ハイスペック退屈少女と陰キャで淫乱な黒い猫 作:カボチャスパークリング
年齢、17歳。
出身、京都。
好きな色、黒。
好きな食べ物、美味しいもの。
趣味――趣味を探すこと。
「今日も始めますか」
退屈な毎日を変えるため、私は1日1つ趣味を探すようにしている。
このルールを決めて、かれこれ、半年くらいになるだろうか。
とにかく何かに熱中したかった私は、そうして探した趣味を試しては飽きてを繰り返していた。
見渡せば、一人で住むには無駄に広い部屋に散らばる飽きてしまった趣味の道具達。ルービックキューブなんかのパズルに、釣具、ゲーム、将棋、筋トレ用具、盆栽などなど、雑多すぎて目がチカチカする。
ガラスのテーブルに置かれていた将棋セットをどかし、そこにノートPCを置く。小気味好い起動音と共に立ち上がったそれで、私は今日も趣味を探すことにした。
この退屈な世界を変えてくれる何かを求めて。
◆
バーチャルミャーチューバー。
MyaTubeやネコネコ動画などで、主に2Dのイラストをアニメーション化させたものを配信者とする、昨今、爆発的にその認知度を高め、1ジャンルとして確立されようとしている文化だ。
趣味の一つとして所謂オタク文化というのは非常に興味深い。何せ、日本という国において、この文化は最も広く嗜まれている趣味。
今の時代、誰だってアニメやゲームに一度は触れたことがあるはず。好きなアニメ、ゲームを問われれば1つくらいは出てくるし、国民的アニメのキャラクターともなれば知らない人の方が少ないくらいだ。
アニメもまともに見たことなければ、ゲームもしたことがない、というのは、特に若い世代では絶滅危惧種より珍しいかもしれない。
そして、実は私はその絶滅危惧種よりも珍しい人間に該当する。
インターネットには明るい方であるし、流行りのアニメやゲームも把握しているが、それだけ。知識として知っているだけで、それを私が体験したことはなかった。
とりあえず、ゲームをしてみようと、ゲーム機を買い揃え、流行りのゲームソフトもいくつか買ってみたのだけど、そこで止めてしまっている。どう楽しむものなのか、今一理解出来なかったからだ。
そこで私は、流行中のバーチャルミャーチューバーなるものを見てみることにした。これはアニメに近いジャンルであるし、ゲームのプレイなども配信しているらしい。
バーチャルミャーチューバーこそ、今のオタク文化の最先端にして結晶であると踏んだ私は、このバーチャルミャーチューバーから、オタク文化を学び、趣味へと昇華させることにしたのである。
【初配信】初めまして、黒猫 燦にゃ【あるてま】
チャンネル登録者数 902人
新進気鋭のバーチャルミャーチューバーグループ『あるてま』。
調べたところによると、どうやら今日、その二期生達が初配信をするということで、まずはそれから見ることにした。
画面を川のように流れていくコメントは、時折理解できない言葉があるが、それは追々勉強していけば良いだろう。
3分経過、トップから遅刻はかましすぎ
機器トラブルかもしれん
たぶん今頃焦って涙目の猫耳貧乳美少女が画面の向こうに……
↑天才
↑いや、ただの変態だろ
配信開始の時間を過ぎたが、画面に動きはない。コメントから察するに、バーチャルミャーチューバーの配信ではこうしたことはたまにあるようで、様々な推測が飛び交っている。
ただ待つのも勿体ないので一先ず、今から配信するのであろうバーチャルミャーチューバーの明かされているプロフィールを読み返す。
猫耳が生えた高校2年生。
好奇心旺盛でマイペースな性格。
配信を通じて友達100万人を目指している。
好きな食べ物はチョコレート。
黒猫、なんて名前の通り、そのアバターは正に黒猫の擬人化の様であり、頭部には黒い猫耳が生えている。
私は猫屋敷なんて名字故に猫好きと思われがちだが、猫は嫌いである。いや、猫が、というのは正確ではない。私は動物が嫌いなのだ。
話せもしない、意思の疎通も出来ない、そんな生き物をペットなどと呼んで側に置く人間の気持ちはまるで分からない。
オタク文化では、良くこうした黒猫燦のように、動物の特徴を併せ持ったキャラクターが登場するらしいが、何が良いのだろう。
早速、オタク文化への理解が遠退いた気がしたところで、突如、PCのスピーカーから可愛らしい女の子の声が大音量で流された。
「こんばんにゃ~~~~!!!!!!」
耳が、耳がぁ~!
鼓膜ないなった
代えならあるぞ、100均のだが
これはポン確定
いや草
流石のあるてまクオリティ
「あ、あれ? 音おっきい?」
鼓膜の代えとはなんなのだろうか?私の知る限り、そんなにお手頃に手に入るわけがないのだが、誰もそれに疑問を呈することはしていない。
そもそも、大きな音で鼓膜が破れるなんてことはありえない。あるとすれば、音を感じるセンサーの役割を担う有毛細胞がダメージを受けて難聴を起こしている可能性。
耳は繊細なもので一度ダメージを受けた神経細胞は現在の医学でも治すことはできず、聴覚の低下、耳鳴りなどの後遺症が一生残る。コメントした彼もしくは彼女は、即座に医療機関へ行くべきだ。
「ど、どうかな? 音大丈夫?」
蚊かな?
猫って言ってるでしょうが!
この新人、ニュータイプかっ( ・`д・´)
いや、ただ音量ミスってるポン
燦ちゃん、小さ過ぎ!(色々と)
今度はやけに小さい音量。新人故にまだ機器の調整に慣れていないのだろう。
それにしても先程から頻繁に出ているポン、とはどういう意味なのか。彼女は狸ではなく猫であるし、何かの略語だとは思うのだが。
「え、えっと、これでいいはず。ど、どうですか」
やっとまともに聞ける
こんな声だったのか
悲報、10分経過して初めてまともに声が伝わる
「あっあっあっ、すみませんすみません。ポンコツでごめんなさい」
これは不憫枠
涙声捗る
↑通報した
↑止めろ、俺も捕まる
ん?もしやポンとはポンコツの略称なのではないだろうか。
1つ、謎が解消されたものの、コメントの通報した、という言葉が引っかかる。これも頻繁に出ているが、悪戯で通報をしては、警察や消防機関の適正な業務を妨害するものとして非常に悪質と判断され、偽計業務妨害罪に問われる可能性がある。
偽計業務妨害罪となった場合は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられ、黒猫燦にも迷惑がかかると思うのだが。
本当に通報しているとも思えないし、そういうジョークなのだろう。
最も頻繁に出てくる、草や、語尾のwについても知りたいところであるが、こうして推測するのは中々に面白い。
私は少しだけ、この流れるコメントに楽しさを感じつつ、動画の視聴を続ける。
「ぐすっ、ありがとうございます。こんなわたしを励ましてくれて、視聴者さん大好きです」
鼻をすすり、涙声でお礼を言う黒猫燦。
可哀想なくらい声が震えているが……なんだろう、何故かこう、もっと聞きたくなる。
ドキドキと、心臓が高鳴り、自然と画面に前のめりになっていく。
じっと見つめる画面、そこに突如として何やらメモ書きのようなものが晒された。
初めまして、あるてま2期生新人バーチャルミャーチューバーの黒猫 燦ですにゃ。
燦さんだと呼びづらいから燦ちゃんとか黒猫さんって呼んでくれると嬉しいにゃ♡
夢はお腹いっぱいのお菓子とたくさんの友達を作ることにゃので、みんな仲良くしてくれるとうれしいにゃ~。
少しでも私のことが気になったらチャンネル登録と高評価、つぶやいたーのフォローよろしくにゃ!
それじゃあ早速あとが閊えてるのでタグ決めとか色々やっていくのにゃ!
あ
あっ
あ
カンペですねぇ
廊下に立ってなさい
斜め上の新人
媚び媚びのカンペww
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ!!!!!!!!!」
また鼓膜がぁ!
これは良い断末魔
いじめれば光る原石
初配信でキャラ確立してて草
断末魔と共に突如として終了した配信。
一気に加速するコメントだけが流れる画面を見たまま、私は、これまでに感じたことのない高鳴りを感じていた。
心臓を鷲掴みにされたような、落雷に撃たれたような、そう、生まれ変わったような感覚。
「バーチャルミャーチューバー、黒猫 燦……」
テーブルに写った私の顔は、いつも通り無表情ながら、どこか楽しそうで。
「趣味、見つけた」
この瞬間、電子の世界にもう一人の私が誕生した。