ただそれはわたしが晶くんを知っているからかもしれません』

「じゃあやっぱこのままコツコツ続けてくしかないんすね」

 

『初めて会った時、もっと素を出したいって言ってましたよね。個人勢なんですし、好きにやってみたらいいんじゃないですか。実際にわたしはそれで、晶くんの目に留まったんですから』

 

 よく覚えているなー、と晶はフードコートでの会話を思い出す。憎しみをそのままネットに吐き出す彼が羨ましく、社会を少なからず恨んでいる自分は親近感を覚えたと言った。

 その後、彼は人間に対する憎しみを素だと認めたのかどうだったか、記憶を探ろうとすると彼が続けた。

 

『晶くんは声もはきはきしていて、話し方も海空アキをやっていただけあってしっかりしてると思いますし。大丈夫ですよ』

「ほんとに、そう思いますか? いまの2Dモデルでも?」

『モデルは少しずつ改良していけばいいんですよ、その方が視聴者も好感を覚えますし。海空アキほどの登録者数になるかはわかりませんが、うまくいくと思います』

「そー、なんすかね」

 

『アキくんがVtuberをやる理由は、就活で使われるような、社会に貢献したいだとか企業理念に感銘を受けたみたいな、誰かの為にっていうのとは違うじゃないですか。お金が主目的でもないですし、そういうところが他とは違って良いんじゃんないですか』

 

 そう言われると、ほんの少しだけ自信が付いた。もともと誰かの為のVtuberではない、自分のリアルを実現させたいからVtuberをするのだ。

 ふっと胸のつかえがとれた気がした。

 

「そうでした。なんか長い間アキのキャラ路線が変わった事にうだうだしてて、忘れちゃってたのかもしれないです。すみません、長くなっちゃって」

 

 彼との通話を切り、PCと向き合う。

 日々増え続けるVtuberに、界隈は供給過多になりつつあった。そこで個人勢が注目を浴びるには尖るしかない。日高にはそれがあった。だからVでしかリアルを生きてゆけないのだ。

 

 

 

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 翌晩、突如として暁のツイートで告知されたのは【婿探し配信】と銘打たれたものだった。

 暁からは何の説明もなく、ゲームが始まる。芸能養成学校に入った主人公が、事務所オーディションに合格すべく同級生の男キャラと青春するようだった。

 プレイヤーの姓名入力欄には【あか】【つき】ニックネームは【あかつき】と入れていた。

 

『Sクラスってなんだろ、学校でこんなのあったら怖くて通えないわ。レポーターカッコいいけどテンション高いなぁ』

 

  新芽 なんで乙女ゲー? 

 

 コメ欄を気にせず、笑ってプレイを続ける。

『シャイニングさんいいじゃん。こういう学校だったらもっと気軽に通えたんだけどな』

 

  リドレイ そいつ公式表記で2mあるで体重0.1㌧

  ヨシ!  月宮もいいぞ

 

『マジ? なんで単位がトンなんだよ。あーこれってパートナー選んだらもうその人しか無理なんかな。あー、けっこうタイプではあるけど』

 

 ぽつぽつと同時視聴者数が増えた。

 男性Vtuberが乙女ゲーを実況する動画は無くはなかった。ただそれは真剣にプレイするというよりは面白半分だったり、腐女子層を取り込もうという狙いが言葉の端々から透けて見えていた。

 だが暁の配信にそういった類は無く、男キャラに対する着眼点や選択肢に悩む様から、純粋に恋仲になりたいという意思を感じられる。

 そして乙女ゲーは初プレイという事もあり、たどたどしさが女性視聴者にウケた。

 

 配信者がアクションゲームで戸惑ったりもたつくと、大なり小なり視聴者の中にはイラつく人間もいる。だがノベルゲーに限って言えば、選択肢で戸惑ったりもたつくのは既プレイヤ―にとってはオカズなのだ。

 その戸惑いを共感でき、かつ先を知っているので神の視点からニヤニヤ出来るからである。

 

 その配信は新人にしては盛況で終わった。しばらくしてバーチャル宇宙人のアカウントから暁の告知ツイートがいいねされると、アーカイブが伸びだす。

 普段まったく他のツイートに関与してこなかったぶん注目を集めた。宇宙人の視聴者層の多くが好むような動画ではないが、なぜ急に新人Vのを? と好奇心が生まれ、暁のフォロワー数が伸びた。

 

 その様子をスマホで見ていた日高はようやく人心地が付いた。アナリティクスを見ると、増えた登録者はやはり女性視聴者が多いようだ。

 なんとか一つ、群雄割拠するVtuber界で立場を確立できそうだった。

 一応お礼は言っとこうと、彼に連絡を取った。同時にじぶんの性癖というか、サガを知られてしまった事に緊張した。

 

「あのー、見ましたよね」

『面白かったですよ、見ないジャンルでしたし新鮮で』

「ありがとうございます。それで、あー、フードコートでトランスジェンダー打ち明けた時、もうちょっと複雑って言ったの覚えてます?」

『ええ』

「バイなんですよね、おれ。わけわかんないでしょ」

『複雑って言った意味がわかりましたよ』

 

「宇宙人さんに知られるの、さすがに恥ずかしかったですけど、スッキリしましたよ。アキの時は初期でもああいう配信は出来なかったし。ヒキます?」

「いいえ。そういう人間も普通に暮らしてると知ってますから」

『それ聞いて安心しました。おかげさまでなんとか続けていけそうです』

 

 少しばかり雑談をして、日高は通話を切る。性に関してやけに理解があるのが少し気になったが、困る事ではないので頭の隅に追いやった。

 それにしてもと、日高はバーチャル宇宙人のアイコンを眺めて思った。

 下心だと思われてなきゃいいけど。

 

 

 

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 数日後、アキの中の人が変わった海空姉弟の動画が、その旨の告知なくアップロードされた。

 

 その時はまだ視聴者を含む業界全体の薄い共通認識として、Vtuberの利点の一つが有効と見なされていたのだ。

 現実世界に生きる有名人は不祥事を起こすが、仮想世界に生きるVtuberは不祥事を起こさない。起こしようがない。仮想世界には麻薬も金も未成年もタバコも酒もないからだ。

 病気も不慮の事故も無い。中の人に何かあれば、アニメキャラがたまに声優を変えるようにVtuberも声優を変えられる。仮想ならではの長期的に継続可能なコンテンツ。

 そんな広告代理店やベンチャーが謳う安全神話が、砂糖菓子のような信仰を持っていた時代だった。

 


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