その広い空間で、三つの戦闘が同時進行していた。一つはシャドウバーサーカーへ立ち向かう両儀式とマシュ。一つはサーヴァント同士のような戦闘を繰り広げるシャドウアーチャーと元哉。一つは暴力的なまでの力を叩きつけるアルトリア・オルタに応戦するアナスタシアとクーフーリン。
その戦闘は敵方のサーヴァントとしても異常と言わざるを得ない。たとえキャスタークラスのサーポートを受けているとはいえ、人の身でありながら英霊と渡り合うその男、本条元哉。
(剣の扱いにおいては素人............だが、こちらの剣が届かないッ.......!)
鶴翼三連を会得しているシャドウアーチャー、エミヤ。かつて違う世界線では”クランの猛犬”と渡り合って来た猛者。そのエミヤを以てして一太刀浴びせることすら未だにできていない状況。
「考え事とは余裕だな」
「ッ!!」
元哉が繰り出す横薙ぎの一閃。それをエミヤは投影した干将・莫耶の双刃にて受け止める。だが、その双剣はまるで熱したナイフでバターを切るようにするりと切断され、同時にエミヤが持っていた柄もパラパラと砕け落ちる。
今、元哉は干将・莫耶を所持していた刀で”殺した”。
───直視の魔眼
所有者が死を理解している、もしくは死の概念を有するあらゆる物の死の線、点を視認する事が可能になる超能力の一種。魔術協会最高ランクである虹に該当する魔眼でもある。
元哉の場合は青と白が混じった線が見える。だが見え方はどうであれ、それが終末の世界であることには変わりない。凡人や一般的な魔術師でさえも発狂するレベルであることも。
そしてその魔眼こそ、エミヤの最も警戒しているものだ。
「
再び干将・莫耶を投影する。だがそれも、元哉によって殺される。エミヤが武器として扱うのは贋作であり使い捨ての様なもの。耐久値も本家に比べればかなり劣る。
壊されればまた投影し、自らの手から離れた物は再び投影する。それこそがエミヤの戦闘スタイル...........なのだが。
「ふっ!」
「チィ!」
元哉の攻撃は弾くことが出来ない。全てが切られ、殺されてしまうがために。決して弾かれることがないというアドバンテージも、元哉を優位に立たせている一つの要因だ。
「
大きく宙返りすることで距離を取る隙に武器を投影する。近接戦闘をするもエミヤの本命は弓兵。洋弓に番えられ、元哉へと向けられたその矢は───
「───
矢を放つには近すぎた近距離から放たれる、自己が改造した弩級の聖剣。その威力は格落ちの偽物と言えど簡単に人の命を散らせる。
そうして迫った凶刃は、しかし。
「遅い」
「ッ........これも防ぐのか!」
その聖剣は元哉の刀によって簡単に打ち払われる。否、殺される。そうして元哉は一呼吸のうちにまたエミヤへ肉薄した。
「しまっ..........」
「ハッ!」
それは完全にエミヤの油断だった。幸いなのは霊核やそれに繋がる重要な場所を狙われなかったことだろう。
元哉が振るった刀はエミヤの右腕へ向かう。咄嗟に避けたものの、刀が腕を掠った。
それだけで、エミヤの腕は簡単に切り飛ばされる。
「クッ............!」
「まだだ!」
元哉は吠える。返す刀は確実にエミヤの首を狙っている物だった。魔眼に映し出される線は首、そして点は心臓を示している。
「ぬぅ......オオォ!」
だがそれでも、エミヤは闇に落ちた身でその攻撃を防いでみせた。咄嗟に干将を投影し、剣の腹で刀を叩き落とす。正面から打ち合えば確実に切られるのだ、ならば叩き落とせばいい。
何とも機転の利いた防御だろう。
元哉の体勢が崩れる。それは、確実に出来た隙であり、元哉に致命傷を与えるチャンスでもあった........が。
その顔は、笑っていた。
(まさか.........罠ッ!!)
そう、元哉はエミヤがその一太刀を捌くだろうと
エミヤが干将を振り抜くより先に元哉の姿が消えた。彼は、元哉を一瞬とはいえ見失ってしまったのだ。
「後ッ...........」
「遅い!」
雌雄は決する。元哉がエミヤへ突き刺した刀は確実に霊核を、死の点を穿っていた。
「人間の身で............英霊を...........」
「だから言っただろう、愚者ではないと。..........俺の、勝ちだ。アーチャー」
エミヤから返ってくる言葉はない。刀を抜けば力なく地面に倒れ、そして消えていった。
☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆
甲高い金属音が響く。クラスの特性とクーフーリンとの特訓の甲斐もあってか、マシュはシャドウバーサーカーであるヘラクレスに対してなんとかついていけていた。
だが、マシュがまともに戦えている要因は8割方が彼女のお陰に他ならないだろう。
「マシュさん、ここで受けて」
「はいっ!」
本条元哉のサーヴァントであるセイバー、両儀式。まるでマスターのようにマシュへ的確な指示を飛ばし、ヘラクレスの絶妙なタイミングを狙う。今回の攻撃もしっかりと受け止め、両儀式がその隙を突いた。
「■■■■■────!!」
「遅いわ」
回り込んだ両儀式へとヘラクレスが剣を振る。だが彼女は既にそれを見切っていた。
迫る剣撃を軽々と避け、ヘラクレスの胸部へ鞘にしまった状態の刀を叩き付ける。それだけで簡単にその巨体は吹き飛ばされた。
(両儀式さん..........凄い.........)
セイバーなのに剣を使わない、それはつまり彼女が手加減しているという事に他ならない。最初に彼女は言った、偽物程度に負けるわけがないと。偽物とはいえ相手はかの有名な大英雄だと言うのに、手加減しているその状態で常に優位を取っている。
マシュがまだサーヴァントの戦いというものに慣れて居ないということもあるだろう。だがそれを踏まえても、彼女の戦闘能力は非常に高いとマシュは思った。
両儀式はチラリと横目で戦況を確認する。そして彼女は己がマスターが敵方のシャドウアーチャーを撃破するのを目撃した。
「あら、マスターの方は終わってしまったのね。..........残念、
そこで初めて、両儀式は刀を抜かないように固定していた紐を解き、その刀身を抜き放つ。なんてことは無い、ただの刀。だがそれは、元哉が所持している刀とひどく酷似していた。
「あなた程度に宝具なんて使わないわ。マスターの魔力が勿体無いもの」
ゆるりと刀を下げた状態でヘラクレスへ歩いていく。だが心做しか、マシュは彼女の纏う雰囲気が変わった気がした。
「■■■■■───!!!」
「直死」
ヘラクレスが吠えた瞬間、両儀式は何やら言葉を呟いた。鍾乳洞に響き渡った咆哮によってマシュは聞こえなかったが、彼女が口元を動かした瞬間にマシュは自分の背中に体験した事がないほどの激しい悪寒が走った。何故味方である両儀式を見て悪寒が走ったのか、それはすぐに分かる事となる。
ヘラクレスが両儀式へ飛びかかった。大上段に振り上げた剣は、一撃の元に叩き切るという意思だろう。
だが両儀式が空中を睨んだ瞬間───
───彼女の姿が掻き消えた。
「.........は?」
あまりの光景に、マシュは思わず己の目を疑う。
果たして今起きた目の前の光景を信じていいのか、戸惑ってしまった。
マシュの視界から突如として消えた両儀式。その次の瞬間、ヘラクレスの体表にか細い銀閃が走ったかと思うと、空中で肉塊となって四散したのだ。
偽物とはいえ大英雄、その最後が非常に呆気無いものである事に、まだマシュは現実を捉えきれていない。
「マシュさん。..........マシュさん?」
「っ! ......っは、はい!」
いつの間にか眼前に居た両儀式に、マシュは思わず素っ頓狂な声をあげた。その様子を見た彼女は、クスクスと口元に手を当てながら笑う。
「ごめんなさい、驚かせたかしら」
「い、いえ!」
咄嗟に否定するマシュに「そう? ならいいのだけれど」と言って踵を返した。そしてそのまま、未だに轟音が鳴り止まない横へ向かおうとする。
「マシュさん、あなたは自分のマスターの元へ行ってあげて。私は私のやるべき事をやるから。..........お願い、ね?」
「っ.........!」
両儀式は最後に振り返って笑い、自らまた戦火へと飛び込んで行った。
だがマシュは彼女が離れた後、少しの間、蛇に睨まれた蛙のようにその場に縫い付けられた。
理由は簡単。両儀式が先程浮かべた笑み、それに恐怖を感じ、背中に走った激しい悪寒の正体がわかったから。
両儀式の実力は本物だ。それは共に戦っていたのだから十分に分かる。だがその圧倒的すぎる力を、マシュは恐れてしまった。
『もう少し楽しめると思ったのだけれど』
脳裏に彼女の言葉が浮かんだ。両儀式は未熟である自分を上手く使いながら戦闘をしていた。だから自分は上手く戦えると思ってしまっていたのだ。
だが本質は違う。
彼女はそもそも
刀を紐で固定して鞘だけで攻撃していたのも、自分を使って盾役をさせていたのも、全て彼女の遊びの一部。その証拠に、両儀式は自らのマスターである本条元哉の戦闘が終わると同時に赤子の手をひねるかのようにシャドウサーヴァントを倒してしまった。
あの大英雄、ヘラクレスを、だ。
先程、両儀式は自分の視界から掻き消えた。それはつまり、自分の目では彼女の動く姿を捉えられなかったということ。たとえ未熟とはいえ、自分は
もし自分がヘラクレスの立場だったと思うと.........ゾッとする思いだった。
「────シュ。..........マシュ!」
「.........あ。せん、ぱい?」
「良かった。声をかけても返事がなかったから」
「はい...........すいません」
自分のマスターである立香が話しかけるまで、マシュはその場から動けなかったという。
☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆
その場に、轟音が響く。オーラを纏った剣を一薙ぎする度に地面が抉れ、弾け飛んだ岩石は一定領域に入ると瞬間的に凍結される。その横合いから炎が舞い、再び地面を焼いた。
「っ小癪な!」
「お前さんの攻撃の方が馬鹿げてるよ!」
大聖杯をバックに無限の魔力を暴力的な魔力放出によって振るうアルトリア・オルタ。神霊クラスの出力であらゆるものを凍結させるアナスタシア。ルーン魔術によって応戦するクーフーリン。
実を言えば、クーフーリンは具体的に戦闘の主役とはなっていない。マスターの命じられた通り、アナスタシアの援護に回っている。
生前、自らの師であり影の女王であるスカサハによりルーン魔術を叩き込まれたクーフーリンが戦闘に介入できないほど苛烈な戦いがそこにはあった。あまりキャスターのクラスが適していないという理由もあるだろう。しかし、
(......しっかし、あの姫さんの出力、ヤバすぎんだろ。ロケット野郎と対等以上に渡り合ってやがる)
アルトリア・オルタが彼女に接近しようとすれば即座にヴィイを使役して氷を錬成し、魔力放出のオーラさえも防御に使った氷を砕くだけに終わる。キャスターとは本来、近接戦闘を行うようなクラスではない。だがアナスタシアとアルトリア・オルタの距離は遠距離などとは言えない微妙な距離だ。その距離でクーフーリンの支援があるとはいえ、両者ともに一度も傷を負っていない。
実力は拮抗か、またはどちらかが僅かに上か。
「凍らせなさい、ヴィイ!」
アルトリア・オルタの足元から氷の槍が迫り出した。だがその場から避けると共に魔力放出で地面を蹴りあげてアナスタシアに肉薄しようとする。
「させねぇよ! アンサズ!」
「チィッ!!」
しかし空中のアルトリア・オルタへ向かってルーン魔術により生み出した複数の火球が迫る。
だが流石は最優のクラスか。空中で身をひねることによって全ての火球を避けて見せた。
「邪魔だキャスター!」
「その呼び名じゃどっちかわかんねぇだ.......ろ!」
そのまま
しかしクーフーリンは遠ざけられてもアナスタシアは止まらない。上空から無数の氷の槍がアルトリア・オルタへ飛来した。
「はぁッ!」
上空へ剣を振る。放出された魔力のオーラが飛来する氷槍を1つ残らず叩き落とした。
「何故だキャスター! 何故に永遠を望む!」
「永遠? それは違います、セイバー。私は、終わらせるためにここにいるのです」
「終わらせるだと? それが不可能だと分かってのことか!」
「終わらせることから”逃げた”あなたに言われる筋合いはありません」
「逃げた、だと? この私が? .............ハハッ」
アナスタシアの一言に、アルトリア・オルタの顔から感情が抜け落ちる。今までやってきたことの全てを否定するような発言。それを、彼女は許せなかった。内から湧き上がる止め処無い怒りの感情。
何百と、何千と繰り返したその道程を。なぜ理解しない。
感情が増幅するにつれ、彼女の周囲も変化していく。徐々に彼女の周りに禍々しい魔力が漂い始める。
「巫山戯るなッ!!!!」
その場を震撼させる爆音の如き怒号。同時に彼女の周囲に禍々しい魔力が解き放たれ、地盤をも破壊した。その声はこちらへ向かってきていた両儀式、本条元哉を止め、鬼神のような形相を浮かべるアルトリア・オルタは、アナスタシアを睨む。
「逃げただと? たった数百の記憶だけでこの私を愚弄するか、小娘!」
「ええ。何度でも言いましょう、あなたは逃げた。マスターから、この世界から。そして、自分から。紡がれる記憶を、受け継がれる方法を、あなたは見ようとしなくなった!」
アナスタシアは威圧すら放っているアルトリア・オルタを逆に睨み返す。
「これがマスターのため? この方法でいつか終わりが来る? ふざけないで! あなたはそうやって自分に言い訳して、楽な方法を選んでいるだけです!」
「貴様は知らない! 何度も繰り返す恐怖を、方法が見つからない絶望を! 私と同じ道程を歩ま無かったからそんなことが言えるのだ!」
「.........確かに私はあなたの苦労など知りません。私はあなたの恐怖など知りません。私は、あなたの絶望など知りません」
「しかし」と呟いて、アナスタシアは真っ直ぐにアルトリア・オルタの瞳を見据えた。
「私はそれでも、マスターを助ける。どんな手を使ってでも、絶対に!」
「っ............」
アナスタシアのその瞳に見覚えがあった。それは忘れることの無い記憶の1つ。最初に出会った頃の、なんの根拠もない希望を持った誰かの瞳。
本気なのだ、アナスタシアは。ここにいる両儀式、そして玉藻の前も。
「彼女の言っていることに嘘偽りは無いわよ、セイバーさん」
「........「」の者か。まさか、貴様まで出張ってくるとはな」
横の戦場から向かってきた両儀式。
「私達は共通の目的を以て動いてるの。世界の意思なんかに、奪わせないわ」
「お前も、か」
両儀式の瞳にも、それは見て取れた。いつかどこかの大馬鹿者が浮かべた瞳を。
アルトリア・オルタはため息をつくと剣を納刀する。
「あら、セイバーさん?」
「興が逸れた。貴様らの馬鹿さ加減にな」
両儀式に言い捨てるなり、そのままとある人物の元に歩いていく。その歩みを、両儀式はもちろんアナスタシアも、玉藻の前も止めなかった。
「今回ははじめまして、だな。本条元哉.............いや、
アルトリア・オルタが向かった先、そこには元哉が居た。彼女は元哉が喋る前に再び口を開く。
「ここであなたに言うのは違う気がする.........が、この際だ。どうせ同一人物だからな。............ありがとう、マスター。あなたのおかげで私は幸せだった」
慈しむような笑顔を浮かべ、いつの間にかドレス姿となっていた彼女の細指は元哉の頬へ。そして────
「........んなっ!?」
「............」
「あら」
「何してるんですかセイバーさん!?」
立香が赤面しながら目を見開き、アナスタシアの笑顔にピキリと青筋が走り、両儀式が冷めた目を細め、玉藻の前が行動を問う。そして全ての元凶であるアルトリア・オルタは勝ち誇った様に不敵な笑みを浮かべた。
「別れなど毛頭言うつもりはない。ここで引けばまた怪しそうだからな。そしてカルデアの。貴様らの道程、しかと見させてもらうぞ」
去り際にそう言うと、アルトリア・オルタは踵を返して数歩のうちに足元から黄金の粒子となって消えた。
────その場になんとも言えない空気を残して。
セイバーオルタがヒロイン化したので失踪します。