BLEACH ―Out of Bounds― 作:百式(ももしき)
長くなったので、前後編に分けました。
後編は早めに掲載したい(願望)
まだ陽も昇りきらぬ明け方頃、豪快ないびきをかいて眠る志波一心の伝令神機がけたたましく鳴り響く。最初の数コールで目を覚ました一心だが、睡眠を優先するために無視を決め込む。
しかし、いくら経っても鳴り止まない着信に痺れを切らし、苛立ちを覚えながら耳元へ伝令神機を当てる。
「…誰だよ、人の安眠を妨害するやつは」
「も、申し訳ありません!私は四番隊の者ですが、実は──」
覚醒しきらぬ脳で話を聞いていた一心だったが、予想外の報告に飛び起きることとなった。
──護廷十三隊四番隊隊舎。
四番隊は、護廷十三隊の中で回道の扱いに長けた隊士で構成された、治癒部門を担当する部隊である。そのため、その隊舎は病院のような役割も兼ねており、怪我をした死神が連日のように運び込まれてくる場所でもある。
そんな場所に慌ただしく一人の男が駆け込んでくる。受付にいる隊士が制止するのも聞かず、男は目的の人物を見つけると、大声で呼び止めた。
「卯ノ花さん!奥真がここに運び込まれたってのは本当か!?」
「志波隊長、他の怪我人もいますので隊舎ではお静かに…」
呼び止められた女性、四番隊隊長である卯ノ花烈は静かな口調で一心をたしなめる。にこりと笑ってはいるが、僅かに怒気を覗かせる表情に一心は萎縮してしまう。
「片桐六席なら此方です。案内するので着いてきてください」
卯ノ花に連れて来られた病室に奥真は居た。眠っているのか意識は無いらしく、一心が側に駆け寄っても何の反応も無かった。
「片桐六席は鳴木市の駐在任務に赴いていたことはご存知ですね?どうやら任務中に負傷したようで、まだ意識は戻っていません」
「負傷って…こいつはどんな傷を負ったんだ!?」
「…そこに彼が着ていた死覇装があります」
卯ノ花は個室の隅に立て掛けられた死覇装に目を向ける。一心も追うようにそこへ視線を向けると、絶句する。死覇装には至る所に無数の切り傷が入っており、右手の袖部分も千切れていた。だが、何よりも目を引いたのは、袴の右脚部分が殆ど無くなっていたことだった。これが奥真の来ていた死覇装だというのなら…
血の気が引いた一心は、すぐさまベッドの掛け布団を引き剥がした。
静かに寝息を立てている奥真の身体は、五体満足だった。特に目立った外傷も見受けられない。
予想していた姿ではないことに、一心は安堵の息を漏らす。
「何だよ、人が悪いぜ卯ノ花さん…。治したってんならそう言ってくださいよ。だけど、流石は四番隊の隊長すね、これだけの傷を治せ──」
「私は何もしていませんよ」
一心の言葉を遮るように卯ノ花は口を開く。
「私がしたことは点滴くらいです。彼はここに運ばれてきた時点で身体に異常はありませんでした」
「…は?なら、現世で救助したやつが?」
一心は目を丸くする。あの死覇装を見る限り、奥真の身体は相当な大怪我を負っていた筈だ。そんな怪我を現世から尸魂界に戻るまでに治療出来る死神なんて、目の前にいる卯ノ花ぐらいしか考え付かなかった。
「救助したのは十三番隊の隊士ですね。ですが、その方が治療したわけでもありませんでした。彼女が異変に気付き、駆け付けた時には片桐六席には目立った外傷は無かったそうです」
「じゃあ、誰がこれだけの怪我を治療したってんだ…。まさか、自分で?確かにこいつは鬼道は得意なほうだったがよ…」
奥真が鬼道の扱いに長けていたことを一心は知っていた。だからこそ、鬼道に準ずる回道もそれなりには扱えるだろうが、卯ノ花と同等の力を持っているとは思えなかった。
一心が考え込んでいると、卯ノ花はコホンと咳払いをする。
「片桐六席がどのように怪我の治療をしたのかも気になりますが、私としてはそこに至った経緯のほうが気がかりですね」
「…こいつにここまでの怪我を負わせたやつが何者かってことですか?そういえば、さっき、救助したやつが異変に気付いたって言ってましたけど、具体的にはどんな異変なんすか?」
「彼女が言うには、何も感知できない方角から高密度の霊圧の光線が突然伸びてきたそうです」
「霊圧の光線って…虚閃かっ!?まさか、奥真を襲ったのは
「可能性は低くはありませんね…」
卯ノ花はこくりと頷き、さらに、と続ける。
「気がかりなのは、霊圧も何も感知できなかった点です。彼女は大虚はおろか、片桐六席の霊圧もかなり近づかなければ感知できなかったと言っていました。おそらく、何か結界のようなものが張られていたのでしょう。それが大虚の仕業なのかまでは解りませんが…」
「大虚か、それに近い虚が現世に居るってのか…」
卯ノ花の言葉は歯切れが悪い。一心もどうするかべきか判断に迷っていた。色々と断定するには情報が足りないのが現状だ。
「…とりあえず、鳴木市の駐在員を増員して様子を見ますわ。それと、付近に駐在している死神にも最近何か変わったことがなかったか話を聞いてみます」
「それが良いでしょう。用心するに越したことはありません。私のほうも各隊に話を聞いてみます。数日もすれば片桐六席も目を覚ますでしょうから、詳しいことはその時に確認しましょう」
「そっすね…。んじゃ、俺は総隊長に現状を報告してきます。奥真が目覚めたら、すぐ教えて下さい」
そう言って一心は病室から退室し、護廷十三隊総隊長である山本元柳斎の元へと向かった。
──数ヶ月後。虚は一月に一度、最初に出現した鳴木市周辺に時折姿を見せては、その地に居る死神を襲っていった。襲撃に備え、増員した死神達を以てしても虚を討伐することが出来ず、犠牲者は増加する一方だった。
そんな状況に憤りを感じていた一心の元に、ある日虚発見の報せが入ってきた。一心は部下の制止も聞かず無断で現世へ赴き、虚と対峙した。虚との闘いは熾烈を極め、途中何者かの横槍を受けながらも、辛くも勝利を納めることができた。
「──以上が、虚討伐の報告になります!」
一番隊隊舎の隊長室にて、元柳斎に対して一心は事の顛末を報告した。
「うむ。よくぞ討伐し、無事帰還した。此度の無断出撃の件はこの功績を以て不問とする」
「はっ!ありがとうございます!それでは、失礼致します!」
一心は深々と一礼し、隊長室を出ようとするが、元柳斎から待ての一言が入りピタリと動きを止める。
「時に志波よ。先の報告に嘘偽りは無いのじゃな?」
元柳斎は顎髭を触りながら鋭い目付きで一心を見据える。普段あまり見ることのないその表情に、一心は強張る。
「…嘘偽り、ですか?」
「うむ、お主が虚を討伐した時、その近くに別の霊圧を検知したという報告もあっての。その場にはお主以外に誰ぞ居たのかと思うてな」
その言葉に一心に緊張が走る。一心は報告に挙げなかったことがある。それは、虚を倒せたのは一心の独力ではなく、ある少女の助力があってのことだった。だが、一心は少女に助けられたということが恥で、報告を偽った訳ではない。その少女の出自が、彼の報告から少女を除外する要因となっていた。
「…いえ、先に述べたこと以外は何もありません。近くに居た霊体とかじゃないですか?俺は気付かなかったですけど」
緊張を顔には出さず、淡々と言葉を紡いでいく。その様子を元柳斎は変わらぬ表情でじっと見つめる。
「ふむ、つまりはその霊圧を放っていた者は此度の件とは無関係であると?」
「ええ、その通りです」
一心は元柳斎の目を真っ直ぐに捉える。暫しの沈黙のあと、元柳斎は目を伏せると、普段の飄々とした表情に戻した。
「相分かった。それならば良い。傷もまだ癒えておらぬのに長居させて済まなかった。もう下がってよいぞ」
「はっ!それでは…」
再び一礼をし、隊長室を退室した一心は足早に一番隊隊舎から外に出ると、その場でへたりこんだ。
「──ぶはぁっ!あのじいさん、なんつう眼で睨むんだよ。久々に縮こまったぜ…」
緊張から解放された一心の身体に、大量の汗が浮き出てきた。死覇装の襟を広げ空気を送り込むと、少しずつ汗は引いていった。
「まあ、何とか誤魔化せたか?さて、あいつのとこにも報告に行くか」
四番隊隊舎へ着いた一心は、奥真がいる病室へと足を運んだ。扉をノックもせず、ずかずかと病室の中に入り、ベッドの横に備え付けられた椅子に座る。
「よお、お前を襲った虚は倒したぜ!つっても、俺が倒した訳じゃねえんだけどな!」
一心は奥真に向かって語りかけるが、返事はない。数ヶ月経った今でも、奥真は未だ眠りから目覚めていなかった。
「あの虚が居なくなったらお前も目覚めると思ってたんだがな…。当てが外れちまった」
昏睡の原因について卯ノ花に聞いてもみたが、卯ノ花を以てしても解らず仕舞いだった。一心も、考えうるあらゆる手段を試してみたが効果はなかった。それでも、いつかは目覚めると信じ、連日のように病室に通ってはこうやって話をするようにしていた。
「そういや、奴と戦った時に
一心は奥真に聞こえていようがいまいが、お構いなしに喋り続ける。
「──そんでよ、あの虚を倒せたのはあの子のお陰ってわけだ。…だけど、ちゃんと礼を言えてなくてよ、明日にでも会いに行ってみるか。そん時にお前の分まで俺が礼を言っといてやるよ」
ひとしきり喋り終えたあと、返ってこない返事に多少の空しさを覚えるが、一心は気にすることはせず立ち上がり、帰り支度を始める。
「じゃあな、また来るぜ」
翌日、一心は尸魂界から姿を消し、二度と戻ってくることはなかった。
お読み頂きありがとうございます。
一心の戦闘シーンは丸々カット…
戦闘描写苦手だからね、仕方ないね。
いずれ修正して書くと思います。